(今日も一日終わったってな)
ついでにツイてる日だったぞ、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
夜の書斎でコーヒー片手に、今日の出来事を思い返して。
今日は平日だったのだけれど、朝一番にブルーに会えた。
もっとも、「朝一番」なのはブルーにとってで、自分にとっては…。
(朝二番とか、三番だとか…)
少なくとも一番じゃなかったよな、ということだけは間違いない。
朝から出掛けて行った学校、柔道部員たちとの朝練。
走り込みから付き合ったりして、一仕事終えた後でのこと。
(指導の時は柔道着だから…)
教師としての服に着替えよう、と歩いていたらブルーに会った。
「ハーレイ先生、おはようございます!」と弾けた笑顔。
其処で暫く立ち話をして、「今日も元気に頑張れよ?」と見送ったブルー。
次に会ったのはブルーの教室、古典の授業の日だったから。
ブルーだけを贔屓はしないけれども、同じ教室にいてくれるだけで嬉しくなる。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
姿がチラリと見えれば幸せ、声が聞けたらもっと幸せ。
(今日は朝からツイていて…)
仕事の後にもツイてたんだ、とブルーとの時間を思い出す。
今日は仕事が早く終わったから、帰りに寄れたブルーの家。
其処で夕食を御馳走になって、食後のお茶もブルーの部屋でゆっくりと。
(あいつと、たっぷり話せたしな?)
本当にいい日だったんだ、と家に帰った後も幸せ一杯。
コーヒーを淹れる時にも何度も考えたこと。「いい日だった」と。
苦いコーヒーは苦手な恋人、小さなブルーを想いながら。
ブルーはコーヒーが苦手だけれども、それは幼いからではなくて。
前のブルーも、同じに苦手で。
(まるで飲めないままだったっけな)
苦いから、と顔を顰めたソルジャー・ブルー。「こんな飲み物の何処がいいんだい?」と。
それでもたまに欲しがってみては、とんでもない飲み方をしていたブルー。
(砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、ホイップクリームこんもりなんだ…)
でないと苦くて飲めないから。ブルーの舌には美味しくないから。
今のブルーも「ぼくもコーヒー!」と強請った挙句に、同じ飲み方になっていた。
変わらないものは変わらないらしい、生まれ変わって別の人生でも。
前の自分たちが生きた時代とは、ガラリと変わった世界でも。
(何が違うって、地球からして別の星だから…)
同じ地球には見えないよな、と思うのが自分が住んでいる星。
前の自分が眺めた地球は、青く輝いてはいなかった。
青い地球など何処にも無くて、赤茶けた死の星があっただけ。
どれほど皆が打ちひしがれたか、前の自分も悲しかったか。
「とてもブルーには見せられない」と思った地球。
青い地球がブルーの夢だったから。最期まできっと焦がれたろうから。
(その地球が今じゃすっかり青くて、おまけに俺たちが住んでるってな)
前の生では、懸命に地球を目指したのに。
白いシャングリラでブルーと共に、ブルーがいなくなった後にも、ただひたすらに。
ブルーを失くして、生ける屍のようになっていたって、それがブルーの最後の望み。
ジョミーを支えて地球に行くこと、シャングリラを地球まで運んでゆくこと。
これが自分の役目なのだ、と歯を食いしばって辿り着いた地球、ブルーが焦がれ続けた星。
本当だったら、ブルーと行きたかったのに。
ブルーと青い地球を眺めて、「やっと来られた」と夢を叶えたかったのに。
前のブルーと、幾つもの夢を描いたから。
地球に着いたらあれをしようと、これもしようと。
前の自分の夢は何一つ叶わなかった地球。
ブルーと二人で行けはしなくて、青い星でさえなかった地球。
それが今では青く蘇って、自分とブルーが暮らす星。
二人とも地球の上に生まれて、生粋の地球育ちだから。
(そいつも凄いが、生まれ方だって違うんだ…)
人工子宮から生まれた子供が、前の生での自分たち。
記憶は失くしてしまったけれども、養父母に育てられていた。実の親などいなかったから。
なのに今だと、血が繋がった両親がいる。自分にも、もちろんブルーにも。
(でもって、成人検査も無いから…)
親はいつまでも自分の親だし、引き離されることはない。
そして人間は誰もがミュウで、もう戦いなど無い世界。広い宇宙の何処を探しても。
(何もかも、変わっちまったが…)
変わらないのがブルーの姿で、ちょっぴりチビになっただけ。
コーヒーが苦手な所も変わらないまま、ミルクたっぷり、砂糖たっぷり。
(あんなに甘くして、どうするんだか…)
しっかり歯磨きしないとな、と思うブルーが好むコーヒー。
自分にとっては、まるでチョコレートのようだから。
(ホットココアなら、まだ分かるんだが…)
あれは元から甘いんだから、と零れる苦笑。
ホットチョコレートも飲んだことがあるし、甘い飲み物を否定はしない。
けれどコーヒーは苦味が身上、其処が美味しいわけだから…。
(あいつの飲み方だと、どう考えてもチョコレート並みの甘さだぞ?)
