(楽しかったけど、今日はおしまい…)
ハーレイ、帰って行っちゃったしね、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は平日だったけれども、ハーレイと食べられた夕食。
仕事の帰りに寄ってくれたから、この部屋でお茶とお菓子まで。
(うんと幸せだったんだけど…)
幸せな時間は直ぐに経つもの、楽しい時間ほど早く流れ去るもの。
ハーレイは「またな」と帰ってしまって、もうこんな時間。
お風呂に入って後は寝るだけ、とっぷりと更けてしまった夜。
(せっかくハーレイが来てくれたのに…)
必ず来るのが、お別れの時間。
チビの自分は置いてゆかれて、ハーレイだけが帰ってゆく。
何ブロックも離れた所にある家へ。「またな」と軽く手を振って。
十四歳にしかならない自分は、まだハーレイと一緒に暮らせはしない。
どんなに好きでも結婚は無理で、十八歳までは出来ない結婚。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた恋人なのに。
青い地球の上に生まれ変わって、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(…ホントに残念…)
一緒に暮らせないなんて、と思うけれども、仕方ない。
出会えただけでも幸運なのだし、とびきりの奇跡なのだから。
(…それは分かってるんだけど…)
もっとハーレイの側にいたいし、少しでも長く一緒にいたい。
キスさえ許して貰えなくても、「キスは駄目だ」と叱り付けるケチな恋人でも。
恋する気持ちは本物だから。
ハーレイが好きでたまらないから、明日だって家に来て欲しい。
学校の仕事が終わったら。
遅くならずに、ハーレイが校門を出られたならば。
そうなるといいな、と頭に描く明日のこと。
今日のようにチャイムが鳴ったらいいな、と窓のカーテンの方を見る。
もう夜だからと閉めたカーテン、その向こうにはガラス窓。
(…窓の向こう、今は真っ暗だけど…)
庭園灯が照らすだけなのだけれど、暗い庭と道路を隔てる生垣。
其処にある門扉、脇にはチャイム。
もしもハーレイが明日も来てくれたならば、チャイムを鳴らしてくれる筈。
(…来て欲しいな…)
ハーレイが来ても、二人で話してお茶を飲むだけ。
両親も交えた夕食の席も、和やかな会話が弾むだけ。
これをせねば、という予定も無ければ、デートに出掛けてもゆけないけれど。
「ドライブするか?」と誘っても貰えないけれど。
(でも、会えるだけで…)
幸せなのだし、もう嬉しくてたまらない。
キスを断られて膨れていたって、ハーレイの姿があれば幸せ。
「ハーレイのケチ!」とプンスカ怒って膨れっ面でも、やっぱり幸せな心の中身。
其処にハーレイがいなかったならば、キスを断られはしないから。
膨れっ面になっていたって、見て貰うことは無理だから。
(…ハーレイが家に来てくれるから…)
二人で過ごせて、キスを強請って、叱られたりも出来る自分。
来てくれない日は、どんなに膨れてみたって…。
(ハーレイ、見てもくれないもんね?)
きっと、自分の膨れっ面さえ、想像してはくれないだろう。
「あいつ、今頃、どうしてるやら…」と思ってくれたら、まだマシな方。
チビの自分をすっかり忘れて、のんびり書斎でコーヒーだとか。
(…ありそうだよね…)
「今日も一日、いい日だった」と、思っていそうな鈍い恋人。
頭の中身は仕事のこととか、柔道部のことで一杯で。
空いた部分も、今日のニュースや読んだ本などで埋め尽くされて。
如何にもありそう、と振ってみた首。
チビの恋人のことなど忘れて、寛いで過ごしていそうなハーレイ。
(来てくれない日は、そうなっちゃいそう…)
思い出してくれる日もあるだろうけれど、忘れ去られている日も多そう。
その日の過ごし方によっては、ハーレイが時間を何に使ったか、それによっては。
(…学校の会議が長引いたんなら…)
終わる時間が遅くなったせいで、この家に来られなかったなら。
そういう時なら、ハーレイも覚えていてくれるだろう。
「今日は行けなくなっちまったな」と、腕の時計を見るだろうから。
車で家に帰った後にも、「もう少し早く終わっていたら…」と、きっと何度か思ってくれる。
けれど、会議とは違った理由。
仕事で遅くなったわけではなかった時なら、チビの恋人のことなどは…。
(…ハーレイ、忘れていそうだよ…)
他の先生たちと一緒に、食事に出掛けて行ったなら。
ワイワイ賑やかに食事した後は、車ではない先生たちを送って行ったなら。
(…そういう日だって、あるもんね?)
