(俺のブルーか…)
確かにそうではあるんだがな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
ブルーの家へと出掛けて来た日に、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それを片手に。
今日も会って来た愛おしい人、前の生から愛した恋人。
十四歳にしかならないブルーをギュッと抱き締め、掛けてやった言葉。
「俺のブルーだ」と。
青い地球の上で再会してから、この言葉を何度口にしたろう。
想いをこめて、心から。
誰よりも愛しい人のためにだけ紡ぐ言葉を、愛おしさが溢れ出すままに。
(しかしだな…)
まだ一人占めは出来ないんだ、と分かっているから苦笑した。
「俺のブルーだ」と強く抱き締めてみても、その時限り。
この時間ならば、ブルーは眠っているのだろうか。
何ブロックも離れた所にある家で。…両親と暮らしている家で。
つまりブルーは此処にいなくて、自分はポツンと一人きり。
前と変わらない独身生活、傍目には何も変わりはしない。
ブルーと再会するよりも前と。
前の自分の記憶が戻って、愛おしい人を取り戻す前と。
(あいつは帰って来てくれたんだが…)
遠く遥かな時の彼方で、失くしてしまった前のブルー。
気高く美しかった恋人、ソルジャー・ブルーと呼ばれた人。
その人は帰って来たのだけれども、まだ幼さが残る子供で結婚出来る年ではない。
だから一人占め出来はしないし、この家で共に暮らせもしない。
「俺のブルーだ」と言ってみたって、もう本当に言葉だけ。
まだまだ手には入らない人、抱き締めることしか出来ない人。
あまりにも無垢な今のブルーとは、まだキスさえも交わせないから。
デートに連れて行けはしないし、ドライブにだって行けないから。
まだ当分は言葉だけだ、とフウと溜息をつくけれど。
それが残念ではあるのだけれども、今のブルーも愛おしい。
ゆっくりと子供時代を過ごして欲しいし、急いで育って欲しくはない。
前のブルーは子供時代の記憶を持っていなかったから。
成人検査と、繰り返された過酷な人体実験と。
それが全てを奪ってしまって、アルタミラから脱出した時は何も残っていなかった。
子供時代の記憶はもちろん、「愛されていた」という思い出さえも。
養父母が注いだだろう愛情、それの小さな欠片でさえも。
(その分、今のあいつには…)
両親と暮らす幸せな日々を、子供時代を充分に満喫して欲しい。
ブルーが幸せでいてくれるならば、何年だって待っていてやる。
何年どころか、何十年でも。
チビのブルーが少しも育たないまま、結婚出来ずに待たされたってかまわない。
(いつかは俺だけのブルーだしな?)
もう文字通りに「俺のブルー」だ、と思ったけれど。
結婚したなら一人占めだ、とコーヒーのカップを傾けたけれど。
(…待てよ?)
本当に一人占めなのか、とハタと気付いたブルーの周り。
結婚式を挙げるとなったら、まずはブルーの両親に…。
(…あいつを下さい、と頼みに行って…)
お許しが出たら、ブルーがこの家にやって来る。
結婚式を挙げて、花嫁になって。
(そうすりゃ、俺のブルーなんだが…)
一人占めとはいかないぞ、と思い浮かべたブルーの両親。
何ブロックも離れていたって、同じ町に住んでいるのだから。
まるで放っておけはしないし、下手をしたなら…。
(週末はあいつの家だとか…)
ドライブの帰りに寄ってみるとか、そんな具合に。
そして一緒に食べる夕食、あちらも待っているだろうから。
まずは二人、と折った指。
今のブルーを育てた両親を抜きで暮らせはしない。
「俺のブルーだ」と一人占めして、家には行かせないなんて。
毎週末とは言われなくても、きっと出掛けてゆくことになる。
ブルーは一人息子なのだし、会えるのを楽しみにしているだろう両親。
「元気だったか?」と笑顔の父と、「今日はゆっくりしていってね」と優しい母と。
その人たちを抜きでいられはしないし、返さなくてはならないブルー。
たまには、ブルーを育てた人に。
「俺のブルーだ」と独占しないで、「ご無沙汰してます」と出掛けて行って。
ブルーの方でも、「行かないよ」とは言わない筈。
「ぼくの家に行くより、デートがいいな」だとか、「旅行しようよ」とは言わないだろう。
あの家で幸せに育ったのだから、両親を嫌う筈がない。
ドライブの帰りに「寄るか?」と訊いたら、大喜びで頷くのだろう。
