(宇宙か…)
この時間なら見えるんだよな、とハーレイがふと考えたこと。
夜の書斎でコーヒー片手に、暗いだろう外の景色を思って。
書斎に窓は無いのだけれども、コーヒーを淹れていたキッチン。
あそこの窓から外が見えたし、「晴れているな」と見上げた夜空。何の気なしに。
それきり特に注意も払わず、改めて眺めもしなかったけれど。
此処へ来るまで、すっかり忘れていたのだけれど…。
(夜には星が見えるんだ…)
昼の間は見えない星たち、太陽の強い光が隠してしまうから。
晴れていたって空は青いだけ、せいぜい昼間の月がぼんやり見える程度で。
けれど夜には輝く星たち、宇宙の遥か彼方まで見える。
ソル太陽系の中の惑星どころか、何光年も離れた所にある星までが。
(宇宙と繋がっちまうんだな…)
この時間は、と空にあるだろう星たちを思う。
暗い所に行けば行くほど、夜は宇宙が近付いてくる。町の光が消えてゆくから。
家が少ない山の中とか、海辺だとか。
そういう場所なら降るような星で、天の川だって鮮やかに見える。その季節には。
もっと人里離れた場所なら、もう本当に…。
(宇宙みたいに見えるらしいが…)
生憎とまだ見ていないよな、と前に何処かで読んだ話を思い出す。
人など住んでいない砂漠で見上げる夜空。
怖いくらいに青いのだという、「群青色」だと書かれていた空。
闇とは違って、何処か青みを帯びているのが「誰も住まない」砂漠の上に降りる夜。
あまりの凄さに、「宇宙のようだ」と見た人たちは驚くらしい。
「この空は宇宙と繋がっている」と実感して。
人工の光が無い場所は違うと、本当に宇宙を見ているようだと。
そんな具合に、夜の間だけ繋がる宇宙。
昼は太陽が邪魔をするけれど、夜になったら太陽は沈んで消えてゆくから。
(しかしだな…)
本物の宇宙は砂漠の空とは違うんだよな、と思い浮かべる宇宙空間。
青みなど少しも帯びていなくて、漆黒の闇が広がるだけ。
それに星だって瞬かない。
星が瞬くのは大気を通して眺めるからで、宇宙に出たなら大気圏はもう無いのだから。
宇宙船が飛び交う今の時代は、本物の宇宙を大抵の人が知っている。
本や映像で知るのと違って、自分の目でそれを確かめて来て。
だから、砂漠で見える夜空を「宇宙のようだ」と書いた誰かも…。
(本物の宇宙を知ってるだろうし、その話に賛成するヤツだって…)
きっと見たことがあるのだろう。
瞬かない星が散らばる空間、青みなど帯びていない宇宙を。
それでも「宇宙と繋がっている」と思える場所が、人は住まない砂漠での夜。
(気持ちは分かる気がするな…)
自分だって、さっき「この時間なら」と思ったから。
遠い宇宙と繋がっていると、夜の間は宇宙が見えると考えたから。
(…その宇宙も遠くなっちまったぞ)
今じゃな、と傾けたコーヒーのカップ。
前の自分が生きた頃なら、宇宙は側にあったのに。
アルテメシアの雲海に潜んだ時代はともかく、それ以外の時。
シャングリラは宇宙を飛んでいたから、強化ガラスの窓の向こうは宇宙空間。
それが普通で、赤いナスカでの四年間だって…。
(シャングリラそのものは、ナスカに降ろしちゃいないんだ…)
あくまで宇宙に留まった船。
まるでナスカは「仮の宿だ」と言わんばかりに、頑なに。
実際、そうだったのだけど。
ナスカは旅の終わりではないし、いつか地球へと向かうつもりの船だったから。
ほんの僅かな休息のために、入植を決めた赤い星。
シャングリラを降ろしはしなかったナスカ。
けれどトォニィたちが生まれて、農作物も上手く育ったものだから。
若い世代は赤いナスカに惹き付けられて、魅入られた。
地球のメンバーズがやって来たって、その危機にまるで気付きもせずに。
(悪魔の星だと言いはしないが…)
俺にとってはそうだったかもな、と苦い気持ちがこみ上げる。
あの星のせいで、大切な人を失ったから。
誰よりも愛した前のブルーを、愛おしい人を失くしたから。
(あの時だって、俺がいたのは宇宙で…)
ブルーも同じに宇宙にいた。その命がメギドで消える時まで。
もっとも船はワープしたから、最後までブルーと同じ宇宙にいられたのかどうか…。
(そいつは今でも分からないんだ…)
まあ、考えても仕方ないが、と苦笑した。
前の自分はブルーを失くして、それでも旅を続けたけれど。
