(ちゃんと乾いたら、こうなんだけど…)
いつも通りになるんだけれど、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
さっきお風呂で洗った髪。
お風呂は大好き、たっぷりのお湯にゆったり浸かって、身体も髪もピカピカに。
上がってパジャマを着込む前には、髪の水気をタオルでゴシゴシ。
少し長めの銀色の髪は、よく拭かないと駄目だから。
濡れたままだとペシャンコの髪は、パジャマだって直ぐに濡らしてしまう。
きちんと拭いておかないと。…雫が落ちないようにしないと。
しっかり水気を拭い取ったら、ふうわり膨らみ始める銀糸。
それを鏡で確かめた後に、自分の部屋に戻ってくる。「ちゃんと拭けた」と。
まだ髪の毛はちょっぴり湿っているけれど。
すっかり乾いていないけれども、このくらいは直ぐに乾いてしまう。
こうしてベッドに座る間に、もう本当にアッと言う間に。
(今だって、見た目はソルジャー・ブルー…)
殆ど乾いているものね、と思う自分の髪型のこと。
前の自分とそっくり同じで、今の時代は「ソルジャー・ブルー風」と名前が付いている。
幼い頃からずっとこうだし、一度も変えたことは無い。
(アルバムの写真、ちっちゃい頃からコレだから…)
赤ちゃんだった頃を除けば、今も昔もソルジャー・ブルー。前の自分と同じ髪型。
両親は何も知らなかったけれど、自分自身でも、まるで気付いていなかったけれど。
(まさか本物だったなんてね?)
ソルジャー・ブルー風の髪型をしていた、幼い子供が育ったら。
「ますます似て来た」と言われるようになった途端に、本物になってしまった自分。
前の自分が誰だったのかを思い出したら、ソルジャー・ブルー。
髪型も姿もそっくり同じで、今では中身もそうなった。
前の自分の記憶が戻って、身体が少しチビなだけ。まだ十四歳の子供だから。
そうやって出来た、中身もソルジャー・ブルーな自分。
顔も髪型も、前の自分が成人検査を受けた頃と少しも変わらない。
(あの姿のままで育たなくって…)
心も身体も成長を止めて、長い時間を檻で過ごした。アルタミラにあった研究所で。
前の自分は酷い目に遭わされていたのだけれども、今の自分は幸せ一杯。
だから似ているのは姿だけだし、髪型だって…。
(元々は、パパとママの趣味…)
アルビノの子供が生まれて来たから、「ブルー」と名付けたのが両親。
今も伝わる大英雄の「ソルジャー・ブルー」の名前を貰って、名前は「ブルー」。
よちよち歩きをするようになったら、もう早速にこの髪型が選ばれた。
せっかくアルビノの子供なのだし、「小さなソルジャー・ブルー」にしようと。
(誰が見たって、ピンと来るから…)
可愛い息子を自慢するなら、髪型もソルジャー・ブルー風。
そうしておいたら、誰でも注目してくれるから。
両親がわざわざ自慢しなくても、いるだけで人目を集めるから。
(パパとママの作戦、大成功で…)
何処に行っても可愛がられた、幼かった頃の小さな自分。
両親と買い物に出掛けて行っても、母と公園で遊んでいても。
なにしろ見た目が、本当に「小さなソルジャー・ブルー」。
同じ髪型の子供がいたって、アルビノまでは真似られない。
銀色の髪ならなんとかなっても、赤い瞳は絶対に無理。抜けるように白い肌だって。
(育っても、顔はこうだから…)
もっと幼い子供の頃から、ソルジャー・ブルーに似ていた自分。
幼かったらこうだろう、と誰が見たって思うくらいに。
(もしも、あんまり似ていなかったら…)
きっと何処かで卒業したろう、今の髪型。
「そろそろ普通の髪型にしましょ」と、母が美容室で注文したりして。
「この子に似合いの、お勧めの髪型でお願いします」と。
けれども、卒業しないで済んだ「ソルジャー・ブルー風」の髪型。
今も美容室に出掛けて行ったら、何も言わなくても、こういうカット。
伸びた部分をチョンチョンと切って、整えてくれるソルジャー・ブルー風。
(お蔭で、とっても助かったけど…)
この髪型でハーレイと再会出来たんだしね、と幸せな気分。
前とそっくり同じ姿で、ちょっぴりチビだというだけで。
もう本当に母には感謝で、「ママ、ありがとう!」と御礼を言いたいくらい。
なにしろ、これは「手がかかる」から。
柔らかい自分の髪質のせいで、とんでもない手間がかかるのだから。
(乾かした時は、こうなんだけどな…)
お風呂から上がってゴシゴシ拭いたら、文句なしに前の自分の髪型。
何処から見たってソルジャー・ブルーで、少年時代のソルジャー・ブルー。
今の時代も残る写真にそっくりだから。アルタミラで撮られた、古い写真に。
(あれってホントは、十四歳じゃないのかも…)