「うん」と、「行くなら、お土産も持って行きたいな」と。
そうなるだろうし、二人でドライブに出掛けても…。
(…美味い料理や菓子の類に出会ったら…)
瞳を煌めかせるブルーの姿が見えるよう。
「これ、お土産に持って帰れるかな?」と。
持ち帰れるなら両親に、と。
「パパとママにも買って行こうよ」と、「ドライブの帰りに持って行こう」と。
そして帰りに、ブルーの家に寄ることになる。
お土産を抱えて嬉しそうなブルーと一緒に、「急にお邪魔してすみません」と訪ねる家。
両親はきっと大歓迎で、そのまま夕食を御馳走になって…。
(…食後のお茶まで、もうゆっくりと…)
引き止められて過ごすんだな、と思い描いた未来の光景。
ブルーをドライブに誘った時には、別の予定があっただろうに。
夕食は何処に食べに行こうかと、あれこれ考えていたのだろうに。
(…全部パアだな)
ブルーと二人きりで食べる夕食も、その後の夜のドライブだって。
結婚したって、一人占めには出来ないブルー。
普段は二人きりの日々でも、けして「俺だけのもの」とはいかない。
休日ともなれば待っている人、ブルーを育てた両親の他にも…。
(…隣町に二人いるってな)
俺の親父とおふくろが、と続けて折った指が二本。
「これで四人になっちまった」と、「親父たちだって待っているんだから」と。
まだ会わせてもいない内から、ブルーが家にやってくる日を心待ちにしている両親。
今すぐにだってブルーに会いたい、と言っているのが隣町の二人。
父はブルーを釣りやキャンプに連れて行きたがるし、母は散歩をしたいらしいし…。
(今からそれだと、あいつが大きくなったなら…)
もっと膨らんでいそうな両親たちの夢の計画。
「ブルー君も一緒に旅行に行こう」と言い出すだとか、「泊まりに来い」とか。
そうなったならば、消し飛んでしまう「ブルーと二人きりの休日」。
両親も一緒に釣りの旅とか、隣町の家で夜遅くまで…。
(ワイワイ宴会になっちまうんだ…)
俺のブルーを親父とおふくろに取られちまって、と容易に想像出来ること。
きっと両親はブルーが大のお気に入り。
(デカく育ちすぎて、可愛げのない俺の代わりに…)
もうちやほやと可愛がったり、甘やかしたりして過ごすのだろう。
「これが美味いんだぞ」と勧める父とか、「明日の朝は散歩しましょうね」と誘う母とか。
ブルーを手に入れた、自分のことは置き去りで。
「あいつは一人でも平気だからな」と、父がワハハと笑ったりして。
そうやって持って行かれるブルー。
せっかく二人で過ごせる休日、本当だったらブルーを一人占めなのに。
同じ旅行でも二人だったら、ブルーは自分のものなのに。
(…親父たちにも、やられちまうってか…)
そっちの方も目に浮かぶんだ、と鮮やかに見える未来の休日。
隣町に住む自分の両親、その二人だって「俺のブルー」を盗っちまうぞ、と。
ブルーの両親と自分の両親、全部で四人。
誰にも文句を言えはしなくて、ブルーの方でも…。
(きっと大喜びなんだ…)
新しく増えた隣町の家族、その両親と旅行するのも、招かれるのも。
ドライブの時も、「寄って行こうよ」と言いもするのだろう。
隣町の家に行けるコースでドライブ中なら、素敵なお土産を見付けたならば。
(…俺のブルーの筈なんだが…)
俺だけのあいつになる筈なのに、と眺める自分の四本の指。
これだけの人数が揃っていたんじゃ、とても独占出来ないぞ、と。
ブルーを一人占め出来はしなくて、気前よく配るしかないらしい。
「お邪魔します」とブルーの家に出掛けてゆくとか、「近くまで来たから」と隣町の家に。
どうやら一人占めは不可能、「俺のブルーだ」と言えはしたって…。
(…今度も俺だけのあいつじゃないのか…)
四人もいるぞ、と数える「ブルーを一人占めさせない人」たち。
とはいえ、今度は皆が家族で、何処に行ってもブルーは大喜びだから…。
(…仕方ないよな、俺だけのあいつじゃなくっても)
シャングリラだったら、別の意味で「俺だけのあいつ」じゃなかった、と零れた笑み。
今度のブルーはソルジャーではないし、一人占め出来ないことは同じでも、まるで違うから。
自分だけのブルーにするのは無理でも、ブルーは幸せ一杯だから…。
俺だけのあいつ・了
※いずれはブルー君を「俺のブルーだ」と一人占めだ、と思ったハーレイ先生ですけれど。
四人もの人たちが欲しがるらしいブルー君。でも、ブルー君が幸せだったらいいですよねv