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ぼくの恋人

(ハーレイのケチ!)
 今日もキスしてくれなかったよ、と小さなブルーが膨らませた頬。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 今日は休日、午前中からハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
 この部屋で二人で過ごしたけれども、その時のこと。
 「ぼくにキスして」と強請ってみた。
 いい雰囲気だと言っていいのか、前の生での思い出話になったから。
 前の自分たちが生きていた頃、白いシャングリラで暮らした時代の話だったから。
 遠く遥かな時の彼方で「ソルジャー・ブルー」と呼ばれた自分。
 前のハーレイと恋をしていた、「キャプテン・ハーレイ」と呼ばれた人と。
 けれど、ミュウたちを導くソルジャー、シャングリラという船を預かるキャプテン。
 そんな二人が恋に落ちたと皆に知れたら、誰もついては来てくれない。
 だから最期まで隠し通した、自分たちの恋を。
 前の自分はメギドで散るまで、ハーレイは地球の地の底で命尽きるまで。
(誰にも言えなかったんだから…)
 恋してたこと、と思い出しても悲しくなる。
 青い地球の上に生まれ変わって、またハーレイと巡り会えたけれど。
 前の自分たちの恋の続きを生きているけれど、あまりにも悲しすぎた恋。…前の自分たちの。
 暗い宇宙に消えてしまって、それきりになった悲しい恋。
(またハーレイに会えたのにね…)
 それでも時々、悲しい気持ちに囚われる。前の自分たちの恋を思うと、今みたいに。
 こうなったのもハーレイのせいなんだから、と思い浮かべるケチな恋人。
 「ぼくにキスして」と強請っているのに、「駄目だ」と睨み付けたハーレイ。
 「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目と言ったがな?」と。
 もう聞き飽きたお決まりの台詞、怒ってプウッと膨れてやった。
 「ハーレイのケチ!」と、プンスカと。


 今と同じに膨らませた頬、唇も尖らせてやったのに。
 不平と不満を顔に出したのに、ハーレイがやったことと言ったら…。
(キスの代わりに、ぼくの頬っぺた…)
 それをペシャンと潰された。大きな両手で挟むようにして。
 おまけにこうも言ったハーレイ、「今日も見事なハコフグだよな」と。
 プウッと膨れた顔はフグだし、頬っぺたを潰された顔はハコフグ。
 恋人に向かって「フグ」呼ばわりで、キスもくれないケチなハーレイ。
(ホントのホントに、酷いんだから…)
 それにケチだよ、と思い出しても悔しい気分。
 確かに自分はチビだけれども、ちゃんとハーレイの恋人なのに。
 ソルジャー・ブルーの生まれ変わりで、前の自分が生きた時代の記憶も持っているというのに。
 とても悲しい恋だったのだ、と今でも涙が溢れそうになる。
 前の自分がどういう思いで死んでいったか、ハーレイとの別れはどうだったのかを考えると。
(さよならのキスも出来なかったよ…)
 別れの場所はブリッジだったし、キスなど出来る筈もない。
 もちろん抱き合うことも出来ない、恋人らしい別れの言葉を告げてもいない。
 「頼んだよ、ハーレイ」と口にしただけ、声にしたのは、たったそれだけ。
 他の言葉は思念を滑り込ませたけれども、「さよなら」の言葉は言えないまま。
 もしも言ったら、心が挫けてしまうから。
 「ソルジャー」としては振舞えなくて、ただの「ブルー」に戻ってしまう。
 そうなったならば、白いシャングリラを守ることなど出来ないから。
 ハーレイの側を離れ難くて、時を逃してしまうから。
(…前のぼく、ホントに頑張ったのに…)
 最後の最後まで恋を隠して、ソルジャーとして凛と立ち続けて。
 メギドでキースに撃たれた時にも、皆のことだけを考え続けて。
 そうして気付けば何処にも無かった、持っていた筈の「ハーレイの温もり」。
 右手が凍えて冷たいと泣いて、独りぼっちで迎えた最期。
 ハーレイとの絆は切れてしまって、二度と会えないだろうから。


