(あいつへの愛はあるんだが…)
それはたっぷりとあるつもりなんだが、とハーレイがフウとついた溜息。
夜の書斎でコーヒー片手に、今日の出来事を思い返して。
ブルーの家へと出掛けて行ったら、小さな恋人にぶつけられた言葉。
「ハーレイのケチ!」と、膨れっ面で。
いつも「駄目だ」と叱っているキス、それを強請ったものだから。
「ぼくにキスして」と言うものだから、額をピンと弾いてやった。
指先で、痛くないように。
「キスは駄目だと言っているよな?」と、「俺は子供にキスはしない」と。
そう言えばブルーは膨れるけれど、不満たらたらなのだけど。
十四歳にしかならない恋人、そんな子供にキスは出来ない。
いくら恋人同士でも。
前の生から愛し続けて、また巡り会えた恋人でも。
チビのブルーにはまだ早すぎる「キスを交わす」こと。
同じキスでも額や頬なら、幾つでも落としてやるけれど。
「俺のブルーだ」と抱き締めもするし、膝に座らせてもやるのだけれど。
それでも不満なのがブルーで、今日も見事な膨れっ面。
お決まりの台詞も飛び出した。「ハーレイのケチ!」と。
ケチ呼ばわりには慣れているから、余裕たっぷりに返してやった。
「俺はそんなにケチではないが?」と。
「こうして訪ねて来てやったぞ」と、「お前に会いに来たんだしな?」と。
ところが、ブルーが傾げた首。「本当に?」と。
「ハーレイはホントに、ぼくを恋人だと思ってる?」と。
それから、こうも続いた台詞。
「本当にぼくを愛してる?」と、「前のぼくじゃなくて、今のぼくを」と。
ブルーが言うには、足りない愛。
キスを断るような恋人、それでは全く足りないらしいものが「愛」。
もちろん、ブルーの作戦だけれど。
そうやって危機感を煽ってやったら、キスが貰えるかもしれないと。
「愛していないわけがないだろう!」と贈られるキス。
それが狙いで、キラキラと零れた心の欠片。
「どうなるかな?」と。
ケチな恋人は大慌てでキスをくれるだろうか、と弾んでいたのがブルーの心。
今のブルーのサイオンは不器用、零れてしまう心の中身。
遮蔽なんかは出来もしなくて、転がり出すのがブルーの考え。
何か企んでいる時は特に酷くて、まるで隠せていないのが心。
(そういう所も含めてだな…)
小さなブルーが愛おしいから、「愛してるぞ」と微笑んだ。
「今の小さなお前も好きだ」と、「心の中身が丸見えでもな」と。
これで機嫌が直る筈だ、と思った通りになったのだけれど。
「どうせ不器用だよ!」と膨れながらも、ブルーの機嫌は良くなったけれど…。
たまに訊かれる、今日のようなこと。
「本当にぼくを愛してるの?」と、「今のぼくだよ?」と。
何度も念を押すように。
「前のぼくのことじゃないからね」と。
ちゃんと愛しているというのに、まるで納得しないのがブルー。
愛されていると分かっていたって、キスを交わせはしないから。
いくら強請っても断られるだけ、唇へのキスは貰えないから。
(愛が足りないと来たもんだ…)
実に心外だ、とコーヒーのカップを傾ける。
あれはブルーの作戦だけれど、こうして一人で思い出してみると…。
(ちょっぴり心が痛むってな)
愛が足りないと言われたから。
誰よりもブルーを愛しているのに、ブルーに詰られてしまったから。
釣られては駄目だ、と充分に分かっているけれど。
「馬鹿め」と笑ってサラリと躱して、ブルーの額を小突いてやればいいのだけれど。
それでおしまい、ブルーの機嫌もその内に直る。
膨れっ面のままではいないし、いつもの笑顔が弾けるもの。
(しかしだな…)
俺の愛はそんなに足りないだろうか、と自問してみる。
前と比べてどうなのだろうかと、キャプテン・ハーレイだった頃は、と。
(…あの頃の俺は、もう間違いなく…)
ブルーの虜で、ブルーにぞっこん。
恋人同士になった後には、一緒に夜を過ごしていた。
青の間で、あるいはキャプテンの部屋で。
ブルーが寝込んでしまった時とか、遅くなった時は添い寝だけ。
それでも必ず一緒に眠って、朝は二人で目覚めたもの。
起きた途端に、恋人同士でいられる時間は終わっても。
ソルジャーとキャプテン、そういう二人の貌に戻って朝食でも。
お互い、制服をカッチリ着込んで、青の間で食べていた朝食。
係の者が作りに来るから、恋がバレないよう、起きたら恋人同士の時間はおしまい。
(そうだっただけに、二人きりで過ごせる時間には…)
キスを交わして、愛を交わして、ブルーしか見えていなかった。
