(今日はお喋り出来なかったよ…)
学校でちょっぴり話しただけ、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した恋人。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた人なのだけれど。
(学校だと、ハーレイ先生だから…)
それに自分は教え子だから、恋人同士の会話は無理。
今朝も立ち話をしたのだけれども、「話せた」というだけのこと。
ほんのちょっぴり、学校ならではの中身の会話。
(ハーレイと話したかったのに…)
仕事の帰りに来てくれたならば、色々と話が出来るのに。
大きな身体に、抱き付いて甘えることだって。
「キスは駄目だ」と叱られるから、唇へのキスは貰えなくても。
恋人同士のキスは駄目でも、ハーレイと過ごせる幸せな時。
そういう時間を待っていたのに、鳴らずに終わった門扉の横にあるチャイム。
ハーレイは訪ねて来てくれないまま、今日という日はもうおしまい。
それが残念でたまらない。
二人きりで色々話せていたなら、きっと幸せだったから。
他愛ない話ばかりでも。
前の自分たちの頃の話は、何も出て来ない日だったとしても。
(ぼくにも、今日は何も無いから…)
話さなければ、と思うこと。
前世の記憶が絡む何かで、ハーレイに訊いてみたいこと。
ソルジャー・ブルーとキャプテン・ハーレイ、そう呼ばれていた時代の話。
あの頃のことを話さないと、と思うわけではない日だから…。
(来てくれなくても、困らないけれど…)
でも寂しいよ、と見詰めてしまうハーレイの家がある方角。
ハーレイの家はあっちだよね、と。
今日は会えずに終わった恋人。
正確に言うなら、恋人同士の時間を少しも持てなかった日。
とても残念なのだけれども、明日には会えるといいな、と思う。
学校ではなくて、この家で。
この部屋でゆっくりお茶を飲みながら、母が作った美味しいケーキを食べながら。
けれども、まるで見えない明日。
予知能力など持っていないし、そうなるかどうかは分からない。
それでも、明日が駄目だったとしても、また次の日がやって来る。
週末だったら、ほぼ確実にハーレイは来てくれるのだから…。
(今日だけの我慢…)
明日も我慢でも、その次も我慢する日でも…、と考えていたら掠めた思い。
そのハーレイがいなかったなら、と。
青い地球に生まれて来たのだけれども、其処にハーレイがいなかったなら。
自分が一人だったなら、と。
(…前にも考えたんだけど…)
あの時は他のことに紛れて、いつの間にやら忘れてしまった。
ハーレイは当たり前のようにいるから、学校でも姿を見られるから。
(…ぼくの記憶が戻った時には…)
もうハーレイが側にいた。
ハーレイの姿を見たのが切っ掛け、身体に浮かび上がった聖痕。
溢れ出す血と激しい痛みが、ハーレイを連れて来てくれた。
前の自分の記憶と一緒に、愛おしい人を。
遠く遥かな時の彼方で、誰よりも愛していた恋人を。
そうやって出会って、今でも一緒。
互いの家は離れていたって、子供だからとキスを断られたって。
ハーレイは同じ町にいるのだし、同じ時を生きているけれど。
いつか大きくなった時には、二人で暮らしてゆけるのだけれど…。
もしも、と今を考えてみる。
一人だったなら、ハーレイが何処にもいなかったなら、と。
チビの自分が恋をした人、前の生から愛したハーレイ。
前の自分たちの恋の続きを、二人で生きているけれど。
これからも生きてゆくのだけれども、そのハーレイがいなかったなら。
前世の記憶を取り戻した時、一人だったなら、どうなるのだろう。
ハーレイの姿は、何処にも無くて。
自分がポツンと独りぼっちで、見回しても誰もいなかったなら。
(…何処かで転んだはずみとかに…)
いきなり戻って来る記憶。
前の自分は誰だったのかを、突然に思い出したとしたなら、一番に考えそうなこと。
(多分、ハーレイのことじゃなくって…)
自分が転んだ地面を見詰めて、それから見上げるだろう空。
「此処は地球だ」と。
夢にまで見た地球に来たのだと、自分は其処に生きているのだ、と。
転んだ地面に座り込んで。
自分を転ばせた地面をそうっと撫でて、頬ずりしたくもなるのだろう。
夢だった星に来られたから。
身体の下には地球の地面で、其処が自分の生きている場所。
前の自分は、踏みしめる地面を持たないままで死んでいったのに。
地球を見ることも叶わないままで、暗い宇宙で命尽きたのに。
