(今日はあいつに会えたしな…)
一緒に飯も食えて良かった、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
夜の書斎でコーヒー片手に、思い返した愛おしい人。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた小さなブルー。
今は自分の学校の教え子、今日は平日で授業があった日。
けれど仕事が早く終わったから、帰りに寄れたブルーの家。
(行く時から胸が弾むってな)
学校の駐車場に置いている愛車、それの扉を開ける時から。
前の自分のマントと同じな、濃い緑色をしている車体。
乗り込んでエンジンをかける間も、心はとうにブルーの許へと飛んでいる。
「じきに行くぞ」と「待っていろよ」と。
学校の門を滑り出したら、後は真っすぐ恋人の家へ。
(たまに寄り道もするんだが…)
ブルーのためにと、何か手土産を買ってゆく時。
前の生での思い出の欠片、その切っ掛けになりそうなものを。
そういう時でも寄り道は少し、目的の物を買ったら直ぐに店を出る。
恋人が家で待っているから、「来てくれるかな?」と思っているのが分かるから。
(あいつの家に着いたら、チャイムで…)
すっかり馴染んだ、門扉の脇にあるチャイム。
表で鳴らして、ブルーの母が開けに来るのを待つ間にも…。
(あいつ、手を振ってくれるしな?)
二階の窓から手を振るブルー。
それに応えて振り返しながら、「来られて良かった」と、ただ喜びを噛みしめる。
週末のように一日中とはいかないけれども、ブルーと一緒にいられるから。
夕食までの時間をブルーと過ごして、夕食は両親も交えての席。
食後のお茶も、運が良ければブルーの部屋で飲めるから。
「またな」と席を立つ時間までは、ブルーの顔を見ていられるから。
そうやってブルーと過ごせた今日。
別れて家に帰った後にも、心の中にはブルーの面影。それから声も。
「ハーレイ!」と笑顔で迎えてくれた、小さなブルー。
十四歳にしかならないブルーは、前の自分が失くしてしまった恋人よりも幼いけれど…。
(それでも、俺のブルーだってな)
まだ幼すぎて、キスも出来ない恋人でも。
結婚して一緒に暮らせなくても、出会えただけで、もう充分に幸せ一杯。
前の自分は、ブルーを失くしてしまったから。
誰よりも愛した愛おしい人を、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人を失ったから。
(あいつを追って行きたくても…)
ブルーの許へと旅立ちたくても、許されなかった「後を追う」こと。
それがブルーの最後の望み。
ジョミーを支えてやるということ、シャングリラを地球まで運ぶこと。
「頼んだよ」と言い残されては、とてもブルーを追ってはゆけない。
ブルーがいなくなった世界で、あのシャングリラで生きることがどんなに辛くても。
魂はとうに死んでしまって、生ける屍のようであっても。
(早いトコ、地球まで辿り着いてだな…)
キャプテンとしての務めを終えたら、ブルーを追おうと思っていた。
ブルーの望みは叶えたのだし、もういいだろうと。
きっとブルーも寂しいだろうと、一人で待っているのだから、と。
そう思いながら孤独な時間をあの船で生きて、ようやく辿り着いた地球。
「終わり」は其処でやって来た。
地球の地の底、崩れ落ちて来た天井と瓦礫。その下敷きになって潰えた命。
けれど、自分は笑みさえ浮かべていただろう、きっと。
やっと終わると、ブルーに会えると。
これで自分は自由になれると、ブルーを追って飛び立つのだと。
行く先が何処であろうとも。
たとえ宇宙の果てであろうと、宇宙さえも無い場所であろうと。
きっとブルーに巡り会える、と夢見るように終わった命。
それが自分の最後の記憶。
(しかしだな…)
自分はブルーに会えたのかどうか、今の自分は覚えていない。
気付けば青い地球に来ていて、目の前に今のブルーがいた。
今のブルーが通う学校、其処に転任して来た自分。
(俺は授業をするつもりでだな…)
最初の授業だから自己紹介だ、と入って行ったら、出会ってしまった小さなブルー。
おまけに起こした聖痕現象、ブルーの身体は血まみれになって…。
(てっきり事故だと思ったから…)
慌てて駆け寄り、抱き起こしたら、前の自分の記憶が戻った。
腕の中の生徒が誰か分かった、前の自分が愛した人だと。あのブルーだと。
(あれでブルーと出会えたわけで…)
思いがけなく生きて巡り会えた、愛おしい人。
二人とも新しい命を貰って、前のブルーと目指した地球で。
前とそっくり同じ姿で、何処も違いはしない身体で。
(…あいつは小さすぎるんだがな…)
少しどころかかなりチビだ、と思うけれども、ああいう姿も知っている。
アルタミラの地獄で出会った時には、少年だった前のブルー。
(チビでもなんでも、ブルーはブルーだ)
いずれ育てば、前のあいつと同じ姿になる筈で…、と楽しみに待つ幸せな未来。
ブルーが前と同じに育てば、結婚できる年になったら、もう離さない。
今日のように「またな」と別れる代わりに、夜になっても離れはしない。
今度は結婚できるのだから、同じ家で暮らしてゆけるのだから。
(前の俺たちには出来なかったことで…)
だから余計に待ち遠しい。
早くその日が来ないものかと、いつか一緒に暮らすのだから、と。
結婚までには、プロポーズだとか、色々なことがあるけれど。
ブルーの両親にも話さなくてはならないけれども、そういったこともきっと楽しいだろう。
たとえ反対されたとしたって、後になったら素敵な思い出。
「お前のお父さんたちに土下座したっけな」と、ブルーと笑い合ったりして。
(ブルーは反対しやしないから…)
最初から恋人同士なのだし、プロポーズを断られはしない。
よくある失恋、それと自分はまるで無縁だ、と余裕たっぷりだったのだけれど。
(…待てよ?)
