(たとえ火の中、水の中か…)
ふむ、とハーレイがふと考えた言葉。
夜の書斎でコーヒー片手に、何の気なしに。
今ではごくごく馴染みの言葉で、色々な時に聞くけれど。
古典の授業で教える時にも、ヒョイと出て来たりするのだけども。
(火の中なあ…)
俺には経験が無いんだが、と辿ってみる記憶。
子供の頃には悪ガキと呼ぶのが似合いの子供で、けっこうヤンチャだったもの。
焚火をしている人がいたなら、大喜びで近付いて行って…。
(こう、中に芋を突っ込んで…)
焼き上がるまでの間の時間は、パチパチとはぜる火の粉が来たって覗いていた。
「危ないぞ、坊主」と叱られたって。
シールドなんかも張りもしないで、さながら度胸試しのよう。
(学校のサマーキャンプだと…)
キャンプファイヤーを囲んで、ワイワイ騒いでいた。
同じマシュマロを焼くにしたって、火までの距離が大いに問題。
腰が引けている子供だったら、長い棒を持って来るものだけれど…。
(短い棒を持っているほど、勇者の証というヤツだってな)
勇者を気取っていた、子供時代の自分。
引率の教師が「危ないから、もっと下がるように」と言ったって。
「他の子は真似をしないように」と、せっせと注意を繰り返したって。
そんな具合で火とは友達、怖いと思いはしなかったけれど。
(…火の中にまでは…)
流石に飛び込んじゃいないよな、と断言出来る。
怖いもの知らずの子供と言っても、限度というのは分かるから。
それ以上、火の側に近付いたならば、火傷くらいでは済まないことも。
今の俺だと、まるで経験していない、と言える火の中。
せいぜい学校のキャンプファイヤー、そうでなければ焚火くらい。
どちらも側まで寄ってみただけ、火の中に飛び込んで行ったりはしない。
大きな炎が上がった時には、本能的に下がったもの。
「これはマズイ」と、パッと後ろに。
(薪が崩れたはずみとかに、派手に燃えるんだよなあ…)
ガサッと音がしたかと思うと、燃え上がる炎。
風向きによっては巻き込まれるから、そうならないよう取っていた距離。
どんなに近くに寄った時にも、「危ないぞ!」と言われていた時にも。
(…本当に危ない所にいたんだったら、引っ張って行かれちまうから…)
叱ったり注意を飛ばす代わりに、首根っこをグイと引っ掴まれて。
焚火をしていた大人たちやら、キャンプファイヤーの番をしていた教師に。
(それをやられていないってことは、だ…)
きちんと安全な距離を測っていた自分。
「この辺りまでは大丈夫だ」と。
勇者気取りでマシュマロ焼きに興じていたって、焚火で芋を焼いていたって。
(今の俺だと、そこまでなんだが…)
前の俺なら経験済みだ、と思う「火の中」。
文字通り炎が燃え盛る中を、前のブルーと二人で走った。
アルタミラがメギドに焼かれた時に。
あのアルタミラがあったガニメデ、ジュピターの衛星が砕かれた時に。
(まさに火の中というヤツでだな…)
空まで真っ赤に染めていた炎。
おまけに激しく揺れ動く地面、地震で何かが崩れ落ちる度に…。
(風向きが変わって、デカすぎる火が…)
俺たちを巻き込みにかかったっけな、と今でも思い出せること。
何度、その目に遭ったかと。
ブルーに「危ない!」と声を掛けては、襲い掛かる炎から逃れていたと。
それが自分の知る「火の中」。
ふと思い付いた言葉だけれども、火の中だったら知っている。
「たとえ火の中」と言われる通りに、前の自分は果敢にやってのけたのだ、と。
安全な場所へ逃げる代わりに、ブルーと二人で走った地獄。
一人でも多く助け出そうと、空さえも染めた炎の中を。
(最後の一人まで助け出すんだ、と走ったっけな…)
ミュウの殲滅を謀った人類、彼らが牢獄として使ったシェルター。
それを開けては、中の仲間を逃がして回った。
ブルーと二人で逃げるのだったら、何の危険も無かったろうに。
「どっちへ逃げる?」と相談し合って、船があった方へ逃げてゆくだけ。
多少の危険はあったとしたって、炎の中を走り回るよりかは…。
(ゼロみたいなモンだ)
こっちは危ない、と避けて通ればいいのだから。
大きな炎が上がりそうなら、足を止めて待てば巻き込まれたりはしないから。
(…そうすりゃ、俺もブルーもだな…)
さっさと船に乗り込めただろう。
