(今日はハーレイが来てくれたから…)
いい日だったよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は学校の教師のハーレイ、その恋人と二人で過ごせた。
幸せ一杯だったからこそ、こうして今も思い出す。「いい日だったよ」と。
(ハーレイと二人だと、ホントに幸せ…)
二人きりだと幸せだよね、と溢れる想い。
学校でもハーレイには会えるけれども、二人で話も出来るけれども、学校は学校。
ハーレイは「ハーレイ先生」なのだし、自分は教え子の一人。
いくらハーレイが守り役でも。聖痕を持った自分の側にいることを役目にしていても。
(学校だと、ハーレイ先生だから…)
どうしても限られてくる会話の中身。
廊下を一緒に歩けても。何処かで出会って立ち話でも。
家で会うようにはいかないのだから、今日のような日がやっぱり一番。
この部屋で二人、ゆっくり話せる日が最高。誰もいなくて、二人きりで。
(だけど、今日だって…)
駄目だったことが一つだけ。
恋人の自分が強請ってみたって、ハーレイはけしてキスをくれない。
「ぼくにキスして」と頼んでも駄目で、「キスしてもいいよ?」と誘っても駄目。
それを言ったら睨むハーレイ、「俺は子供にキスはしない」と。
鳶色の瞳でじっと見据えて、言われる言葉が「キスは駄目だと言ったよな?」。
指で額を弾かれてしまう時だって。「チビのくせに」と。
今の自分は十四歳にしかならない子供で、キスは額と頬にだけ。
残念なことにそういう約束、今のハーレイがそう決めた。
前の自分と同じ背丈に育たない限りは、貰えないキス。
唇へのキスは貰えないままで、恋人同士のキスの代わりに子供向けのキス。頬か額に。
今日は確かにいい日だったけれど、ハーレイと幸せに過ごしたけれど。
キスが貰えたらもっと幸せ、恋人同士の唇へのキス。
(でも、ハーレイは許してくれないから…)
いつもと同じに断られた今日、「キスは駄目だ」と。
せっかく二人きりだったのに。…ハーレイと二人だったのに。
(ママがいたなら、仕方ないけど…)
ハーレイとの恋は秘密なのだし、母のいる所でキスは出来ない。父だって同じ。
両親に恋を知られてしまえば、二人きりでは会えなくなる。
下手をしたならハーレイは出入り禁止だろうし、家に来てくれたとしても…。
(二人きりでは会えないよね…)
母が目を光らせているダイニングやリビング、でなければ客間。
そんな所でしか会えはしなくて、恋人同士の会話も無理。
前の自分たちの思い出話も、当たり障りのないものばかり。
(シャングリラのこととか、ゼルたちのこととか…)
きっとそういう話題だけ。
前の生での恋の思い出、それを話せはしないから。
懐かしく二人で話したくても、母が聞き耳を立てていたのでは無理だから。
(その辺は、ちょっと似てるかも…)
前のぼくたちだった頃と、と重なる前の自分たちの恋。
誰にも言えない恋人同士で、皆の前ではソルジャーとキャプテン。
一番の友達同士としてなら話せたけれども、恋人同士だと知られるわけにはいかない。
前の自分は、皆を導くソルジャーという立場だったから。
ハーレイは船を預かるキャプテン、白いシャングリラを纏め上げる立場。
船の頂点に立っていた二人が恋に落ちたと知れたなら…。
(誰もついて来てくれないものね…?)
何を言っても、「それは二人で決めたのだろう」と誰もが苦い顔。
私情は交えていないというのに、「船を私物化している」と。
きっと誰もがそっぽを向いて、船の仲間はバラバラになっていただろうから。
そうならないよう、懸命に隠し続けた恋。
前のハーレイは最後まで敬語で話し続けて、けして崩しはしなかった。
二人きりの時も、いつだって敬語。「愛しています」と告げる時だって。
(…今だと、ぼくが敬語だけど…)
それは「ハーレイ先生」にだけ。学校で話す時にだけ。
この家で二人で会った時には、前と同じに普通の言葉。「ねえ、ハーレイ」と。
(ちょっぴり、子供っぽいかもだけど…)
子供なのだし仕方ない。
前の自分の記憶があっても、今の自分は確かに子供。
青い地球の上に生まれて来てから、十四歳になるまで生きただけ。
(前のぼくの記憶が戻って来たって…)
あんな風には話せはしないし、話してみたって誰もが笑うことだろう。
父も母も、それにハーレイだって。
(分かってるけど、ぼくの中身は前と同じで…)
ちゃんとハーレイに恋しているのに、そのハーレイは自分を子供扱い。
今日もやっぱり断られたキス、お決まりの台詞で。ついでにギロリと睨んでくれて。
それが不満でプウッと頬っぺたを膨らませてやった、「ハーレイのケチ!」と。
