(ハーレイのケチ…)
もう本当にケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も訪ねて来てくれたハーレイ、前の生から愛した恋人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
この部屋で二人、お茶を飲みながら、あれこれ話をしたけれど。
話の中身はごくごく平凡、「なんだったっけ?」と思うくらいに普通だったけれど。
(何かのはずみで、気になっちゃって…)
訊いてみようと思ったこと。
自分はハーレイが好きだけれども、前と同じに大好きだけれど。
(ハーレイは前のハーレイと、見た目もそっくり…)
白いシャングリラで恋をした頃と、まるで変わっていないハーレイ。
背丈はもちろん、鳶色の瞳も褐色の肌も、金色の髪も。
ヘアスタイルまで全く同じで、今の時代なら「キャプテン・ハーレイ風」というヤツ。
オールバックに撫で付けたそれは、ハーレイの好みでもあるけれど…。
(最初は、キャプテン・ハーレイのファンのおじさん…)
今のハーレイの行きつけだという、理髪店の店主が勧めた髪型。
「如何ですか?」と提案して。他の髪型も一緒に出しつつ、「お似合いですよ」と。
お蔭で記憶が戻る前から、今のハーレイは「キャプテン・ハーレイ風」の髪型。
もう何年も同じらしくて、これからも変えるつもりは無し。
(だからキャプテンの制服を着たら…)
たちまち出来上がるキャプテン・ハーレイ、何処も変わっていないから。
職業は古典の教師でも。…宇宙船を操縦した経験など、ただの一度も持たなくても。
ハーレイの方はそうだけれども、そのハーレイに恋する自分。
こちらは前と違って子供で、十四歳にしかならない有様。
前の自分よりも二十センチも低い背丈に、子供の顔立ち。声変わりだってしていない。
だから、ちょっぴり気になった。「ぼくは前とは違うもんね?」と。
今もハーレイとは恋人同士なのだけど。
ハーレイの方でも「俺のブルーだ」と言ってくれるけれど、問題はチビで子供の自分。
恋人同士なのだから、とキスを強請ったら叱られる。
「俺は子供にキスはしない」と睨まれて。
前の自分と同じ背丈に育たない内は、キスは額と頬にだけ。
そういう決まりで、今のハーレイがそう決めた。再会してから日が浅い内に。
そのせいで貰えない、唇へのキス。
恋人同士のキスは出来なくて、強請れば「駄目だ」と叱るハーレイ。
「何度言ったら分かるんだ?」と、額を指でピンと弾かれることだって。
(…今のぼく、チビになっちゃったから…)
もしかしたら、と思ったこと。
今のハーレイが好きな「ブルー」は、前の自分の方だろうか、と。
あちらだったら大人だったし、いつでも交わせた本物のキス。
額や頬にもキスを幾つも貰ったけれども、恋人同士なら唇を重ねるキスが当たり前。
(前のぼくならキスも出来たし、夜だって…)
同じベッドで愛を交わして、二人、一つに溶け合えた。
もう文字通りに二人で一つで、心も身体もすっかり熱く溶けてしまって。
(でも、今のぼくはチビだから…)
両親と一緒に暮らす子供で、ハーレイと夜を過ごせはしない。
第一、キスもくれないハーレイなのだし、愛を交わすなど「とんでもない」こと。
強請れば頭をゴツンとやられて、それっきりかもしれない、その日。
「ねえ、ハーレイ…」と声を掛けても、「なんだ?」と不機嫌な顔のまま。
和やかな空気は戻って来なくて、きっとだんまりだろうハーレイ。
「其処で反省していろ」と。
チビのくせにと睨み付けられて、「分かっているな?」と。
何故、ハーレイが怒っているのか、その理由。
それも分からない馬鹿ではないなと、「分かっているなら反省しろ」と。
悲惨な結果を招きそうなのが、今の自分が前と同じに振舞った時。
「ぼくにキスして」でも叱られるのなら、その先となれば、なおのこと。
苦い顔をするハーレイの姿が見えるようだし、口だって利いて貰えないまま。
「ごめんなさい」と謝ったって。
「もう言わないよ」と泣きっ面になって反省したって、「口だけだろう」と言われそう。
口先だけで謝られてもと、「お前、懲りてはいないだろ?」と。
実際、それが本当なのだし、言い返せないのがチビの自分。
何度もハーレイにキスを強請って、断られる度に「ハーレイのケチ!」とやっているから。
プンスカ怒って膨れっ面で、「本当にケチになっちゃった」とも思うから。
けれども、前の自分と同じに育っていたなら、そうはならない。
チビでなければ貰えるのがキス、結婚だって出来た筈。
そう考えたら、ハーレイの方の考えだって気になってくる。
(…ぼくが子供じゃなかったら…)
きっと、出会うなりプロポーズ。
この地球の上で会った途端に、前の自分たちの記憶が戻ったら直ぐに。
今度は結婚できるのだから。
誰にも秘密の恋とは違って、隠さなくてもいいのだから。
(チビでなければ、そうなったんだし…)
ハーレイは厄介なチビの自分より、前の自分が好きかもしれない。
今の自分が大きく育って、前と同じになるまでは。
キスを交わせる時が来るまでは、愛を交わして溶け合える時が来るまでは。
(前のぼくなら、キスは当たり前…)
それでこそ本物の恋人なのだし、ハーレイはそっちが好きなのだろうか?
