(一目惚れか…)
ハーレイがふと思い浮かべた言葉。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎でコーヒー片手に。
どういうわけだか、頭にポンと浮かんだ言葉が「一目惚れ」。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをゆったり傾けていたら。
(間違いなく一目惚れなんだが…)
チビのあいつに、と小さなブルーを想う。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
まだ一緒には暮らせないけれど、心はとうにブルーのもの。
出会った時から恋をしているし、正真正銘、一目惚れ。
(あいつの教室で出会った途端に、恋なんだからな)
ブルーなのだ、と気付いたから。
前の自分の記憶が戻って、ブルーが誰かを思い出したら落ちていた恋。
元から恋人同士なのだし、魂の器が変わっただけ。
遠く遥かな時の彼方で生きた身体から、今の身体へと。
(でもって、見た目もそっくりだから…)
前の自分の恋の続きが直ぐに始まっても、一目惚れでも可笑しくはない。
違う姿のブルーに会っても、きっと恋しただろうから。
ブルーが子猫になっていたって、小鳥の姿だったって。
幸い、ブルーは人間の姿。前に比べてチビだけれども、それだけのこと。
「ブルーなのか?」と途惑う暇も無かった、どう見てもブルーだったから。
赤い瞳に銀色の髪で、透けるような肌をしたブルー。
(俺のブルーだ、と一目で分かっちまうから…)
あの瞬間からブルーに夢中。
もうブルーしか見えはしないし、恋の相手はブルーだけ。
まだ小さすぎて、キスも出来ない恋人でも。
二人一緒に暮らせはしなくて、ブルーの家を訪ねた時しか恋人らしい話が出来なくても。
一目惚れだよな、と思うブルーとの恋。
出会った時から夢中なのだし、それで間違いないけれど。
(…前の俺たちは違うんだ…)
メギドの炎で燃えるアルタミラで、前のブルーと初めて出会った。
長く一緒に過ごしたけれども、あくまで仲のいい友達。
「俺の一番古い友達だ」と、船の仲間にブルーを紹介して回ったほど。
古いも何も、他の仲間とも同じ日に初めて出会ったのに。
(他のヤツらより、数時間ほど…)
早く出会っていたというだけ、それでもブルーは特別だった。
子供の姿をしていたせいもあるだろう。
(誰が年上だと気付くんだ?)
無理ってもんだ、と苦笑せずにはいられない。
アルタミラの檻で成長を止めていたブルー。心も身体も、成人検査を受けた日のままで。
だから見た目は子供だったし、中身も同じに子供の心。
俺が守ってやらなければ、と面倒を見てやっていたのに…。
(実は年上だったってな)
俺よりもずっと、と前のブルーを思い出す。
けれど年上だと知った所で、ブルーが年相応の姿に育つわけではないから…。
(やっぱりあいつはチビのままで、だ…)
長いこと、後ろにくっついていた。親鳥を追い掛ける雛鳥のように。
そんなブルーと暮らす間に、いつしか前の自分はキャプテン。
ブルーの方もリーダーと呼ばれ、やがてリーダーからソルジャーへと。
(お蔭で距離が出来ちまったが…)
ソルジャーになったブルーの前では、必ず敬語で話すこと。
それがシャングリラの決まりだったし、前の自分はきちんと守った。
前のブルーに恋をした後も、話す時には敬語ばかりで…。
(今とは違ったんだよなあ…)
何もかもが、と不思議な気分。
出会いも違えば、恋だってかなり違うんだが、と。
前のブルーに恋をしたのは、白い鯨が出来上がってから。
アルテメシアに隠れ住んだ後、初対面からは長い長い時が流れた後。
(一目惚れとは言わんよなあ…)
会った時からブルーは特別だったけれども、まだ恋をしていなかったから。
一目惚れしていたとしたって、まるで自覚が無かったから。
長い年月を「一番の友達」同士で過ごし続けた後の恋。
ようやく恋だと気付いた頃には、前のブルーはすっかり大人。
きっとゆっくり育まれた恋、同じに一目惚れだって。
今の自分の恋と違って、樽の中で寝かせて出来上がる酒のような恋。
(そういうのだよな、前の俺の恋は…)
なのに今度は一目惚れだ、と思わざるを得ないブルーへの恋。
一目惚れではないと言っても、誰も頷かないだろうから。
自分自身でも、「一目惚れだ」と思うから。
(前の俺たちの恋の続きじゃ…)
そうなるよな、と苦笑い。
