(今日はハーレイ、盗られちゃった…)
柔道部員の生徒たちに、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は学校でしか会えなかったハーレイ。
挨拶をして、ほんの少しの立ち話。
それでも充分、嬉しいけれど。会えないよりはマシなのだけれど、ちょっぴり寂しい。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
時間が許す限り一緒にいたいし、出来れば二人きりがいい。
(学校だったら、先生と生徒になっちゃうし…)
それに人目もあるものだから、恋人同士の会話は無理。
恋人のハーレイに会いたかったら、この部屋で。
仕事帰りや、週末などに家を訪ねて来てくれるハーレイ。
その時だけが恋人同士の時間で、この部屋の中でないといけない。
両親は何も知らないのだから、父と母の目が届かない場所でだけ恋人同士になれる。
もっとも、キスも出来ないけれど。
キスを強請っても、「俺は子供にキスはしない」とハーレイは叱るのだけれど。
(それでも恋人同士だしね?)
こんなチビでも「俺のブルーだ」と、優しく抱き締めてくれるハーレイ。
膝の上に座って甘えてもいいし、キスは駄目でも幸せな時間。
けれども、今日は駄目だった。
「来てくれるかな?」とチャイムが鳴るのを待っていたのに、日が暮れて。
ハーレイが来るには遅すぎる時間、そういう時刻になってしまって。
(…会議か、仕事だったんだろうけど…)
でも、と頭に浮かんでくるのが柔道部員。
彼らは放課後、ハーレイに会った筈だから。
会議がある日も、仕事がある日も、ハーレイは指導に行くのだから。
まるで詳しくない柔道。
けれど分かっていることが一つ、ハーレイが学校に来ている日なら…。
(放課後は絶対、柔道部の方に行くんだよ)
自分が指導する時間は無くても、その日のクラブ活動について、部員に伝えに。
どういう練習内容にするか、何時まで練習を続けるのか。
(それを伝えないと駄目だ、って…)
前にハーレイから聞いた。「そいつが俺の役目だからな」と。
お飾りではない、「柔道部の顧問」という立場。
学生時代はプロの選手に誘われたほどの、柔道の腕を持っているのがハーレイ。
柔道部員の力を伸ばしてやるにはどうすればいいか、よく分かっているものだから…。
(必ず指導で、柔道部員の体調とかも確かめて…)
それから会議や仕事にゆく。どんな時でも、顔を合わせる柔道部員たち。
ハーレイはとても真面目なのだし、全員に声を掛けながら。
自分が指導できない日ならば、普段以上に心を配って。
一人ずつ順に名前を呼んでは、「調子はどうだ?」と訊いたりもする。
(ハーレイ、凄く優しいから…)
それに勘だって鋭いのだし、柔道部員の僅かな変化にも気付く筈。
無理をして出て来た生徒がいたなら、「お前、具合が悪いんじゃないか?」と。
何処かを傷めた生徒がいたって、直ぐに指摘して。
(その足じゃ、今日の練習は無理だ、って叱ったり…)
体調が悪い生徒に気付けば、「お前は今日は見学だ」とか。
きっとハーレイなら見落とさない。
いつも見ている部員たちだけに、彼らが嘘をついたって見抜く。
「大丈夫です」とやせ我慢をするとか、怪我をしていないふりだとか。
生徒の顔をじっと見詰めて、「本当か?」と。
「俺にはそうは思えないがな」と、「その足、ちょっと動かしてみろ」と。
それで嘘をついたことがバレても、ハーレイならば叱らない。
決して、頭ごなしには。…彼らが無理をしようとしたこと、それにも理由があるのだから。
練習を休めば、柔道の腕は落ちるという。
体育さえも見学ばかりの自分にはよく分からないけれど、「なまっちまう」と聞かされた。
毎日きちんと練習すること、その積み重ねで上達してゆく。
(今日は出来なかったことが、明日になったら出来るとか…)
そんな具合に伸びてゆくけれど、休んでしまえば伸びてくれない。
練習を休めば、たちまち身体が忘れてしまう。
どう動くのがいいか、対戦相手にどう向き合うか。
せっかく練習を重ねて来たのに、忘れるのはとても早いらしい。
(一日くらいなら、忘れなくても…)
まるで練習しないでいたなら、三日もすれば、もう動けない。
そうなる前に、サッと動けていたようには。
考えなくても身体が動いて、技をかけたり、かけられた技を躱したようには。
(そうなっちゃったら、置いていかれちゃうから…)
他の部員は先へと進んで、取り残されてしまう「休んだ」部員。
「それは嫌だ」と、無理をしたくもなるだろう。
ほんのちょっぴり頭痛がするとか、熱っぽいとかいうだけならば。
足が痛いと思っていたって、歩く分には問題が無いようならば。