何度か、ハーレイから聞いた。
「昨日はすまん」だとか、「この前はすまん」と謝られて。
他の先生たちと食事に行っていたから、此処には来られなかったのだ、と。
(ちゃんと謝ってはくれるんだけど…)
それは後から、次の日とか、何日か後だとか。
「実は来られる日があったんだが…」と後で明かされる、ハーレイが楽しく過ごしていた日。
きっと仕事で来られないのだ、と思って我慢していたのに。
(ハーレイだって忙しいんだから、って…)
今日は我慢、と自分自身に言い聞かせたのに、そのハーレイは、同じ頃には…。
(他の先生たちと食事で…)
美味しい料理に、はずむ会話に、弾ける笑い。
そうやって過ごして、食事が終わって、家に帰った後だって…。
ぼくのことなんか忘れているよ、とプウッと膨れそうな頬っぺた。
きっと忘れているんだからと、「忘れてコーヒーなんだから」と。
「今日は有意義な日だったよな」と、コーヒーを淹れていそうなハーレイ。
やっと家まで帰って来たから、一息入れてのんびりするか、と。
(…コーヒーを淹れて飲んでる時に…)
ようやく思い出してくれたら、マシな方。
放っておいたチビの恋人のことを、「あいつ、どうしているんだか…」と。
もう眠っている時間にしたって、思い出してくれたら嬉しいけれど。
(そのまま忘れて、寝ちゃうってことも…)
まるで無いとは言い切れないから、悔しい気分。
「どうせチビだよ」と、「キスも出来ないチビの子供で、一緒に暮らせないんだよ」と。
もしも一緒に暮らしていたなら、忘れられたりしないのに。
どんなに仕事で遅くなっても、他の先生と食事に出掛けた時だって。
(家に帰れば、ぼくがいるんだから…)
待ちくたびれて先に眠っていたって、ハーレイはキスを贈ってくれる。
起こさないよう、頬っぺたか、額にでも、そっと。
(だけど、チビだと…)
忘れ去られてしまっておしまい、コーヒーを飲んだら寝そうなハーレイ。
お風呂に入って、「いい日だった」と大満足で。
(それは嫌だし…)
明日のハーレイに、そんな予定が来ませんように、と祈るような気持ち。
仕事だったら諦めるけれど、ハーレイが楽しく出掛ける食事。
他の先生に誘われて。
私が車を出しますから、と他の先生も車に乗っけて、出掛けて行ってしまうハーレイ。
チビの自分のことなど忘れて、いそいそと。
(最初は覚えているだろうけど…)
途中で忘れ去られるだろうし、家に帰っても、それっきり。
コーヒーを淹れて「いい日だった」と、チビの恋人は忘れたままで。
そんなの嫌だ、と思うけれども、ハーレイの予定は分からない。
ハーレイにだって急な誘いは分かりはしないし、明日になるまで本当に謎。
(明日になっても、放課後までは…)
答えは出ないのかもしれない。
ハーレイが訪ねて来てくれるのか、来られない日になってしまうか。
そうなる理由は仕事のせいか、楽しい食事の誘いのせいか、それさえも。
(…ホントのホントに読めないんだから…)
未来のことなんか分からないよね、と思ったはずみに掠めたこと。
前の自分もそうだった、と。
(…フィシス、未来を占ってたけど…)
それは漠然としていたものだし、フィシスが来たって明日のことなど分からないまま。
ミュウの未来がどうなってゆくか、白いシャングリラがどうなるのか。
誰にも未来は見えはしなくて、いつも不安を抱えていた。
夜が来たなら、この夜は明けてくれるのかと。
夜が明けたら、今日という日は無事に終わってくれるのかと。
(…ホントに誰にも見えなかったよ…)
ミュウという種族がこれから先も生きてゆけるか、シャングリラは地球に着けるのか。
いつだって未来は見えもしないまま、前の自分は生き続けて…。
(…未来、見ないで死んじゃった…)
焦がれ続けた地球さえも見ずに、ミュウの未来を守るためだけに。
守った未来も、本当にそれを守れたかどうか、答えを得られもしないままで。
(…それでも、前のぼく、頑張って生きて…)
白いシャングリラを守って死んだ、と気付いて、今の自分を思う。
同じ見えない未来にしたって、なんて平凡なのだろう、と。
(…ハーレイが来るか、来ないかだけで…)
来られない理由が、食事でなければいいなんて。
ハーレイがチビの自分を忘れて、楽しく過ごす日にならなければ充分だなんて。
前の自分は、未来も見ずに死んだのに。
命を懸けて守った未来があるかどうかも、確かめられずに終わったのに。
(今のぼくって…)
同じ未来でも、読めない中身が平凡だよね、と瞬かせた瞳。
ミュウの未来や、白いシャングリラの行く末ではなくて、恋人のこと。
それで頬っぺたを膨らませたり、「そんなの嫌だ」と思ったり。
(…チビになっちゃっただけじゃなくって…)
中身も小さくなっちゃった、と比べたソルジャー・ブルーだった頃。
まるで違うし、あちらはとても偉いのだけれど…。
(今のぼく、うんと幸せだから…)
平凡だよね、と思う中身でいいのだろう。
今は「ケチだ」と思ったりもする、キスもくれない愛おしい人。
そのハーレイと地球に来られて、また巡り会うことが出来たから。
チビの間は無理だけれども、いつか大きくなった時には、ちゃんと結婚出来るのだから…。
平凡だよね・了
※ブルー君が気になる、ハーレイ先生の明日の予定。家に来てくれればいいのに、と。
けれど未来は見えないもの。前の自分の頃に比べたら、今は…。平凡なのが幸せですv