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失くした筈だけど

(ハーレイのケチ…)
 ホントのホントにケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日はハーレイが来てくれたけれど、二人でゆっくり過ごしたけれど。
(うんと幸せだったから…)
 もっと幸せになってみたくて、ハーレイにキスを強請ってみた。
 膝の上に座って甘えるついでに、「ぼくにキスして」と。
 頬や額へのキスと違って、唇へのキス。
 恋人同士でキスをするなら、そういうキスになるのだから。
 唇にキスを貰えるもので、贈って貰える筈なのだから。
 けれど、やっぱり断られたキス。「俺は子供にキスはしない」と。
 キスをするなら頬と額だけ、唇へのキスは前とそっくり同じ背丈に育ってから。
 「それまでは駄目だと言っているよな?」と叱られた上に、睨まれた。
 何度言ったら分かるんだ、と立派に子供扱いで。
(…ハーレイ、いつもああなんだから…!)
 分かっているから、余計にカチンと来てしまう。「子供扱いされちゃった」と。
 確かに自分はチビだけれども、ちゃんとハーレイの恋人なのに。
 青い地球の上に生まれ変わって、ハーレイと恋をしているのに。
 前の自分の恋の続きを生きているのに、いつも貰えない唇へのキス。
 「ぼくにキスして」と強請ってみたって、「キスしてもいいよ?」と誘い掛けたって。
 ケチなハーレイはキスをくれずに、鳶色の瞳で睨むだけ。
 「お前、まだまだ子供だろうが」と。
 十四歳にしかならない子供で、キスをするには早すぎる年。
 だからキスなどしてやらない、と言うのがハーレイ。
 今日も断られて、叱られたから膨れてやった。「ハーレイのケチ!」と。


 プンスカ怒って膨れてやっても、ハーレイはいつも涼しい顔。
 困る代わりに余裕たっぷり、「好きなだけ其処で膨れていろ」と。
 「フグみたいに膨れた顔をしてろ」と、「俺は少しも困らないから」と。
 そして実際、困らないのがケチな恋人。
 膨れっ面をして睨んでいたって、「俺は知らんな」と何処吹く風。
 紅茶のカップを傾けてみたり、「美味いが、お前は食わないのか?」とケーキを頬張ったり。
 膨れっ面を保つためには、どちらも出来はしないから。
 紅茶を飲んだらへこむ頬っぺた、ケーキをフォークで口に運んでも…。
(膨れたままだと、噛めないんだよ!)
 モグモグしたなら、頬っぺたはへこんでしまうから。
 リスが頬袋に溜めるみたいに、膨れたままではいられないから。
(…頬袋だって、食べる時にはへこむんだもの…)
 可愛らしいリスが頬っぺたに沢山詰め込む木の実は、それを持ち運ぶためだから。
 美味しい木の実を後でゆっくり食べるためにと、両の頬っぺたに詰めるのだから。
(詰めたままだと、食べられないしね?)
 幾つも詰めた、ドングリなどは。
 頬っぺたに仕舞っておいたままでは、どう考えても食べられはしない。
 それとは少し違うけれども、自分がプウッと膨れている時。
 ケーキを食べようと頑張ってみても、膨れたままだと口に入れるのが精一杯。
 味わうために噛もうとしたなら、途端にへこむだろう頬っぺた。
 どんなに努力してみても。
 へこまないように保とうとしても、モグモグ噛んだらそれでおしまい。
(そうなっちゃうから、食べられなくて…)
 ケーキは無理だし、紅茶も飲めない。
 それを承知で苛めてくるのが、「キスは駄目だ」と叱ったハーレイ。
 「今日のケーキも美味いのにな?」と。
 「お母さんのケーキは実に美味いが、お前、食べたくないんだな?」などと。
 ケーキを食べたら膨れっ面が駄目になるのに、だから食べずに膨れているのに。


 今日もそうやって苛めたハーレイ。
 膨れっ面をした自分の前で、「美味いんだがな?」と頬張ったケーキ。
 「紅茶とも良く合うんだ、これが」と、「お前は食いたくないようだが」と。
 食べられない理由は、ハーレイも百も承知のくせに。
 膨れっ面を保ちたかったら、ケーキも紅茶も無理なこと。
(…リスの頬袋とおんなじだってば…!)
 ハーレイが言うには「フグ」だけれども、頬っぺたの仕組みはリスとおんなじ。
 プウッと膨れていたいのだったら、美味しい餌は食べないこと。
 リスの頬袋も、自分が膨らませている頬っぺたの方も、食べる時にはへこむのだから。
 そういう仕組みを承知の上で苛めるハーレイ、「食べないのか?」と。
 ケーキを食べたら、頬っぺたはへこんでしまうのに。
 紅茶を飲んでも同じにへこんで、膨れっ面は消えてしまうのに。
(…知ってるくせして、苛めるんだよ…)
 頬っぺたを両手で潰されることもあるけれど。
 とても大きな褐色の手で挟んで潰して、「ハコフグだよな」と笑われる日もあるけれど。
 今日は頬っぺたを潰しはしないで、見物していたケチな恋人。
 「お前は好きなだけ膨れていろ」と、「俺だって好きにするからな?」と。
 ニヤニヤ笑って、紅茶にケーキ。「美味いんだがな?」と。
 欲しくないなら食べなくていいと、「俺だけ好きに食べるから」と。
 挙句の果てに、「要らないのか?」とハーレイが指差したケーキのお皿。
 もちろんハーレイのお皿ではなくて、膨れていた自分の前のもの。
 「要らないんなら、俺が貰うが」と、「俺は何個でも食えるしな?」と。
 大きな身体のハーレイだったら、本当にそう。
 チビの自分は二つも食べたら、お腹一杯になるけれど。
 下手をしたなら、夕食も入らなくなってしまうけれども、ハーレイは違う。
 ケーキの二個や三個くらいは軽いもの。
 だから慌ててケーキを守った、「ぼくのだから!」と。
 「あげないからね」と、「ぼくのケーキまで盗らないでよ!」と。


