(今日はハーレイ、来てくれたから…)
幸せだよね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上りにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今は自分が通う学校の教師のハーレイ、けれど恋人には違いない。
学校がある日も、仕事が早く終わった時には、家を訪ねて来てくれる。
今日もそういう幸せな日で、夕食の後までハーレイと一緒。
(晩御飯は、パパとママも一緒だったけど…)
食後のお茶はこの部屋で飲めたし、二人で過ごせた時間がたっぷり。
週末のように、午前中から夜までというわけにはいかないけれど。
ハーレイだって、「またな」と椅子から立つのが早めだったけれど。
(明日も学校、あるんだから…)
仕方ないよね、と思う「早めのお別れ」。
土曜日だったら、もっとゆっくり家にいてくれる時もあるのに。
それでも今日は会えたわけだし、ツイている日で、今も胸にある温かな気持ち。
「会えて良かった」と、「ハーレイが来てくれたから、いい日だったよ」と。
同じにハーレイが来てくれたって、寂しくなる日もあるけれど。
「ハーレイと一緒に帰れなかったよ」と、溜息をつく日も多いけれども。
(またな、って帰って行っちゃうから…)
どうして一緒に帰れないのか、悲しくてたまらなくなる日。
前の生なら、夜もハーレイと離れることは無かったから。
ハーレイが青の間に泊まってゆくか、自分の方がキャプテンの部屋に泊まりにゆくか。
そういった風に過ごしていたから、離れ離れの夜は無かった。
けれど今では、離れ離れが当たり前。
今の自分はチビの子供で、ハーレイと暮らせはしないから。
十四歳にしかならない年では、結婚出来はしないから。
結婚できる年は十八歳。
その時が来るまで、ハーレイの家に一緒に帰れはしない。
チビの自分は「またな」と置いてゆかれて終わりで、ハーレイは一人で帰ってしまう。
仕事の帰りに来た日は車で、天気のいい休日に歩いて来たなら、二本の足で。
(まだまだ我慢しなくっちゃ…)
ハーレイと一緒に暮らせる日まで。
この家に二人で遊びに来たって、「また来るね」とハーレイと一緒に帰れる日まで。
まだ先なのが悲しいけれども、今もこの家で会うことは出来る。
平日だって、今日のように会えることもあるから、幸せな気分に包まれたりも。
(寂しがってばかりじゃないんだよ、うん)
今日のぼくは幸せな気分なんだから、と緩んだ頬。
恋人の姿を思い浮かべて、交わした話をあれこれと思い出したりもして。
(ハーレイがいるから、うんと幸せ…)
だって恋人なんだもの、と愛おしい人へと飛ぶ想い。
ハーレイは自分の恋人だけれど、前の自分だった頃から恋人。
遠く遥かな時の彼方で恋をしていて、今はその恋の続きの恋。
出会った途端に恋に落ちたから、前の自分の記憶が戻って来たのだから。
(あの時からずっと、恋してるもんね?)
チビだけど恋は知っているもの、と誇らしい気持ち。
きっと世間の十四歳だと、恋人などいないだろうから。
恋という言葉は知っていたって、本物の恋をしているような十四歳は…。
(何処を探してもいないよ、きっと)
ぼくの恋は本物なんだから、と誰かに自慢したいほど。
前の自分の恋の続きを生きているなら、正真正銘、本物の恋。
ハーレイとキスが出来なくても。
「俺は子供にキスはしない」と頭をコツンとやられていても。
前の自分なら、何度もハーレイと交わしたキス。
愛も交わしていた二人だから、間違いなく本物の恋人同士。…前の自分とハーレイは。
本物の恋の続きだったら、本物だよね、と思う恋。
ハーレイが「キスは駄目だ」と言おうが、「チビの間は家に来るな」と言っていようが。
いつかは結婚だって出来るし、なんと言っても両想い。
チビの自分が大きくなったら、きっとされるだろうプロポーズ。
その時に「うん」と言いさえしたなら、後は結婚式を挙げるだけ。
(…パパとママだって、きっと許してくれるよ)
最初はとても驚くだろうし、腰を抜かすかもしれないけれど。
ハーレイと二人で「結婚させて」と土下座したって、怒るだけかもしれないけれど。
(でも、パパもママも、優しいから…)
いつまでも反対してはいないで、許してくれる時が来る筈。
そしたらハーレイと結婚できるし、幸せに暮らし始めたならば、土下座もきっと思い出の内。
「あの時は大変だったよね」と、ハーレイと笑い合ったりもして。
二人一緒に、ソファでお茶でも飲みながら。
(ハーレイはコーヒーで、ぼくは紅茶で…)
寄り添い合って過ごす幸せな時間。
いつかそういう時が来るから、その日が来るのが待ち遠しい。
まだ当分は来ないけれども、チビの間は無理なのだけれど。
(…だけど、いつかはプロポーズ…)
そして自分は「うん」と言うだけ、そうすれば来るハッピーエンド。
両親が結婚に反対しようが、きっと乗り越えてみせるから。
前の自分たちには無理だった結婚、それが今度は出来る人生。
ハーレイと誓いのキスを交わして、結婚指輪を交換して。
(幸せだよね…)
その日のためなら頑張れるよ、と思う両親たちの説得。
どんなに反対されたとしたって、ハーレイも自分も諦めない。
土下座だろうが、涙ながらの「お願い」だろうが、なんだってきっとしてみせる。
ハッピーエンドの恋のためなら、ハーレイとの恋が叶うなら。
頑張るんだから、と握った拳。
まだ反対さえされていないのに、気が早いけれど。
そもそもプロポーズさえもまだだし、本当に気が早すぎるけれど。
(いいよね、絶対プロポーズされる日が来るんだから…)
ハーレイとぼくは両想いだもの、と自信たっぷりなのだけれども、ふと思ったこと。
その両想いは、自分たちがまた巡り会えたから始まった恋。
(ぼくとハーレイの記憶が戻って、前の通りに恋人同士…)
出会った途端に恋に落ちたけれど、もしも記憶が戻って来たのが自分だけならどうなったろう?
