(今夜は星一つ見えないってか…)
真っ暗だよな、とハーレイが傾けたコーヒー。
ブルーの家には寄れなかった日の夜、いつもの書斎で。
元から窓は無い書斎。夜空など見えはしないけれども、此処へ来る前。
(ちょいと星でも見たかったわけで…)
ふと思い付いた気分転換、夜空の星を眺めること。
書斎ではなくてダイニングかリビング、其処の窓辺にゆったり座って。
それもいいな、と淹れたコーヒー。
(元がキャプテン・ハーレイなんだし…)
たまには星が恋しくもなる、と探した腰を落ち着ける場所。
ダイニングでもいいし、リビングでも…、と窓の側へ行ってみたのだけれど。
どちらにしようか、まずはダイニングの窓から覗いた夜の空。
(すっかり曇っていやがって…)
一つも見えなかった星。
月の欠片も見えはしなくて、光を透かした雲も無かった。
(降るって予報じゃないんだが…)
そういう予報は出ていなかったし、自分の勘も「違う」と告げる。
帰って来た時の外の空気は、湿り気を帯びていなかったから。
風も雨の前の風とは全く違っていた筈、天気予報が告げる通りに明日は晴れ。
そう思うけれど、見えなかった星。月の欠片さえも。
(空ってヤツは気まぐれだから…)
雨は降らなくても、曇ってしまう時もある。
きっと今夜の空の気分は、晴れではなくて曇りなのだろう。
(星だって、たまに休みたいかもしれないしな?)
いつもピカピカに気飾っていては、星も、月だって大変だろうし、今夜は休み。
そんなトコだ、と書斎に移った。
星を見ながらコーヒーなんだ、と淹れたマグカップを手に持って。
今夜は星が見たかったんだが、と思ってみても始まらない。
星も月も今夜は雲に隠れて一休み。
明日の夜には、また美しく輝けるように。
ゆっくり休んで疲れを癒して、冴えた光を放てるように。
(休みってことじゃ仕方ないよな)
何処にでも休みはあるもんだ、とコーヒーのカップを傾ける。
教師の自分も週末は休みで、どんな仕事にもある休み。
休まず営業している店でも、店員たちは交代で休みを取っているものだから…。
(星だって今日は雲に隠れて…)
今夜は休暇。月も一緒に取っている休み。
それを「見たい」と引っ張り出すのは我儘でしかないだろう。
もっとも、雲を吹き払うなど不可能だけれど。…どう頑張っても出来ないけれど。
(俺の力じゃ、とても無理だぞ)
ついでに今のあいつでも無理だ、と小さなブルーを思い浮かべる。
前の生から愛し続けた、愛おしい人。
生まれ変わってまた巡り会えた、かつてソルジャー・ブルーだった人。
(前のあいつなら、雲くらい…)
一瞬で消せたことだろう。
最強のタイプ・ブルーでソルジャー、メギドの炎も受け止めたほど。
その気になったら、アルテメシアの雲海だって…。
(消してしまって、星空だろうさ)
星を見上げたい夜空の分だけ、サイオンで消してしまう雲。
蒸発させるか、何処かへ一気に吹き飛ばすのか。
きっと出来たと思うけれども、前のブルーはしていない。
雲はシャングリラの隠れ蓑だし、消えてしまってはならないもの。
雲海の中に潜んでいたなら、けして人類には見付からない。
レーダーには捉えられないステルス・デバイス、雲の中では目視も不可能。
その大切な雲は消せない、いくらソルジャー・ブルーでも。
前のあいつにも消せなかった、と思った雲。
白いシャングリラは雲海の中を飛び続けていたし、窓の向こうはいつだって雲。
(展望室もあったんだがな…)
いつか其処から地球を見よう、と夢一杯で設けた展望室。
船を改造する時に。…白い鯨を作り上げた時に。
けれども、其処の窓の向こうは、いつ眺めても一面の雲。
雲海の星に潜んだ間は、昼は真っ白で、夜も星さえ無い雲の海。
(…前のあいつと何度行っても…)
星など見えはしなかった。
だから二人で夢を見ていた、「いつか」と「地球に着いたら」と。
此処からも星が見えるだろうと、地球の夜空はきっと素敵に違いないと。
(そういう話をしていたっけな…)
前のあいつと、と懐かしい人を思い出す。
美しかったソルジャー・ブルー。誰よりも気高かった人。
いつか二人で星を見ようと約束したのに、一人きりで逝ってしまった人。
(ナスカには星もあったんだがなあ…)
前のブルーは深い眠りに就いていたから、星は見られずじまいになった。
