(今日はハーレイと歩けたんだよ)
学校の中だったけど、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
ほんのちょっぴりだったけれども、ハーレイと歩いた校舎の中。
前をゆく姿が目に入ったから、「ハーレイ先生!」と呼び掛けて。
(ハーレイ、ちゃんと立ち止まってくれて…)
側に行くまで待っていてくれた。
背が高いハーレイは、歩幅もずっと大きくて歩くのが速い。
もし立ち止まってくれなかったら、廊下を走って追い掛けないと…。
(ハーレイのトコには行けないんだよ)
どんなに頑張って歩いても。
小さな歩幅でせっせと急いで歩いて行っても、ハーレイの背中はもっと先。
けれど、そうならなかった今日。
ハーレイは廊下で待っていてくれて、しかも自分が追い付いたら…。
(次の時間は教室か、って…)
そういう質問が降って来た。
頭のずっと上の方から、ハーレイの顔がある所から。
「はい」と答えたら、「同じだな」と言われた方向。
これから自分が戻る教室、それがある場所と、ハーレイが向かう方向と。
(…途中までだけど…)
目指す方向が重なった。
自分が行くのは教室の方で、ハーレイは上のフロアに続く階段。
(ハーレイ、上のフロアに行くから…)
一緒に行くか、という提案。
追い付いた場所で立ち話よりも、歩きながら少し話すこと。
階段がある校舎の真ん中、其処に着くまで二人一緒に歩くこと。
もちろん嫌なわけがないから、ハーレイと一緒に歩き始めた。
「ハーレイ先生の用事は何ですか?」などと訊きながら。
自分よりも遥かに背の高いハーレイ、その顔を見上げて話しながら。
(…前なんか見るより、ハーレイの顔…)
どうせ廊下は真っ直ぐなのだし、ぶつかったりはしない筈。
向こうから誰かが走って来たって、ハーレイが一緒なのだから…。
(絶対、ハーレイに気が付くもんね?)
他の生徒たちよりも遥かに大きいハーレイ、歩いていたって目立つ存在。
ハーレイの姿に気が付いたならば、隣を歩くチビだって…。
(何かいるぞ、って…)
きっと目に入るに決まっているから、よけて走ってゆくだろう。
気付かずにドスンとぶつかる代わりに、風みたいに横をすり抜けて。
もしかしたら、ハーレイに「こら!」と叱られたりもして。
(廊下、走っちゃいけないんだから…)
殆ど守られていないけれども、そういう決まり。
其処を走って、チビの自分にぶつかりそうな距離で走り抜けたら、ハーレイのお叱り。
「危ないだろうが!」と、走り去ってゆく生徒の背中に向けて。
「廊下は走るもんじゃないぞ」と、「ぶつかっていたら、どうするんだ!」と。
そうなるだろうと分かっていたから、ハーレイだけを見詰めて歩いた。
前は見なくても大丈夫、と。
足元だって、見ていなくても大丈夫。
学校の廊下を歩いてゆくなら、石ころは落ちていないから。
穴ぼこだって開いていないし、足を取られるような段差もまるで無い。
だから安心、ハーレイだけを見ていても。
誰かとぶつかって転びはしないし、自分で転ぶことだって無い。
前なんか見てはいなくても。
足元の床も、見ないで真っ直ぐ歩いていても。
そうやってハーレイと歩いた廊下。
二人並んで、肩を並べて。
(…肩の高さが違いすぎるけど…)
四十三センチも違う身長、おまけにハーレイは立派な大人。
チビの自分はまだ子供だから、肩の高さは四十三センチよりもずっと…。
(…違う筈だよね?)
