(お星様…)
あそこに宇宙があるんだよね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
大好きなお風呂にゆっくり浸かって、ちょっぴり熱くなりすぎた身体。
少し冷まそうと部屋に戻って、カーテンの向こうの窓を細めに開けてみた。
そうすれば夜風が入って来るから、直ぐに心地よく冷えてゆく。
けれど冷えすぎは身体に悪いし、開けた時間は少しだけ。
きっと一分も開けてはいなかったと思う。風邪を引いたら大変だから。
(学校、休まなきゃいけないし…)
休んだら学校では会えないハーレイ、前の生から愛した恋人。
学校では「ハーレイ先生」だけれど。敬語でしか話せないのだけれど。
それでも会えたら嬉しいのだから、風邪で学校は休みたくない。しかも自分のミスなどで。
だからピシャリと閉めた窓。「もうおしまい」と。
カーテンもきちんと閉めなくちゃ、と引っ張ろうとして夜空の星に気が付いた。
窓ガラスの向こう、庭の木たちの梢の上に幾つもの星。
とっても綺麗、と眺めたそれ。「宇宙みたい」と。
其処でクシャンと一つクシャミで、慌てて窓の側から離れた。
「此処だと冷えてしまうみたい」と、「風邪は嫌だよ」と。
もうカーテンもきちんと閉めたし、ベッドの端に座っていたって星は見えない。
窓のある場所を塞ぐカーテン、それがあるだけ。
(でも、あの向こうに、今なら宇宙…)
夜の間は見えるんだよね、と夜空に散らばる星たちを思う。
ソル太陽系の中の惑星はもちろん、何光年も離れた所の星たちの姿も見えるのが夜。
太陽が邪魔をしないから。
強い光で空を照らして、青く染め上げはしないから。
太陽が昇る昼の間は、星たちは空に輝けない。せいぜい、昼の月くらい。
それもぼんやり白い姿で、気を付けていないと見落とすほどの。
昼は脇役にもなれない星たち、それが幾つも瞬く夜。
まるで宇宙を見てるみたい、と思うくらいに綺麗だった夜空。
(夜だけ、宇宙と繋がるんだよ)
昼の間は無理だけど、と青空という名のカーテンを頭に思い浮かべる。
それともあれはシャッターだろうか、昼の間は閉じてしまって空と宇宙を切り離す。
シャングリラにあった隔壁みたいに、ピシャンと閉まって。
(閉めなくっても、大丈夫だと思うんだけど…)
地球の大気が漏れ出したりはしないわけだし、要らないシャッター。気密隔壁。
けれども昼は閉まってしまって、宇宙の星は一つも見えない。
夜にシャッターが開かないと。
シャッターでなければ青空のカーテン、それを開いて貰わないと。
(太陽の光の反射だけどね?)
あの青空は、と頭では分かっている仕組み。
前の自分も百も承知で、その目で確かめてさえもいた。
アルテメシアで船の外へと出て行った時に。
雲海を抜けたら青い空だし、更に上へと飛んで行ったら暗い宇宙に出ることを。
(青い地球でも、仕組みはおんなじ…)
だから昼間でも青空の上は、夜と同じに輝く星たち。
地面の上から眺めてみたって、見えないだけで。
どんなに暗い所へ行っても、青空が見える所では無理。…昼の間は。
それが夜だと、消えるシャッター。開けて貰える青空のカーテン。
さっき星たちを目にしたけれども、本当に宇宙と繋がったよう。
前の自分が旅した宇宙と、何度となく生身で飛び出した場所と。
(…ホントは、ちょっぴり違うんだけど…)
夜の空と宇宙は違うよね、と思うのが星たちの輝く姿。
窓の向こうに見えていた星は、チラチラ綺麗に瞬いたけれど。
星は瞬くものだけれども、そう見えるのは大気のせい。
宇宙に出たなら大気が無いから、見られない瞬く幾つもの星。
それが一番大きな違い、と前の自分が見ていた宇宙を思い出す。
シャングリラの窓の向こうにも見たし、生身で飛んで行ったりもした。
白い鯨が出来上がる前は、船での暮らしに必要な物資を人類の船から奪うために。
そういう時代が過ぎた後にも、アルテメシアに落ち着くまでは何度も船の外に出た。
仲間が小型艇で出るより、前の自分が出て行った方が早いから。
船の準備も要りはしないし、宇宙服だって要らないから。
(…前のぼく、とても凄くない?)
今のぼくより、と眺めた細っこい手足。
前の自分もアルタミラから逃げ出した頃は、今の自分と変わらないチビ。
成人検査を受けた時のままで成長を止めて、心も身体もチビの子供のままだったから。
そんな姿でも、生身で宇宙を駆けていた自分。
船の仲間が生きてゆけるよう、様々な物資を奪い取るために。
瞬かない星が散らばる宇宙を飛んでは、食料などを持って帰った。仲間が待っている船へ。
(…瞬間移動で盗み出せたのも、凄いんだけど…)
それより宇宙、と閉めたカーテンの方を眺める。
今の自分は窓を細めに開けただけでも、冷えすぎたら風邪を引くけれど。
「風邪を引いたら、学校に行けなくなっちゃうから」と、急いで窓を閉めたのだけれど。
(……宇宙って、とても寒いんだよね?)
