(ふうむ…)
咄嗟には何も思い付かんな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
夜の書斎で、愛用のマグカップに淹れたコーヒー片手に。
今日は寄れなかったブルーの家。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
十四歳にしかならないブルーを想っていたら、ふと頭の中に浮かんだこと。
「俺たちは生まれ変わりだよな?」と。
五月の三日に再会するまで、お互い、気付いていなかったけれど。
それぞれ別の人生を生きて、思い出しさえしなかったけれど。
(なのに、劇的に出会っちまって…)
今はお互いしか見えない。
遠く遥かな時の彼方でそうだったように、いつも互いを見ていたように。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そういう二人が恋をしたように。
(生まれ変わって、また巡り会うというのは、だ…)
物語の世界では人気のテーマで、恋歌にだって歌われるもの。
「何度生まれ変わっても、また巡り会う」といった具合に。
けれど、今の自分が学校で教える古典の世界。
遠い昔にこの辺りの地域に在った島国、日本と呼ばれた小さな国。
其処で生まれた和歌も教えているのだけれども、直ぐに思い付く和歌の中には…。
(…一つも無いと来たもんだ…)
忘れてるかもしれないがな、とコツンと叩いた自分の額。
有名どころの和歌にあるかもしれない、と。
後から気付いて「あれだ!」と思うような歌。
まるで無いとは言い切れない。
人の記憶は曖昧なもので、一足、前へと踏み出した途端に…。
(忘れちまうってのも、ありがちなんだ…)
何をしようとして歩き出したのか、綺麗サッパリ。
それと同じに、得意な筈の和歌だって。
自分が忘れているだけなのか、最初から知られていないのか。
思い付かない、生まれ変わりを詠んだ和歌。
「生まれ変わっても、また巡り会おう」と誓う恋歌、そういう和歌。
日本だったら、ありそうなのに。
今の時代に歌われる歌も、それを歌っていたりするのに。
(…古典の世界じゃ、定番なんだが…)
来世を誓う仲というもの。
次の世でもきっと巡り会おう、と誓いを交わす恋人たちは多いのに。
(なんだって、和歌は無いんだか…)
忘れてるなら俺のせいなんだがな、とも考えるけれど。
記憶からストンと抜けていることも、全く無いとは言えないけれど。
(しかし、幾つもあるんだったら…)
一つくらいは引っ掛かっても良さそうなのに、浮かんでくれない和歌というもの。
生まれ変わっても巡り会おうと、ずっと一緒だと詠まれた恋歌。
思い出せたら、それを詠んだ人に…。
(自慢出来るってものなんだがな?)
その歌の通りに、俺とブルーは再会したぞ、と。
自分が詠んだ歌ではなくても、「また巡り会おう」と想いをこめた恋の歌。
歌そのままに巡り会ったと、時を越えて再び巡り会えたのだと。
(俺も、ブルーも…)
気が遠くなりそうな長い時を飛び越え、青い地球の上でまた会うことが出来た。
前の自分たちとそっくり同じに、少しも変わらない姿で。
(…ブルーは小さすぎるんだが…)
まだチビなんだが、と思いはしたって、ブルーはブルー。
アルタミラで初めて出会った時には、今と同じにチビだったブルー。
だからいずれは、今のブルーも…。
(前のあいつと、全く同じに育つってな)
そうなることが分かっているから、もう幸せでたまらない。
恋歌のように巡り会えたと、そういう和歌を誰かが詠んでいたなら、と。
遠い昔に在った島国、小さな日本。
其処でいったい、どれほどの数の恋人たちが誓い合ったろう。
「次の世でもまた巡り会おう」と、「生まれ変わっても、ずっと恋人同士だ」と。
それを詠んだ和歌を、今は一つも思い出せないことが残念だけれど…。
(思い出した時は、思い切り自慢してやるぞ)
あるいは「こいつだ」と思う、来世を誓った恋の和歌を何処かで見付けた時。
自分もブルーもそれを果たしたと、生まれ変わって今も一緒だと、歌を詠んだ人に。
(…そうそういない筈なんだしな?)