 そう叫んだら、へこんだ頬っぺた。
 膨れっ面を保ったままでは、けして叫べはしないから。
 リスの頬袋も、仲間に助けを求める時なら、きっとペシャンとへこむから。
(ドングリとかは、吐き出しちゃって…)
 それから助けを呼びそうなリス。あんな頬っぺたでは叫べない。
 ケーキを守った自分も同じで、一瞬で消えた膨れっ面。
 もう一度膨れてみようとしたって、きっとハーレイに笑われるだけ。
 「その頬っぺたでは食えんだろう?」と。
 代わりに食ってやるから寄越せと、「美味いケーキは大歓迎だ」と。
(キスもくれないハーレイなんかに、ぼくのケーキはあげないんだから…!)
 もっと優しいハーレイだったら考えるけど、と思い出して唇を尖らせる。
 「ホントに酷い」と、「今日もやっぱりケチだったよ」と。
 唇にキスをくれないハーレイ、おまけに恋人を苛めてくれた。
 プンスカ怒って膨れているのに、涼しい顔で紅茶やケーキを頬張って。
 自分のケーキを食べてしまったら、「要らないのか?」とケーキを盗ろうとして。
 それで崩れた膨れっ面まで、可笑しそうに笑っていたハーレイ。
 「フグの時間はおしまいか?」と。
 「今日は営業終了なのか」と、「フグは何処かに消えちまったな」と。
 キスもくれないケチな恋人、その上、苛める酷い恋人。
 もうプンプンと怒ったけれども、膨れてみたって無駄だから…。
(ぼくが降参しておしまい…)
 いつもと少しも変わらないよ、と悔しい気分。
 唇へのキスを貰い損ねて、ケチな恋人にオモチャにされる。
 フグ呼ばわりの末にハコフグにされたり、ケーキを奪われそうになったり。
 なんとも酷いケチな恋人、もう溜息しか出て来ない。
 「前のぼくなら、キス出来たのに」と。
 頼まなくてもキスが貰えたし、キスのその先のことだって。


 今のハーレイはホントに酷い、と膨れたけれど。
 本当にケチになっちゃった、と思うけれども、そのハーレイ。
(…今のハーレイなんだから…)
 前のハーレイとは違って当然、と考えた所で気が付いた。
 遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイと別れた自分。
 白いシャングリラからメギドへと飛んで、二度と戻りはしなかった自分。
(…前のぼく、メギドで独りぼっちで…)
 右手に持っていたハーレイの温もり、それを落として失くしてしまった。
 銃で何発も撃たれた痛みで、いつの間にやら消えてしまって。
 何処にも残っていなかった温もり、冷たく凍えてしまった右手。
(もうハーレイには、二度と会えないって…)
 泣きじゃくりながら、前の自分の生は終わった。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、それを手繰れはしなかったから。
 最後まで一緒だと思ったハーレイの温もり、その温かさは二度と戻って来なかったから。
(…前のぼく、失くした筈なんだけど…)
 ハーレイとの絆も、右手に持っていた温もりも、全て。
 もうハーレイには会えないのだと、絶望と孤独に囚われたままで失くした意識。
 なのに今ではケチなハーレイ、キスもくれない恋人がいる。
 今日もハーレイに苛められたし、今までに何度も断られたキス。
(前のぼくなら、キスは貰えたけど…)
 でもハーレイの温もりを失くしたんだっけ、と眺めた右手。
 前の生の終わりに凍えた右手で、ハーレイも失くしてしまった筈。
 けれどハーレイは今もいるから、ケチになってしまっただけなのだから…。
(…怒って膨れていたら駄目…?)
 またハーレイに会えたんだから、と今の自分の幸せを思う。
 「失くした筈だけど、ハーレイはちゃんといてくれるものね」と。
 そうは思っても、キスもくれないケチなハーレイ、やっぱり膨れたくもなる。
 せっかく二人で地球に来たのにキスは駄目だし、「ケチな恋人には違いないよね」と…。

 

        失くした筈だけど・了


※「ハーレイのケチ!」と膨れっ面のブルー君。「今日も苛められた」と。
 けれど、ハーレイの温もりさえも失くしてしまった前の自分。それを思えば幸せな筈v







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