(たとえ火の中、水の中、って…)
言うんだっけね、と小さなブルーが思ったこと。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
何のはずみか、ポンと頭に浮かんだ言葉。
「たとえ火の中、水の中」と。
今は馴染みの言い回し。
本の中にもよく出て来るし、ハーレイの古典の授業でも聞いた。
もちろん、国語の授業でだって。
けれど、火の中を自分は知らない。水の中だって、ろくに知らない。
(…水泳の授業は、ほんのちょっぴり…)
冷たい水が体温を奪ってしまうより前に、プールから出なければいけない自分。
ウッカリ浸かったままにならないよう、監視ロボットがつく有様。
浮遊式の小さな監視ロボット、それが「上がれ」と注意する。
(…せっかくママに頼んだのに…)
もう下の学校の生徒じゃないんだから、と断ってしまった監視ロボット。
水泳が得意な今のハーレイ、そのハーレイと同じ世界をゆっくり楽しみたかったから。
なのに、結果は大失敗。
自分で上がるのを忘れてしまって、冷えすぎて寝込んでしまった自分。
またまた監視ロボットがついて、水泳の授業は休憩ばかりになったのが夏。
(…小さかった頃に、パパやママと海に行ったって…)
理屈は同じで、「上がりなさい」と言われた海。
浮き輪を使って、御機嫌で波に揺られていたって、上がるしかなかった真っ青な海。
水の世界は未だに満喫出来ないままで、ハーレイのようにはいかない自分。
ハーレイだったら、水の中など、まるで問題ないのだろうに。
誰かが水に落っこちたならば、直ぐにザブンと飛び込んで助け出すのだろう。
海でも、流れの速い川でも。
ザブザブ泳いで、落っこちた人を支えて上がって来るのだろうに。
ハーレイだったら行けるんだよね、と思う「水の中」。
火の中は流石に無理だろうけれど、水の中なら行けるだけでもカッコいい。
自分は水の中でも無理だし、火の中はもっと無理だから。
学校でやったキャンプファイヤー、それでマシュマロを焼くのがせいぜい。
(…マシュマロだって…)
おっかなびっくり、火の粉が来ないか心配しながら焼いていた。
炎がいきなり大きくはぜたら、ブワッと火の粉が舞い上がるから。
それに触れたら火傷しそうで、ビクビクしていたのが自分。
(…あのくらいなら大丈夫、って分かるんだけど…)
火の直ぐ側でマシュマロを焼く子だっていたから、火傷しないとは分かるのだけれど。
それでも腰が引けていたのが、キャンプファイヤーでのマシュマロ焼き。
焼いたマシュマロは美味しいけれども、ちょっぴり怖い、と。
(…キャンプファイヤーでも、ああなるんだから…)
火の中なんて行けやしないよ、と思ったけれど。
とんでもないや、と考えたけれど、その「火の中」。
今の自分はとても無理だし、入れるわけもないけれど。
入って行く気も無いのだけれども、前の自分。
ソルジャー・ブルーになるよりも前に、ただのブルーでしかなかった頃に…。
(…火の中、走ってたんだっけ…)
メギドの炎に焼かれた星で。
燃えるアルタミラで、砕かれてしまったジュピターの衛星、ガニメデにあった育英都市で。
あそこで前の自分は走った。
前のハーレイと二人で走って、何人もの仲間を助けて回った。
ミュウの殲滅を謀った人類、彼らはミュウを閉じ込めて逃げて行ったから。
けして外へは出られないよう、シェルターに押し込め、鍵をかけて。
そうやってミュウを星ごと消そうと、人類が使った最終兵器。
メギドの炎はアルタミラを覆って、空まで届いた真っ赤な火柱。
そうやって燃えるあの星の上を、火の海の中を走り続けた。
前のハーレイと力を合わせて、仲間たちを助け出そうとして。
懸命に火の中を走った自分。
空も地面も燃え盛る中を、炎が襲って来る中を。
激しい地震で何か崩れたら、たちまち起こった炎の風。
紅蓮の炎が舌を伸ばして、何もかも飲もうとしていたけれど。
(でも、ハーレイと…)
その中をくぐって、ただひたすらに走り続けていた。
一人でも多く、と仲間たちが閉じ込められているシェルターを開けに。
これで最後だと確認するまで、他にシェルターはもう無いのだと分かるまで。
(…頑張ったよね…)
前のぼくって、と改めて思う。
いくらサイオンが強いにしたって、火の海の中を走るだなんて。
足が竦んで一歩も進めなくなってしまっても、少しもおかしくなかったのに。
「ぼくは嫌だ」と首を左右に振っても、それは仕方がなかったろうに。
あの頃は子供だったから。
狭い檻の中で未来も見えずに、成長を止めていた自分。
心も身体も同じに子供で、今の自分と変わらない筈。
それなのに、前の自分は走った。
前のハーレイが「行こう」と口を開いたから。
「俺たちのような仲間が他にもいる」と、「助けないと」と言ったから。
(…ハーレイが、そう言わなかったら…)
きっと助けに行ってはいない。
自分が閉じ込められたシェルター、それを壊しただけでおしまい。
呆然と座り込んだままで終わりが来たのか、あるいは走って逃げたのか。
壊したシェルターで一緒だった者たち、彼らが向かった方向へ。
「こっちに行ったら、きっと助かる」と、ただ闇雲に走り続けて。
他にもいるだろう仲間のことなど、まるで考えたりせずに。
とにかく此処から一刻も早く逃げなければと、自分の命だけを守って。
もしも、ハーレイがいなかったなら。
ハーレイが「行こう」と言わなかったら。
(…前のぼくが走って行けたのは…)
火の中を走り続けられたのは、ハーレイがいたからなのだろう。
「行こう」と声を掛けたハーレイ、仲間たちを助けようとしていた勇敢なミュウ。
あの時、初めて出会ったけれども、直ぐに信じて走り出せた。
「行かない」と首を横に振ったりせずに。
「ぼくは嫌だ」と背中を向けて、まっしぐらに逃げていったりせずに。
今の自分と変わらないような、チビだったのに。
心も身体も成長を止めて、十四歳の時のままだったのに。
(…ハーレイがいたから、頑張れたんだよ…)
きっとそうだ、と思うけれども、同じにチビで子供の自分。
今の自分は、火の中を走ってゆけるだろうか?