もしもブルーに、前のブルーの記憶が全く無かったら。
思い出したのは自分の方だけ、ブルーは欠片も思い出しさえしなかったなら。
(おいおいおい…)
俺はどうなっちまうんだ、と思わず見開いてしまった瞳。
今のブルーと何処かで出会って、「俺のブルーだ」と前の記憶が蘇っても…。
(あいつの方に、前の記憶が無ければ…)
ただ出会ったというだけのこと。
ブルーに向かって名前を呼んでも、「誰?」という顔をされるだろう。
教室だったら、「名簿で知っているのかな?」と考える程度、そういうブルー。
何も覚えていはしないのだし、「新しい古典の先生ですね?」と、ピョコンとお辞儀。
(教室でなかったとしても…)
それこそ街で、前のブルーと同じに育ったブルーを見付けたとしても。
途端に自分の記憶が戻って、「ブルー!」と呼び止めたとしても…。
(どなたですか、って…)
不思議そうな顔をされてしまうか、あるいは気味悪がられるか。
どうして名前を知っているのかと、もしや心を読んだのかと。
(心を読んでまで、声を掛けたと思われそうだぞ)
ブルーにとっては、きっとそうなることだろう。
何処の誰かは知らないけれども、自分の姿が気に入っただとか、そういう輩。
関わりになどはなりたくない、と走って逃げてゆきそうな感じ。
そいつは困る、とショックを覚えた「もしも」の事態。
ブルーの方に記憶が無ければ、自分の恋は片想い。
相手が小さなブルーだろうが、街で見かけた育ったブルーの方であろうが。
(なんとかして、知り合いになれてもだな…)
小さなブルーから見れば自分は「先生」、育ったブルーなら何になるのだろう?
まるで記憶が戻らなければ、「年の離れた知り合い」といった所だろうか。
自分に恋してくれるどころか、たまに会えても食事くらい。
(俺が御馳走してやったって…)
年上だからそうするのだろう、と勝手に納得しそうなブルー。
ドライブに連れて行ってやっても、「ありがとう」としか言って貰えない。
ブルーは恋をしていないから。
「年の離れた知り合いが出来た」だけだから。
そんなブルーが今の自分に、恋をするとは思えない。
ブルーの世界に自分はいなくて、せいぜい「ただの友達」程度。
(いったい俺はどうすりゃいいんだ?)
好きなんだ、と打ち明けたって、振られてしまうことだってある。
振られてしまえばそれでおしまい、二度とブルーには会えないだろうし…。
(…いつか惚れてくれるかもしれない、とだな…)
片想いのままで過ごすのだろうか、「何も覚えていない」ブルーと。
前の生のことなど話せはしなくて、自分に恋さえしてはくれないだろうブルーと。
(…もしも、あいつに記憶が無ければ…)
そうなるのか、と気付かされたから、改めて思う自分の幸せ。
「お互い記憶があって良かった」と、「片想いにならずに済んだようだ」と。
ブルーはチビの恋人だけれど、ちゃんと恋してくれているから。
いつか結婚できる相手で、ブルーの方でもその時を待っているのだから…。
記憶が無ければ・了
※ハーレイ先生、ブルー君とは最初から両想いですけれど。失恋も無いと思ったのに…。
もしもブルー君に前の生の記憶が無かった場合は、とても大変。両想いで良かったですよねv
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