(明日は晴れそうだし…)
歩いて出掛けて行けそうだな、とハーレイが唇に浮かべた笑み。
夜の書斎でコーヒー片手に、明日という日を考えながら。
明日は土曜日、仕事の予定は入っていない。
だから行き先はブルーの家。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
(今はチビだが、その内にだな…)
大きく育つだろうブルー。
ソルジャー・ブルーだった頃のブルーとそっくり同じに、それは美しく。
(前のあいつは、本当に凄い美人だったが…)
シャングリラで一番の美人と言ったら、今でも「ブルーだった」と思う。
誰よりも気高く、美しかったソルジャー・ブルー。
恋人としての贔屓目を抜きにしたって、ミュウの女神のフィシスよりもずっと。
(今のあいつは、ああいう風にはならないだろうが…)
見た目はそっくり同じだとしても、何処か違うだろう表情。
幸せ一杯に育った今のブルーは、これからも幸せに育ってゆくから。
アルタミラの地獄も、初期のシャングリラでの苦労も知らずに、ただ幸せに。
もちろんソルジャーの務めも無い上、仲間たちの未来を案じずともいい。
(今度のあいつの瞳の奥には…)
きっと無いだろう、憂いと悲しみ。
前のブルーの瞳の底には、いつだって揺れていたのだけれど。
(あいつは誰にも見せないようにしていたんだが…)
それでも、前の自分にだけは読み取れた、それ。
前のブルーの深い悲しみ、ミュウの未来を思っての憂い。
けして瞳から消えることは無くて、その分、余計に美しかった。
赤い血の色を透かした瞳が、前のブルーの澄んだ瞳が。
ああいう瞳にはならないのだろう、今のブルー。
キラキラと煌めく明るい瞳は、同じ赤でも幸せに満ちた色の赤。
そういう瞳の今のブルーは、これから先も…。
(幸せ一杯、我儘一杯といったトコだな)
明日はあいつと過ごせるぞ、と自分の方でも幸せ一杯。
前のブルーを失くした時には、もう絶望しか無かったから。
願ったことは、ブルーを追ってゆくことだけ。
逝ってしまった愛おしい人、ブルーの許へと旅立つことだけ。
(…だが、それは…)
前のあいつが禁じたんだ、と今でも思い出せること。
「ジョミーを支えてやってくれ」と、前の自分にだけ伝えられた思念。
それが自分を縛り付けた。
前のブルーがいない世界に、いなくなってしまったシャングリラに。
ジョミーを支えて地球へ行くこと、それがブルーの最後の望み。
痛いほどに分かったブルーの願い。
どうして無視して追ってゆくことが出来るだろう?
ブルーが願ったことなのに。
「頼んだよ、ハーレイ」と言葉でも念を押したのに。
(…ああ言われたら、俺は生きてゆくしか…)
地球まで行くより他に無いから、ただ地球だけを目指し続けた。
前のブルーを失くした時には、座標さえも分かっていなかった星。
広い宇宙の何処にあるのか、それさえも。
赤いナスカに辿り着く前、地球を探して彷徨ったのに。
幾つもの恒星系を順に巡って、地球は無いかと。
白いシャングリラで長く旅して、それでも見付からなかった地球。
其処へ行くこと、それがブルーの最後の望みで、自分の旅の終着点。
無事に地球まで辿り着けたら、きっと自由になれるから。
若い世代に後を託して、ブルーを追ってゆけるから。
その思いだけで目指した星。
宇宙の何処かにあるだろう地球、前のブルーが焦がれた星。
(地球を見たなら、土産話に…)
してやろうとも思っていた。
誰よりも地球を見たかったろうに、果たせずに終わった前のブルーに。
青く美しい地球の姿を、心に、瞳に、強く焼き付けて。
どんな風に宇宙に浮かんでいたのか、地球の景色はどうだったのか。
地表の七割を覆うという海、それはどれほど青かったのかを。
(…あいつに見せてやろう、って…)
同じ地球まで辿り着くなら、ブルーへの土産に、青い地球の姿。
「地球はこういう星でしたよ」と、先に逝ったブルーに出会えた時に。
もっとも、ブルーに巡り会えたら…。
(俺は敬語を、忘れちまっているんだろうがな…)
ソルジャーとキャプテン、前の自分たちの恋を阻んでいた肩書き。
誰にも恋を明かすことなく、黙っているしか無かった理由。
それは死んだら消えて無くなる。
(前のあいつは、最期までソルジャー・ブルーだったが…)