自分に起こった聖痕現象、あれで戻った互いの記憶。
けれど奇跡が起こらなければ、生まれ変わって出会ったというだけならば…。
(ぼくだけ思い出しちゃうことも…)
まるで無いとは言い切れない。
神が起こした奇跡が聖痕、それ無しで巡り会ったなら。
(ハーレイがぼくの教室に来ても、思い出すのは、ぼくの方だけ…)
もちろん聖痕は現れないから、ハーレイは授業を始めるだろう。
自己紹介を済ませた後には、「此処からだな?」と生徒に確認して。
自分がどんなに見詰めていたって、ハーレイの方では気付きもしない。
気付いたとしても、「当てて欲しいのか?」と思う程度で、そうなるだけ。
「では、この答えは?」と指差されるとか、音読の係が当たるとか。
(…ハーレイ、ホントに気が付かないから…)
恋人だとは思いもしないで、それからの日々も続くのだろう。
ハーレイを追い掛けて歩いてみたって、「質問か?」と訊かれるだとか。
(出会った時に、ぼくが大きくなっていたって…)
同じに気付かないだろうハーレイ。
育った自分と街でバッタリ出会ったとしても、ハーレイにとっては「知らない人」。
「ハーレイ!」と声を掛けたって。
呼び止めてみても、「どなたですか?」と言われる始末。
「何処かでお会いしましたっけ?」と、「前に御挨拶しましたか?」と。
有り得るんだ、と思った「もしも」。
せっかくハーレイに巡り会えても、思い出して貰えない自分のこと。
「生徒の一人」で済まされるだとか、「人違いでは?」と言われてしまうとか。
(…そんなの、酷い…)
あんまりだよ、と思うけれども、ハーレイの記憶が戻らなかったら、そういう結果。
いくらハーレイを好きになっても、自分の恋は片想い。
ハーレイはこちらを向いてくれなくて、他の生徒と変わりない扱いをされるとか。
育った自分の方にしたって、頑張って知り合いになったって…。
(…ハーレイから見たら、ただの年下の友達で…)
食事やドライブに連れてくれても、それはハーレイが「暇だから」。
一人で出掛けるよりはいい、と思うから誘ってくれるだけ。
(ハーレイは、ぼくに恋してないから…)
もちろんプロポーズされはしないし、キスだってして貰えない。
どんなに待っても、ハーレイは自分に恋などは…。
(してくれないかも…)
我慢できなくて恋を打ち明けたら、置かれてしまうかもしれない距離。
自分は男で、普通ではない恋だから。
(振られちゃうって言うんだよね?)
ハーレイが食事に誘ってくれなくなったなら。…ドライブにだって。
少しずつ距離を置かれ始めて、ある日、気付いたら独りぼっち。
ハーレイの家に通信を入れても、「忙しいから」と切られてしまって、それっきり。
家まで行っても、まるで知らんぷりをされるとか。
(チャイム、何度も鳴らしてみても…)
居留守を使われて、無視される自分。
ハーレイは自分に恋していないし、ただ迷惑なだけだから。
「また来やがった」と苛々しながら、カーテンの陰から見ているだとか。
失恋した迷惑な訪問者が諦めて帰るのを。…肩を落として去ってゆくのを。
ハーレイの記憶が戻らなかったら、どう考えてもそうなるのだろう。
運よく恋してくれたとしても、前のハーレイとは違うハーレイ。
(…優しいのは同じだろうけれど…)
前の記憶が戻らないなら、恋の続きは生きられない。
ハーレイにとっては新しい恋で、自分の方は両想いでも片想い。
前のハーレイはいないから。…時の彼方で交わした話も、思い出しては貰えないから。
(…そうならなくて良かったよね…)
もしもハーレイに前の記憶が無かったら、大変なことに…、と気付いたから。
今の自分の両想いの恋、それは本当に奇跡なのだと思うから。
(神様に感謝しなくっちゃ…)
ハーレイにまた会わせてくれてありがとう、と捧げた祈り。
前の自分の恋の続きを生きてゆけるのは、ハーレイの記憶が戻ったお陰。
ハーレイの記憶が無かったら無理で、自分の恋はきっと悲しい片想いになっていた筈だから…。
記憶が無かったら・了
※ハーレイ先生との結婚を夢見るブルー君。プロポーズは絶対だよ、と思ったものの…。
もしもハーレイ先生に前の記憶が無かった時は、大変なことに。記憶があって幸せですよねv