(明日は晴れそうだし…)
きっと歩いて来てくれるよね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
明日は土曜日、午前中からハーレイが家に来てくれる日。
(仕事で駄目なら、ちゃんと連絡が来るんだから…)
来られない、という寂しい知らせ。
母宛てにハーレイが入れる通信、それは全く来なかったから…。
もう間違いなく、明日には会える。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人に。
(お天気がいい日は、ハーレイは、歩き…)
雨が降る日や、もう降りそうな曇り空なら、車で此処まで来るけれど。
仕事の帰りに来てくれる時も、濃い緑色の愛車だけれど。
(明日は車の出番は無さそう…)
ハーレイと同じで車もお休み、と前のハーレイのマントの色をした車を思う。
明日はハーレイの家のガレージで、ゆっくり、のんびり休むのだろう。
「さあ、行くぞ」と乗り込む人がいないから。
エンジンをかけて、ガレージから外へ連れ出す人は留守だから。
(車はガレージでお休みで…)
ハーレイの方は、此処でゆったり過ごす一日。
ただし、此処まで歩いて来ないといけないけれど。
何ブロックも離れた場所から、歩くとけっこうかかるのだけれど。
(でも、ハーレイには大した距離じゃないらしいしね?)
チビで身体の弱い自分は、考えただけで気が遠くなってしまいそうな距離。
それを軽々と歩くハーレイ、「ちょっとした運動になるからな」と。
家を出るのが早すぎた、と思った時には、回り道だって。
その分、距離が増えるのに。
そうでなくても足が向くままに、色々な道があるらしいのに。
此処からは遠いハーレイの家。
一度だけ遊びに行った時には、もちろん路線バスで出掛けた。
(寝てる間に、瞬間移動で行っちゃった時は…)
ハーレイの車で家まで送って貰った。
チビの自分が着られる服など、ハーレイの家には一つも無いから、パジャマのままで。
けれど着られる服があっても、やっぱり車だっただろう。
そうでなければ路線バス。
(あの日も、お休みだったけど…)
いくらハーレイと一緒だとしても、此処まではとても歩けない。
途中ですっかり疲れてしまって、「バスに乗ろうよ」と言いそうな自分。
多分、半分も歩かない内に。
ハーレイの家を後にしてから、二十分ほども行かない内に。
(それをハーレイは歩くんだから…)
ホントに凄い、と思ってしまう。
しかも歩いて来る道は色々、最短距離を選んではいない。
その日の気分で、「こっちを行こう」と選ぶ道。
顔馴染みになった猫が日向ぼっこをしている道やら、様々な花が見られる道。
他にも選ぶ基準は沢山、時には新規開拓も…。
(ハーレイ、やってるらしいしね?)
歩く途中に立っている町の案内板。
それを眺めて、「こういう道もあるんだな」と曲がったりして。
チビで身体が弱い自分には、出来そうもない新規開拓。
「こっちの方に行ってみよう」と回り道に入り込むよりは…。
(どの道が一番近いだろう、って…)
見ていそうなのが案内板。
知っている道はこれだけれども、他に近道は無いだろうかと。
細い道でもかまわないから、ヒョイと飛び越えられる距離。
それが無いかと探していそうで、ハーレイの真似はとても出来ない。
「こっちに行くか」と回り道など、より遠い方を選ぶなど。
明日もハーレイがやっていそうな回り道。
気の向くままに角を曲がって、「こっちにしよう」と外れてゆく道。
真っ直ぐに来れば、近いのに。
この家に着くのが早すぎたって、誰も困りはしないのに。
(パパもママも、ご遠慮なくどうぞ、って…)
「よろしかったら朝食も」と、何度も誘っている両親。
休日もハーレイは早起きするのを、二人ともちゃんと知っているから。
此処へ来るまでに朝からジョギング、そんな日もあると聞いているものだから。
(朝御飯の時間に来てくれたって、いいのにね?)
ぼくだって待っているんだけどな、と思うけれども、早い時間には来ないハーレイ。
明日の朝もきっと、回り道。
「早すぎるよな」と思ったら。
腕の時計をチラリと眺めて、「まだまだ早い」と、足の向くままに角を曲がって。
(…それがハーレイなんだけど…)
朝からジョギングするほどなのだし、此処までの距離も、もう本当に散歩道。
青空の下をのんびり歩いて、地球を満喫しているわけで…。
(地球だもんね?)