毅然としてメギドへ飛んだけれども、あくまで表向きのこと。
心の奥の深い場所には、きっとあの時、ブルーが口にしていたような…。
(ただのブルーの、あいつがいたんだ…)
現にそういうブルーがいたこと、それを自分は知っている。
「ハーレイの温もりを失くしてしまった」と、泣きじゃくりながら死んだブルー。
けれども、それを知らなかった前の自分にしたって、ブルーを追ってゆけたなら…。
(あいつ、もうソルジャーではないんだから…)
敬語を使って話すことなど無かっただろう。
恐らくは、会った瞬間から。
(俺、って言うのは照れがあるから…)
多分、「私」のままだろうけれど、普通の言葉で話しただろう。
「会えて良かった」と、前のブルーを抱き締めて。
そうやってブルーと再会したなら、土産話に青い地球。
どんなに青く美しかったか、思念で、言葉で、前のブルーに。
「ちゃんと代わりに見て来たから」と、「約束通り、地球に行ったぞ」と。
きっとブルーは喜ぶから、と目指した地球。
其処に着いたら、自分の命は終わるけれども、終わらせるつもりでいたのだけれど。
(早くその日が来るといい、とだけ…)
思い続けて、魂はとうに死んでしまっていたのだけれど。
それでも夢があったとしたなら、「ブルーに地球を見せてやること」。
「こんな星だった」と、いつかブルーに巡り会えた時に。
前の自分の命が終わって、ブルーの許へと、肉体を離れて旅立った時に。
(…あいつへの土産話は地球だ、と何処かで思っていたんだっけな…)
地球の座標が掴めないまま、アルテメシアへ向かった時も。
テラズ・ナンバー・ファイブを倒して、地球の座標を引き出せた時も。
其処から始まった長い戦いの日々の中でも、ふと「地球」という星を思った時は…。
(あいつに見せてやるんだ、って…)
青い水の星を、この目に焼き付けて。
前のブルーが焦がれ続けた母なる星を、心に深く刻み込んで。
(そういう気持ちは、確かにあって…)
生ける屍のような身体でも、たまに描けた甘美な夢。
いつかブルーを追ってゆけたら、青い地球のことを話そうと。
ブルーはどれほど喜ぶだろうと、地球の姿を余すことなくブルーに伝えてやらなければ、と。
(…前の俺の夢は、それだったのに…)
ようやく辿り着いた地球には、青などありはしなかった。
死の星と化したままだった地球。
砂漠が広がる赤茶けた星は、ブルーの夢とは残酷なほどに違ったもの。
前の自分たちが夢見た地球とも、似ても似つかなかったもの。
(でもって、そういう酷い地球でだ…)
俺の命は終わっちまった、と前の自分の最期を思う。
崩れ落ちて来た瓦礫と天井、それに押し潰されたっけな、と。
これで行ける、と思った最期。
愛おしい人の許へゆけると、ブルーを追ってゆけるのだと。
(土産話のことなんか…)
まるで忘れていたけれど。
青い地球が何処にも無かったことなど、どう言えばいいかも、あの時は…。
(何も考えちゃいなくって…)
ブルーに会える、と心が自由になっただけ。
やっと行けると、愛おしい人を追って飛んでゆけると。
(…それから、いったい、どうなったんだか…)
覚えてはいない、その後のこと。
前のブルーに何処で出会って、再会の言葉は何だったのか。
青くなかった死の星のことを、前のブルーにどう伝えたのか。
(…まるで覚えちゃいないんだがな…)
しかし、と傾けるコーヒーのカップ。
今のブルーも、今の自分も、住んでいるのは地球だから。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会うことが出来たから。
(…前の俺には、地球はああいう星でだな…)
旅の終わりで、土産話も砕かれちまった星なんだがな、と思うけれども、今の自分。
そちらにとっては、地球はごくごく…。
(当たり前で、明日は晴れなんだ…)
ブルーの家まで歩いて行く日、と綻ぶ顔。
今の俺には、地球は最高にいい星だよな、と。
ブルーと二人で地球に来た上、明日はブルーの家まで会いに行けるんだから、と…。
前の俺と地球・了
※キャプテン・ハーレイだった頃の地球はこういう星だった、と思うハーレイ先生。
けれども、今は青い地球の住人。ブルー君の家まで、歩いて出掛けてゆけるのですv