(うわあ…!)
凄い、とブルーが心で上げた歓声。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
友達に貸して貰った本。その中にあった素敵な写真。
(今の地球だと、こうなるよね…)
それは綺麗なサンゴ礁。南の方の海に行ったら、幾つも幾つも並んだサンゴ。
色々な形のサンゴの中を泳ぐ綺麗な魚たち。
(此処で見るなら、水族館とか、熱帯魚がいるお店とか…)
そういう所に行かないといない、鮮やかな色を纏った魚。
けれどもサンゴ礁だと普通で、魚たちはどれも宝石のよう。
(…んーと…)
説明もある、と覗き込んだページ。魚たちの名前が書いてある。
色と模様で区別がつくよう、興味のある人は写真と照らし合わせるように。
(熱帯魚、いっぱい…)
青いのはこれで、赤と白のは…、と夢中で追った魚たちの名前。
南の海に行ったら出会える、生きて泳いでいる宝石。
とっても素敵、とページを繰ったら、今度は空から映した写真。
サンゴ礁を泳ぐ大きな魚の影が幾つも、イルカの群れだと書いてあるから…。
(きっとジャンプもするんだよね?)
この青い海で、サンゴ礁の中を好きに泳いで。
気が向いた時は空に舞い上がって、其処からザブンと海に戻って。
なんて素敵な海なんだろう、と見詰める命に溢れた海。
燦々と輝く南国の太陽、それが育てたサンゴ礁。其処に暮らしている魚たち。
(イルカは魚じゃなかったかも…)
哺乳類だから、と思うけれども、見た目は魚。
宝石みたいな熱帯魚だとか、イルカたちが暮らす南の海。
蘇った青い地球ならではの景色、本当に胸がドキドキしてくる。
なんて素敵な星なんだろうと、地球に来られて良かったと。
南に行ったらサンゴ礁があって、北に行ったら氷の海。
流氷に乗って旅するアザラシ、それにホッキョクグマだって。
(地球って、凄い…)
ホントに素敵、と本のページをめくってみては心で歓声。
生き物が好きな友達が貸してくれた本だし、写真があったら命が幾つも。
様々な場所に命の輝き、海にも、それに森の中にも。
(ホントに生き物、一杯なんだ…)
こうしている今も、南の海ではイルカたちが跳ねているだろう。
サンゴ礁の中には鮮やかな色の、生きた宝石たちが沢山。
(この辺りだって、森の中なら…)
夜行性の動物たちが、せっせと活動している筈。
木から木へと飛んでゆくムササビたちとか、似たような姿のモモンガとか。
きっと何処にも命が一杯、地球の恵みを味わいながら。
(今のぼくだと、ムササビにだって負けちゃうね)
飛べないんだもの、と不器用すぎるサイオンを思って苦笑する。
タイプ・ブルーに生まれたのなら、空を飛ぶ力を持っているのが普通なのに、と。
どうしたわけだか、不器用なのが自分のサイオン。
ムササビだったら軽々と飛んでゆける距離でも、一緒に飛んだら落っこちる。
地面の上へと、それは無様に。
(うーん…)
イルカにだって敵わないよね、とパタンと閉じた生き物の本。「続きは明日」と。
本を勉強机に置いて、またベッドへと腰掛ける。
(イルカだったら、うんと高く飛べて…)
おまけに曲芸だってする。
ジャンプしてボールにタッチするとか、輪っかをくぐり抜けるとか。
ムササビよりも凄いのがイルカ、魚みたいに見えるのに。
住んでいるのは海の中だし、空とは縁が無さそうなのに。
けれども高く飛ぶのがイルカで、ムササビだって空を飛ぶ。…モモンガだって。
今の地球には、まるで敵わない生き物たちがいるらしい。
空を飛べないタイプ・ブルーの自分なんかより、軽々と空を飛ぶ生き物たち。
(イルカにムササビ、それにモモンガ…)
飛べるようには見えないんだけど、と思ってみたって、空を飛ぶ彼ら。
今の時間も、きっと何処かで飛んでいるのに違いない。
森や林の中に行ったら、真っ暗な中でムササビたちが飛んでゆく。
音も立てずに滑空する空、木の上から飛んで、別の木へと。
太陽が照らす南の海なら、イルカたちが飛んでいるのだろう。
青い海から高くジャンプして、真っ青な空へ飛び出していって。
(…いいな…)
それにとっても楽しそうだよ、と思うイルカやムササビたち。
蘇った地球の自然を満喫しながら、自分のスタイルで飛んでゆく空。
(…海とか、森の中とかを飛んで…)
友達に会いに行くのかな、と夢を広げていたら、掠めた思い。
「今日のぼく、一人だったっけ」と。
夕食を食べてお風呂に入って、いつの間にやら心から消えていたけれど。
すっかり忘れていたのだけれども、今日は来てくれなかったハーレイ。
仕事の帰りに寄ってくれるかと、何度も窓を眺めたのに。…チャイムが鳴るのを待ったのに。
(待っていたけど、来てくれなくて…)
今日は駄目だ、と溜息をついた夕方の時間。
もうハーレイは来てくれない、と時計が指した時間で分かった。
遅くなったら迷惑だから、とハーレイが「来るのをやめる」時間。
それを過ぎたら、もう来ない。
両親が何度も「ご遠慮なくどうぞ」と言っているのに、絶対に。
(…来ない日だって多いから…)
今日はそっち、と切り替えた気分。
