(ふむ…)
俺の顔だな、とハーレイが眺めた鏡の向こう。
ブルーの家には寄れなかった日、ゆっくりと風呂に浸かった後で。
髪は短いから、タオルでガシガシ拭いてやったらそれで充分。
邪魔にならないよう撫でつけておけば、じきに乾いてしまうもの。
いつもの習慣、髪が含んでいる水気だけで、オールバックに整えた。
行きつけの理髪店の店主も勧めた、いわゆるキャプテン・ハーレイ風に。
(…キャプテン・ハーレイ風も何もだな…)
あったもんではないんだが、と鏡に映った顔を見詰める。
今の自分の仕事はともかく、中身はキャプテン・ハーレイそのもの。
同じ魂が入っているから、瓜二つでも仕方ないだろう。むしろ、その方が自然なこと。
(まるで違う顔になっちまっていたら…)
俺も困るし、あいつも困る、と思い浮かべた小さなブルー。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
今日は訪ねてやれなかったけれど、家に行った時はお互いに…。
(前とそっくり同じ顔を見ながら話すんだしな?)
ブルーは小さくなったけれども、その顔だって知っている。
メギドに焼かれたアルタミラの地獄。炎の中で出会った時には、ブルーは少年だったから。
今の小さなブルーが育てば、前と同じになるだろう。
前の自分と恋をしていた、美しい人とそっくりに。
ソルジャー・ブルーと同じ姿に、まるで同じな顔立ちに。
(印象は違ってくるんだろうが…)
育ち方が全く違うから、と前のブルーの人生を思う。
成人検査で記憶を奪われ、狭い檻の中で飼われ続けた実験動物、それが前のブルー。
アルタミラから脱出した後は、仲間たちの命を背負っていた。
その人生が終わるまで。
三世紀以上も生きた命が、メギドと共に潰えるまで。
前のブルーとは違う印象になるんだろうな、と想像がつく小さなブルー。
幸せ一杯に育ったブルーは、これから先も幸せの中で生きてゆく。
暖かな家で、両親の愛に包まれて。
前の生では十四歳を境に失くしてしまった、様々なものに囲まれて。
(瞳からして違うんだ、きっと)
赤い瞳は変わらなくても、ただ幸せに煌めくだろうブルーの瞳。
前のブルーの瞳の奥には、消えない憂いと深い悲しみとがあったのに。
ブルーは隠していたのだけれども、前の自分は知っていた。
憂いも、深い悲しみも。…それがブルーの本当の瞳であることも。
(しかし今だと、どっちも無くてだ…)
幸せ一杯で我儘なあいつ、と小さなブルーを思えば分かる。
何かと言えば膨れてしまうし、「ハーレイのケチ!」と怒るのがブルー。
「キスは駄目だ」と叱り付けたら、プンプンと。
頬っぺたをプウッと膨らませては、フグのような顔で不満たらたら。
(そういうブルーを見られるのも…)
前のあいつと全く同じ顔をしているお蔭だよな、と感謝する。
どんなブルーでも愛せるけれども、猫や小鳥に生まれていたって恋をするけれど。
(やっぱり今のあいつが一番…)
いつかは前のブルーと同じに育つ姿が一番いい。
その日までどれほど待たされようと、キスも出来ない日が何年も続こうと。
(俺でもそういう気持ちなんだし…)
ブルーの方でもきっと同じで、この顔がいいに違いない。
キャプテン・ハーレイそっくりな顔が、前の自分がそのまま此処にいるような顔が。
(ヘアスタイルの方にしたって…)
今のものでないと駄目なのだろう。
髪型で印象は変わるものだし、断然、キャプテン・ハーレイ風。
この髪型を勧めてくれた店主に感謝しないと、と心の中で頭を下げた。
面と向かって言えはしないから、生まれ変わりだと明かすわけにはいかないから。
そして向かった二階の寝室。
ベッドに入る前のひと時、ふと考えた自分のこと。今の自分が持っている顔。
理髪店の店主に感謝したけれど、それを店主が勧めた理由。
(…キャプテン・ハーレイのファンだっけな…)
長年、知らなかったこと。
前の自分の記憶が戻った後に聞かされた。ほんの偶然、ただの成り行き。
店主は何も知らないのだから、「キャプテン・ハーレイのファンでしてね」と語っただけ。
航宙日誌の復刻版まで揃えたいほどの熱烈なファン。
だから、自分が初めて店に入った時には…。
(若きキャプテン・ハーレイですよ、と来たもんだ)
大喜びしたらしい、その日の店主。「素晴らしい客がやって来た」と。