(…ぼくなら休んで見学だけど…)
体育の授業を休むけれども、休みたくないのが柔道部員。毎日の放課後の練習を。
朝の練習が終わった後に、何処か具合が悪くなっても。
休み時間に歩いた廊下や階段、其処でウッカリ足を捻ったりしていても。
(…休んじゃったら、その分、腕が落ちちゃうから…)
無理をしてでも練習を、と思うのが柔道部員たち。
けれども、それは間違いらしい。
ハーレイがそう言っていた。
無理をした分、回復が遅くなってゆくから、大きな故障に繋がりかねない。
ほんの一日休んでいたなら、治った筈の体調不良。それで一週間寝込むとか。
何日か休めば引いた筈の痛みが取れなくなって、一ヶ月ほど見学する羽目に陥るだとか。
まだまだ未熟な生徒だからこそ、見極められない自分の体調。
無理をしていいか、しては駄目なのか、その判断も出来ないくらいに。
(だからハーレイが見に行って…)
一人一人の様子を確かめ、それから決める練習内容。自分が指導できない日でも。
今日はそういう日だっただろうか、それとも柔道部を指導した後で…。
(会議だったとか、他の先生たちと食事とか…)
ハーレイがどう過ごしたのかは分からないけれど、間違いないことが一つだけ。
柔道部員の生徒たちとは、放課後に顔を合わせたこと。
全員と幾つか言葉を交わして、適切な指示をしたということ。
ハーレイが指導をする時にだって、健康チェックは欠かさないから。
朝の練習では元気だった生徒、それが放課後には体調不良になっていることもあるのだから。
(…柔道部員は、ちゃんと放課後にハーレイに会って…)
一人ずつ言葉も掛けて貰って、もしかしたら一緒に練習だって。…いつものように。
けれど自分は家に一人で、ハーレイは来てくれなくて…。
(…柔道部員に盗られちゃったよ…)
身体のことを心配してくれるハーレイを、と悔しい気持ち。
ハーレイだったら、身体ばかりか心にも気を配るだろう。
悩み事を抱えた生徒がいたなら、きっと見抜いてしまうから。「どうしたんだ?」と。
心に悩みを抱えたままだと、練習中に起こりかねない怪我。
上の空では技を躱せはしないし、かけたつもりの技に失敗したりもする。
(ハーレイ、前に言ってたもんね…)
心技体を鍛える武道が柔道、心も強くなければ、と。
強い心を作るためには、自分に打ち克つことも大切。
悩みがあるならきちんと整理し、自分自身が克服すること。
「その手伝いも俺の役目だからな」と、「気付いたら無視は出来んだろうが」と。
今日も誰かが悩みを聞いて貰っただろうか、ハーレイに…?
全員が元気だったとしたって、ハーレイはそれを確かめに出掛けたのだから…。
いいな、と零れてしまう溜息。
自分は家で独りぼっちで過ごしていたのに、柔道部員はハーレイと一緒。
ほんの少しの間だけでも、一人一人に配られる視線。それから言葉。
(…ハーレイは、ぼくのハーレイなのに…)
柔道部の顧問の先生だけれど、前のぼくだった時から恋人、と悲しい気分。
「今日はハーレイを盗られちゃった」と、「ハーレイ、来てくれなかったから」と。
もしも自分がチビの子供でなければ、ハーレイは側にいてくれるのに。
結婚して一緒に暮らしていたなら、「ただいま」と帰って来てくれるのに。
(柔道部の生徒と会った後には、ぼくが待ってる家に帰って…)
それからゆっくり二人で過ごして、眠る時にも同じベッドで。
ハーレイの帰りが遅くなっても、先にベッドで眠っていたら…。
(遅くなってすまん、って…)
声が聞こえて、ふわりと抱き締められるのだろう。温かな腕で、広い胸の中に。
ハーレイは自分の恋人だから。…前の生から恋人同士で、生まれ変わっても出会えたから。
(…今は柔道部員に盗られちゃうけど…)
結婚したら、ハーレイは誰にもあげないんだから、と眺めたハーレイの家の方角。
何ブロックも離れているから、ハーレイの姿は見えないけれど。
窓から覗いても家の屋根さえ見えないけれども、其処で暮らしているハーレイは…。
(絶対、誰にもあげないからね)
ぼくと結婚した後は、と思う自分の未来のこと。
ハーレイが柔道部員をどんなに気にしていたって、家に帰れば自分のもの。
「おかえりなさい」と抱き付いて迎えて、キスを交わして、二人きり。
後は朝まで誰にもあげない、とハーレイの顔を思い浮かべる。
「ハーレイは、ぼくのハーレイだもの」と。
結婚したら二人で暮らすんだからと、ハーレイはぼくだけのハーレイだよ、と…。
誰にもあげない・了
※ハーレイ先生を「柔道部員に盗られちゃった」と思うブルー君。自分の家で会えなくて。
けれども、いつか結婚したなら、家に帰って来たハーレイ先生をしっかり一人占めv