(…ぼくの夢…)
夢は一杯あるんだけどね、とブルーの心に浮かんだこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰掛けていたら。
考えていたのは今夜の夢で、「何がいいかな」と挙げていた。
思い通りにならない世界が眠る時に見る夢だけれども、その夢について。
ハーレイとデートに行く夢もいいし、キスだってしたい。
前の自分の出番は抜きで、と考えていたらポンと出て来た言葉が「夢」。
眠る間に見る夢とは違って、起きている時に描く夢。
将来は何になりたいだとか、そういった現実の世界の夢。
(夢は一杯…)
ホントに沢山、と思うけれども、どの夢にも必ずいるのがハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
ハーレイ抜きでは描けないのが、今の自分の将来の夢。幸せ一杯だろう未来。
(今はチビだけど、前のぼくと同じ背丈に育ったら…)
唇にキスをして貰える。今は額と頬にしかキスは貰えないけれど、本物のキスを。
恋人同士のキスを交わして、キスのその先のことだって。
今だと、どちらも夢の中だけ。それも寝ている間に見る夢。
(…夢の中では幸せだけど…)
起きた途端に引き戻される悲しい現実。今の自分はチビの子供で、夢の中よりずっと小さい。
夢の世界でハーレイとキスを交わしていたのは、自分ではなくて…。
(…前のぼくだってば…)
あれはそうだ、と気付いてしまう。今の自分ではなかったのだ、と。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた前の自分が出てくる、目覚めたら悲しくなってしまう夢。
「ぼくじゃなかった」と、「前のぼくにハーレイを盗られちゃった」と。
何度も悲しい思いをしたから、前の自分は抜きで見たいのが夢。眠る時には。
けれども起きている時だったら、前の自分は出てこない。
いくらでも夢を描き放題、ハーレイとの幸せな未来について。
大きくなったらハーレイとキスで、キスのその先のことだって出来る。
デートにも行けて、ハーレイの車でドライブも。
(だけど、一番大きな夢は…)
結婚だよね、と顔が綻ぶ。今の自分の夢と言ったら、「ハーレイのお嫁さん」だから。
まだ両親にも話していなくて、心の中にだけ入っている夢。
ハーレイと何度も約束していて、いつかは夢が叶う日が来る。
前の自分とそっくり同じ姿に育って、結婚できる年になったら。
プロポーズされて、「うん」と返事をしたならば。
(そしたら、ハーレイのお嫁さんだよ)
今はハーレイが家に来てくれても、必ず別れの時が来る。
この部屋でお茶を飲んでいたって、「またな」と椅子から立ち上がるハーレイ。
(…今日は来てくれなかったから…)
別れの言葉は無かったけれども、来てくれた時には耳にするのが「またな」という声。
ハーレイは帰って行ってしまって、一人ポツンと残される。
同じ屋根の下に両親がいても、包まれる独りぼっちの寂しさ。
愛おしい人と一緒に帰れはしなくて、此処に取り残されるから。
(またな、って言ってくれるけど…)
次にハーレイが来てくれる日がいつになるのか、大抵は分からない別れ。
週末だったら確実だけれど、平日の場合はそうはいかない。
(ハーレイが来ようと思っていても…)
会議があったり、柔道部の指導が長引いたりと、何が起こるか読めない翌日。
同僚との食事に誘われたって、ハーレイはそちらを優先だから…。
(来るって約束、してくれなくて…)
別れ際に聞く「またな」の言葉は、挨拶代わりのようなもの。
「また」が明日なのか、明後日なのか、それさえも教えて貰えはしない。
だから、いつでも見送るだけ。
日曜だったら、歩いて帰ってゆくハーレイを。平日だったら、ハーレイが乗っている車を。
そんな具合に別れなくてはいけない今。
キスを貰えないことより何より、辛いのが置いてゆかれること。
何度涙を零しただろうか、「独りぼっちになっちゃった」と。
もっと悲しい「独りぼっち」を知っていたって、寂しい気持ちは変わらない。
(…メギドでも独りぼっちだったけど…)
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして泣きじゃくった自分。
「もうハーレイには二度と会えない」と、「絆が切れてしまったから」と。
あの悲しさに比べたら、と思ってはみても、前の自分と今の自分は違うから…。
(やっぱり悲しくなっちゃうんだよ…)
ハーレイが帰って行ってしまって、この家に一人、残されたら。
遠ざかる背中やテールライトを見送った後で、家の中に戻る時になったら。
両親の前では平気なふりを装うけれども、心の中には穴がぽっかり。
愛おしい人は帰ってしまって、次に会う約束も交わしてはいない。
何の約束も聞いていなくて、「またな」の「また」は、いつなのか謎。
二階の部屋へと続く階段、それを上ってゆく間も溜息。
「ハーレイ、帰って行っちゃった」と。
幸せだったのに、また来てしまった別れの時間。次はいつかも分からないなんて、と。
(だけど、ハーレイと結婚したら…)
もうお別れをしなくてもいい。ハーレイは「またな」と帰りはしない。
ハーレイがいるのは、ハーレイが暮らす家だから。
今は「またな」と帰ってゆく家、其処に自分が「お嫁さん」になって行くのだから。
二人一緒に暮らしているなら、ハーレイは帰らなくていい。
自分も背中やテールライトを寂しく見送らなくてもいい。
ハーレイは背中を向ける代わりに、「ただいま」と家に帰ってくる。
仕事を終えたら、前のハーレイのマントと同じ濃い緑色の愛車に乗って。
それがガレージに入ってくるのに気付いたら…。
(おかえりなさい、って…)
玄関まで迎えに出てゆけばいい。ガレージまで駆けて行ったりもして。
お嫁さんならそうだよね、と思うこと。
「いってらっしゃい」と見送りはしても、「またな」と置いてゆかれはしない。
ハーレイが仕事に行っている間は、家で何をして過ごそうか…?