十五年もの長い眠りから覚めた時には、近付いていたナスカの滅び。
二人で星を眺めるどころか、前の自分はキャプテンの仕事に追われ続けて…。
(見舞いにも行けやしなかったんだ…)
ブルーがいると分かっていたって、青の間までは。
長老たちとの公式な見舞い、その一度だけ。
個人的には訪ねられずに、それきりになったブルーとの恋。
ブルーはメギドに飛んでしまって、二度と戻りはしなかったから。
二人で星を眺められる日は、もう永遠に来なくなったから。
(…だから、あいつと見ちゃいない…)
展望室の窓の向こうに輝く星は。
ブルーと恋に落ちた後には、ただの一度も。
そうだったな、と気付いたこと。
今日の自分は星を見ようと思ったけれども、前のブルーと恋をした頃は…。
(アルテメシアにいたもんだから…)
展望室の窓の向こうは雲ばかり。昼も、星たちが輝く夜も。
だから余計に地球を夢見た、ブルーと二人。
「地球に着いたら、沢山の星が見えるだろう」と。「青い地球を見て、星も見よう」と。
ブルーと見てはいない星空。
恋人同士になった時には、もう星空は無かったから。
シャングリラは宇宙を飛んでいなくて、瞬かない星すら見えなかったから。
(…今じゃ、あいつと何度も見てるし…)
すっかり忘れちまっていたな、と苦笑い。
ブルーの家を訪ねた時には、いつも夕食を御馳走になって帰るもの。
仕事の帰りならば車で、週末で天気がいい日だったら、自分の二本の足で歩いて。
(あいつ、見送りに出て来るから…)
星があったら目に入る。頭の上には夜空なのだし、雲に隠れていなければ。
夏休みには星空の下で食事もした。名月の夜は、二人で月見も。
(前の俺たちの夢の一つは…)
ごくごく自然に叶いすぎちまって、有難味も何も無かったらしい、と可笑しくなる。
きっとブルーも気付いていないし、思うことさえ無いだろう。
「今は二人で星を見られる」と、「これが二人で見る地球の空」と。
もし気付いても、その時限り。
一晩眠れば忘れてしまって、会った時にも忘れたまま。
(俺だって、そうなるに決まってるよな?)
今日まで気付きもしなかったのだし、星が見えない夜も幾つもあったから。
小さなブルーと二人で見上げて、「曇ってるな」と星が無いのを確かめたことも。
星は当たり前にあるものだから。
夜空を仰げば其処にあるもの、見慣れてしまった景色の一つ。
雲に隠れて休みでなければ、星は幾つも輝いていると。
あまりにも当たり前になってしまった、夜には星が見えること。
小さなブルーが外まで送って来てくれた時は、二人で星を見上げること。
(玄関を出たら、つい見ちまうし…)
星が見えたら、いい天気。
曇って星が見えない時には、ブルーに尋ねられたりもする。
「雨になるの?」と空を指差して、「星が一つも見えないよ」と。
今の自分の天気予報は良く当たるから、ブルーから飛んで来る質問。
それに応えて「そうだな…」と仰ぐ、星の無い空。
風の具合や、空気の湿り気なども併せて、「明日は晴れるぞ」とか、「雨かもな」とか。
何度も交わした、そういう会話。
星は見えない暗い夜でも、和やかに。
(前のあいつと一緒だった時は…)
展望室から暗い外を眺めては、地球を夢見た。「いつか行こう」と「星を見よう」と。
ブルーの寿命が残り少なくなった後には、消えてしまった星を見る夢。
(展望室に行くことだって…)
回数が減っていたかもしれない。
ブルーは地球まで行けはしないし、二人で地球を見ることもない。
展望室の窓の向こうに、夢を描けはしないから。
青い地球も、夜空に輝く星も、ブルーは見られないのだから。
(…そうなるとだ…)
今の俺たちは幸せだよな、とコーヒーのカップを指で弾いた。
今夜のように星が見えない暗い夜でも、明日の話が出来るのだから。
「天気はどう?」と小さなブルーに訊かれて、天気予報もしてやれるから。
(…あいつも俺も、未来ってヤツがあるからなあ…)
明日といえども未来なんだ、と零れる笑み。
星が見えない暗い夜でも、明けたら明日がやって来る。
明日はあいつに会えるといいなと、仕事の帰りに会いに行けたら幸せだよな、と…。
暗い夜でも・了
※星を見ながらコーヒーなんだ、と思ったハーレイ先生。けれど、残念なことに曇り空。
お蔭で気付いた、ブルー君と星を見られる幸せ。当たり前すぎて気付かないのも今ならでは。