恋人にキスもくれないなんて、と不満たらたら、唇だって尖らせて。
けれどハーレイは涼しい顔で、まるで堪えていなかったから…。
(…前のぼくになら、キスをくれたくせに…)
ホントにケチだ、と前の自分と比べて溜息。
前の自分なら、強請らなくてもキスを幾つも貰えたのに。
ハーレイと二人きりになったら、頼まなくても幾つものキス。
(…キャプテンの報告が終わった途端に…)
抱き締められて、「ソルジャー」ではなくて「ブルー」と呼ばれて。
広い胸の中に強く抱き込まれて、ハーレイのキスが降って来た。
頬や額にではないキスが。
今の自分は貰えないキスが、恋人同士の唇へのキスが。
二人きりの時はそうだったのに、と零れてくるのは溜息ばかり。
前の自分たちなら、挨拶代わりのようだったキス。
青の間で、時にはキャプテンの部屋で、二人きりになったら交わしたキス。
恋人同士で過ごせる時間は短かったから、それを少しも無駄にしないように。
(キスは当たり前で、その先だって…)
自分が寝込んでいなかった時は、交わした愛。
なのに今では自分はチビで、キスすらも貰えない子供。
ハーレイが家を訪ねてくれても、二人きりの時間を過ごしていても。
(二人きりだけど、全然違うよ…)
前のぼくたちだった時と、と違いを数えればきりがないほど。
キスは駄目だし、もちろんベッドにも行けはしなくて、ただ二人きりで会えるだけ。
ハーレイの膝には座れても。…大きな身体に抱き付いて甘えることは出来ても。
(なんだか色々、違うんだけど…)
やっぱり、ぼくがチビだからかな、と残念な気持ちがこみ上げる。
もっと大きく育っていたなら、事情は違っていたのだろうに。
両親にだってきちんと話して、もう堂々と恋人同士。
ハーレイが家に来てくれたならば、二人で過ごせる時間をあれこれ考えてみて…。
(今日みたいな日なら、二人でドライブ…)
行ってきます、と玄関から出て、ハーレイの車に乗り込んで。
使える時間で行って戻れる、何処か景色のいい所まで。
夕食だって、家で両親も一緒に食べる代わりに、二人で食事。
ドライブの途中で見付けた店とか、ハーレイお勧めのレストランとか。
(絶対、そういうコースなんだよ…)
二人きりの時間を楽しみたいなら、両親は抜きでゆっくり夕食。
ハーレイと二人で美味しく食べたら、家まで送って貰えるのだろう。
家に着いたら降ろして貰って、「またな」とキス。
帰ってゆくハーレイの車を見送っていても、きっと幸せ。
二人きりの時間を過ごせたのだし、ドライブも食事も楽しめたから。
ぼくが大きく育っていたなら、そうだったよね、と思う今日のこと。
同じに二人きりの時間でも、全く違う中身になる。
前の自分たちがそうだったように、キスだって出来る二人だから。
(…前のぼくたちだと、ドライブなんかは無理だけど…)
もちろんデートも無理だったけれど、今度は違う。
ソルジャーでもなければキャプテンでもないし、何の制約も無い二人。
自分がチビでなかったら。…十四歳にしかならない子供でなかったら。
(…チビだから、ハーレイは「ハーレイ先生」で…)
キスだって貰えないんだよ、と悲しい気持ちに包まれる。
どうして自分はチビなのだろうと、前の自分と同じ姿ではないのだろうと。
(せっかくハーレイと二人きりでも…)
値打ちが全く無いんだから、と悔しくなる二人きりの時間。
ハーレイにキスを強請ってみたって、叱られるから。「キスは駄目だ」と睨まれるから。
前の自分なら、そうはならずに貰えたキス。頼まなくても、数え切れないほど。
今だって大きく育っていたなら、ハーレイから貰えた筈のキス。
(今日だって、二人きりだけど…)
ホントに中身が足りなさすぎ、と考えてしまうハーレイと二人で過ごした時間。
もっと有効に使えるのにと、ドライブに行けて、食事にだって、と。
(だけど、大きくならない間は…)
駄目なんだよね、と諦めざるを得ないキス。それにデートも。
「二人きりだけど、前のぼくたちとは違いすぎ」と。
早く大きくなりたいのにと、今日だってキスも貰えなかった、と。
けれど我慢をしていたならば、いつか来る筈のハッピーエンド。
ハーレイと結婚できる時が来たら、前の自分よりもずっと幸せになれるから…。
(今だけの我慢…)
「二人きりだけど、色々違いすぎるよ」と嘆くのは。
前よりもずっと幸せな未来があるから、今だけの我慢、と繰り返す。
「二人きりだけど…」と膨れていたって、それは今だけのことなのだから…。
二人きりだけど・了
※ハーレイ先生と二人きりで過ごしていたって、前とは中身が違うみたい、と思うブルー君。
キスも貰えないよ、と不満ですけど、それは今だけ。大きくなったらハッピーエンドv