(今日は幸せ…)
とってもいい日だったもの、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は朝から会えたハーレイ、今の学校の教師だけれど。
そのハーレイは前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は先生と生徒でも。
「俺は子供にキスはしない」と、キスもくれない恋人でも。
それでも会えれば胸が弾むし、今日は朝からツイていた。
学校の門を入ったら直ぐに、柔道着のハーレイに会えたから。
朝一番から柔道部員たちを指導して来たらしいけれども、自分は登校したばかり。
「ハーレイ先生、おはようございます!」と声を掛けたら、ハーレイも「おはよう」と笑顔。
其処で暫く立ち話をして、「今日も元気で頑張れよ?」と言葉も貰えた。
とても幸先が良かった今日は、それから後も幸運だった日。
ハーレイの古典の授業があったし、教室でたっぷり見られた姿。
贔屓などして貰えないけれど、ハーレイの姿を眺めていられるだけで幸せ。
授業を聞けるだけで幸せ、自分は当てて貰えなくても。
(幸せだよね、って思っていたら…)
仕事が早く終わったらしくて、家まで訪ねてくれたハーレイ。
そういう時には、夕食も一緒に食べて貰うのが常だから。
両親もそれを望んでいるから、今日はハーレイもいた夕食の席。
食後のお茶は、この部屋で二人、ゆっくりと飲んだ。
ハーレイは「またな」と帰って行ったけれども、幸せだった日。
朝一番に会えて、授業を受けて、家でもたっぷり話せたから。
恋人と夜まで一緒にいられて、色々な話が出来たから。
学校があった日で、平日なのに。
運が悪ければ、まるで会えないこともあるのに。
いい日だったよ、と今も幸せで温かい胸。
キスもくれない恋人だけれど、二人でいられればそれだけで幸せ。
(今のハーレイ、ケチなんだけどね…)
恋人にキスもくれないなんて、と不満はあっても、好きな人には違いない。
ハーレイを嫌いになりはしないし、「顔も見たくないよ」と思いはしない。
前と同じに恋人だから。…今もやっぱり、誰よりも好きな人だから。
(…ケチでも、好きな所はおんなじ…)
ハーレイを好きな気持ちは同じ、と前の自分を思い出す。
たった一人でメギドへと飛んだソルジャー・ブルー。
前のハーレイと遠く離れて独りぼっちで死んでいったけれど、最後まで忘れはしなかった。
「もう会えない」と思っていても。
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くして「絆が切れた」と泣きじゃくっても。
二度とハーレイに会えはしないと、死よりも悲しい絶望と孤独に囚われていても。
(…でも、ハーレイを好きだったから…)
ハーレイの無事を祈り続けて、涙の中で死んだソルジャー・ブルー。
あの時と同じに、今も変わらずハーレイが好き。
キスをくれなくても、前の生から愛し続けた人だから。
どんな時でも忘れはしないし、ハーレイのことを想っているから。
(今だって、ずっとハーレイのこと…)
こうして考え続けているから、前の生から変わっていない。
世界はすっかり変わったけれども、変わらないものもあるのだろう。
青い地球の上に生まれ変わって、新しい命と新しい身体を貰っても。
前の生とは全く違った、今の時代に生まれて来ても。
(ぼくは、ハーレイが好きなまんまで…)
出会った途端に、ストンと恋に落ちたから。
もうハーレイしか目に入らないし、他の誰かに恋をしたりもしないから。
前の自分とそっくり同じに、ハーレイだけに惹かれる自分。
チビの子供になってしまっても、ハーレイに子供扱いされても。
変わらないものもあるんだよね、と見回した部屋。
前の自分が生きた時代と、今は全く違うのに。
(…地球だって、違うらしいから…)
青い地球など何処にも無かった、前の自分が生きた頃。
前の自分は青い地球があると信じたけれども、其処へ行こうと夢見たけれど。
(地球に着いたら、ハーレイとやりたかったことが一杯…)
沢山の夢を描いて目指した地球。
いつかハーレイと行きたかった星。…寿命が尽きると悟るまでは。
命の残りが少なくなっても、それでも地球を見たかった。
メギドに向かって飛んだ時にも、心残りはあったから。「地球を見たかった」と思ったから。
それほどまでに焦がれていたのに、無かったらしい青い地球。
前のハーレイが目にした地球は、赤茶けた死の星だったから。
白いシャングリラが辿り着いた地球は、何も棲めない毒の海と砂漠の星だったから。
(前のぼく、最後まで知らなくて…)
青い地球を夢見て死んでいったのに、そんな星など無かったという。
歴史の授業で教わることだし、今のハーレイが生き証人。
