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教え子なんだが

(当てて欲しかったのは分かるんだがな…)
 しかし俺にも都合があって、とハーレイが浮かべた苦笑い。
 ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
 前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
 遠く遥かな時の彼方で「ソルジャー・ブルー」と呼ばれていた人、その生まれ変わり。
 気高く美しかった人は帰って来てくれたけれど、子供の姿になってしまった。
 十四歳にしかならない子供に、今の自分が勤める学校の生徒になって戻ったブルー。
 今日はブルーのクラスで教えて、生徒たちに向かって投げた質問。
 「これが分かるか?」と、「分かったヤツは手を挙げろ」と。
 質問の答えが簡単だったら、「ハイッ!」と幾つも手が挙がるけれど。
 答えが難しくなればなるほど、まるで挙がらなくなってゆく。
(そういう時でも、挙げるのがあいつで…)
 今日も必死に挙げてたっけな、と小さなブルーを思い出す。
 体育はまるで駄目らしいけれど、運動以外は成績優秀なのがブルー。
 どの科目でもトップの成績、もちろん古典も文句なし。
(あいつに当てれば、もう間違いなく正解なんだが…)
 それでは俺が困るんだ、と教師の立場で考えること。
 挙がる手の数が少ないのならば、理解している生徒も少ない。
 其処で「理解できている」生徒に当てれば、スラスラと答えが返るけれども…。
(それが刺激になる時もあるし、逆になる時もあってだな…)
 他の生徒が「どうせ駄目だ」と思ってしまえば逆効果。
 正解を聞いて「そうか!」と理解し、次のステップへ進んでくれれば「いい刺激」。
 今日の質問は逆の効果が出そうな内容、だからブルーは当ててやれない。
 「分かる人しか無理なんだ」と他の生徒が思うから。
 やれば自分も出来るのだ、と生徒に自信を持たせてやるのも教師の仕事。
 あえて「手を挙げなかった」生徒を選んで、名指しで訊いた。「これの答えは?」と。


 自分の授業ではよくあること。
 当てられた生徒は慌てるけれども、「よく考えろよ?」と与えるヒント。
 教室のボードに書くこともある。正解に辿り着くための道順。
 「これの場合は、こうなって、こう」と。「それなら、こいつはどうなるんだ?」と。
 今日もそうやって、生徒に自分で考えさせた。「間違えてもいいから答えてみろ」と促して。
 少し時間はかかったけれども、きちんと返って来た正解。
 何度かミスを繰り返した末に。「本当にそうか?」と訊き返されながら。
(ああいう時には、あいつは当ててやれないんだ…)
 どんなに頑張って手を挙げてもな、と心で謝る愛おしい人。
 ブルーは「当てて欲しかった」のに。
 質問の度に手を挙げ続けて、「ぼくも当ててよ」と赤い瞳が見詰めていたのに。
(どうして俺が当てなかったか、分かってくれてはいるんだろうが…)
 それでも諦めないブルー。「もしかしたら」と挙げ続ける手。
 「答えはきちんと分かっています」と主張するのではなく、ただ「当たりたい」だけ。
 質問に答える間のひと時、独占できる「古典の教師」。
 ブルーにだけ向けられる声と瞳と、それが欲しいから「当たりたい」。
 その時間だけは、教室の他の生徒たちとは違う扱いになれるから。
 「ブルー君」と当てられたならば、教師の自分と一対一で向き合えるから。
(…あいつの気持ちは分かるんだがな…)
 そういう時間を欲しがる気持ち。
 当てられて答えるだけのことでも、ほんの束の間、二人きりの時間。
 大勢のクラスメイトが周りにいたって、一対一の教師と教え子。
 他の生徒は割り込めはしない真剣勝負で、ブルーと自分の戦いの場で…。
(あいつが正解を答えて来たなら、俺が負けるというわけだ)
 ブルーの答えが間違っていたら、余裕たっぷりに「そうなのか?」と返すのだけれど。
 「答える前に、きちんと確かめるんだな」と笑いも出来るけれども、そうはならない正解の時。
 よし、としか答えられないから。「よく分かったな」と褒めるだとか。