 なのに長い長い時を飛び越え、ハーレイと辿り着いた地球。
 前の自分たちが生きた頃には、地球は死の星だったのに。…青い地球は幻だったのに。
 けれども青く蘇った地球、其処に自分は生まれて来た。
 前の自分とそっくり同じに育つ姿で、きっとそうなる筈の姿で。
 ハーレイはもっと早く生まれて、とうに「キャプテン・ハーレイ」の姿。
 もうキャプテンではないけれど。
 今の自分が通う学校、其処の古典の教師だけれど。
(やっと会えたのに、ケチなんだから…)
 絶対にキスしてくれないんだから、と不満たらたら、頬っぺたを膨らませたくもなる。
 ハーレイが此処で見ていたならば、「おっ?」と出てくるかもしれない両手。
 大きな褐色の手が伸びて来て、ペシャンと頬を潰される。
 「ハコフグだな」と、今日みたいに。
 キスもくれないケチな恋人、その上、恋人の自分を「フグ」呼ばわり。
 前の自分たちの恋の続きを生きているのに、この有様。
 なんとも酷くてケチなハーレイ、恋人にキスもくれないなんて。
 フグ呼ばわりで、頬っぺたをペシャンと両手で潰して「ハコフグ」だなんて。
(…なんで、ああなっちゃうんだろう…)
 チビでもぼくは恋人なのに、とハーレイに向かって言うだけ無駄。
 「前のお前と同じ背丈に育ったら、ちゃんとお前にも分かるだろうさ」と言うハーレイ。
 どうしてキスが貰えないのか、それが分からないのもチビの証拠、と。
 姿と同じに中身も子供で、チビだからプウッと膨れるんだ、と。
(ぼくの中身は、前のぼくなのに…)
 だから悲しくなったりするのに、と宇宙に散った悲しい恋を思い出すのもハーレイのせい。
 キスを貰えなくて膨れていたから、お風呂上がりに考えごとをしていたから。
 「せっかくハーレイに会えたのに」と。
 また巡り会えて恋しているのに、キスも貰えないチビの自分。
 それが悔しくて膨れていたら、前の自分の恋まで思い出したから。
 暗い宇宙に消えてしまった、悲しい恋に胸を覆われたから。


 何もかも全部ハーレイのせいだ、と膨れるけれど。
 こうしてプンスカ怒っていたって、褐色の手が伸びては来ない。
 ハーレイは家に帰ってしまって、今頃はきっとコーヒーでも飲んでいるのだろう。
 チビの恋人のことなど忘れて、「この一杯が美味いんだ」と。
(…ホントに忘れてそうだよね…)
 そのくらいなら、まだ頬っぺたをペシャンとやられた方がいい。
 「ハコフグだな」と笑われたって、ハーレイが側にいる方がいい。
 けれど叶わない、夜も一緒にいるということ。
 チビの自分はハーレイの家に行けはしないし、まだ結婚も出来ないから。
(ぼくだけ膨れて、馬鹿みたいだよ…)
 もうハーレイは忘れちゃってる、とケチな恋人の姿を思う。
 いったい何をしていることやら、熱いコーヒーを飲みながら。
 書斎にいるのか、リビングにいるか、それともダイニングで寛いでいるか。
(ぼくのことなんか、綺麗に忘れて…)
 柔道部のことでも考えていそう、と零れた溜息。
 もしも柔道部員だったら、ハーレイの家に行けるのに。…他の部員と一緒でも。
 庭で賑やかにバーベキューとか、宅配ピザにワイワイ群がるだとか。
 お菓子は徳用袋のクッキー、割れたり欠けたりしたクッキーが詰まった袋。
 とても美味しいクッキーの店の、不良品ばかり詰めたもの。
(…柔道部員なら、いくらでも…)
 ハーレイの家に行き放題、と思った所で気が付いた。
 柔道部員たちの憧れ、それが「ハーレイ先生」だった、と。
(今のハーレイ、柔道も水泳も…)
 プロの選手にならないか、と誘いが来ていたほどの腕前。
 今でも腕は落ちていないし、柔道部員たちにとってはヒーロー。
 「誰よりも強い」ハーレイ先生、本当ならプロで通る人。
 柔道をやっていない生徒も、「古典のハーレイ先生」が好き。
 気さくで陽気で、どの生徒とも気軽に話してくれるから。「どうしたんだ?」などと。


(…ハーレイ、みんなに人気だっけ…)
 男子生徒にも女子生徒にも、好かれているのが今のハーレイ。
 きっとこれからも「ハーレイ先生」のファンは増えるし、減ることはない。
 ハーレイの教え子が増えてゆくほど、増えてゆくだろう「ハーレイ先生」のファン。
 それが自分の今の恋人、いつか結婚するハーレイ。
(…ぼくがハーレイと結婚したら…)
 男子はともかく、女子は羨望の眼差しで見てくれるのだろう。
 嫉妬する子もいるかもしれない、「ハーレイ先生が結婚なんて!」と。
 ずっと独身でいて欲しかったと、そうでなければ「どうして私と結婚してくれないの?」と。
(…そういうの、凄くありそうだよね?)
 みんなの憧れの「ハーレイ先生」、そのハーレイを一人占めだから。
 ハーレイと結婚するのは自分で、他の誰かではないのだから。
(…ハーレイ、今はケチだけど…)
 ケチでなくなった時のハーレイ、今の自分の未来の結婚相手は他の生徒の憧れ。
 それを思うと、ちょっぴり誇らしい気持ち。
(ぼくの恋人はハーレイだよ、って…)
 誰もに言える時が来たなら、きっと羨ましがられるから。
 今度は恋を明かしていいから、ちゃんと結婚出来るのだから。
 当分はケチなハーレイだけれど、みんなの憧れの「ハーレイ先生」。
 その人が自分の恋人だなんて、とても素敵な気分だから…。

 

        ぼくの恋人・了


※「ハーレイのケチ!」と膨れているブルー君ですけれど。八つ当たりまでしてますけれど。
 今のハーレイは、生徒に人気の「ハーレイ先生」。気付いたら機嫌が直る所も子供かもv








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