(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
来てくれるかと思ってたのに、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は学校で少し話しただけの、前の生から愛した恋人。
生まれ変わってまた巡り会えた、愛おしい人。
(ほんのちょっぴり、喋っただけ…)
学校の廊下でバッタリ出会って、二言、三言といった程度の会話。
立ち話にさえもなっていなくて、それで別れてしまったハーレイ。
(ハーレイ、「じゃあな」って行っちゃったから…)
もしかしたら、と弾んだ胸。「今日は帰りに寄ってくれるかも」と。
あまりにアッサリ行ってしまったハーレイだから。…急ぎの用事も無さそうなのに。
そんな日も珍しくないのだけれども、期待を抱いてしまった今日。
学校が終わって家に帰ったら、首を長くして待っていた。
早く恋人が来てくれないかと、ハーレイが鳴らすチャイムの音が聞こえないかと。
(だけど、ハーレイ、来てくれなくて…)
とても残念、と悲しい気分。
なまじ期待して待っていたから、余計に寂しい気持ちになる。
「今日はちょっぴり話をしただけ」と、「もっとゆっくり話せば良かった」と。
ハーレイが「じゃあな」と行こうとしたって、「待って下さい!」と呼び止めて。
急がないならもう少し、と立ち話の話題をぶつけたりして。
(質問でもなんでもいいんだから…)
切っ掛けさえ作れば、始まる会話。ハーレイが足を止めてくれたら。
最初は本当に、古典の授業についての質問だとしても…。
(そういえばだな、って…)
別の話をしてくれるのがハーレイだから。きっと分かってくれるから。
「もっと話したい」という気持ち。「もっと一緒にいたいんだから」と願う心を。
大失敗、と思う昼間のこと。
学校の廊下でハーレイと話せば良かったのに、と。
ほんの少しの立ち話だって、二言、三言で終わってしまった今日よりはマシ。
相手は「ハーレイ先生」でも。
恋人同士の会話は無理でも、敬語を使って話すしかない場面でも。
(…ハーレイとお喋りしたかったよ…)
来てくれないって分かっていたら、と後悔しきりで、けれどとっくに手遅れなこと。
時計の針を戻せはしないし、学校の廊下に戻れもしないよ、と思っていたら。
「明日になったら会えるだろう?」と聞こえた声。
心の中で声が聞こえた、誰かの思念ではない声が。…とても聞き覚えのある声が。
前のぼくだ、と考えなくても分かること。
自分の中には、前の自分がいるのだから。
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
今の言葉は、前の自分が紡いだもの。…自分に向けて。
もっとも、前の自分は今の自分と同じ魂なのだし、これは一種の独り言。
何かのはずみにヒョイと出てくる、前の自分が紡ぐ声。
(…明日になったら会えるけど…)
会えるんだけど、と尖らせた唇。
偉そうに出て来た前の自分は、恋敵のようなものだから。
チビの自分と全く違って、前のハーレイと本物の恋人同士だったのがソルジャー・ブルー。
(ぼくと違って、余裕たっぷり…)
ハーレイの恋人なんだものね、と面白くないのが前の自分が出て来たこと。
「どうせチビだよ」と、「ハーレイと一緒に暮らしてないよ」と。
前の自分は、夜は必ずハーレイと一緒だったから。
昼間は別々に過ごしていたって、夜になったら恋人同士。
ハーレイが青の間を訪ねて来たり、前の自分がキャプテンの部屋に出掛けたり。
離れ離れで過ごす夜など無かったのだし、腹が立つ。
「どうせ明日まで会えないよ」と。「ぼくはチビだから、明日まで無理!」と。
もしも自分がチビでなければ、今頃はきっとハーレイと一緒。
同じベッドに入っているか、ベッドに行く前の時間を二人で過ごしているか。
(…前のぼくなら、そうなんだから…)
夜はハーレイと一緒なんだし、ホントに余裕たっぷりだよね、と膨らませる頬。
ハーレイが側にいてくれるのなら、「明日」など直ぐにやって来るから。
愛を交わして、寄り添い合って眠った後には、もう次の日が来るのだから。
(…偉そうなことを言ってるけれど…)
独りぼっちで眠ってみたら、と前の自分に向かって文句。
「ハーレイのいないベッドで寝たら?」と、「それでも直ぐに明日になるわけ?」と。
前の自分は、偉そうに言ってくれたから。
自分がすっかりしょげているのに、「明日になったら会えるだろう?」と。
(独りぼっちのベッドで寝てたら、そんなこと、言えやしないんだから…!)
ぼくと同じで寂しくなってしまうくせに、とプンスカ怒ってみたけれど。
「文句があるの?」と前の自分に言い放ったけれど、返った沈黙。
それから感じた深い悲しみ、まるで泣き出しそうな心も。
(えーっと…?)
なんで、と傾げてしまった首。
前の自分も味わったろうか、ハーレイが来ない夜というのを。
独りぼっちで眠らなければいけない夜は、そんなに寂しいものだったろうか…?
泣き出しそうになったくらいに、前の自分は悲しい気持ちでベッドで丸くなっただろうか?