幸いなことに本も借りたし、今日は楽しめそうだから。
夕食までの時間にしたって、キッチンに行けば母が相手をしてくれるから。
そうやって今日という日を過ごして、お風呂の後に広げた本。
思った通りに素敵な本で、何度も心で上げた歓声。「地球って、凄い」と。
けれど、気付いてしまったこと。
「地球って、凄い」と思う自分は、普通の子供とは少し違った。
前世の記憶を持った子供で、正確に言えば「前世の記憶を取り戻した」子供。
この春までは、何も知らずに生きていたから。
弱いながらも普通に育って、不器用なサイオンにも特に困りはしなかったから。
(でも、前のぼくは凄くって…)
本を読みながらもチラと考えていたというのに、忘れ去っていた「一人」ということ。
前の生で同じ船で暮らした、大切な人が来なかった今日。
つまり自分は独りぼっちで、両親はいてもポツンと部屋で一人きり。
愛おしい人はいないから。ハーレイは来てくれなかったから。
(…イルカやムササビや、モモンガだったら…)
今の時間も仲間と一緒か、仲間の所に向かっているか。
恋人と一緒のイルカやムササビ、モモンガだっているだろう。
(イルカだったら、家は無いけど…)
ムササビやモモンガは家がある筈。木の幹の中に作った家。
其処で恋人が待っているから、せっせと飛んでいるかもしれない。
「早く行こう」と、木から木へと。
もしかしたら、お土産まで持って。美味しい木の実を咥えて飛ぶとか。
(…イルカだって、一緒に餌を探して…)
恋人と泳いでいるかもしれない。美味しい餌がある場所を目指して。
其処へと一緒に泳ぐ途中で、仲良くジャンプしたりもして。
(…今日のぼく、独りぼっちなのに…)
同じ地球には、恋を楽しむイルカやムササビ。それにモモンガ。
飛べそうもないのに空を飛んでゆく、彼らが語らっていそうな恋。
タイプ・ブルーなのに飛べない自分は、独りぼっちで家にいるのに。
ポツンと一人で座っていたって、恋人は来てくれないのに。
そう思ったら、とても寂しい気持ち。「独りぼっちだ」と。
地球の上には命が溢れて、イルカやムササビやモモンガたちが飛んでゆく。
恋人の所に会いにゆくとか、恋人と一緒に海の中から高くジャンプで舞い上がるとか。
(…せっかく、ぼくも地球に来たのに…)
今日は一人、と捕まった「独りぼっち」の寂しさ。
部屋の中をどんなに見回してみても、愛おしい人はいないから。
こんな時間に待っていたって、ハーレイは来てくれないから。
(……寂しいよ……)
なんでいないの、と涙がじんわり溢れてきそう。
さっきまでは楽しかったのに。「地球って、凄い」と夢中で本を読んでいたのに。
(ハーレイだって、今頃は書斎…)
きっとそうだよ、と愛おしい人を思い浮かべて、ハタと気付いた。
あんなに楽しく読んでいた本、何度も感動していたのに。心の中で歓声だって。
けれど、本の世界に溢れる命の輝きに酔っていた自分は…。
(…ハーレイと一緒に見られたら、って…)
一度も思いはしなかった。
ハーレイと二人で地球に来たのに、二人で生まれ変わったのに。
いつかは二人で旅をしようと、何度も約束しているのに。
(…ハーレイとサンゴ礁を見に行きたいな、って…)
思いもしないでいたのが自分で、ムササビやモモンガの森だって同じ。
ハーレイを「行こうよ」と誘ったならば、もちろん許してくれるだろうに。
「今は駄目だが、お前が大きくなったらな」と。
結婚したら二人で行こうと、イルカが泳ぐサンゴ礁にも、ムササビやモモンガが住む森にも。
(…ハーレイのこと、忘れちゃってたから…)
罰が当たったのかな、と思う今の寂しさ。「俺を忘れていただろう?」と。
そういう声が聞こえた気がする、何処からか。
「本に夢中で忘れていたな?」と、「そんなチビには、お仕置きだってな」と。
(…お仕置きなの?)
それで寂しい気持ちになるの、とハーレイに訊けるわけがない。
思念波を上手く紡げはしないし、第一、マナー違反だから。
(…でも、ハーレイなら…)
本当に自分を苛めたりはしないことだろう。「お仕置きだ」などと、意地悪に。
「俺を忘れていただろう?」と言った後には、きっと額をピンと弾いて…。
(…子供らしくて、いいことだ、って…)
チビはチビらしく過ごすことだな、と優しい声が聞こえてきそう。
「恋人気取りでキスを強請るより、忘れてるくらいが断然、いいな」と。
きっとハーレイならそうだよね、と思ったら紛れた今の寂しさ。
ハーレイの声が、また何処からか届いたようで。
「俺がいるだろ?」と、「いつも一緒だ」と。「お前と一緒に地球に来たしな?」と。
(…うん、今だって、ハーレイは…)
同じ地球の上にいてくれるのだし、寂しがっていないで甘えてみよう。
寂しい時だって、心はきっと繋がっている筈だから。
ハーレイのことを想っていたなら、心がふうわり軽くなるのが自分だから…。
寂しい時だって・了
※生き物たちの本に夢中で、ハーレイ先生のことを忘れていたのがブルー君。一人なことも。
けれど気付いてしまった寂しさ、それでも繋がっていそうな心。いつでも心は一緒ですよねv