(今日はハーレイ、来てくれなかったんだけど…)
学校でお別れだったんだけど、とブルーが思い浮かべた恋人。
お風呂上りにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は訪ねて来てくれなかったハーレイ、前の生から愛し続けた愛おしい人。
今は学校の教師だけれど。自分は教え子なのだけど。
そのハーレイと帰りに出会った。
授業が終わった後の放課後、家に帰ろうと歩いていたら。
「ハーレイ先生!」と弾んだ心で呼び掛けた自分。
少し立ち話は出来たけれども、最初に「すまん」と謝られた。
「今日はこれから会議があってな」と、「長引くだろうし、お前の家には行けないんだ」と。
残念だった、その言葉。今日は家では会えないのだ、と顔を曇らせたけれど。
(でも、ハーレイは謝ってくれたし…)
それに自分も、こうして最初から聞かされていたらガッカリしない。
家で何度も時計を眺めて、「来てくれるかな?」と待った挙句に、日暮れになってしまうより。
だからハーレイに、「ぼくはかまいません」と元気に答えた。
「じっと待ってるより、こうして予定を聞いた方がずっといいですから」と。
やせ我慢ではなくて、本当のこと。
そう告げた後は、じきに別れたハーレイ。
会議の前には柔道部に顔を出すのだろうし、きっと急いでいるだろうから。
此処で引き留めたら、ハーレイに申し訳ないから。
「それじゃ、先生、さようなら!」とペコリとお辞儀で、門へと歩き出したのだけれど。
ハーレイの方でも、「気を付けて帰れよ」と軽く手を振ってくれたのだけれど。
(…歩き始めてから、振り返ったら…)
まだ同じ場所にいたハーレイ。
とうに背中を向けているかと思ったのに。
大股で歩くスピードも速いのだから、もういないかとも考えたのに。
最初は「あれ?」と傾げた首。「まだいるの?」と。
けれど見送ってくれているのだし、もう一度ピョコンと頭を下げた。
「さようなら」と、「もう行ってくれていいですよ」と。
学校の中では「ハーレイ先生」、お辞儀するなら心の中でも言葉は敬語。
また歩き出して、暫く歩いて振り返ったら、まだハーレイは其処にいた。
ほんの少しも動きはしないで、さっきと全く同じ所に。
笑みまで浮かべて振ってくれる手。「早く帰れよ?」というように。
(そんなに時間があるんだったら、ぼくと話してくれてても…)
よかったのに、と思ったけれども、直ぐに気付いた。
そうではないということに。
きっと急いでいるだろうハーレイ、会議が始まる前に柔道部に行っておこうと。
今日の放課後の練習内容、それを伝えたり、様子を見たりするために。
(だけど、見送り…)
せっかく出会えたのだから、と見送ってくれているのだろう。
学校の中では教え子だけれど、自分はハーレイの恋人だから。
時間が許す限りは此処でと、帰ってゆく自分の後ろ姿を。
そう思ったから、何度も振り返っては頭を下げた。
ハーレイはやっぱり動かないまま、こちらに大きく振ってくれる手。
それが嬉しくて、名残惜しくて…。
(何回も後ろ、見てはお辞儀で…)
学校の門まで辿り着いても、ハーレイは同じ場所にいた。
もう表情は見えないけれども、優しい笑顔なのだろう。
「さよなら」と「気を付けて帰るんだぞ?」という風に、こちらへ振られている手。
応えて自分も「さよなら」とお辞儀、門の外へと踏み出した。
もうハーレイとはお別れだけれど、これだけ手を振って貰えれば充分。
とても幸せな気分で帰れた、今日の学校。
ハーレイとは其処でお別れでも。
家に帰って待っていたって、ハーレイは来てくれない日でも。
ハーレイが家に来られない日は、いつもこうだといいのにね、と思ってしまう。
先生と生徒の二人でいいから、見送って貰って出てゆく校門。
門までの間に何度後ろを振り返っても、消えてはいないハーレイの姿。
(…あの後、走って行っただろうけど…)
ハーレイのことだから、大急ぎで柔道部の方へ。
校門を出た恋人の姿が見えなくなったら、「遅くなっちまった」と全力疾走。
その姿が目に浮かぶようだから、もう幸せでたまらない。
学校では「ハーレイ先生」だけれど、ハーレイはちゃんと恋人だから。
帰ってゆくのを、最後まできちんと見送り続けてくれたのだから。
(とっても幸せ…)
ハーレイに見送って貰えるなんて、と思った所で掠めた記憶。
遠く遥かな時の彼方で、前の自分に起こったこと。
(…あの時も、ハーレイ、見送ってたんだ…)
ぼくは振り返っていないけれど、と気付いた前のハーレイとの別れ。