 生徒のブルーを褒めた場合は、教師の自分の負けになる。
 それが難問であればあるほど、「してやられる」のが教師というもの。
 実際の所は、少しも負けてはいないのだけれど。「負けたふり」のようなものだけど。
(なんたって、こっちはプロなんだしな?)
 ブルーがどんなに優秀だろうが、プロの教師には敵わない。
 他の生徒も当然同じで、成績が悪い生徒となったら、もっと敵いはしないから…。
(そっちに当てて、頑張りを…)
 引き出さないと、と考えた時は「当てない」ブルー。
 二人きりの時間を欲しがられても、真剣勝負を挑まれても。
 懸命に手を挙げていたって、けしてブルーを当てはしない。
 「ぼくに当ててよ」と赤い瞳が訴えていても、「此処にいるよ」と見詰めていても。
(優秀な生徒だからこそ、当てないんだぞ?)
 意地悪しているわけじゃないんだ、と愛おしい人を思い浮かべる。
 当てて欲しくて手を挙げ続けた人を、それでも一度も当ててやらずに終わった人を。
(…あいつが欲しがる、俺と一対一の時間ってヤツが…)
 ブルーにとってはどれほど大事か、自分だってちゃんと分かっている。
 「他の生徒は割り込めない」時間、傍から見たなら教師と生徒の真剣勝負。
 もちろん中身もそうだけれども、ブルーが欲しがるものは別。
(俺と真剣勝負をしてる間は…)
 独占できる、教師の自分。
 「ブルー君」と当てた時には、「よし、正解だ」と座らせるまで、ブルーと一対一。
 他の生徒に視線を移しはしないし、ブルーと向き合うことになる。
 スラスラと正解を口にするブルーと、ほんの少しの間だけでも。
(それが、あいつが欲しい時間で…)
 教師の俺でもいいんだよな、と零れる苦笑。
 それも「ハーレイ先生」どころか、授業の真っ最中の教師の自分。
 休み時間なら立ち話なども出来るけれども、授業は別。
 質問ともなれば真剣勝負で、大抵の生徒は「当てられないように」身を潜めるのに。


 今日もブルーが欲しがった時間。
 当てて貰って、立って答えたくて、何度も何度も挙げていた右手。
 質問の度に「はいっ!」と、直ぐに。
 「ぼくは此処だよ」と、「ぼくに当てて」と挙げ続けた手。
(…当ててやれなくて済まなかった、って気になっちまうぞ)
 あいつが分かってくれていたって、と小さなブルーの胸の中を思う。
 きっとブルーなら気付いた筈の、「当てなかった」理由。
 今日までにも何度もあったことだし、当てられた他の生徒を見れば分かること。
 どうして自分が名指しされずに、他の生徒が当てられたのか。
(分かってくれてる筈なんだが…)
 一度もブルーから聞かされていない恨み言。「どうして当ててくれなかったの?」と。
 だから気付いている筈なのだし、気付かないほど愚かでもない。
 今の自分の教え子は。…教え子になってしまったブルーは。
(しかし、それでも当てて欲しいわけで…)
 当たらないのだと分かっていたって、ブルーが挙げずにいられない右手。
 「はいっ!」と何度も、諦めないで。
 前の生の終わりに冷たく凍えた、悲しい記憶を秘めた右手を何度でも。
 「此処にいるよ」と赤い瞳で見詰めて。
 「ぼくも当ててよ」と、無理だと分かっていても。
(…俺の教え子なんだがなあ…)
 本当は俺の恋人だから、とブルーの気持ちを考えずにはいられない。
 授業の間のほんのひと時、恋人の声を、視線を独占したくて挙げられる右手。
 「はいっ!」と、いつまでも諦めないで。
 今日は自分は当たりそうにない、と気付いていたって、何度でも「はいっ!」と。
 当たりさえすれば、恋人を独占できるから。
 「ハーレイ先生」よりも更に私的な会話が出来ない、「授業中のハーレイ先生」でも。
 恋人には違いないのだから。
 声も瞳も、別人になりはしないから。


 そんなブルーを当ててやれずに終わった今日。
 埋め合わせに帰りに訪ねることさえ、出来ないままで帰ってしまった。自分の家に。
(…あいつ、どうしているんだか…)
 寂しがっていないといいんだが、と愛おしい人を想わないではいられない。
 今日は話せずに終わったブルーを、当ててさえもやれなかったブルーを。
(教え子なんだが、あいつは俺の大切な…)
 恋人だしな、と傾ける愛用のマグカップ。
 明日はブルーの家に行けるといいんだが、と。
 誰よりもブルーが大切だから。
 授業中でも「此処にいるよ」と手を挙げてくれる、小さなブルー。
 また巡り会えた愛おしい人の側にいたいと、溢れる想いは止まらない。
 今日のブルーがそうだったように。
 授業中でも手を挙げ続けて、「ぼくも当てて」と懸命に恋人の視線を求め続けたように…。

 

        教え子なんだが・了


※ハーレイ先生が当ててあげられなかったブルー君。懸命に手を挙げていたのに。
 教え子になってしまった恋人、それでも誰よりも大切な人。明日は会えるといいですよねv







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