元のコーヒーの味を思ったら、そのくらいの甘さになるだろう。
それほど甘い物を飲んだら、歯磨きの方もしっかりと。
チビの子供になってしまった今のブルーなら、より念入りに。
歯だってこれから育ってゆくから、甘い物で虫歯にならないように。
眠る前にはきちんと歯磨き、甘すぎるコーヒーを飲んだ夜には、特に。
そうでなくちゃな、と思い浮かべたブルーの顔。
「今日もきちんと歯磨きしたか?」と。
甘いコーヒーは飲んでいなかったけれど、ブルーは母が作るお菓子が大好き。
毎日おやつを食べているようだし、歯磨きを忘れて貰っては困る。
寝込んで動けないならともかく、今日のように元気一杯の日は。
(虫歯はいかんぞ、虫歯はな)
そう言う俺も後で歯磨きだが、とコーヒーのカップを傾ける。
この一杯で寛いだ後は、歯磨きしたり風呂に入ったり。
それから明日に備えてグッスリ…、と思った所でふと気が付いた。
「変わらないものは、今も変わらんな」と。
前の自分が生きた時代から、何もかもがガラリと変わったけれど。
地球からして別の星になったし、世界の仕組みも違うけれども、変わらないもの。
(…歯ブラシは今も歯ブラシじゃないか)
別の何かに変わっちゃいない、と白いシャングリラを思い出す。
ブルーと恋人同士になった後には、お互いの部屋に二本の歯ブラシ。
泊まりに行ったら、其処で歯磨き出来るよう。
(あいつがサイオンで細工をしてて…)
分からないよう隠していたから、誰も気付きはしなかった。
青の間の奥の洗面台に、余分な歯ブラシがあったこと。
キャプテン・ハーレイが使う歯ブラシ、ブルーのものとは違うのが。
(俺の部屋には、あいつの歯ブラシ…)
ソルジャー・ブルーの歯ブラシがあった。
これまた、誰も気付かないまま。
キャプテンの部屋の掃除当番、彼らも全く知らないままで。
(青の間の俺の歯ブラシも…)
部屋付きの係に見付かりもせずに、いつでも二本並べてあった。
前のブルーの歯ブラシの隣、其処に仲良く、泊まった時には使えるように。
(歯ブラシなあ…)
今も歯ブラシは歯ブラシだぞ、と生まれ変わった自分だからこそ言えること。
何処も少しも変わっちゃいないと、「歯ブラシは今も歯ブラシだ」と。
前の自分は買い物などには行かなかったけれど、行く機会すらも無かったけれど。
今の世界に連れて来られて、「歯ブラシを買って来て欲しい」と頼まれたなら…。
(店の場所さえ分かったら…)
迷わずに買って来られるだろう。「こいつだな」と店で手に取って。
注文の品はどういう歯ブラシだったか、毛の硬さなどを確かめてみて。
(前の俺が買い物に出掛けて行っても、何の違和感も無いってか…)
歯ブラシってヤツはまさにそうだな、と可笑しくなる。
変わらないものは今も変わらないのかと、そんな所まで前の俺たちの頃と同じか、と。
(あいつのコーヒーの飲み方だけじゃないんだよなあ、変わらないものは…)
そう思ったら、ポンと浮かんだ今のブルーも嫌いな注射。
あれだって今も変わっていないし、注射は注射で、ソルジャー・ブルーが嫌ったもの。
(うん、なかなかに楽しいじゃないか)
これだけの時が流れた後にも、世界がすっかり変わった後にも、変わらないこと。
変わらないものは幾つもあるから、そういったものがあるのなら…。
(俺とあいつの恋だって…)
今も同じに恋しているのも当然だよな、と思ってしまう。
たかが歯ブラシでも変わらないなら、それよりもずっと大切な恋も同じだから。
生まれ変わってもブルーに恋して、今度こそ共に生きてゆこうと思って当然なのだから…。
変わらないものは・了
※前の自分が生きた時代と変わらないものはあるんだな、と思ったハーレイ先生。
歯ブラシでさえも変わらないなら、生まれ変わってもブルー君に恋して当然ですよねv
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