(ぼくのこと、好きでいてくれるんだけど…)
愛は確かにあるんだけれど、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日も訪ねて来てくれたハーレイ、前の生から愛した人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた恋人だけれど。
とても優しくしてくれるけれど、前よりもケチになってしまった。
いくら頼んでも、キスをくれない。
額や頬にはキスしてくれても、唇へのキスが貰えない。
恋人同士の二人なのに。
前の生なら、当たり前のようにキスを交わしていたものなのに。
(…だから、作戦…)
あの手この手で強請ってみるキス、今日も繰り出してみた攻撃。
「ハーレイはホントに、ぼくが好きなの?」と。
キスを強請ったら断られた上に、額をピンと弾かれたから。ハーレイの指で。
「俺は子供にキスはしない」と、決まり文句も飛び出したから。
いつもハーレイがやることだけれど、やられたらプウッと膨れるけれど。
「ハーレイのケチ!」と膨れっ面になるのだけれども、今日はオマケをつけてみた。
この作戦なら、キスが貰えるかもしれないから。
そう思ったから、ハーレイに訊いた。
「本当に、ぼくを好きなの?」と。
「前のぼくじゃなくて、今のぼくだよ」と。
前の自分を愛したように、今も愛しているのなら。
愛おしいと思ってくれているなら、キスをくれてもいいだろうと。
キスをくれないのは、愛が足りないから。
前の自分を愛したほどには、愛していないというのでは、と。
小さくなったチビの自分を、前ほど愛していないハーレイ。
それならキスが無いのも分かると、「愛が足りないなら、キスも無いよね?」と。
そう言ってやれば、キスが貰えると思ったのに。
「愛していないわけがないだろう!」と抱き締めてキス、と考えたのに。
ケチなハーレイは余裕たっぷり、ニヤリと笑ってこちらを眺めた。
「キスはしないと言ってるよな?」と、「お前の心は丸見えなんだが」と。
つまりは筒抜けだった作戦、ハーレイは全てお見通し。
どんなにプンスカ怒ってみたって、バレているなら仕方ない。
バツが悪いだけで、膨れ続けているだけ損。
怒っている間も、時間は流れてゆくのだから。
一分、二分と流れ続けて、その内に終わりが来る逢瀬。
キスも交わせない二人だけれども、恋人同士で過ごせる時間が終わってしまう。
「夕食の支度が出来ましたから」と、母が呼びに来て。
両親も一緒の夕食の時間、それが来たなら、逢瀬はおしまい。
運が良ければ、夕食の後のお茶の時間に、もう一度部屋に戻れるけれど…。
(ママがコーヒーを用意しちゃったら、パパたちと一緒…)
自分は苦手なコーヒーの時は、ダイニングでそのまま食後のお茶。
コーヒーでなくても、両親とハーレイの話が弾んでいた時は…。
(やっぱりそのまま、ダイニング…)
部屋に戻って来られはしなくて、それっきり。
ハーレイが「そろそろだな」と、時計を眺めて立ち上がるまで。
そのまま玄関の方に向かって、「またな」と手を振り、帰るハーレイ。
恋人同士で話せないままで、車に乗って。
あるいは歩いて、ハーレイの家へと帰ってしまう。
自分がプンスカ怒っている間に、近付いてくるのが別れの時間。
それは困るから、全面降伏。
ハーレイがキスをくれなくても。
ケチな上に、額を指で弾かれてしまっても。
心の欠片が零れていたなら、もうハーレイに怒っても無駄。
機嫌を直して、お喋りの方がずっといい。
貰えないキスにこだわるより。
「ハーレイのケチ!」と膨れっ放しで、時間を無駄にしてしまうより。
今日も慌てて直した機嫌。
「失敗しちゃった」と作戦ミスを素直に認めて、ちょっぴり舌も出してみて。
それから後は楽しく過ごして、幸せな時間だったけど。
ハーレイとゆっくり出来たのだけれど、こうして一人で考えてみると…。
(…ぼく、愛されてる?)
前のぼくより、と捻った首。
どうなんだろうと、ソルジャー・ブルーだった頃と今とは同じかな、と。
(ハーレイ、いつも来てくれるから…)
キスも出来ないチビの恋人、そんな自分を家まで訪ねて来てくれる。
週末はもちろん、平日だって仕事が早く終わったら。
チビの自分と出会う前には、そういう時には…。
(色々なことをやってたよね?)
