(ハーレイのケチ、と言われてもだな…)
なんと言われても、駄目なものは駄目だ、とハーレイが浮かべた苦笑い。
夜の書斎でコーヒー片手に、小さなブルーを思い返して。
今日はブルーの家に出掛けて、二人で過ごしていたのだけれど。
ブルーが強請って来たのがキスで、頬や額では駄目なキス。
恋人同士の唇へのキス、それをブルーは欲しがるけれども、贈らないのが約束だから。
チビのブルーが前のブルーと同じ背丈に育ってから、という決まりだから。
(断るのが筋というモンだってな)
いくらあいつが膨れたって、と思い出すブルーの膨れっ面。
頬っぺたをプウッと膨らませた上に、「ハーレイのケチ!」と怒ったブルー。
こちらは、とうに慣れっこだけど。
膨れっ面でもケチ呼ばわりでも、一向に気にならないけれど。
(…しかし、まだまだかかりそうだぞ)
小さなブルーが前と同じに育つまで。
いったい何年かかることやら、ブルーはチビのままだから。
再会してから少しも育たず、今もチビ。…出会った頃と全く同じ。
(此処はアルタミラじゃないんだが…)
檻の中なら分かるんだがな、と思うブルーが育たない理由。
アルタミラの狭い檻の中では、ブルーは育たなかったから。
心も身体も成長を止めて、子供の姿のままで過ごした長い年月。
そんなこととは思わないから、出会って直ぐの前の自分は…。
(凄い力を持った子供だ、と…)
頭から思って、前のブルーを子供扱い。「俺よりもずっと小さな子供だ」と。
それも間違いではなかったけれど。
ブルーは実際、心も身体も見た目通りのチビだったけれど。
俺たちが育ててやったんだっけな、と懐かしく思う前のブルーとの日々。
後ろにくっついて歩いていたほど、前のブルーは中身までチビ。
(声を掛けてやって、船の中をあちこち連れて歩いて…)
身体も心も育ててやった。
もう一度、「育ち始める」ように。止めていた時が動き出すように。
船の中でしか暮らせなくても、檻よりはずっとマシだから。
仲間も大勢いる船なのだし、あの檻のように独りぼっちではないのだから。
(前のあいつは、そうやって育ってくれたわけだが…)
今度は育たないってな、と小さなブルーを思い浮かべる。
アルタミラとは違うのに。
育っても未来が無かった頃とは、まるで事情が違うのに。
(…幸せすぎて育たないっていうのもなあ…)
あるようだよな、と今のブルーが育たない理由を考えてみる。
きっと理由はそれだから。
前のブルーが失くしてしまった、幸せだった子供時代。
成人検査で記憶を消されて、その後に何度も繰り返された人体実験。
前のブルーも、自分もすっかり失くした記憶。
どんな養父母に育てられたか、どういう家で暮らしていたか。
成人検査にパスしていたなら、おぼろげながらも記憶は残るものなのに。
生まれ故郷も両親のことも、幾らかは残る筈なのに。
(…俺たちの場合は、全部失くして…)
何一つ残りはしなかった。
記憶の始まりは成人検査で、其処から後は檻での暮らしと過酷な人体実験の記憶。
燃えるアルタミラから脱出するまで、夢も希望も無かった日々。
(今のあいつは、そうじゃないから…)
幸せな今を噛みしめるように、ゆっくりと育ってゆくのだろう。
子供時代を満喫しながら、チビの時代を楽しみながら。
きっとそうだと分かっているから、急かそうとは思わないけれど。
ブルー自身にも「ゆっくり育てよ?」と、何度も言っているけれど。
(…あいつ、分かっちゃいないしな?)
「俺は子供にキスはしない」と叱り付けても、懲りないブルー。
キスを強請ってはプウッと膨れて、「ハーレイのケチ!」とお決まりの台詞。
もう何度目になるんだか、と数える気にもならないくらい。
いつになったら育つのだろうか、チビのブルーは?
前のブルーと同じに育って、キスを贈れる日が来るのだろうか…?
