(…夢なあ…)
夢か、とハーレイの心に浮かんだ言葉。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒーを口に含んだら。
愛用のマグカップに淹れた熱いコーヒー、何の変哲もないけれど。
特別なものではないのだけれども、不意に掠めた「夢」というもの。
眠っている間に見る夢とは違って、心に描く夢の方。
子供だったら将来の夢とか、そんな具合に言われる夢。
(俺の場合は、とっくに教師になっちまったし…)
柔道も水泳も「プロの選手にならないか」と誘いが来るほど、腕を磨いた。
教師の道に進んだ後にも、行く先々で頼りにされる。クラブ活動の顧問として。
(好きな古典の教師をやりつつ、柔道も水泳も続けられてだ…)
俺の夢は叶っているわけなんだが、と歩んだ道を振り返ってみる。
「描いた夢なら叶えて来た」と、「諦めなければ夢は必ず叶うものだ」と。
教え子たちにも、何度そう繰り返して来たことか。
「諦めるなよ」と、「諦めたら其処で終わりだからな」と授業で、クラブ活動で。
そういうものだと信じているし、自分でもそれを証明して来た。
自分の夢は掴み取って来たし、掴み損ねた夢などはない。
(人間、夢をしっかりとだな…)
持ち続けていれば叶うもんだ、というのが自分の信条。
そうして夢を幾つも叶えて、これからだって。
(今は我慢の時でだな…)
何年か待ったら、もう最高の夢が叶うんだ、と思い浮かべた小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今はまだ十四歳にしかならない子供で、キスも出来ない恋人だけれど…。
(あいつが育って、十八歳になったら結婚式だぞ)
それが今の俺の夢だよな、と幸せな気分。
まだまだ夢はこれからなんだと、しっかり掴んでゆかないと、と。
小さなブルーが育たない内は、叶ってくれない自分の夢。
キスさえ交わせはしないわけだし、恋人と言っても見守るだけ。
(それも悪くはないんだが…)
前のブルーが失くしてしまった子供時代。成人検査と人体実験で失くした記憶。
何一つ覚えていなかったブルー、それを自分も覚えているから、今は幸せでいて欲しい。
優しい両親と暮らす暖かな家があるのだし、子供らしく、うんと我儘も言って。
そういうブルーを見守る日々も幸せなもので、何十年でも待てるけれども…。
(しかし、やっぱり…)
夢は結婚することだよな、と改めて自分に確認してみる。
小さなブルーと過ごす時間も好きだけれども、必ず来るのが別れの時間。
一緒に暮らしていないのだから、「またな」と別れを告げるしかない。
軽く手を振って、「また来るから」と乗り込む愛車や、歩き始める道路やら。
ブルーも名残惜しそうだけれど、自分の方でも思いは同じ。
もっと一緒にいられたら、と振り返りながら歩く道やら、名残惜しく思う車の運転席。
(あいつと結婚できない間は…)
別れの時間が訪れるのだから、なんとも寂しい気持ちではある。
ブルーの家族ではない今の自分は、ブルーの側で暮らせはしない。
それはブルーの方も同じで、今の自分が仕事を終えて家に帰っても…。
(迎えてくれる人はいない、ってな)
灯りは自動で点くのだけれども、人の気配がしない家。
前はそれでも平気だったのが、小さなブルーに出会って変わった。
大抵の日は「やっと我が家だ」とホッとするのに、たまに零れてしまう溜息。
ガレージに愛車を停めてみたって、中から開きはしない玄関。
庭を横切って歩く間も、カーテンさえも開かない家。
帰りを待っていてくれる人はいないから。
「おかえりなさい!」と玄関を開けて、愛おしい人が顔を覗かせはしないから。
それに気付くと少し寂しい。「独りだよな」と。
一人暮らしは長いわけだし、まるで感じはしない不自由。
料理は得意で趣味と呼べるほど、他の家事だって苦にならない。
掃除や洗濯、そういったことも叩き込まれた学生時代。運動部員だったから。
(先輩たちが厳しく躾けるからなあ…)
元から料理が好きでなくても、誰だって出来るようになる。そういう世界で育った自分。
お蔭で、教師の道を選んで、この町で暮らし始めた時にも…。
(何処にどういう店があるのか、ザッと確認さえしたら…)
何も困りはしなかった。
仕事が終われば帰りに買い出し、その日の気分で色々な料理。
一人の食卓も充分満足、「美味い!」と自分で自分の料理を褒めたりもして。
