(一目惚れ…)
そうなるんだよね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ポンと頭に浮かんだ言葉が「一目惚れ」。
今日は訪ねて来てくれなかった、前の生から愛し続けるハーレイに…。
(一目惚れしちゃったのが、ぼく…)
それも学校の教室で。新しく赴任して来た古典の先生、そういう人に一目惚れ。
教室の扉を開けて入って来たのがハーレイ、見た瞬間に戻った記憶。
遠く遥かな時の彼方で、前のハーレイに恋していたこと。
今の自分はソルジャー・ブルーの生まれ変わりで、前のハーレイはキャプテン・ハーレイ。
思い出したのは聖痕のせいで、右目や両肩からの出血。
痛みで薄れてゆく意識の中、「ハーレイなんだ」と気が付いた。
「大丈夫か!?」と自分を抱き起こす人は、教室に入って来た先生はハーレイなのだと。
(あの時に、ぼくは一目惚れ…)
出会ったばかりのハーレイに。
前の生から愛し続けて、生まれ変わって再び巡り会うことが出来た恋人に。
ストンと落ちてしまった恋。
十四歳にしかならないチビでも、思い出したら恋は恋。
前の自分の恋の続きを生きているから、一目惚れしたハーレイに夢中。
毎日だって会って話したいし、一日中だって一緒にいたい。
ハーレイと離れたくはないのに、同じ家で暮らしてゆきたいのに…。
(…ぼくがチビだから…)
結婚どころか、キスも許して貰えない。
ハーレイが家を訪ねてくれても、テーブルを挟んで話すことだけ。
恋人の膝の上に座っても、胸に甘えても、ハーレイはただ抱き締めるだけで…。
(キスの一つもくれないんだよ…!)
今の自分はチビだから。
ハーレイから見ればチビの子供で、恋をするには早すぎるから。
なんとも悲しい、チビの自分の一目惚れ。
一目で恋に落ちたというのに、つれない恋人。
キスを貰えるのは頬と額だけ、唇へのキスは貰えないまま。
強請った時には叱られる。「キスは駄目だと言ってるよな?」と。
「俺は子供にキスはしない」と、「前のお前と同じ背丈に育つまではな」と。
(…一目惚れなのに…)
キスも出来ない間柄。
前の自分とハーレイだったら、何度もキスを交わしたのに。
キスはもちろん、眠る時にも同じベッドで、一緒に眠っただけではなくて…。
(本当に本物の恋人同士…)
抱き合って愛を交わしていた。二人、一つに溶け合って。
けれども今では夢のまた夢、キスさえも貰えない自分。
いつになったらハーレイと一緒に暮らせるだろうか、前と同じ恋が出来るだろうか…?
(ずっと先かも…)
十八歳までは出来ない結婚、それまではきっとハーレイの側で暮らせはしない。
前と同じに育ったとしても、結婚してはいないのだから。
(なんでこうなっちゃったわけ?)
出会った途端に恋をしたのに、当分は恋は実らない。
ハーレイも恋してくれているから、両想いではあるのだけれど…。
(こんなの、寂しすぎるんだから…)
一目惚れなら、凄い速さでゴールに飛び込めそうなもの。
片想いなら無理だけれども、ハーレイとは両想いなのだから。
前の自分たちの恋の続きで、今度は結婚出来る恋。
隠さなくてもいい恋なのだし、出会った途端にプロポーズでもいいくらい。
なのに出会った場所は教室、自分はチビで学校の生徒。
ハーレイは其処で教える教師で、そんな二人が出会っても…。
(…プロポーズなんか…)
して貰えやしない、とチビの自分にも分かること。
結婚出来る日がまだ遠いことも、キスを貰える日がまだ来ないことも。
劇的な再会を遂げたというのに、一目で恋に落ちたのに。
報われないのが自分の恋で、ハーレイには叱られてばかり。「キスは駄目だ」と。
こんな目に遭うくらいだったら、一目惚れでなくても良かっただろうか?