キャプテン・ハーレイとして生きていた頃に、死に絶えた星を見ているから。
死の星だった地球の姿に、ゼルたちも涙したそうだから。
(だけど今では、地球は青くて…)
今の自分は地球の住人、ハーレイだって。
二人揃って生まれ変わって、青い地球の上で育って来た。
前の自分たちが目指した星で。…夢に見ていた青い星の上で。
(地球はすっかり変わっちゃったし…)
世界の仕組みも今では別物。
人工子宮から子供が生まれた時代は終わって、血の繋がった家族の時代。
今の自分も、今のハーレイも、母のお腹で育った子供。
養父母の代わりに本物の両親、いつまでも家族。
成人検査で引き離されたり、記憶を消されはしないのだから。
地球も世界もすっかり変わって、ミュウの時代になった今。
前の自分が目にしたならば、夢の世界だと思うだろうか。
何もかも違う時代だけれども、変わらないものもちゃんとある。
(…ぼくはハーレイのことが好きだし…)
そういう所は変わらないよ、と幸せな気分。
「変わらないものもあるんだから」と。
まるで全く違う世界でも、ハーレイを好きな気持ちは前のままだから。
ハーレイがケチになったって。…キスもくれない、ケチな恋人になったって。
(いくら頼んでも駄目なんだから…)
ホントにケチだ、と零れる溜息。
甘いお菓子の香りがするのが悪いのだろうか、ハーレイがキスをくれないこと。
「俺は子供にキスはしないと言ったよな?」と睨まれること。
おやつの後には歯磨きをして、甘いお菓子の香りを消しておいたなら…。
(ハーレイ、キスしてくれるかな…?)
どうなんだろう、と思うけれども、きっと叱られるのだろう。
「歯磨きしたって無駄だからな」と、「お前の心は丸見えなんだ」と。
チビのくせに、と額をピンと弾かれそう。
頑張って歯磨きしてみても。…おやつの甘い香りを消そうと努力してみても。
(歯磨き、きっと効かないよね…)
だってハーレイはケチなんだから、と思ったはずみに掠めた記憶。
「歯ブラシも変わっていないよね」と。
前の自分が見ていた歯ブラシ、青の間で使っていた歯ブラシ。
今も歯ブラシは同じものだと、何処も変わっていないんだけど、と。
(…歯ブラシ、二本、並んでいたけど…)
違う所はそれくらい。
前のハーレイが泊まりに来たら使えるように、とハーレイの分もあった歯ブラシ。
サイオンで隠しておいたけれども、青の間には歯ブラシが二人分。
キャプテンの部屋にも、ぼくの歯ブラシがあったっけ、と。
仲良く並んでいた歯ブラシ。前の自分のと、ハーレイの分と。
青の間だったら部屋付きの係が、キャプテンの部屋なら当番の者が来る掃除。
彼らに歯ブラシが見付からないよう、いつもサイオンで隠してあった。
歯ブラシが二本並んでいるのがバレないように。
(…あの歯ブラシと、今の時代の歯ブラシ…)
おんなじだよね、と考えなくても分かること。
前の自分が今の時代にやって来たって、歯ブラシくらいは眺めれば分かる。
「これがそうだ」と直ぐに分かるし、きっと買い物にも行ける。
歯ブラシを買って来て欲しい、と頼まれたなら。…店の場所を教えて貰ったら。
(後はお財布…)
もうそれだけで行けるお使い、買って来られるだろう歯ブラシ。
店で歯ブラシのコーナーに立って、「頼まれたものは…」と毛の硬さなどを確かめて。
歯ブラシは今も変わっていなくて、誰が見たって歯ブラシだから。
(…前のぼくが生きてた頃と、おんなじ…)
変わらないものもあるじゃない、と思った歯ブラシ。
歯を磨かないと虫歯になるから、今の時代も歯磨きと歯ブラシはちゃんと健在。
他にも何かあるのかな、と考えてみたら、ポンと頭に浮かんだ注射。
(痛いトコまで、おんなじだってば…!)
前のぼくも嫌いだったのに、と思うけれども、歯ブラシと同じに今もある注射。
そういう所は変わってくれてもかまわないのに。
変わらないものも歓迎だけれど、注射は変わって欲しかったのに。
(…注射まで変わっていないんだから…)
歯ブラシならともかく、大嫌いな注射も変わらないまま、今の時代もあるようだから。
変わらないものも色々あるから、ハーレイのことを好きなのも…。
(…ケチでも、やっぱり大好きなこと…)
当然だよね、と思わないではいられない。
世界はすっかり変わったけれども、変わらないものもあるのだから。
歯ブラシも注射も変わらないなら、もっと大事な恋は決して変わらないから…。
変わらないものも・了
※前の自分が生きた時代と、今の時代はすっかり違うよね、と思うブルー君。
けれど変わらないものも色々、歯ブラシや注射も昔と同じ。恋が変わらないのも当然ですv
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