恒星の光が照り付けないなら、とんでもなく寒いのが宇宙。
今の自分は学校の授業で教わったけれど、前の自分も知っていた。
漆黒の闇が広がる宇宙は、とても過酷だということを。
照り付ける恒星の光が無ければ、たちまち凍ってしまいそうな場所。
逆に恒星が近すぎたならば、容赦なく炙られて高温になる。
それに耐えられるよう、宇宙船の外壁は堅固なものでなければならない。
呼吸するための酸素も無いから、船には気密隔壁を。
船の一部が損傷したなら、たちまち空気が漏れ出すから。
中の酸素が薄くなったら、人は意識を失くして死んでしまうのだから。
寒すぎる場所や暑すぎる場所が、当たり前のようにあったのが宇宙。
酸素どころか大気さえ無くて、代わりに飛び交う宇宙線。
人間の身体には有害なもので、遠い昔は宇宙船の中に乗っていてさえ危険だったもの。
防ぐ方法はまだ出来ていなくて、船の外壁を貫通したりもしたものだから。
(前のぼくの頃は、そういうのはもう無かったけれど…)
それでも宇宙に出てゆくのならば、欠かせなかったものが宇宙服。
シールドを張れるミュウといえども、安全のために皆が着用するルール。外に出るなら。
けれども、前の自分の場合は、宇宙服など要らないもの。
恒星が無くて酷寒だろうが、恒星が近くて灼熱地獄と化していようが。
(寒いとか、暑いとか、そういうの…)
気にしてさえもいなかった。船の外へと出る時は。もちろん、宇宙線だって。
身体の周りに纏ったサイオン、その青だけがあれば充分。
どういう仕組みになっていたのか、どんなに飛んでも尽きなかった酸素。
暑さも寒さも感じなかったし、宇宙線の害も受けてはいない。
(高エネルギーって…)
船の仲間たちはそう言っていた。
前の自分が飛んでゆく時は、高エネルギーを纏っていると。
自分では自覚しなかったけれど、凄い力があったのだろう。前の自分には。
それに比べて今の自分は、宇宙どころか…。
(夜風で風邪を引いちゃうんだけど…!)
弱い身体のチビなのだから、夜風だけで引いてしまうのが風邪。
もしも宇宙に生身で出たなら、途端に死んでしまうのだろう。
寒すぎる場所なら凍えてしまって、暑すぎる場所なら焦げてしまって。
(そんな所じゃなくっても…)
酸素が無いだけでもう駄目だから、とチビの子供でも分かること。
息が出来なくて死んでしまうし、なにより宇宙は真空の場所。
チビの自分はペシャンと潰れて、それっきり。
生身で宇宙を駆けるどころか、ひしゃげた死体になっておしまい。
(…今のぼくだと、宇宙、見るだけ…)
窓の向こうの夜空を仰いで、「繋がってるよ」と夢見る程度。
生身で飛び出して行けはしないし、今の自分には遠すぎる宇宙。
昼の間は閉まってしまう青空のシャッター、それが間にあるかのように。
夜には星が見えていたって、今の自分は星たちの中を飛んでゆくことは出来ないから。
(…前のぼくなら、近かったのにね…)
今だとホントに遠すぎるよ、と零れる溜息。
青い地球には来られたけれども、宇宙は遠くなったみたい、と。
もっとも宇宙でやりたいことなど、今の自分には無いけれど。
やらねばならない仕事だって無いし、遠くたって困らないけれど、と思った所で気が付いた。
(…宇宙から、地球…)
それを一度もまだ見てないよ、と思い出した前の自分の夢。
生まれ変わって青い地球に降りてしまった自分は、宇宙船に乗ったことが無い。
だから知らない、宇宙から見た青い地球。…前の自分が焦がれた星。
前のハーレイと一緒に行こうと、幾つもの夢を描いた星。
(だから、ハーレイと見に行くんだっけ…)
いつかハーレイと結婚したなら、新婚旅行は宇宙から青い地球を見る旅。
そう約束を交わしているから、初めて宇宙へ出てゆく時はハーレイと。
前の自分たちの夢だった地球を、青い水の星を眺める旅行。
(…でも、その旅行だって、まだまだ先…)
まだハーレイとキスも出来ないんだから、と悔しい気分。
「宇宙船に乗って出掛ける宇宙も、今のぼくには遠すぎるよ」と。
けれどいつかは行ける旅だし、今は夜空を眺めるだけ。
夜風で風邪を引かない程度に、ほんのちょっぴり、窓ガラス越しに。
「あの空は宇宙に繋がってるね」と、瞬く星たちを仰ぎながら。
今のぼくには遠すぎるけれど、いつかハーレイと一緒に出掛けてゆくんだから、と…。
遠すぎる宇宙・了
※前のブルーは生身で宇宙に出てゆけたのに、今のブルー君は夜風で風邪を引きそうな身体。
宇宙は遠すぎるみたいですけど、いつかハーレイと新婚旅行に出掛けてゆくのですv