死の星だった地球が青く蘇るほどの時を飛び越え、また巡り会えたブルーだけれど。
前の自分はブルーを失くして、独りぼっちで生きたのだけれど…。
(ああして出会っちまったら…)
吹っ飛んでしまう、それまでに起きた様々なこと。
たった一人でメギドへと飛んだ、前のブルーを見送るしかなかった悲しみと辛さ。
そしてブルーを失くしてしまって、生ける屍のようだった日々。
苦しいだけの生だったけれど、そんな思いは吹き飛んだ。
ブルーは帰って来てくれたのだし、生きて目の前にいるのだから。
(もう惚れるしかないってな)
チビであろうと、ブルーはブルー。
「俺のブルーだ」と気付かされたら、ストンと恋に落ちるしかない。
前の自分の恋の続きで、誰よりも愛おしい人に。
生涯をかけて愛し続けた、前のブルーの生まれ変わりに。
そうやってブルーに恋をしたけれど、チビのブルーに魂を持ってゆかれたけれど。
(前とは違いすぎるんだよなあ…)
長い時を友達同士で過ごして、それから恋したことを思うと。
前のブルーとの恋は、時間をかけて育んだもの。…同じに一目惚れだとしても。
(そいつを思うと、ちょいと残念な気がしないでも…)
もったいないな、と今の自分が顔を出す。
前の自分たちが生きた頃と違って、今はすっかり平和な時代。
ゆっくりと恋を育むのならば、前よりもずっと向いているのに。
幼馴染の二人の結婚、そんな話は当たり前だし…。
(友達の紹介で顔を合わせて…)
大勢で何度も遊びに出掛けて、賑やかにワイワイやっている内に、恋をするのもよくある話。
皆でドライブに繰り出していたのが、気付けば二人きりのドライブ。
「気が合うからだ」と思っていたのに、周りにもそう話していたのに…。
(ある日、違うと気付くってのも…)
もう本当に珍しくなくて、周りに祝福されての結婚。
同じサークルなどの仲間で、そうなる二人も少なくない。
平和な今の時代だからこそ、誰とでも、何処ででも恋が生まれる。
機械が支配した時代だったら、とても出来ない恋だって。
(旅先でたまたま知り合って…)
気が合って手紙などの遣り取り、其処から生まれる恋もある。
機械が治めた頃の世界では、そんな恋など誰にも出来はしなかったのに。
(恋の形も色々なのに…)
なんだって一目惚れなんだ、と少し残念な気分。
せっかく平和な地球に来たのに、ブルーと地球に生まれたのに。
その身に聖痕を持ったブルーと、劇的な再会を遂げるというのもいいけれど…。
(ちょっと捻って…)
出会った時には、お互い、気付かないだとか。
「どうも気になる」と思う程度で、一目惚れにはならないだとか。
(…そういうのもだ…)
悪くないよな、と今の自分が唆す。
チビのブルーと再会したって、まるで気付かずに始める授業。
ブルーの方でも気付いていなくて、「新しい古典の先生が来た」と思うだけ。
もちろん聖痕は現れないまま、教師と生徒。
ブルーが質問にやって来るとか、何度か当てたりしている内に…。
(可愛いよな、と思い始めて…)
授業以外でも、学校の中で立ち話。恋とは気付かないままで。
「ハーレイ先生!」と慕われ続けて、ブルーが前と同じに育って卒業してゆく時は…。
(いつでも連絡して来いよ、って…)
肩を叩いて送り出す。「上の学校でも元気にやれよ」と。
ブルーもきっと、笑顔で卒業してゆくのだろう。「今日までありがとうございました!」と。
そして別れて、やって来るのが春休み。
ある日、ブルーに会いたくなって…。
(お前、もうすぐ誕生日だよな、って…)
卒業祝いに飯でも食おう、と誘ってやったら、大喜びで頷くブルー。
「何処で食べたい?」と訊けば「先生のお勧めの所がいいな」と言ったりして。
誕生日祝いと卒業祝いのパーティーだ、と二人で出掛ける予定を立てて…。
(あいつの家まで車で迎えに出掛けたら…)
「ハーレイ先生!」と玄関からブルーが出て来た所で、蘇る記憶。
聖痕がブルーに現れたならば、とても驚くだろうけれども…。
(そうだったんだ、と納得だよな)
どうしてブルーが気になっていたか、誕生日祝いをしようとしたか。
そんな恋でも良かったのに、と思うのに…。
(生憎と一目惚れなんだ…)
実に惜しい、と少し悔しい。
一目惚れだが、違う恋だって出来たんだよなと、一目惚れでない恋だって、と…。
一目惚れだが・了
※ブルー君に一目惚れしたのがハーレイ先生。出会った途端に、前の自分の記憶が戻って。
けれど捻りがあったって、と残念な気分。一目惚れじゃない恋というのも、素敵ですよねv