逃げて来る仲間が他にもいないか、暫く待ったら船は宇宙へ。
(火の中なんぞは、船に逃げ込むまでの間でおしまいで…)
後は安全な船の中。
ただし、仲間は殆どいない船だけど。
ブルーと自分が助けなかったら、船に来られはしなかった仲間。
(…前のあいつが壊したシェルター…)
ブルーが内側から壊したシェルター、其処にいた者しか助からない。
前の自分は一緒だったけれど、そうでなかった者たちは…。
(…置き去りなんだ…)
誰も逃がしてくれなかったから。
火の中を走って助けに来る者、救助は何処からも来なかったから。
(…頑張ったわけだな、前の俺たちは)
本当に火の中というヤツで、と思うけれども、その「火の中」。
今の自分は経験が無くて、安全な距離を取っていただけ。
もしも今、小さなブルーと二人で焚火の側に行ったなら…。
(危ないから、って…)
ブルーに注意しそうな自分。
悪ガキだった子供時代のことは棚上げ、「其処は危ない」と下がらせる。
芋を焼くなら、「俺がやる」とブルーの代わりに突っ込んで。
ブルーがマシュマロを焼きたがったら、「これにしとけ」と長い棒。
(俺だって、あいつが真似しないように…)
長い棒にマシュマロを刺すのだろう。
もっと短い棒でいける、と分かっていたって、ブルーが真似たら危ないから。
サイオンが不器用な今のブルーは、シールドも張れはしないから。
(火傷しちまったら、大変だから…)
とてもじゃないが火の側なんて、と考えずにはいられない。
前のブルーと走った火の中、あんな場所にブルーを連れてゆくなど、とんでもない。
(あいつじゃ、とても走れやしないし…)
キャンプファイヤーでも危ないんだ、と火傷を心配してしまう。
焚火で芋を焼くにしたって、ブルーに芋を入れに行かせるのはマズイよな、と。
(ついでに、俺もだ…)
今、あの地獄を走れるだろうか?
空まで真っ赤に染め上げた炎、メギドに焼かれたあの星の上を。
間断なく襲う激しい地震で、突然に襲ってくる地獄の劫火。
あそこを果たして走れるだろうか、今の自分は。
せいぜい焚火とキャンプファイヤー、そのくらいしか大きな炎を知らない自分。
しかも安全な距離を取りつつ、勇者気取りでいた自分。
短い棒に刺したマシュマロ、それをキャンプファイヤーの近くで焼いて。
もっと長い棒を持った子たちを尻目に、得意になって。
メギドの炎とは大違いだ、と嫌でも分かるキャンプファイヤー。
それに焚火も、燃えるアルタミラの火と比べたなら、まるで蝋燭の焔のよう。
(蝋燭どころか、線香花火…)
その程度の勢いしか無いかもしれない、今の自分が知る炎は。
焚火も、キャンプファイヤーだって。
(…そんな俺でも、走れるのか?)
あんな地獄を、と思う火の中。
「たとえ火の中、水の中」とは言うにしたって、無理な気がする。
水の中なら、得意だけれど。
プロ級の腕を誇る水泳、水の中なら飛び込んでゆくことも出来るけれども…。
(…火の中は、どうも無理そうだよなあ…)
俺じゃ走れん、と苦笑した所で気が付いた。
たとえ火の中、水の中、という言い回しを使う時には…。
(どんなことでもしてみせる、っていう意味だっけな)
ならば、ブルーが危なかったらどうだろう?
いきなり時空が歪んでしまって、アルタミラの地獄に放り出されてしまうとか。
(…そうなったなら…)
果たして自分は迷うだろうか、「此処は危ない」と尻込みして。
サイオンが不器用な今のブルーが、炎の地獄に落ちてしまったら。
(とても迷っちゃいられんぞ…!)
きっと後先を考えもせずに、自分も飛び込んでゆくのだろう。
ブルーを助けに、火の海の中へ。
せいぜい焚火とキャンプファイヤー、そんな炎しか知らなくても。
(あいつを助けるためだったら…)
今も行ける、と思った火の中。
たとえ火の中、水の中という言葉通りに、自分の危険も顧みないで。
(うん、行けるってな)
あいつのことを愛していれば、と溢れた自信。
今の俺でも走れるんだと、ブルーのためなら、たとえ火の中、水の中だ、と…。
愛していれば・了
※たとえ火の中、水の中。…文字通りに火の中を走っていたのが前のハーレイ。
今は無理だ、と思った火の中。けれど、ブルー君のためなら今も飛び込んでゆけるのですv