迷いもしないで、炎の地獄に向かって走り出せるのだろうか、逃げる代わりに…?
(…今のぼくだと…)
前の自分のようにはいかない。
予期せぬ炎が襲って来た時、身を守るためのシールドは無理。
焼けた地面を裸足で走れば火傷だろうし、たちまち火ぶくれで歩けなくなる。
走るどころか、歩くことさえ出来ないだろう傷ついた足。
火傷で出来た酷い火ぶくれ、それが破れて。
足の裏が痛くて、多分、一歩も歩けはしない。
そうなることが分かっていたって、今の自分は走れるだろうか?
ハーレイが「行こう」と言ったなら。
「行かなければ」と走り出したら、迷わずに追ってゆけるだろうか?
ぐんぐん遠くなる背中を。
他の仲間を助けるためにと、炎の中へと向かう背中を。
(…ぼく、行けないかも…)
恐怖で足が竦んでしまって、動けなくなって。
そうでなければ、自分のことばかり考えて。
「無理だよ」とクルリと背中を向けて、逆の方へと走るのだろうか。
こっちへ行ったら助かる筈、と他の仲間が逃げた方へと。
そうなるのかも、と考えたこと。
今の自分なら、ハーレイを追ってゆけないかも、と。
一緒に行っても役に立たない、サイオンを使えない自分。
火の中を走れば火傷するのだし、足だって火ぶくれで駄目になるから。
痛くて痛くて、とても走れなくて、同じ走ってゆくのなら…。
(…船がある方…)
そっちへ走って行っちゃいそう、と思ったけれど。
一人で走って船に逃げ込んで、離陸するまで震えていそうな気がしたけれど。
(…でも、ハーレイ…)
そうして震えて待っていたって、ハーレイが来るとは限らない。
幾つものシェルターを開けて回るには、一人きりでは時間が足りない。
ハーレイが助けた仲間たちが船へと乗り込んで来ても、彼らを救ったハーレイは…。
(…間に合わないかも…)
もう限界だ、と船が離陸を始めるまでに。
これ以上はもう星が持たない、と操縦する仲間が決断するまでに。
(…そうなっちゃったら…)
どうするだろう、と考えるまでもなく出た答え。
「ぼくは行かない」と。
ハーレイを火の海の中に残して、一人で船に乗ってはゆけない。
船から外へ出てしまったなら、助からないと分かっていても。
火の中に戻れば、死ぬより他に道が無くても。
(…ぼく、飛び降りて…)
閉まろうとしている乗降口から、飛び降りて走り出すのだろう。
火の海の中を、ハーレイが向かって行った方へと。
走れないから無理だと背を向け、逃げ出して来た方向へと。
(だって、ハーレイがいるんだから…!)
行かなければ、きっと後悔する。
自分だけ船に乗って行ったら。
ハーレイを残して行ってしまったら、二度と会えなくなったなら。
今のぼくでも走れるんだ、と見開いた瞳。
ハーレイに会えなくなるよりはマシ、と燃える地面を。
とても走れはしないと思った、火の中をくぐって、ただ懸命に。
足が火ぶくれになっていたって、気にせずに。
痛いと思うことさえしないで、ハーレイが行った方に向かって。
(…ハーレイと離れちゃうよりは…)
追い掛けて走って行くんだから、と思う気持ちは揺らがない。
サイオンが不器用な今の自分でも、ハーレイの所へ走ってゆける。
(ハーレイのことが好きだから…)
だから走ってゆけるんだよ、と浮かんだ笑み。
「今のぼくでも火の中を走って行けるみたい」と、「足が痛いなんて言わないよ」と。
愛していたら、たとえ火の中、水の中。
ハーレイの所へ行くんだからと、今のぼくでも、ちゃんと走って行けるんだよね、と…。
愛していたら・了
※今のぼくだと火の中は無理、と考えていたのがブルー君。「きっと逃げるよ」と。
けれど、ハーレイと離れてしまいそうになったら、走れる火の中。愛していたら頑張れますv
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