あの頃には、まだこの町に引越して来たばかり。教師になって間も無い青年。
今よりもずっと若いわけだし、キャプテン・ハーレイ風の髪型は似合わないのだけれど…。
(若かった頃の、前の俺の髪型…)
店主が選んだ髪型は、それ。
任せておいたら、そういうカットになっていた。「良くお似合いになりますよ」と。
元々、それに似た髪型を自分で選んでいたから、さほど変わりはしなかったものの…。
(あの瞬間から、完全にキャプテン・ハーレイ風なんだ…)
若かった頃の姿だがな、と苦笑する。
「店主のお蔭で、そのものにされてしまったようだ」と。
なにしろ店主の頭の中では、「若き日のキャプテン・ハーレイ」だから。
自分がせっせと動かすハサミで、キャプテン・ハーレイが出来るのだから。
(でもって、俺が年を食ったら…)
もう青年とは呼べない年になって来た頃、勧められたのが今の髪型。
他にも候補はあったけれども、これに決めたのは自分自身。
(…散々、「生まれ変わりなのか?」と、訊かれたせいでもないんだろうが…)
これが一番しっくりくる、と選んだキャプテン・ハーレイ風。
以来、髪型を変えてはいないし、小さなブルーと再会した時もこの髪型。
ちゃんとキャプテン・ハーレイだった、と懐かしく思い出したのだけれど…。
(…違う姿で出会っていたなら、どうなってたんだ?)
前の自分とは似ていないとか、似ていたとしても髪型がまるで違うとか。
それでもブルーは、「ハーレイなんだ」と気付いてくれたとは思う。
褐色の肌を持っていなくても、瞳の色が違っていても。
顔立ちはもちろん、体形すらも別人のように変わっていても。
(ブルーなら、分かってくれるんだろうが…)
聖痕からの出血と痛み、それで意識が遠のく中でも、きっと分かるだろうけれど。
失くした意識を取り戻した後は、「ただいま」と言うだろうけれど…。
(あいつにしてみりゃ、複雑な気分…)
どうして違う顔なのだろう、と瞳を瞬かせたかもしれない。
「ハーレイだよね?」と訊きはしなくても、心の中では「どうしてなの?」と。
すっかり変わってしまった恋人、何もかも記憶にある姿とは違うから。
魂は同じだと分かっていたって、前のブルーが知る「ハーレイ」は何処にもいないから。
(それだと困っちまうぞ、あいつ)
自分の方では「そうか、キャプテン・ハーレイだったか」と、素直に納得していても。
「前の俺とは別人なんだが、こいつが今の俺の顔か」と思っていても。
小さなブルーの方にしてみれば、「中身だけが前と同じ」恋人。
きっと途惑いもあるだろう。
その内に慣れてくるとしたって、「ぼくのハーレイは何処へ行ったの?」と。
(…そうなっちまったら、可哀相だしな?)
今の俺の顔で実に良かった、と思ったはずみに気付いたこと。
記憶が戻った今だからこそ、「俺の顔だ」とキャプテン・ハーレイの顔を眺めるけれど。
(何も知らなかった頃には、単に似てるってだけで…)
他人の空似も此処まで行ったら見事なものだ、と感心していた。
彼と同じ血を引いていたかと、長い時を経てヒョイと姿を現したのかと。
そう思うほどにそっくりだったし、鏡を覗いて笑ったこともあったのだけれど…。
(…前の俺を育てていたってか?)
まるで自覚は無かったが、と愉快な気分。
自分でもそれと気付かないままで、前の俺の顔を育てていたか、と。
キャプテン・ハーレイ風の髪型、それに顔立ち。
きっと体格とも無縁ではない、前の自分とそっくりな顔。
柔道も水泳もやらずにいたなら、今の自分になってはいない。
同じように背丈が伸びたとしたって、もっとヒョロリとするだろうから。
(…前の俺の顔を育てたんだな、今までかかって)
俺の顔だが、俺の顔ではなかったのか、と零れる笑み。
「こいつは前の俺の顔だ」と、「それを栽培したらしい」と。
せっせと鍛えて、髪型まで同じように仕上げて、見た目はまるでキャプテン・ハーレイ。
前の俺の顔を育て上げるために、俺は努力をしていたらしい、と。
なんとも愉快な人生だけれど、それも少しも悪くはない。
ちゃんとブルーに出会えたから。
前とそっくりな顔で、愛おしい人にもう一度巡り会えたのだから…。
俺の顔だが・了
※キャプテン・ハーレイにそっくりなのがハーレイ先生、そっくりで当然ですけれど…。
よく考えたら、今の顔を育て続けていたのかも。それも愉快な人生ですよねv