(鋭いヤツめ…)
チビのくせに、とハーレイが浮かべた苦笑い。
夜の書斎でコーヒー片手に、小さなブルーを思い返して。
今日も出掛けたブルーの家。二人きりでお茶を飲みながら話した。
(最初は普通だったんだがな?)
何ということもない、平凡な話題。今の平和な時代に似合いの。
前の生での思い出話も混じったけれども、そちらもごくごく普通のもので…。
(いったい何を話したっけか、と思うくらいにだな…)
大して印象に残らないもの、多分、あの船での日常のこと。
今との違いを挙げるでもなく、「まるで違うな」と揃って驚くわけでもなくて。
(なのに、何処から出て来たんだか…)
小さなブルーに、いきなり訊かれた。
赤い瞳でじっと見詰めて、それは真剣な顔をして。
「ハーレイ、前のぼくが好きなの?」と。
今のぼくより前のぼくなの、と尋ねたブルー。「ハーレイは前のぼくが好き?」と。
急だったから、驚いた。心の準備も何も無いから。
(その上、実の所はだ…)
どちらが好きかはともかくとして、今の自分には秘密が一つ。
小さなブルーに話してはいない、前のブルーに纏わる話。
(…前のあいつは、此処にいるんだ…)
今もな、と開けた机の引き出し。
毎日記す日記が入っている場所だけれど、この春、一つ中身が増えた。
春と言うより初夏だったろうか、今のブルーと出会ってからのことだから。
白いシャングリラの写真集を買おうと出掛けた書店。
其処で見付けて、買って帰った前のブルーの写真集。目当ての写真集と一緒に。
前のブルーが表紙に刷られた、『追憶』という名の写真集を。
今も人気のソルジャー・ブルー。
ミュウの時代の礎になった、始まりの人。知らない人など一人もいない大英雄。
それに加えて、あの美貌。
大英雄なのを抜きにしたって、後世までも美しさを称えられたろう。
死の星だった地球が蘇るほどの、長い歳月が流れた後も。
(其処へ、英雄なんだから…)
何冊も出ている写真集。ジョミーやキースのも出ているけれども、違いすぎる数。
前のブルーの写真はそれほど多くなかった筈なのに。
少なくとも白いシャングリラでは、記念撮影を何度もやってはいなかったのに。
(だが、映像は山ほど残ってたしな?)
記念ではなくて記録として。
それらの中から選ばれた写真、映像の一部を切り取って。
だから青の間で十五年もの長い眠りに就いたブルーも、今の時代に写真が残る。
眠っていてなお、少しも衰えはしなかった美が。
損なわれもせずに美しいままの、まるで天使のような寝顔が。
(でもって、最高傑作なのが…)
これなんだよな、と覗いた引き出しの中。
見えるのは自分の日記だけれども、それをずらしてやったなら…。
下にあるのが、前のブルーの写真集。『追憶』というタイトルを持った本。
表紙に刷られて、こちらを見詰める前のブルー。赤い瞳で。
「赤い」だけではない瞳。
正面を向いた前のブルーの瞳の奥には、癒えることのない深い憂いと悲しみ。
ミュウの受難を、未来を思って、前のブルーが心の底に秘めていたもの。
けして誰にも明かそうとせずに。
皆の前では、常に前だけを見ていたソルジャー。
けれども、これが本当のブルー。
前の自分だけが知っていた顔、前のブルーの側にいたから。
(俺は必死に探したのに…)
前のブルーを失くした後に、データベースで探した写真。
きっと何処かに一枚くらいと、愛おしい人の写真を持っておきたいと。
隠し続けた恋だけれども、皆の前では「親友」だった前のブルーと前の自分。
燃えるアルタミラで出会った時から、互いに「一番古い友達」。
だから写真を持っていたって、誰も変には思わない。親友の写真なのだから。
(航宙日誌に挟んでいようが、机の上に飾ってようが…)
誰も文句を言いはしないし、逆に同情される筈。親友を亡くしてしまったことを。
そう思ったから探してみたのに、どんなに探し続けても…。
(ソルジャーのあいつしかいなかったんだ…)
データベースにあった写真は、そればかり。
どれも「ソルジャー・ブルー」の写真で、前のブルーはいなかった。
前の自分が愛したブルー。
ただ「ブルー」とだけ呼んでいた人は、誰よりも愛していた人は。
それで諦めたブルーの写真。「俺が欲しいのは、これじゃないんだ」と。
ところが時を飛び越えた先で、探し求めたものに出会った。
前の自分が探し続けて、ついに得られなかったもの。