(お料理はハーレイの方が上手いし…)
家事はしなくていいとも言われた。「お前が家にいてくれるだけでいいんだ」と。
きっとハーレイなら言葉通りに、何もかもやってしまうのだろう。
一人暮らしが長いのだから、掃除も洗濯も慣れたもの。
慣れない自分が格闘するより、ずっと早いに決まっている。何をするにしても。
(…ぼくが寝てる間に、朝御飯の支度も掃除も全部…)
済んでいそうで、留守番くらいしか出来そうなことがない自分。
昼御飯も出来ていそうだから。「お前の昼飯、其処だからな」と作ってあって。
もしかしたら、午前と午後のおやつも用意してあるだとか。
(…おやつだったら、ハーレイの好きなパウンドケーキ…)
母が焼いてくれるパウンドケーキが、今のハーレイの大好物。
隣町に住むハーレイの母が焼くのと、そっくりな味がするという。不思議なことに。
つまりハーレイのおふくろの味で、留守番の間にそれが焼けたらいいけれど…。
(ママにレシピを教わって、練習…)
最初から上手くは出来ないだろうし、きっと何度も練習だろう。
ハーレイが仕事をしている間に、母に習いに出掛けてゆくとか、家で一人で練習だとか。
(卵と、バターと、お砂糖と…)
それに小麦粉、全部を一ポンドずつ使って焼くから「パウンド」ケーキ。
材料を計ってせっせと混ぜて、オーブンに入れて…。
(上手く焼けたらいいけれど…)
失敗して見事に焦げてしまっても、ハーレイなら、きっと…。
(美味そうだな、って…)
気にせずに食べてくれるのだろう。
真っ黒焦げで、パウンドケーキに見えないような出来上がりでも。
味見した自分も「大失敗だよ」と泣きそうなくらいに、とんでもない味に焼き上がっても。
ハーレイだったらきっとそうだ、と夢見る二人で暮らす毎日。
酷い仕上がりのパウンドケーキさえ、喜んでくれるだろう恋人。
家に帰って来てそれを見るなり、「お前、作ってくれたのか?」と。
「俺はこいつが大好きなんだ」と、「今日のも、きっと美味いだろうな」と。
(…どんな出来でも、褒められちゃうから…)
本当に美味しく出来上がった時に、それを分かって貰えるかどうか、ちょっぴり心配。
自分の努力は報われるのかと、とびきりの笑顔が見られるのかと。
(でも、ハーレイのお母さんの味…)
再現したなら、ハーレイが気付かない筈がない。母のケーキに気付いたのだから。
今もパウンドケーキが出る度、「美味いんだよな」と喜ぶから。
(やっと出来たな、って大感激とか…?)
もう高々と抱き上げてくれて、幾つものキスを貰えるだろうか。
唇はもちろん、頬にも、額にも、幾つも幾つも御褒美のキス。
「流石は俺の嫁さんだ」と、「このケーキが食いたかったんだ」と。
(きっと、そんな感じ…)
大喜びでケーキを食べた後には、自分も食べて貰えるのだろう。
チビの自分はキスさえ許して貰えないけれど、結婚したなら一緒にベッドに行けるから。
(お別れどころか、朝まで一緒…)
そして起きたら、ハーレイが作ってくれた朝御飯。
二人で幸せに食べ終わったら、「いってらっしゃい」と見送る平日。
休日だったらデートにドライブ、考えるほどに尽きない夢。
いくら見たって、次から次へと幸せな夢が湧き上がる。
(…今のぼくの夢、とても沢山…)
だけど一番の夢は結婚、と浮かべた笑み。
どんな夢にも出て来るハーレイ、前の生から愛した恋人。
そのハーレイとの「お別れ」が二度と来なくなるのが、結婚だから。
結婚したら二人一緒に暮らして、朝まで同じベッドで眠っていられるのだから…。
今のぼくの夢・了
※ハーレイ先生との結婚を夢見るブルー君。結婚以外の夢もハーレイ先生で一杯の未来。
結婚したらこんな感じ、と描いてみる今の自分の夢。お別れは無しで、幸せな日々v