「俺のブルーだ」と言ってくれても、心の中には前の自分。
そっと大切に仕舞い込んでいて、恋の相手はそちらの方。
チビの自分がいない時には、思い出しては溜息ばかりかもしれない。
「いつになったら会えるんだろうな?」と。
俺はお前が好きだったのにと、「それなのに、いなくなっちまって」と。
ありそうだよね、と急にこみ上げて来た心配。
今のハーレイが好きな相手は、自分ではなくて「前の自分」。
ソルジャー・ブルーだった方なのではと、それならケチなのも分かる、と。
(…ハーレイが前のぼくを好きなら、チビのぼくなんか…)
ただの子供で、キスをするだけの値打ちすらない痩せっぽち。
手足も身体も細っこい子供、華奢だった前の自分とは違う。
あちらは細くても大人だったし、顔立ちだって今の自分とは違うのだから。
そう思ったから、ぶつけた質問。
「ハーレイは、前のぼくが好き?」と、いきなりに。
何の前置きもしないまんまで、ハーレイの本音を訊いてやろうと。
あれこれ言葉を並べていたなら、心の準備をされるから。
本当の答えを口にしないで、「なんだ、そんなことか」と穏やかな笑顔。
「お前に決まっているだろう」などと言われて、分からない本音。
ハーレイが心の奥に隠した本当の答えは秘密のままで。
そうならないよう、前触れも無しに言ったのに。
案の定、ハーレイの鳶色の瞳は「はあ?」と真ん丸になったのに…。
(やっぱりキャプテン・ハーレイだったよ…)
今のハーレイもキャプテンの頃と変わらないよ、と零れる溜息。
何事にも動じなかったキャプテン、どんな時でも冷静だった白いシャングリラのキャプテン。
生まれ変わって古典の教師になった今でも、それは健在。
キャプテン・ハーレイのせいではなくて、スポーツのせいかもしれないけれど。
心技体を鍛えると聞いた柔道、それとプロ級の腕の水泳。
どちらも厳しい世界なのだし、子供の頃からやっていたなら肝だって据わりそうだから。
(そんなトコまで、前のハーレイに似なくても…)
いいじゃないの、と愚痴を言いたくもなる。
ハーレイときたら、面食らった後は、「どうだかなあ?」と言ってくれたから。
「どっちのお前の方が好きかは、別に言わなくてもいいだろう」と。
どちらも好きでいいじゃないかと、「俺はどっちも好きだしな?」とも。
見事に躱されてしまった質問。
ハーレイは何も教えてくれずに、「またな」と帰って行ってしまった。
夕食の後のお茶が済んだら、軽く手を振って自分の家へ。
好きな相手はどちらなのかを、まるで教えてくれないままで。
(…ホントの答えはどっちなわけ?)
思った通りに「前の自分」なのか、喜ばしいことに「今の自分」の方なのか。
手掛かりさえも掴めないから、もう「ケチ!」としか言いようがない。
「そんな所までケチなんだから」と、「どっちが好きかを教えてくれてもいいじゃない」と。
もっとも、其処で「前のお前に決まっている」と答えられたら、涙が零れただろうけど。
前の自分に嫉妬する前に、ポロポロと泣いただろうけれど。
(…だからハーレイ、答えなかったの…?)
あれもハーレイの優しさだろうか、それとも本当は「チビの自分」が好きだけれども…。
(そう答えたら、ぼくが調子に乗るから…)
大喜びでキスを強請るに決まっているから、あえてだんまりを決め込んだのか。
そのどちらにも取れてしまうから、悩ましいのがハーレイの答え。
本当はどちらの方が好きなのか、前の自分か、今の自分か。
(絶対、どっちかの筈なんだけど…)
同じってことは無いと思うんだけど、と考えてみても答えは謎。
だから唇を尖らせる。「ハーレイのケチ!」と。
「教えてくれないなんて、酷い」と。
やっぱりケチだと、ぼくが知りたいことも教えてくれないなんて、と…。
教えてくれない・了
※ハーレイ先生に「前のぼくが好き?」と尋ねたブルー君。もしかしたらそうなのかも、と。
けれど、はぐらかされてしまった答え。「やっぱりケチだ」と、唇を尖らせるブルー君ですv