とても有名な写真だけれども、今の自分より遥かに年上かもしれない。
腕に注射の痕が沢山、そういう写真の前の自分は。
心も身体も成長を止めて生きていたから、十四歳をとうに過ぎていたかも。
それはともかく、あの写真の自分と瓜二つなのが今の自分。顔も、もちろん髪型も。
(だけど、この髪…)
前の自分が檻でどうしていたかは知らない。
檻に鏡は無かったのだし、髪型なんかも気にしないから。
(成人検査を受ける前から、ああだったから…)
金色の髪に水色の瞳、そういう姿だった頃。微かに残っている記憶。
研究者たちはそれと同じに、カットさせていただけだろう。世話をしていた人間に。
「伸びすぎたから、切っておけ」とでも命令して。
髪を切られる自分の方でも、きっとどうでも良かった筈。
何処で切ったか覚えていないし、切られた記憶も無いのだから。
自分で髪を梳かしもしないし、寝癖も直していないから。
前の自分はそうだった。少なくとも檻にいた頃は。
燃えるアルタミラを脱出した後は、妙な寝癖がついた時には…。
(直さなくちゃ、って…)
鏡を覗いて気が付いた時に、サイオンでヒョイと直していた。
「こんな感じ」と指先で触れて、いつも通りになるように。
ところが、今の自分は不器用。まるで使えなくなったサイオン、思念もろくに紡げないほど。
それでは寝癖を直せもしないし、お風呂上がりの今は良くても…。
(寝てる間に、枕と頭の間で台無し…)
見るも無残な寝癖がつくのが、柔らかすぎる銀色の髪。
そうなった時は、母に助けを求めるしかない。「ママ、大変!」と走って行って。
「ぼくの髪、変になっちゃった」と。
お願いだから寝癖を直して、と母に頼んで乗っけて貰う蒸しタオル。
(今のぼくだって、そうなんだから…)
もっと幼い子供の頃から、母はせっせと直したのだろう。ついてしまった酷い寝癖を。
「幼稚園のバスが迎えに来る前に直さなくちゃ」と。
下の学校に通い始めた頃にも、「学校に行く前に直さないと」と。
ソルジャー・ブルー風の髪は厄介、上手く直さないと変なことになる。
寝癖がついたままの髪だと、下手をしたならライオンみたいになることだって。
(ぼくは覚えていないけど…)
小さすぎて記憶に無いのだけれども、きっと何度もあったろう悲劇。
あちこちピョンピョン跳ねてしまって、ライオンみたいな頭の息子が起きてくること。
(ママ、その度に蒸しタオルで…)
寝癖を直していた筈なのだし、母には感謝するばかり。
朝からバタバタ忙しい日でも、きちんと直してくれたのだから。
それに寝癖に手を焼かされても、「やめよう」と思わなかったのだから。
母が「この髪型は大変すぎるわ」と考えたならば、終わりになったソルジャー・ブルー風。
次に美容室に行った時には、違う髪型を注文して。
「ソルジャー・ブルー風だと手がかかるから、簡単なのでお願いします」と。
そうなっていたら…、と指に絡めてみた銀糸。
今でも母は寝癖を直してくれるけれども、途中で投げ出されていたら。
「この子の髪だと、朝が寝癖で大変だから」と、違う髪型にされていたなら…。
(…前のぼくの記憶が戻って来ても…)
中身は前と同じになっても、決定的に違う髪型。顔まで前とそっくりなのに。
誰が見たって「十四歳のソルジャー・ブルー」で、ハーレイが見てもそうなのに…。
(ぼくの髪型、全然違って…)
とても普通の男の子風の、平凡なショートカットとか。
「それでも寝癖が厄介だから」と、スポーツをやる子供みたいに短めだとか。
(…そんな髪型で、ハーレイと再会しちゃったら…)
ハーレイは何と思っただろうか、記憶が戻って来た時に。
聖痕が現れて大騒ぎの時は、髪型には全く気付かなくても、いずれは気付く。
この家に見舞いに来てくれた時に、ショートカットの自分が迎えていたならば…。
(ただいま、ハーレイ、って言った途端に…)
プッと吹き出されたろうか。
まるで全く違う髪型、そんな姿の「小さなブルー」がいたならば。
前のハーレイはまるで知らない、ショートカットになってしまった恋人に出迎えられたなら。
(…それって、酷いよ…)
けれど無いとは言えないことだし、母に心で頭を下げた。「ありがとう」と。
今の自分が前とそっくり同じ姿で暮らしているのは、母が投げ出さなかったお蔭。
じきに寝癖がついてしまって、自分で直せない息子の「厄介な髪」を。
ソルジャー・ブルー風の髪型でずっと来られた陰には、母の努力がきっとある筈。
「面倒だわ」と母が投げ出していたら、今の髪型は無理で、別の髪型だったのだから…。
ぼくの髪型・了
※今も昔も「ソルジャー・ブルー」な髪型なのがブルー君。今だと、よちよち歩きの頃から。
けれど、お母さんが投げ出していたら、全く違っていたのかも。別の髪型は嫌ですよねv