キャプテンの自分が何処かにいたって、それは非常時に備えてのこと。
少しでも長くブルーの側に、と願い続けて、その通りにした。
愛おしい人が最優先だし、自分のことは後回し。
キャプテンの仕事で多忙だった時も、ブルーを忘れはしなかった。
「遅くなります」と思念を飛ばして、いつも気遣い続けた恋人。
どんな時でも、心を離れはしなかったブルー。
ソルジャーのブルーに接する時にも、懸命に心を配っていた。
うっかり漏らした自分の一言、それで恋仲だとバレないように。
周りの者たちに知られてしまって、ブルーが苦しむことにならないように。
ソルジャーとキャプテン、そんな二人が恋人同士ではマズイから。
もしも知れたら、二人とも針の筵だから。
愛していたから、どんな時でも頭の中にはブルーのこと。
ブルーがソルジャーとして話していたって、二人で視察に行ったって。
(…ソルジャーなんだが、俺のブルーで…)
早くブルーに会えないものか、と思ったもの。
今、接しているソルジャーではなくて、恋人の方の愛おしいブルー。
夜になったら会えるのだから、あと何時間待てばいいのだろうか、と。
(しかし、そいつを顔に出したら…)
船の仲間に恋がバレるし、言葉と同じに封じておくしかなかった表情。
ソルジャーに向けるための笑顔は、あくまでソルジャーに対してのもの。
前の自分の「一番古い友達」、それ以上であってはならないブルー。
誰が気付くか分からないから、「ソルジャーとキャプテンは恋をしている」と。
(…そりゃあ頑張って隠し続けて…)
隠すためには忘れてはならない、ブルーのこと。
船の中では、何処で出会うか分からない。
通路でバッタリ会った途端に、「俺のブルーだ」と認識したらマズイから。
互いの部屋から一歩出たなら、ただの友達同士だから。
(…そういう意味では、前の俺はだな…)
いつでも意識し続けたブルー。
けしてブルーを忘れはしないし、愛していたからそうしていた。
ソルジャーのブルーに出会った時には、きちんと敬意を表しながら。
甘い言葉を交わすことなく、キャプテンとして話していても…。
(俺のブルーだ、と意識しないと…)
ボロが出るから、ソルジャーの時もブルーは「恋人」。
お互いの恋を、愛を守るために「恋人ではない」ふりをしていただけ。
ブルーが近くにいない時でも、けしてブルーを忘れなかった。
誰かがブルーの話を持ち出した時に、ちぐはぐなことを言うと大変だから。
ブルーの名前を耳にしただけで、頬が緩むのも危険すぎるから。
隠さなければならない恋。
自分はともかく、愛おしい人を守るには。
ブルーが自分に恋をしたこと、それがバレないようにするには。
(あの頃の俺に比べたらだな…)
足りないんだろうか、と思うブルーへの愛。
四六時中、ブルーを想っているか、と問われたら答えられないから。
前の自分なら、迷わず「はい」と答えたろうに。
「どんな時でも想っています」と、「でないとブルーを守れませんから」と。
けれども、今の教師の自分。
ブルーのクラスへ授業に行ったら、「ブルーがいるな」と思うけれども…。
(愛してるんだ、と思ってるか、と訊かれたら…)
まるで無いのが「もちろんだとも」と言う自信。
愛と言うより、ただ愛おしいだけだから。
「今日もあいつは元気そうだな」と、「後であいつも当ててやるかな」と。
そして授業が終わった途端に、心は別の方へと飛ぶ。
「次のクラスは何処だったかな」と、「この前、課題を出しておいたが…」と。
つまりはブルーを忘れるわけで、酷い時にはそのまま放課後。
柔道部の指導を始める頃まで、すっかり忘れてしまうのだから…。
(…愛は確かにあるんだが…)
愛しているのに、どうやら平和すぎる今。
ブルーは何処へも行きはしないし、望めば会えるものだから。
会えないままで夜になっても、また次の日があるのだから。
(……愛が足りないってわけじゃないよな?)
今の時代がそうさせるんだ、と零れた笑み。
愛はあるんだが、忘れていたって大丈夫なほどに平和な今、と。
夜は必ず明けるものだし、シャングリラの頃とは違うから。
ブルーとの恋も、いつか必ずハッピーエンドで、幸せに暮らしてゆけるのだから…。
愛はあるんだが・了
※ブルー君への愛はあるのに、忘れてしまうらしいハーレイ先生。前と違って。
けれど、そうやって忘れていても大丈夫なのが今の時代。前よりもずっといいですよねv
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