「本当のブルー」を捉えた写真に、「前のあいつだ」と一目で分かる写真に。
皮肉なことに、それが今では一番知られたブルーの写真。
「ソルジャー・ブルーの写真」と聞いたら、誰もが思い浮かべるほどに。
きっと映像の中の一瞬、それに誰かが気が付いた。
写真集を編もうと探していたのか、別の目的があったのか。
(今じゃ全く謎らしいんだが…)
あまりにも長い時が流れて、もう分からない「発見者」。
お蔭で今も「前のブルー」の顔を見られる。
「俺のブルーだ」と思った人の。
印刷された写真の中でも、写真集の表紙になったものでも。
あいつは此処にいるんだよな、と眺める表紙。
いつもこうして自分の日記を上に被せて、そっと守っているつもり。
引き出しの中の、「前のブルー」を。
とても悲しい瞳をしている、寂しがり屋だった前のブルーを。
(前のあいつも、今のあいつと少しも変わらなかったんだ…)
ソルジャーとして毅然と立っていたって、ブルーはブルー。
どんなに気丈に振舞っていても、前の自分と二人きりの時はまるで違った。
何度も泣いたし、寂しがりもした。
「ソルジャー・ブルー」とは違うブルーは。ただの「ブルー」は、前の自分が愛した人は。
それを今でも忘れないから、自分の日記が「前のブルー」の上掛け代わり。
引き出しの中で、寂しがることがないように。
自分が仕事で出掛けて留守でも、引き出しで一人で留守番でも。
(あいつはきちんと生きてるんだが…)
チビのあいつに生まれ変わって、と分かってはいても、今はまだ重ならない姿。
今のブルーはチビの子供で、「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた頃とは違うから。
二十センチも足りない背丈と、子供の顔と、声変わりしていない声。
今のブルーは「今のブルー」で、そっくり同じには見えないから。
(俺だって、分かっちゃいるんだがな…)
それでも何処か違うんだ、と閉めた引き出し。
前のブルーが表紙に刷られた、『追憶』の本は出さないままで。
出して来たなら、小さなブルーがプンプン怒るだろうから。
「やっぱり前のぼくが好きなんでしょ!」と、膨れっ面になってしまうから。
きっとフグみたいに膨れるブルー。
自分を相手に嫉妬して。
鏡に映った自分に向かって、毛を逆立てる子猫みたいに。
実際、ブルーは前の自分に嫉妬するから。
何度もそれを目にしている上、今日は訊かれてしまったから。
「ハーレイは、前のぼくが好きなの?」と。
なんて鋭いヤツなんだ、と心の中を見透かされたよう。
今のブルーに、それだけの力は無いというのに。
不器用になったブルーのサイオン、心など読めるわけがないのに。
(まったく、ドキッとしちまうじゃないか…)
あんなヤツには教えられん、と思ってしまう「本当のこと」。
前のブルーの写真集を買って、引き出しにそっと入れていること。
(今のあいつと、どっちが好きかと訊かれたらだな…)
もちろんあいつに決まってる、と思うのは小さなブルーの方。
前のブルーと重ならなくても、ブルーはブルーなのだから。
自分が愛した愛おしい人は、生きて帰って来たのだから。
(もう間違いなくあいつなんだが、それを言ったら…)
あいつ、調子に乗るからな、と分かっているのがチビのブルーの心の中身。
「前のお前の方が好きだ」と言おうものなら膨れっ面でも、自分に軍配が上がったら…。
(もう大得意で、「ぼくにキスして」で、そりゃあ色々と…)
厄介なことになっちまうんだ、と分かっているから教えない。
教えてやらない、今の自分が愛する人。
今のブルーか、前のブルーか、答えは分かっているけれど。
写真集を大事に仕舞っていたって、大切なのは「今」を生きているブルーだけれど。
(今のあいつには、教えられんな)
俺は教えてやらないぞ、と思うブルーの質問の答え。
もちろん訊かれた時も無視して、「どっちだかなあ?」と誤魔化した。
本当のことを教えてやったら、チビのブルーを喜ばせてしまうだけだから。
「ぼくにキスして」だの、「恋人だよね?」だのと、うるさいに決まっているのだから…。
教えてやらない・了
※ハーレイ先生がブルー君に訊かれた質問。「ハーレイは、前のぼくが好き?」と。
正解は今のブルー君でも、教えてやらない本当のこと。調子に乗るのが見えてますものねv