(次はこういう工夫をしよう、とか…)
考えることは幾つもあったし、夕食の後はコーヒーを淹れて寛ぎの時間。
書斎だったりリビングだったり、これまたその日の気分で決めて。
(…その辺は今も、まるで変わっちゃいないんだが…)
基本の所は同じなんだ、と思ってはいても、たまに覚えてしまう寂しさ。
「此処にあいつがいてくれたら」と。
今は無理だと分かっていても。
小さなブルーが前と同じに育たない内は、キスも出来ないと分かっていても。
(あいつが此処にいてくれたらなあ…)
もう何もかもが違うんだ、と何度も夢を描いて来た。
まだこの家には来ない恋人、来られない小さなブルーを想って。
今のブルーは、この家を訪ねて来るのも禁止。自分が「来るな」と言い渡したから。
(自業自得だと思いはしないが…)
あれは必要な決まり事だ、と理解していても、寂しくなるのはまた別の話。
「ブルーが此処にいてくれたら」と、「まだまだ来てはくれないんだが」と。
家に帰ってもブルーはいなくて、玄関の鍵も扉も自分で開けて入るしかない。
「おかえりなさい!」という声も聞けずに、人の気配が無い家に。
前はこうではなかったんだが、と思ってみても始まらない。
自分はブルーに出会ってしまって、前と同じに恋をしたから。
それも前よりずっと小さくなったブルーに、まだ十四歳にしかならない人に。
(いったい何処で間違えたんだか…)
今のあいつとの出会い方、と苦笑したくなる神の悪戯。本当は奇跡なのだけれども。
小さなブルーに現れた聖痕、あれで取り戻した前の生の記憶。
だから奇跡で、神の悪戯ではないと知っている。
今のブルーが子供時代を楽しめるように、神が選んで決めた出会いの時なのだけれど…。
(待ち時間ってヤツがたっぷりでだな…)
まだまだブルーは来やしないんだ、と見回してみる自分の周り。
本がズラリと並んだ書斎にブルーはいなくて、他の部屋へ捜しに行っても無駄。
小さなブルーは両親と一緒に、何ブロックも離れた家にいるのだから。
(あいつと結婚できない間は、俺は一人で…)
寂しい独身人生ってヤツだ、と心の中で思う「今」。
これが当分続くわけだと、「あいつが育って十八歳にならないと」と。
ブルーが結婚できる年になったら、もう早速にプロポーズ。
もちろんブルーは断らないから、後はブルーの両親次第。
(可愛い一人息子が、男の俺と結婚するってことになったら…)
腰を抜かすと思うんだが、と今から未来が見えるよう。驚き慌てるブルーの両親。
「息子さんを下さい」と頼みに行ったら叩き出されて、門前払いの日々かもしれないけれど。
結婚までには苦労が山ほど、茨の道が待っているかもしれないけれど。
(そうなった時は、頑張って乗り越えていかんとな?)
夢は諦めたら終わりなんだぞ、と自分自身を叱咤する。
ブルーと結婚するのが今の自分の夢なら、しっかり掴み取らないと、と。
思いがけない壁に阻まれて、そう簡単には進めなくても。
夢に見ているデートさえもが、あっさりと叶いはしなくても。
ブルーを迎えに出掛けてみたって、「お帰り下さい」と門前払い。
二階のブルーの部屋の窓から、悲しい瞳の恋人がこちらを見ているだとか。
(何が起こっても、負けてたまるか…!)
其処で諦めたらおしまいなんだ、と改めて思う「夢」のこと。
夢は自分で掴むものだし、諦めなければいつか必ず叶うもの。
生徒たちにもそう教えて来て、自分だってそう歩んで来た。子供時代から今に至るまで。
(だからだな…)
今の俺の夢がそれなら叶えるまでだ、と思う結婚。
小さなブルーが育った時には、夢を叶えてブルーと二人。
この家で暮らして、別れの時間は来はしない。「またな」と別れなくてもいい。
(あいつを嫁さんに貰うってことが…)
夢だからな、と自分に誓う。
今度こそブルーと幸せに生きてゆきたいのだから、夢は必ず叶えねば。
ブルーの両親に叩き出されて、門前払いの試練が続いても。
玄関先で追い払われては、デートも出来ない日々ばかりでも。
(それでも、俺が諦めなければ…)
夢が叶って結婚なんだ、と夢見る未来。
いつかはあいつと結婚式だと、ブルーと二人で暮らすんだから、と…。
今の俺の夢・了
※幾つもの夢を叶えて来たのがハーレイ先生。そして今の夢はブルー君との結婚ですけど。
もしかしたら門前払いの日々になるかも、けれど諦めたら其処でおしまい。夢は掴むものv