「ねえ、ハーレイ…。訊きたいんだけど…」
ちょっと質問、と小さなブルーが見詰めた恋人。
休日だから、ブルーの部屋で。
お茶とお菓子が置かれたテーブル、それを挟んで向かい合わせで。
「なんだ、古典の授業のことか?」
何か分からないことでもあったか、とハーレイが浮かべた優しい笑み。
遠慮しないで訊いてくれ、と。
休みの日だって質問はきちんと受け付けているし、いくらでも、と。
「そう? 古典と言うのか分かんないけど…」
昔の言葉で有名な言葉、と赤い瞳が瞬いたから。
「ほほう…。どんな言葉だ?」
お前も勉強熱心だよな、とハーレイは先を促した。
質問したい言葉を聞かないことには、何も教えてやれないから。
「えっとね…。喧嘩上等ってヤツ…」
喧嘩の時の決め台詞でしょ、と予想外の言葉が飛び出した。
桜色をした唇から。
およそ喧嘩が似合いそうもない、愛おしいチビのブルーの口から。
(おいおいおい…)
何事なんだ、と目を丸くするしかなかったハーレイ。
喧嘩上等という物騒な台詞、それを使うとは思えないのが小さな恋人。
それともブルーは使いたいのだろうか、この台詞を…?
(とにかく、訊かんと…)
今度は俺が質問なのか、とブルーの瞳を覗き込んだ。
「喧嘩上等とは、確かに言うが…。そいつの何を知りたいんだ?」
お前には向かん言葉だぞ、とも注意した。
今のブルーも身体が弱いし、おまけにサイオンが不器用と来た。
どう頑張っても、喧嘩なんかに勝てる見込みは無さそう。
誰かに向かって言い放ったなら、ほぼ間違いなく…。
(こいつの方が泣きを見るんだ)
取っ組み合いの喧嘩はもちろん、口喧嘩でも負けそうなブルー。
なのに何故、と謎でしかないブルーの真意。
「それなんだけど…」
ハーレイはどっち、と訊き返された。
喧嘩上等と受けて立つのか、逃げる方か、と。
俺か、と唖然と指差した顔。
いささか間抜けな顔だったけれど、「俺のことか?」と。
「そうだよ、ハーレイは逃げちゃう方?」
それとも喧嘩上等な方、と尋ねられたら、答えるしかない。
子供の頃には悪ガキだったし、喧嘩上等だった日々。
ブルーにはとても真似の出来ない、輝かしかった喧嘩での勝利。
「逃げる方だと思うのか? 失礼なヤツだな」
売られた喧嘩は受けて立つモンだ、でなきゃ負けだし…。
尻尾を巻いて逃げるなんぞは、俺は決してしなかったな、うん。
まあ、この年で喧嘩はしないが、と大人の余裕。
「ガキの頃には、負けなかったな」と。
「そうなんだ…。だったら、今も?」
喧嘩を売られたら逃げずに買うの、と好奇心に満ちたブルーの瞳。
大人は喧嘩をしないと言っても、もしも喧嘩を売られたら、と。
「ふうむ…。喧嘩なあ…」
売られたからには、買うんだろう。
出来れば買わずに済ませたいがな、いい年の大人なんだから。
喧嘩はガキのすることだ、と笑ったら。
「お前くらいの年までだよな」と言ってやったら…。
「それじゃ、売るから!」
買って、とブルーは立ち上がった。ガタンと椅子から。
「なんだって!?」
「子供は喧嘩していいんでしょ? それにハーレイ…」
喧嘩上等だし、売られたら買わなきゃ負けなんだよね…?
ぼくにキスして、とブルーは真剣な顔。
「出来ないんだったら、ハーレイの負け」と。
「どうして俺の負けになるんだ?」
「キスは駄目だ、ってケチなんだもの!」
これでもキスをしないんだったら、うんとドケチ、と言われたけれど。
売られた喧嘩は買うんでしょ、とも言われたけれど。
「…喧嘩上等なあ…」
その逆でいい、と広げた両手。
尻尾を巻いて退散するから、お前の一人勝ちでい、と。
「俺の負けだ」と、「喧嘩は買わずに逃げることにする」と…。
喧嘩上等・了