白いシャングリラを後にする前、ブリッジでハーレイに別れを告げた。
「ジョミーを支えてやってくれ」と、ハーレイだけに思念で伝えて。
声に出したのは「頼んだよ、ハーレイ」で、他の者たちには決して気付かれないように。
自分が二度と戻らないこと、死に赴くという決意を。
(…ハーレイ、なんにも言わなかったけど…)
きっと自分の意を汲み取ったから、言葉は何も無かったけれど。
あの時、ハーレイの心の中では、激しい葛藤があったのだろう。
そうでなければ、ただ呆然としていたか。
(ぼくを止めなきゃ、って思っても…)
キャプテンにそれは許されないし、ソルジャーの意にも背くこと。
恋人が死ぬと分かっていても、引き留められなかった前のハーレイ。
どんな顔をして立っていたのか、その表情はどうだったのか。
前の自分は見ていない。
振り向くことはしなかったから。…それをしたなら、足が止まってしまうから。
あれがハーレイとの別れ。
最後になると分かっていたから、もう振り返れはしなかった。
ハーレイの顔を見てしまったら、きっと心が挫けてしまう。
そう思ったから、振り返りもせずに出て行った。
平静なふりを装って。…「すぐに帰る」というふりをして。
(ハーレイ、見送ってくれていたのに…)
振り返る勇気を持たなかった自分。
引き留めたくなるだろうハーレイの心を、嫌というほど知っていたから。
ハーレイを何度も見送っていたから、自分は見送る方だったから。
(…朝になったら、ハーレイはブリッジ…)
前のハーレイと夜を過ごして、朝になったら恋人同士の時間は終わり。
ハーレイはキャプテンに戻ってしまって、自分もソルジャー・ブルーに戻る。
そしてハーレイはブリッジへ。
「失礼します」とキャプテンの貌で、前の自分に別れを告げて。
(…用事も無いのに、呼び止めたりして…)
甘えた朝も何度もあった。「ちょっと呼んでみただけなんだよ」と。
青の間のスロープを下りてゆくハーレイ、去ってゆく背中を見送りながら。
背中に揺れる短いマントを、掴んで止めたい気持ちを抱いて。
(追い掛けてギュッと掴んじゃったら…)
ハーレイは困るだろうけれども、けして振り払いはしないだろう。
「どうなさいました?」と笑顔を向けて、「もう少し此処にいましょうか?」と。
少しくらいの遅刻だったら、何とでも言い訳出来るから。
きっとハーレイならそうするだろうし、「してはならない」と思った引き留めること。
朝になったらソルジャーとキャプテン、そういう恋人同士だから。
誰にも秘密で、知られては駄目な恋だから。
(ハーレイだって、きっとおんなじ…)
引き留めたいに決まっているから、瞳にあるだろうハーレイの想い。
それに気付いたら動けないから、前の自分は振り返らないで去ったのだった。
振り向いていない、と思い出した前の自分のこと。
前のハーレイとの最後の別れは、けして振り返りはしないまま。
(…ハーレイの背中、何度も見送っていたんだから…)
朝にブリッジへ出掛けるハーレイ、愛おしい人が見せる背中を。
夜には戻ると分かっていたって、引き留めたくなってしまう背中を。
ハーレイもそれと同じなのだ、と分かっていたから振り返らないままで別れた自分。
振り向いて心が挫けたならば、シャングリラはきっとおしまいだから。
自分が命を捨てなかったら、白い箱舟は地球に着けないから。
(…そうだったっけね…)
ハーレイに酷いことをしちゃった、と思わないでもないけれど。
前のハーレイも今日のハーレイがそうだったように、見送っていたのだろうけれど。
(ぼくは見送られる方がいいかな…)
ハーレイの背中を見送るよりかは、自分が見送られる方がいい。
それが別れでないのなら。
前の自分がそうだったように、見送られた後は永遠の別れが来るというわけではないのなら。
(今日のぼくは、とっても幸せだったし…)
振り返る度に手を振ってくれた、優しくて温かな心の恋人。
前のハーレイもそうだったけれど、何度も背中を見送ったけれど…。
(…君の背中を見送るよりは…)
断然、見送られる方がいいよ、と零れる笑み。
見送って貰う方の立場なら、とても幸せで満足だから。
「行かないでよ」と寂しさを堪えて見送るよりかは、見送られる方でいたいから。
その方が自分はきっと幸せ、今日の自分が幸せなように。
見送られてもまた明日は会えるし、二度と会えない別れなどはけして来ないのだから…。
君の背中・了
※ハーレイ先生に見送って貰ったブルー君。幸せな気持ちで出て来た学校の門。
前の自分も見送らせたことを思い出したら、見送られる方がいいようです。ちょっと我儘v