平日だったらジムに行くとか、息抜きに少しドライブだとか。
仕事が無い日はもっと色々、それこそフラリと旅行にも行けた。
気ままな一人暮らしなのだし、思い立った時に。
もしかしたら宿さえ予約しないで、行き先さえも決めないままで。
(車で好きに走って行くとか、港から船に乗るだとか…)
土曜と日曜、それを使えば充分に出来る短い旅行。
家でのんびりしていてもいいし、得意な料理で一日潰していたっていい。
朝から市場に仕入れに出掛けて、せっせと仕込んで、食べられるのは夕食だとか。
(過ごし方、幾つもあるんだけれど…)
ハーレイの父と釣りにも行けるし、隣町の家で「おふくろの味」を堪能することも出来る。
けれども、それらをしないハーレイ。
ハーレイ自身のために時間を割くより、チビの自分が最優先。
待っていることを知っているから、時間さえあれば来てくれる。
やりたいだろうことがあっても、それは放って。
「いつか出来るさ」と、旅もしないで。
隣町の家に出掛けてゆくのも、此処へ来るのに困らない時。
きっとゆっくりしたいだろうに、そうはしないで戻るハーレイ。
チビの自分が首を長くして待っているから、急いで車を運転して。
ハーレイが好きに使える時間を、独占しているのが自分。
週末も、仕事が早く終わった日も。
(ぼくに会う前なら、その時間、好きに使えていたのに…)
今は使おうとしないハーレイ。
それだけ自分は愛されているし、大切にされているのだろう。
「あいつに会いに行かないとな?」と、ハーレイは思ってくれるのだから。
ジムに行くより、ドライブに行くより、フラリと一人で旅に出るより。
チビの自分と過ごしたいから、ハーレイは此処に来てくれる。
キスも出来ない恋人でも。
デートにも行けないチビだけれども、ハーレイは愛してくれているから。
「俺のブルーだ」と抱き締めて。
膝の上にも座らせてくれて、メギドで凍えた悲しい記憶を秘めた右手も…。
(ちゃんと温めてくれるんだものね?)
だからチビでも愛されてるよ、と考えてみれば分かること。
前の自分よりも、ずっと愛されているかもしれない。
ハーレイの時間を独占できるのが今の自分で、前の自分には無理だったから。
キャプテン・ハーレイの空き時間を全部、一人占めなど出来なかったから。
(…そんなことをしたら、みんなにバレちゃう…)
何処か変だ、と気付かれる。
友達同士というだけのことで、あんなに一緒にいるだろうか、と。
キャプテンが休憩時間を過ごす時には、いつも隣にソルジャー・ブルー。
それも青の間から、わざわざ出て来て。
休憩用の部屋とか、食堂だとかで、ハーレイと微笑み交わしながら。
恋人同士の時の甘い表情、それをしなくても疑われる筈。
どうしてソルジャーが頻繁に、と。
キャプテンに用があるならともかく、いつ見ても一緒なんだが、と。
(…そうなっちゃうから、絶対に無理…)
疑いの目で見られていたなら、気付く者だって現れるだろう。
決定的な現場を押さえなくても、「やはり怪しい」と。
ソルジャーとキャプテンは恋をしていると、きっとそうなのに違いない、と。
一度そういう噂が立ったら、幾つも出て来るだろう裏付け。
どんなに懸命に隠していたって、何処からかバレてしまうもの。
証拠を探そうと、仲間たちが動き始めたら。
意識していなかったら気付かなかった筈のことまで、端から目に付くだろうから。
(…前のハーレイを一人占めなんか…)
出来はしなかったし、ハーレイもしようとしなかった。
「そうしたいですか?」と訊かれもしなくて、ハーレイはいつも仕事が優先。
前の自分が待ちくたびれて、眠ってしまった夜も少なくなかったほど。
それに比べたら今の自分は、前よりもずっと愛されている。
ハーレイが自由に使える時間を、端から貰っているのだから。
週末も平日も、此処に来られる時間が出来たら、ハーレイは来てくれるのだから。
(…ジムやドライブより、ぼくを選んでくれるんだから…)
愛されてるよね、と思うのだけれど。
「前のぼくよりも、ずっと幸せ」と思わないでもないけれど…。
(…だけど、キスして貰えなくって…)
ハーレイはケチのハーレイのまま。
今日もやっぱりケチだったのだし、これから先もケチなのだろう。
前の自分と同じ背丈にならない限りは、「キスは駄目だ」と叱られるだけ。
デートにだって行けはしないし、チビの自分は子供扱い。
前と同じに恋人なのに、前よりも愛されているというのに。
(…ハーレイの愛はあるんだけど…)
溢れちゃうほど愛されてるけど、と複雑な気持ち。
どうしてキスは駄目なんだろうと、前よりも大事にされてるのに、と。
(愛はあるのに、キスは駄目って…)
やっぱりケチだからだろうか、と首を傾げて考える。
ハーレイの時間を一人占めでも、前の自分より愛されていても、キスが貰えないから。
今日もハーレイに叱られただけで、キスを貰えはしなかったから…。
愛はあるんだけど・了
※ハーレイの愛はあるんだけど、と考え込んでいるブルー君。どうしてキスは駄目なのかと。
そしてケチだと思われているのがハーレイ先生。愛が通じていないようです、ブルー君にはv