生まれ変わりも、巡り会うことが出来た恋人たちも。
伝説や昔語りの中では語られていても、それでもやはり珍しいこと。
よほど絆が深くなければ、生まれ変わって出会えはしない。
恋歌ではよく歌われていても。
そういう歌詞が人気を呼んでも、実際に巡り会う人は…。
(…少ないからこそ、人気なんだ)
ついでに有名な和歌も、咄嗟に一つも思い出せないのだろう、と考える。
これがありふれた現象だったら、大勢の人たちが歌を詠んでいた筈だから。
「必ず会おう」と、「また次の世で」と。
まるで挨拶代わりのように、「巡り会おう」と恋の歌を詠んで交わしただろう。
(でもって、歌う方の歌の世界では、だ…)
きっと人気が出はしない。
当たり前のことを歌ってみたって、聞き流されるだけだから。
「この歌のように素敵な恋をしたい」と思う代わりに、「誰だってそうだ」と思うだけ。
同じ恋歌を歌うのだったら、もっと気の利いた歌詞の方がいいに決まっている、と。
ちょっと捻って、魂に響く歌にしてくれれば、と。
ありふれたことを歌うにしたって、言葉次第で人を惹き付けることは出来るもの。
そっちの方でお願いしたいと、「こんなつまらない歌詞は駄目だ」と。
けれども、今も人気の恋歌。
「生まれ変わってまた巡り会おう」と、「いつまでも恋人同士だから」と。
自分とブルーは巡り会えたけれど、恋歌のように出会ったけれど。
和歌が詠まれた遠い昔から、それほどはいない、「生まれ変わって巡り会う」二人。
だから有名な和歌は少なくて、今の時代も恋歌で人気のテーマ。
それほどにロマンチックな出来事、誰もが出来はしないこと。
(出来るってことは、俺とブルーが生き証人だが…)
自分たちがやってのけたことだし、出来ないことではない「生まれ変わり」。
そうやって生まれて、もう一度巡り会うことも。
前の自分たちの恋の続きを、二人で生きてゆくことも。
(…どういう条件が必要なんだか…)
まるで謎だな、と思うけれども、歌の通りにやってのけたのが自分たち。
時の彼方で引き裂かれたのに、また巡り会えて恋人同士。
どう考えても奇跡そのもの、ブルーが持っている聖痕と同じ。
神が起こしてくれた奇跡で、前と同じに恋してゆける。
(…ずっと離れない、と誓っちゃいたが…)
前のブルーに何度も誓った。
いつまでも側を離れないからと、何処までも恋人同士だと。
けして離れないと誓っていたのに、その手を離して飛び去ったブルー。
前の自分を一人残して、メギドへと。
そしてブルーも一人きりで宇宙に散ってしまって、恋も宇宙に砕けて散った。
(俺があいつを忘れなくても…)
どんなにブルーを想い続けても、周りにあったのは孤独と絶望。
一目会いたいと願うだけ無駄で、ブルーは二度と船に戻りはしないから。
逝ってしまった人は戻らないから、側に戻って来てくれないから。
(…あいつの魂が、俺の隣にいたとしたって…)
ブルーの姿が見えないのならば、いないのとまるで変わりはしない。
思念も届かず、言葉も交わせないならば。
其処にいるだろうブルーの存在、それに気付けはしないなら。
(その辺の所が謎なんだよなあ…)
ブルーがメギドに飛び去った後も、前の自分の命が地球で潰えた後も。
魂があるのは確かだけれども、お互い、何も覚えてはいない。
青い地球の上に生まれる前には、何処にいたのか、その欠片さえも。
(きっと一緒にいたんだろうが…)
そうは思っても、いつからブルーと一緒だったのか。
何処で出会って、どういう風に過ごしていたのか、二人揃って思い出せない。
なんとも頼りない話だけれども、覚えていないのは残念だけれど…。
(…だが、俺たちは巡り会えたってな)
恋歌のように、生まれ変わって。
前の姿と全く同じに、前の自分たちが夢見た地球で。
青い水の星で再び出会って、今度こそ共に生きてゆく。
恋を隠さずに済む場所で。
堂々と共に生きられる場所で、ブルーとしっかり手を繋ぎ合って。
(…二度と離しやしないんだ…)
今度こそな、と思うブルーの手。
前の自分は止めることさえ出来なかったけれど、メギドに行かせてしまったけれど。
(奇跡みたいに出会えたんだし…)
二度とあいつを離しやしない、と浮かべた笑み。
いつかブルーが大きくなったら、もう本当に離さない。
恋歌のように生まれ変わって、また巡り会えた恋人だから。
前の自分たちの恋の続きを、幸せな時を生きてゆけるのが今なのだから…。
恋歌のように・了
※自分もブルーも生まれ変わりだ、と考えてみたハーレイ先生。恋歌の歌詞そのままに。
そう簡単に出来ないからこそ、人気の恋歌。生まれ変わってまた出会えたのは幸せですよねv