教室でハーレイと再会したって、まるで気付かないままだとか。
(…ぼくに聖痕が出て来なかったら…)
戻らないのが前の自分の記憶。ソルジャー・ブルーだったことには気付かない。
ハーレイの記憶も戻りはしなくて、何事も起こらないままで授業。
(出席を取るぞ、って…)
それとも先に自己紹介だろうか、「今日から俺が教えるから」と。
「よろしくな」と笑顔を見せた後には、「お前たち、居眠りするんじゃないぞ」とかも。
自己紹介と出席を取るのが済んだら、始まるハーレイの古典の授業。
「前の先生から聞いているから、此処からだ」と、教科書などを開いて。
そういう具合に出会っていたなら、絶対にしない一目惚れ。
ハーレイが誰だか知らないのだから、前の自分の恋に気付きはしないから。
(新しい先生は、こういう先生、って思うだけ…)
きっと真面目に授業を聞いて、せっせとノートに書いてゆく。
教科書にだって書き込んだりして、他の生徒と同じに過ごして…。
(ハーレイが教室を出て行った後も、友達と…)
新しい先生の感想を話して、それっきりになることだろう。
「いい先生で良かったよね」とか、「宿題、沢山出す方かな?」だとか。
初対面の日はそれで終わって、何回か授業を受ける間に…。
(質問したり、当てられたりして…)
ハーレイと何度か話すようになれば、きっと「お気に入りの先生」になる。
なにしろハーレイは生徒に人気が高いから。
柔道部員の生徒でなくても、「ハーレイ先生!」と呼び止める生徒は多いから。
(ぼくも、その中の一人になって…)
休み時間には質問がてら、遊びに行ったりするかもしれない。
学校の廊下で出会った時には、立ち話なんかもしたりして。
そうして仲良くなっていったら、ハーレイの家にも行けそうな感じ。
「先生の家は何処なんですか?」と何の気なしに尋ねたつもりが、家の住所を教えて貰って…。
(遊びに来たってかまわないぞ、って…)
思わぬ招待、柔道部員とは違うのに。運動だって苦手なのに。
けれどハーレイなら、気軽に声を掛けてくれそう。「遊びに来るか?」と。
(女の子だったら、一人だけ呼ぶのは駄目だけど…)
幸いなことに男なのだし、ハーレイも周りも気にしない。
先生と生徒でも、仲良くなったら友達だから。年の差がうんと大きくても。
(ハーレイの家に呼んで貰って、遊びに行って…)
そうなれば、もっと親しくなれる。
料理自慢のハーレイが色々作ってくれたり、「お前もやるか?」と教えてくれたり。
気が向いた時は、ドライブにも誘ってくれるのだろう。
暑い夏だったら、「涼しい所もいいもんだぞ」と山の方へと走らせる車。
逆に冬なら、「車の中なら暖かいしな?」と、雪景色を眺めにゆくだとか。
(きっとそうだよ…)
ただの教師と教え子として出会っていたなら、仲良しの二人。
記憶は戻っていないままでも、二人、気が合う筈だから。
前の自分たちも恋をするまでは、ずっと友達だったのだから。
(一番古い友達だ、って…)
何度もそう言ってくれたハーレイ。
船の仲間に紹介した時も、前の自分と二人の時にも。「俺の一番古い友達だしな?」と。
だから、そういう出会いも出来た。
一目惚れしていなかったならば、友達同士の二人から。
先生と生徒の間柄でも、二人とも、まるで気にもしないで。
(ハーレイの家に泊めて貰うのも…)
きっと出来たに違いない。
遠い所までドライブするなら、「遅くなるから泊まって行くか?」と。
家に送ってもいいのだけれども、たまにはゆっくり泊まるのもアリだ、と。
もしも普通に出会っていたら。
一目惚れなどしなかったならば、ハーレイの家に遊びに行けた。今の自分は駄目なのに。
(たった一回、呼んでくれただけで…)
それきり禁止されてしまって、瞬間移動で飛び込んだことが一度あるだけ。
ハーレイの家に行けはしなくて、泊めて貰うなど夢でしかない。
けれど普通に出会っていたなら、いくらでも呼んで貰えた家。
デートみたいにドライブも出来て、二人で食事に行くことだって。
(お金、ハーレイが出すんだろうけど…)
それは自分が生徒だからで、ハーレイにしてみれば「俺のおごりだ」という所。
「生徒に払わせていたんじゃ、話にならないからな?」と。
何度も二人であちこち出掛けて、家にも招いて貰う間に、前の自分と同じ背丈に育っても…。
(恋なんかしていないから…)
やっぱり同じに友達のままで、自分は卒業するのだろう。
卒業式の後には、ハーレイにもきちんと挨拶をして。「今日までありがとうございました」と。
ハーレイだって、「元気でやれよ」と肩を叩いてくれるのだろう。
卒業しても、友達なのは変わらないから…。
(お祝いに食事でもするか、って…)
誘ってくれそうなのがハーレイ。「お前の誕生日祝いも兼ねるとするか」と。
もちろん断ったりはしないし、大喜びでその日を待って…。
(ハーレイが家まで、車で迎えに来てくれて…)
さあ行こう、と玄関の扉を開けた途端に、戻って来る前の自分の記憶。
聖痕が現れて、ハーレイも自分もビックリだけれど…。
(どうしてハーレイと仲良しだったか、気が付くんだよ)
本当は仲良しどころではなくて、恋人同士だったことにも。
誕生日を迎えたら十八歳だし、結婚出来る年だということにも。
(…そっちの方が…)
幸せだったんじゃないだろうか、と零れる溜息。
「ぼくはハーレイに一目惚れだけど、キスだって貰えないんだから」と。
こんな目に遭うくらいだったら、もっと普通の出会い方でも良かったかもね、と…。
一目惚れだけど・了
※ハーレイ先生に一目惚れしたブルー君。けれどもキスは貰えないわけで、叱られてばかり。
一目惚れではない出会いだったら、と考えみたら…。そっちの方が、と思う所が可愛いですv