何処を歩いても、地球の上。
前の自分が焦がれていた星、いつか行こうと夢に見た地球。
キャプテンだった前のハーレイは、地球まで辿り着いたのだけれど…。
(地球は死の星だったから…)
散歩どころか、外では呼吸も出来ない星。
ユグドラシルと呼ばれた、巨大なキノコにも似た建物だけが人間の居場所。
(そんな酷い地球を、ハーレイは見ちゃったんだから…)
今の青い星を楽しみたくもなるだろう。
晴れた日だったら、なおのこと。
此処まで歩いて来る間に出会う景色は、何もかも地球のものだから。
日向ぼっこをしている猫も、花壇の土に咲いている花も。
それにハーレイが歩く地面も、上にある青い空だって。
回り道だってしたくなるよね、と思う地球。
前のハーレイが目にした死の星、その影は何処にも無いのだから。
澄んだ大気も、緑の木々も、そっくりそのまま…。
(…前のぼくが夢に見ていた通りで…)
ハーレイが歩く道には無くても、真っ青な海も広がっている。
波打ち際から水平線まで、そのずっと遥か向こうまで。
(宇宙から見たら、地球は青くて…)
前の自分が焦がれた通りの、青く輝く水の星。
残念なことに、まだ見たことは無いけれど。
宇宙から地球を眺める旅には、一度も行ってはいないけれども。
(だけど、本物の地球なんだよ)
その地球の上で生きられるなんて、前の自分にとっては夢。
「いつか地球まで辿り着いたら」と、幾つもの夢を描いたけれど。
あれをしようと、これもしたいと、前のハーレイと二人で夢を見ていたけれど…。
(ハーレイと一緒に行こう、って思っていただけで…)
そのハーレイが最初から地球に住んでいるなど、夢にさえ見られなかったこと。
地球は人類のものだったのだし、ミュウの自分たちは地球に住めない。
それどころか、踏みしめる地面さえも下に無い有様。
(…シャングリラの中だけが、世界の全てで…)
たとえ地球まで辿り着けても、其処に住むことを許されたとしても…。
(シャングリラを降りて、家を見付けて…)
ようやく住める星が地球。
前のハーレイも、前の自分も、住む場所から探さなくてはならない。
(素敵な所に住みたいよね、って…)
ただ漠然と考えただけ。
全ては地球に着いてからだと、それから続きを考えようと。
青い地球まで行かないことには、夢は実現しないから。
大きすぎる夢は描けないから、描く方法さえ分からないのだから。
前の自分が夢に見た地球は、そういう星。
幾つもの夢を描いていたって、其処に住みたいと憧れたって…。
(何処に住むとか、どういう家に住むだとか…)
まるで考えてはいなかった。
チラと頭を掠めはしたって、「まだ早すぎる」と思っただけ。
地球の座標さえも、まるで分かっていなかったから。
行くべき座標が掴めたとしても、其処までの道をどう進むのか。
(戦うか、人類に認めて貰うか…)
どちらを行くのか、それも答えが出ないまま。
そうやって地球に焦がれ続けて、幾つもの夢を叶えられないままに…。
(…前のぼくの寿命…)
命が尽きる、と突き付けられた現実。
その時に夢は砕けてしまって、もう見られないと諦めた地球。
奇跡のように生き延びたけれど、その命さえも投げ出さざるを得なかった。
白いシャングリラを、ミュウの未来を守るためにと、あのメギドで。
(…前のぼく、地球を…)
見たかったんだよ、と今も覚えている。
せっかく此処まで生きて来たのに、地球を見られずに終わるのかと。
天体の間で一人、呟いたこと。
「地球を見たかった」と、誰にも聞こえないように。
(…ハーレイと二人で見たかったのに…)
見られないままで死んでゆく自分、それが辛くて、とても悲しくて。
いつか地球まで辿り着いたら、ハーレイと暮らす筈だったのに。
(…でも、ハーレイ…)
前の自分が「さよなら」のキスも出来ずに別れた、キャプテン・ハーレイ。
恋人同士なことを隠して、ソルジャーの貌で別れたハーレイ。
そのハーレイが、今は…。
(地球に住んでて、ぼくの家まで散歩なんだよ)
青く蘇った地球の上を歩いて、気の向くままに回り道。
「今日はこっちだ」と好きに選んで、明日も此処まで来てくれる。
(前のぼくには、地球はホントに夢の星で…)
夢のままで終わっちゃったんだけどな、と零れる笑み。
「今は夢より素敵みたい」と、「ハーレイが地球に住んでいるよ」と。
きっとハーレイは、明日も歩いて来るのだろう。
明日も天気は良さそうだから。
ハーレイと二人でやって来た地球は、明日も青空だろうから…。
前のぼくと地球・了
※ブルー君には遠すぎるらしい、ハーレイ先生が住んでいる家。とても歩けない、と。
それを歩いて来るのがハーレイ、青い地球の上を。夢よりも素敵な今の現実v