(星が見えない…)
一つも無いよ、とブルーが眺めた窓の外。
お風呂上がりにパジャマ姿で、カーテンの隙間から見上げた夜空。
今日は来てくれなかった恋人、前の生から愛したハーレイ。
その人をふと思い出したせいで、星を見ようと考えた。
前はキャプテンだったハーレイ、白いシャングリラの舵を握っていた恋人。
星とは切っても切り離せないのが、宇宙船を動かすパイロット。
(…星の中を飛んで行くんだものね?)
それに行き先も何処かの星。
資源採掘などの基地にしたって、星を目印に飛んでゆくもの。
基地そのものは星の上に無くても、暗い宇宙に浮かぶ基地でも。
(何処の星系、って…)
航路設定をして飛び立ってゆくのが宇宙船。目指す星の座標を打ち込んで。
どの星系へ旅をするのか、幾つ目の惑星が目的地なのか。
基地にゆくにも、必要なものが一番近い星の座標。惑星やら、其処の恒星やら。
(行き先で変わってゆくんだよね?)
恒星を目当てに飛んでゆくのか、惑星に向かって旅をするのか。
行き先が基地で、惑星よりも恒星の方に近いというなら、当然のように恒星で…。
(他にも色々…)
あるのだけれども、とにかく必要なのが星。
惑星を目指して飛ぶにしたって、惑星があるなら恒星もある。
何処でも星系の中心は恒星、目指す座標は其処でなくても。
(パイロットだったら、星の中の旅…)
前のハーレイもそうだったから、と見たくなったのが夜空の星たち。
ひときわ明るく輝く惑星、ソル太陽系の幾つかの星。
それを除けば、空にある星は恒星ばかり。地球から遠い恒星もあれば、近いものだって。
ちょっと見たい、と窓の向こうを覗いてみたのに…。
一つも見えなかった星。
雲がすっかり覆ってしまって、月の光さえ見当たらない空。
何処かに月はあるのだろうに、ほんの小さな欠片でさえも。
(んーと…)
雲が切れたら少しくらい、と暫く見上げていたけれど。
星を見ようと待ったのだけれど、一向に切れてくれない雲。
(明日の予報は、晴れだったのに…)
天気予報ではそうだったけれど、予報は外れてしまうのだろうか?
空は気まぐれ、天気予報が当たらない時も珍しくない。晴れの予報が外れる時も。
(…雨になっちゃうの?)
分かんないよ、と雲を眺めても読めない天気。
ハーレイだったら、「俺の勘だと…」と雲で予報をしてくれるのに。
(雲だけじゃないらしいけど…)
風の具合や、空気が含んでいる湿気。
そういったものを雲と照らし合わせて、天気を読むのが今のハーレイ。
(…もうパイロットじゃないものね…)
航路設定も関係無いし、と閉めたカーテン。星を見るのは諦めた。
「今夜は、星もお休みみたい」と。
毎晩ピカピカ光り続けたら、星たちだって疲れるだろう。
来る日も来る日も、夜空の上でよそゆきの顔で光っていたら。
(ぼくだって、制服は学校だけ…)
一日中、ずっと制服だったら、きっと疲れてヘトヘトになる。「脱いじゃ駄目?」と。
家で着る服に着替えたいよと、服が駄目ならパジャマでも、と。
(ホントにくたびれちゃうよね、きっと)
前の自分は常にソルジャーの衣装を着けていたのだけれども、今からすれば信じられない。
マントまで着けているのが普通だったなんて、普段着は何処にも無かったなんて。
(前のぼくだと、色々、特別…)
今とは時代が違うんだから、とベッドの端にチョコンと腰掛けた。
「今のぼくなら、制服は学校だけだもんね?」と。
学校へ行く時だけの制服、家では普段着。
眠る前にはパジャマに着替えて、のんびり過ごしていられるのが今。
そういう暮らしに慣れているから、夜空の星だって休みたいだろうと考える。
毎晩光り続けているより、たまには休み。
雲に隠れて普段着になって、今頃はきっと休憩中。
(お休みだったら仕方ないよね…)
学校の生徒も週末は休み、教師のハーレイも同じに休み。
どんな仕事にも休みがあるから、夜空の星たちも今夜は休み。
ゆっくり休んで、またピカピカと光れるように。
夜空を見上げた人は誰でも、「今日も綺麗に光っている」と思えるように。
(お休みしないで、星が疲れてしまったら…)
きっと綺麗に光らないよ、とチビの自分と重ねてみたり。
疲れて寝込んで、姿が見えない星だとか。…光っていたって、うんと光が弱いとか。
(本当は、星はそうじゃないけど…)
雲や大気の加減で変わる星の見え方、今夜も星は休みなどではないけれど。
空を覆った雲の上なら、いつもと同じに瞬いていると分かるけれども…。
(お休みの方が楽しいもんね?)