(何十年でも待てるんだがな…)
そうは思うが先は長い、と思ったはずみに気付いたこと。
何十年でも待ってやれるのは、何故なのか。
小さなブルーは何処から来たのか、どうしてブルーはチビなのか。
(…あいつ、生きてて、生まれ変わりで…)
前のブルーとそっくり同じに育つ身体を手に入れたブルー。
新しい命と身体を貰って、青い地球に生まれて来たのがブルー。
前のブルーと同じ魂、それを抱いて。
遠く遥かな時の彼方の、恋の記憶もそのまま持って。
(俺はあいつを、失くしてしまった筈なのに…)
前のブルーを失ったのに、今は目の前に小さなブルー。
今は此処にはいないけれども、何ブロックも離れた場所にいるのだけれど。
(あいつは、前と同じに生きてて…)
生きているから、温かな身体。
「ハーレイのケチ!」と膨れたりもするし、プンスカ怒ったりもする。
恋人扱いしてくれない、とプンプンと。
唇へのキスが貰えないからと、今日みたいに。
そういうチビでも、育たなくても、きちんと生きているブルー。
いつかは大きく育つ筈だし、何十年でも待っていられるのは、そのお蔭。
小さなブルーは生きているから、これから育ってゆくのだから。
そうなんだよな、と改めて思う今の幸せ。
前の自分が失くしたブルーは、生きて帰って来てくれた。
すっかり小さくなったけれども、今ではチビの子供だけれど。
(…いつ育つのやら、サッパリなんだが…)
まるで育ってくれないとしても、文句を言っては駄目だろう。
前のブルーと同じ姿に育ってくれる日、それが何十年も先のことでも。
「キスは駄目だ」と叱り付けながら、何十年も待つ羽目になっても。
小さなブルーがいなかったならば、待つことさえも出来ないから。
チビの恋人が育ってゆくのを、見守ることも出来ないから。
(…贅沢を言っちゃいかんよな、うん)
失くした筈のあいつが此処にいるんだから、と思った前の自分の悲しみ。
前のブルーを失くした後には、何も見えてはいなかった。
キャプテンとしての務めがあるから、そのために生きていたというだけ。
ブルーがそれを望んだから。
前のブルーがメギドに飛ぶ前、前の自分にだけ言い残したから。
「ジョミーを支えてやってくれ」と。
肉声ではなくて、思念の声で。口にしたのは「頼んだよ、ハーレイ」という言葉だけ。
それが自分を縛ってしまって、ブルーを追えずに取り残された。
たった一人で、シャングリラに。
あの船を地球まで運ぶためにだけ、キャプテンの務めを果たすためにだけ。
(たまには冗談も言ったりしたが…)
それさえも多分、キャプテン・ハーレイだったから。
船の雰囲気を和ませるために、和らげるために、たまには冗談。
笑ったこともあったけれども、皆と別れてしまったら…。
(…直ぐにあいつを思い出すんだ…)
ブルーがいたなら、どうだったろう、と。
あいつも同じに笑ったろうかと、早くブルーに会いたいのに、と。
失くしたブルーを追ってゆくこと、それだけが前の自分の望み。
いつか地球まで辿り着いたら、キャプテンの務めを終えたなら。
(そしたら、あいつを追ってゆこうと…)
夢見ていたのは命の終わり。ブルーと同じ場所に行くこと。
其処が何処でもかまわないから、ブルーと一緒にいられればいい。
失くしたブルーを取り戻せるなら、側にいることが出来るなら。
(前の俺の夢は、それだったんだが…)
とんでもない形で叶っちまったぞ、と今だから分かる前の自分の夢の結末。
死の星だった地球の地の底、其処で自分は死んだのに。
命は尽きた筈だというのに、こうして生きている自分。
青く蘇った水の星の上で、あの時よりも遥か未来で。
(ついでに、あいつを失くしちまった筈なのに…)
あいつも一緒に地球にいるんだ、と思うのはチビのブルーのこと。
まだ幼くてキスも出来ない、本当にチビの子供だけれど。
十四歳にしかならないブルーは、一向に育ってくれないけれど。
(それでもあいつは、俺のブルーで…)
前と同じに生きているから、育ってくれる日を夢に見られる。
何十年でも待っていられる、前のブルーとそっくり同じ姿に育ってくれる時まで。
「ハーレイのケチ!」と膨れられても、不満そうな顔で睨まれても。
再会してから、少しも育ってくれないチビの子供のブルーでも。
(あいつがいてくれるからなんだよなあ…)
ケチ呼ばわりをされるのも、と幸せな気分に包まれる。
「俺は幸せ者だよな」と、「贅沢を言ったら、罰が当たるぞ」と。
失くした筈なのに、ブルーは戻って来てくれたから。
自分はブルーを取り戻したから、今日もブルーに「ハーレイのケチ!」と膨れられたから…。
失くした筈なのに・了
※前のハーレイが失くした筈の、前のブルー。けれども、今は目の前に生きているブルー。
いくらチビでも、取り戻せたなら贅沢を言ってはいけませんよね。膨れられてもv
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