ブルーの最後の言葉通りに、ジョミーを支えて地球までの道を歩んだけれど。
(俺の旅は、其処で終わっちまって…)
今じゃ宇宙は遠いんだ、とコーヒー片手に仰いだ天井。
其処に夜空は見えないけれども、今の時間なら前の自分が旅した暗い宇宙がある筈。
深い眠りに就いたブルーを乗せて巡った、幾つもの星。
何処かに青い地球が無いかと、探し回った恒星系。
その時に目にした星も見えるし、アルタミラがあったガニメデだって…。
(砕けちまったが、ジュピターの衛星だったんだから…)
あの辺りだった、と探すことだって出来るだろう。
夜空を見上げに行ったなら。…其処にジュピターが見えたなら。
(どの星も遠くなっちまったぞ…)
此処からじゃ見てるだけなんだから、と思う星たち。
ソル太陽系の中の惑星だって、何光年も離れた彼方の星たちだって。
本当に遠くなっちまった、と不思議な気分になる宇宙。
前の自分が生きた頃には、其処を旅していたというのに。
燃えるアルタミラから後の旅路も、アルテメシアを離れた後のブルーが側にはいなかった時も。
(あいつが眠っちまった後も、メギドに向かって飛んじまった後も…)
俺は宇宙にいたんだよな、と思うけれども、今の自分は地球の上。
前の自分が命尽きた星、あの頃は死に絶えた星だった地球。
其処にブルーと生まれ変わって、今では宇宙を見上げるだけ。
夜になったら、「今は宇宙と繋がってるな」と。
前の自分たちの夢の星だった、青い地球の上に生まれて来たのも凄いけれども…。
(宇宙が遠くなっちまったのも…)
キャプテン・ハーレイの俺には信じられない話だが、と本当に夢を見ているよう。
白いシャングリラを動かす代わりに、車で走っている自分。
宇宙へ飛び出せはしない車で、前の自分のマントと同じ色の愛車で。
(まさかキャプテンが陸(おか)に上がるとはな…)
それもブルーを失くした後で、と前の自分の辛さが胸を掠めてゆく。
前のブルーを失くした後には、もはや夢など無かったから。
ブルーと二人で幾つもの夢を描いていた地球、其処は自分の旅の終わりでしかなかったから。
(あいつと一緒に行こうと思っていた頃は…)
地球に着いたら色々なことをしようと夢見て、キャプテンの任も辞すつもり。
ブルーがソルジャーの役目を終えたら、白いシャングリラが箱舟としての役目を終えたなら。
秘密にしてきた恋を明かして、ブルーと一緒に地球の上で生きる。
そういう夢を描いていたのに、いつしか夢は夢物語でしかなくなった。
前のブルーの寿命が尽きると分かった時から。
それでもブルーと共に逝こうと思っていたのに、一人、残されてしまった自分。
とにかく地球へと、其処に着いたら全て終わると、それだけを思って目指した地球。
暗い宇宙の旅を続けて、地球に辿り着くことだけを思い続けて。
この旅が終わればブルーの許へ、と。
(そうやって旅をしてたんだがなあ…)
宇宙は何処に行ったのやら、と自分の周りを見回してみる。
窓の無い書斎の壁の向こうは、当たり前のように夜の地球。
前の自分が旅した宇宙は、遥か頭上を仰がないと見えはしないもの。
それも「宇宙のように見える」だけ、「繋がっている」ように思うだけ。
本当に本物の宇宙だったら、星は瞬かないのだから。
どんなに暗い場所から見ようと、青みを帯びた群青色になりはしないから。
(…本当に遠くなっちまったぞ)
でもって、次に宇宙へ出る時は…、と思い浮かべた小さなブルー。
今のブルーは、一度も地球を離れたことが無いという。
だからブルーと結婚したなら、新婚旅行は宇宙から青い地球を見る旅。
そういう約束、それに行くまで、宇宙の旅は暫しお預け。
(俺だけ行ったら、あいつ、絶対、膨れちまうし…)
行く用事だって無いからな、と遠くなった宇宙の星たちを思う。
次に宇宙を目にする時には、愛おしい人が側にいる。
その時までは、本物の宇宙は夜空の向こうに見るだけでいい。
キャプテン・ハーレイは陸(おか)に上がって、ブルーと地球に来たのだから。
いつかブルーと青い地球から、宇宙への旅に出るのだから…。
遠くなった宇宙・了
※いつの間にやら陸(おか)に上がって、宇宙が遠くなってしまったキャプテン・ハーレイ。
今はハーレイ先生ですけど。次に宇宙を目にする時には、ブルー君と新婚旅行なのですv