下手をしたなら五十センチも違うとか。
五十センチではとても足りなくて、もっと大きな差があるだとか。
(だけど、並んで歩くんだから…)
肩を並べて、でもいいだろう。
「横に並んで」が正しそうだけれど、それだと少し寂しい気持ち。
体育の授業の号令とかと、あまり変わらないように思うから。
先生が「横に並んで!」と指示を出したら、サッと整列する生徒。
グラウンドだとか、講堂とかで、横一列に。
縦一列だってよくあるけれども、そんな号令と似ている感じの「横に並んで」。
せっかくハーレイと歩いているのに、「横に並んで」は、なんだか残念。
肩の高さが大きく違いすぎても、「肩を並べて」の方がいい。
断然そっち、と今だって思う。
ハーレイと二人で歩いた時には、其処まで考えていなかったけれど。
(だって、それどころじゃなかったし…)
大好きなハーレイと歩ける廊下。
学校では「ハーレイ先生」だけれど、それでも中身はちゃんとハーレイ。
前の生から愛し続けた愛おしい人で、今も変わらず恋人同士。
キスも出来ない仲だけれども、確かに恋人。
(いくら敬語で喋らなくっちゃいけなくても…)
ハーレイに会えて一緒に歩ける、もうそれだけで幸せな気分。
御機嫌で歩いた、学校の廊下。
「ハーレイと一緒」と、「お喋りしながら歩いているよ」と。
けれど、階段の所まで行ったらお別れ。
「俺はこっちだ」と、上って行こうとしたハーレイ。
上のフロアで、同じ古典の先生から頼まれた用があるから。
これが授業に行くのだったら、その授業が自分のクラスだったら…。
(…教室まで一緒に行けたのに…)
もっと先まで二人で歩いて、教室の前までハーレイと一緒。
着いた時にチャイムが鳴っていなかったら、教室の前で立ち話。
チャイムが鳴るまで、ハーレイが「おい、授業だぞ?」と促すまで。
(そっちだったら良かったのにね…)
どうしてそうじゃないんだろう、と悲しくなった階段の前。
ハーレイとは此処でお別れだなんて、二人一緒に並んで廊下を歩いたのに。
自分では気付いていなかったけれど、きっと顔にも出ていたのだろう。
「行かないで」と、「此処でお別れなの?」と。
(…きっと、そうだよ…)
ハーレイは階段を上って行かずに、腕の時計を眺めたから。
その後は階段を上る代わりに、そのまま其処で立ち話。
「じゃあな」と軽く手を振るまでは。
「お前も教室に戻らないとな?」と、階段を上り始めるまでは。
ハーレイはきっと、自分の気持ちを分かってくれた。
「もっと一緒にいたいよ」と思っていたことを。
「ぼくの教室で授業だったら良かったのに」と考えたことも、ハーレイならば…。
(気付いてた…?)
其処まで気付きはしなかったとしても、とても優しかった「ハーレイ先生」。
授業の時間に遅れないよう、余裕を見て「じゃあな」と向けられた背中。
「お前も急げよ」と、「遅れちまうぞ?」と。
そうするまでの間の時間は、立ち止まったままで話してくれて。
一度は上りかけた階段、それを行かずに止まってくれて。
「行かないで」と止めはしなかったのに。
声に出しては言っていないし、心で思っただけなのに。
そのハーレイは、階段を上って行ったのだけど。
「授業、遅れるなよ?」というハーレイの気遣い、それを無駄には出来ないから…。
(…それに、廊下に突っ立ってても…)
通る生徒に「何してるんだろう?」と、不思議そうな目で見られるだけ。
階段の上に何かあるのか、と視線の先を追い掛けたりもして。
それも間抜けな話だから、とハーレイを見送るのはやめた。
本当はハーレイが見えなくなるまで、階段を上って消えてしまうまで…。
(あそこで見ていたかったけど…)
そうやっていたら、きっとハーレイは振り返るから。
階段の途中で下を見下ろして、其処に自分がまだいたならば…。
(もう一度、手を振ってくれるんだよ)
「早く行けよ」と、少し困ったような笑顔で。
追い払うような手付きだけれども、それでも振ってくれるだろう手。
こちらに向かって「じゃあな」と、もう一度、振られる手。
きっと、ハーレイならば、そう。
(…だけど、教室に行かなくちゃ…)
此処は学校なんだから、と後ろ髪を引かれるような思いで歩き出した廊下。
少し行ってから振り返ったけれど、ハーレイはもういなかった。
とうに階段を上がっていったし、当然だけれど。
其処にいる筈がないのだけれど。
(…あれでお別れになっちゃった…)
残念だよね、と思うけれども、ハーレイと二人で歩けた廊下。
二人一緒に肩を並べて、違いすぎる高さの肩を並べて。
(…今は、そのくらいしか出来ないけれど…)
学校の廊下を二人一緒に歩いてゆけたら、「いい日だったよね」と幸せな気分。
ほんの短い距離にしたって、ハーレイが「ハーレイ先生」だったって。
それが自分の精一杯で、今はこのくらいしか出来ないけれど…。
(…いつかはハーレイと歩けるもんね?)
チビの自分が大きく育って、デートに行けるようになったら。
ハーレイとしっかり手を繋ぎ合って、歩いてゆける時が来たなら。
(肩の高さ、やっぱり違うんだけど…)
それでも肩を並べて歩ける、そういう時がきっと来る筈。
だから夢見る、「ハーレイと一緒に歩けたら」と。
歩きたいよと、デートに出掛けて君と一緒に歩けたら、と。
今日、学校で歩けただけでも幸せだから。
恋人同士で色々な所を歩いてゆけたら、今日よりもずっと幸せになれる筈なのだから…。
君と歩けたら・了
※ハーレイ先生と一緒に廊下を歩けて、幸せだったブルー君。ほんの短い距離だったのに。
いつかは恋人同士の二人で、肩を並べて歩ける筈。早く一緒に歩きたいですよねv
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