(…前のぼく、そんなに泣き虫だっけ…?)
ソルジャー・ブルーだったんだけど、と前の自分を思い出す。
ハーレイの前では何度も泣いていたのだけれども、心は強い筈なんだけど、と。
なにしろ今の時代になっても、称えられるほどの英雄だから。
ミュウの初代の長だったというだけではなくて、前の自分が全ての始まり。
平和になった今の時代も、この青い地球も、何もかもが前の自分の功績。
だから泣き虫は、ハーレイの前だけの筈なのに。
強い心を持っていたのがソルジャー・ブルー、と本当に不思議なのだけど…。
大英雄のソルジャー・ブルーが、独りぼっちで眠るくらいで、何故、泣くのだろう?
悲しい気持ちになるのだろう、と思った所で気が付いた。
(…前のぼく、ホントに独りぼっち…)
ハーレイは何処にもいなかったっけ、と見詰めた自分の小さな右手。
前の自分の右手は凍えたのだった。
最後まで持っていたいと願った、ハーレイの温もりを落として失くして。
メギドでキースに撃たれた痛みで、温もりがすっかり消えてしまって。
(…ハーレイとの絆が切れちゃった、って…)
絆が切れてしまったから、もうハーレイには二度と会えない、と泣きじゃくっていた前の自分。
シャングリラからは遠く離れたメギドで、独りぼっちで。
死よりも恐ろしい孤独と絶望、それに包まれて死んでいったのがソルジャー・ブルー。
ハーレイには二度と会えない場所で。
…永遠に明日など来ない所で、たった一人で。
今の自分には、きちんと明日がやって来るのに。
明日になったらハーレイに会えて、家には来てくれなかったとしても…。
(学校ではちゃんと姿が見られて、運が良かったら立ち話だって…)
出来るんだっけ、と気付かされた今の自分の幸せ。
さっきまで膨れていたけれど。
前の自分の偉そうな言葉に、プンスカ怒っていたのだけれど。
(…ごめんなさい…)
ホントにごめん、と前の自分に謝った。
「独りぼっちで寝てみたら?」などと、心無い言葉をぶつけたから。
前の自分は独りぼっちで、永遠の眠りに落ちてゆくしかなかったのに。
生まれ変わって幸せな未来が訪れるとは、夢にも思っていなかったのに。
(…ぼくって、我儘…)
おまけに考え無しのチビ、と反省するしかない状況。
前の自分は、泣きながら死んでいったのに。
ハーレイも仲間もいない所で、独りぼっちの死を迎えたのに。
ごめんなさい、と自分を相手に謝るというのも変だけど。
前の自分も自分だけれども、酷い言葉を投げたのは事実。
だから心に流れた悲しみ、泣き出しそうな思いまで。
前の自分がそれを感じたから、その中で死んでいったから。
深い悲しみと孤独の記憶が、今の自分の中にあるから。
…普段は忘れているけれど。今の幸せに慣れてしまって、前の自分に嫉妬したりもするけれど。
(前のぼく、ハーレイと本物の恋人同士だったから…)
とても羨ましくて妬ましいから、語り合おうとも思わない。
ウッカリ語り合おうものなら、今の自分はチビだと思い知らされるから。
「どうせチビだよ」と、「ハーレイとキスも出来ないよ!」と膨れる羽目になるのだから。
それは嫌だから、背を向けている自分の中の恋敵。
前のハーレイと本物の恋人同士で、今のハーレイに会ったとしたって…。
(前のぼくなら、直ぐにキスして貰えるんだよ…)
ちゃんと育った大人だから。…チビの自分とは違うから。
向き合うと自分が惨めになるから、ついつい背中を向けるのだけれど。
「あんな風には生きられないよ」と、白旗を掲げるのだけれど…。
(…大失敗…)
前のぼくの方が、ずっと悲しくて可哀想だっけ、と思い出した「独りぼっち」のこと。
それに比べたらチビの自分の、今日の寂しい気分なんかは…。
(うんとちっぽけで、比べることも出来なくて…)
だから文句は言えないよね、と思うけれども、やっぱり悲しい。
明日はハーレイに会えるけれども、今の自分はチビだから。
前の自分ほどに強くはないチビ、何かといったら膨れてしまう子供だから。
(…前のぼく、許してくれるよね…?)
返事は返って来ないけれども、前の自分も自分だから。同じ一つの魂だから…。
(ぼくの中には、前のぼくがいるし…)
ぼくが幸せなら、前のぼくだって幸せだよね、と浮かべた笑み。
明日はハーレイに会える筈だし、前の自分も楽しみな筈。
今の自分は、独りぼっちではないのだから。
ハーレイと離れることは無いから、いつまでも二人一緒だから。
チビの自分が大きくなったら結婚できるし、もう離れない。
それが出来るのは、チビの自分が生まれ変わってハーレイに会えたお蔭だから…。
ぼくの中には・了
※ブルー君が向き合う羽目になってしまった、ソルジャー・ブルー。恋敵だと思っている相手。
同じ自分なのに嫉妬した挙句、謝るブルー君ですけれど…。それも幸せな今だからこそv