見えやしない、と残念がるより、前向きに。
休みを取ったら、もっと綺麗に光るだろうと考えた方が面白い。
星が見えないのは本当なのだし、雲を払えはしないから。
雲の上にはある筈の星を、見ようと雲を吹き飛ばすのは無理だから。
(…前のぼくなら、出来ただろうけど…)
遠く遥かな時の彼方で、ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
今と同じにタイプ・ブルーで、そのサイオンを自由自在に使いこなしていたけれど。
メギドの炎も受け止めたけれど、雲を散らしたことなどは無い。
白いシャングリラは、雲の海に潜む船だったから。
アルテメシアの雲に隠れて、人類の目から逃れていた船。
レーダーに捕捉されないためのステルス・デバイス、目視されないための雲海。
雲は大切な隠れ蓑だし、吹き飛ばすことは出来ないから。
そうだったっけ、と思い出したこと。
シャングリラは雲の中にいたから、あの船から星は見ていない。
雲海の星に着いた後には、アルテメシアに潜んでからは。
(…展望室はあったけど…)
いつか其処から地球を見よう、と船に設けた展望室。
白い鯨に改造する時、大きな夢を託した部屋。此処の窓から青い地球を、と。
けれども、行けなかった地球。
大きなガラス窓の向こうは、いつ眺めても雲の海。昼は白くて、夜は星さえ見えなくて。
(…ハーレイと何度も行ってたのにね…)
あれもデートと呼ぶのかどうか、前のハーレイと出掛けた夜の展望室。
二人きりで窓の側に立っては、地球に着く日を夢見ていた。
窓の向こうに地球が見えたら、長い長い旅が終わる筈。
旅が終われば、恋を隠し続ける日々も終わって、晴れて堂々と恋人同士。
此処から二人で星も見ようと、きっと素敵な星空だろうと、夢を描いた地球の空。
今は星さえ見えないけれども、いつかきっと、と。
(でも、前のぼく…)
地球の座標も掴めない内に、尽きると分かってしまった寿命。
どう考えても地球は見られず、それまでに消える命の灯。
気付いてからは、展望室に行く回数も減っていたかもしれない。
窓の向こうに地球を見られる日は来ないから。
アルテメシアの雲海の中では見えない星空、それを見られる日も来ないから。
(…あそこで死んじゃう、って思ってたから…)
諦めた、ハーレイと星を見ること。
恋人同士になる前だったら、二人で何度も眺めたのに。
漆黒の宇宙に散らばる星たち、瞬きはしない幾つもの星を。
(恋人同士になった時には、アルテメシアに着いちゃってたから…)
窓の向こうはいつも雲海、星は一度も見られなかった。
ナスカには星があったけれども、眠っていたから見ないまま。
そして自分の命は終わって、それっきり。…ハーレイと離れて、独りぼっちで。
見ていなかった、と気付いた夜空の星。
ハーレイと二人で見てはいなくて、夢を見ることも諦めて…。
(前のぼく、メギドで死んじゃったのに…)
気が遠くなるような時を飛び越えて、ハーレイと青い地球に来ていた。
二人で何度も星を見上げた、地球の夜空に輝く星を。
ハーレイが家に来てくれた時は、見送りに出たら上にあるから。
頭の上には空があるから、星が見える夜は目に入る。今日のように曇っていなければ。
(星は大抵、見えるから…)
特に何とも思っていなくて、特別だったのは夏休みに外で食事した時。
星空の下でハーレイと二人、ランプの光で食べた夕食。名月の夜にお月見だって。
(あれは特別だったけど…)
他の日の星は、ごく当たり前に空にあるもの。
雲に隠れて見えない時には、ハーレイに尋ねたりもする。「雨になりそう?」と。
ハーレイは直ぐに答えてくれるし、天気予報も良く当たるけれど…。
(…ハーレイと星を見られるのって…)
前のぼくの叶わなかった夢の一つ、と今頃になって思い当たった。
それを夢見ていたことを。…ハーレイと二人で、地球の夜空を見たかったことを。
(当たり前すぎて、忘れちゃってた…)
前の自分の夢のこと。ハーレイと地球でしたかったこと。
けれど、自然に叶いすぎた夢は、きっと忘れてしまうのだろう。
ハーレイに会ったら話したくても、一晩眠れば、もうすっかりと。
(…暗い夜だけど、星は雲の上にあるもんね…)
今日はお休みしているだけで、と当たり前になった星空を思う。
次に星空と出会う時には、ハーレイと二人かもしれない。
明日は仕事が早く終わって、来てくれるかもしれないものね、と零れた笑み。
「星も見えない暗い夜だけど、明日はきちんとあるんだから」と。
前の自分の頃と違って、明日は必ずやって来る。
「暗い夜だけど、ぼくは幸せ」と、「ハーレイと星を見られる世界に来たんだから」と…。
暗い夜だけど・了
※ブルー君が見ようと思った星空。けれど曇りで、今夜はお休みらしい星たち。
考える間に気付いたことが、前の自分が見ていた夢。とうに叶ってしまっていたのが幸せv