(…空も見上げて、うんと幸せ…)
本物の地球の空だから。
青い空から降り注ぐ光は、地球の太陽の光だから。
きっと幸せに酔いしれたままで、地面に座っているのだろう。
転んだ場所が道路だったら、通る人が眺めてゆくのだろうに。
「いったい何をしているのだろう」と、それは不思議そうな表情で。
もしかしたら、訊かれるかもしれない。
「立てますか?」と、親切な人たちに。
手を貸してくれる人も、きっといるだろう。
座り込んでいないで立てるようにと、「車で家まで送りましょうか?」とも。
けれど怪我などしていないのだし、「大丈夫です」と立ち上がるだろう自分。
学校の帰り道で転んだのなら、鞄を持って。
ズボンについてしまった埃も、手でパタパタと払い落して。
それから、もう一度周りを見回す。
「地球だよね?」と、きっと幸せ一杯で。
こんな幸せがあっていいのかと、嬉しさで胸がはち切れそうで。
(ホントに幸せ一杯なんだよ…)
残りの道を家まで歩いてゆく間にも、家の門扉を開ける時にも。
庭に入ったら、芝生に転がるかもしれない。
「ホントに地球だ」と、「ぼくの家が地球の上にあるよ」と、大はしゃぎで。
緑の芝生に寝そべったままで、庭の木々だって見上げるだろう。
クローバーの茂みに気が付いたならば、手を突っ込んでもみるのだろう。
「これ、シャングリラにもあったよね?」と。
ハーレイと四つ葉を探したりしたと、子供たちから花冠も貰ったっけ、と。
そうやって夢中で探しそうな四つ葉のクローバー。
「見付かるかな?」と、覗き込んで。
幸運の四つ葉が見付かったならば、もう最高に幸せだけれど。
シャングリラでは一度も探し出せずに終わったのだし、嬉しくてたまらないけれど。
(…その四つ葉…)
其処でようやく気付くのだろう。
「あったよ!」と四つ葉を見せたい恋人、ハーレイの姿が無いことに。
前の生で一緒に四つ葉を探した、愛おしい人が見えないことに。
(…四つ葉、ハーレイに見せたいのに…)
誰よりも先に教えたいのに、そのハーレイが何処にもいない。
庭はもちろん、生垣の向こうの道路にも。
さっき自分が転んだ時にも、ハーレイは何処にもいなかった。
もしもハーレイが側にいたなら、大慌てで駆けて来る筈だから。
「ブルー!」と名前を呼びながら。
怪我はないかと、ちゃんと立てるかと、きっと心配してくれるから。
ハーレイがいたなら、そうなった筈。
なのに何処にもいないハーレイ、自分は一人で庭にいるだけ。
せっかく四つ葉を見付けたのに。
真っ先にハーレイに知らせたいのに、「地球に来たよ」と話したいのに。
(だけどハーレイ、何処にもいなくて…)
いくら待っても出会えないまま。
その日も、次の日も、何日経っても、現れてくれない愛おしい人。
「此処にいるよ」と教えたくても、いなかったならば、どうにもならない。
宇宙の何処にも、ハーレイが存在しなかったなら。
自分が一人で生まれて来ただけ、ハーレイは生まれていなかったなら。
(…尋ね人の広告、出して貰っても…)
両親には「転んだ時に助けてくれた人」とでも、上手く言い繕って。
「どうしても御礼を言いたいから」と、それこそ宇宙のあちこちにだって。
たまにそういう広告を見るし、両親ならきっと探してくれる。
知り合いの人にも頼んでくれるし、ご近所さんも協力してくれそうだけれど。
(…ハーレイがいないと、探しても駄目…)
その広告に気付くハーレイは、宇宙の何処にもいないから。
「お前のことじゃないか?」と、ハーレイに知らせる人もいないから。
いつまで経っても、ハーレイは会いに来てくれない。
何年待っても、チビの自分が前と同じに育っても。
ハーレイを探して旅に出たって、けして出会えはしない恋人。
宇宙の何処まで出掛けて行っても、「知りませんか?」と尋ねて回っても。
(…そうなっちゃったら…)
いったい何度泣いたのだろうか、泣くことになってしまったろうか。
「ハーレイがいない」と、「絆が切れてしまったせいだ」と右手を眺めて。
メギドで失くしたハーレイの温もり、そのせいで今も会えないまま、と。
(そんなの、嫌だ…)
悲しすぎるよ、と見詰めた右手。
ハーレイに会えずに生きるだなんて、地球に生まれても独りぼっちのままなんて。
それに比べたら、今の自分はずっと幸せ。
ちゃんとハーレイと一緒なのだし、今日はたまたま二人きりで会い損なっただけ。
恋人同士で会える日だったら、明日も、明後日も、いくらでもある。
一人だったなら、いつまで待っても、ハーレイに会えはしないまま。
(寂しいなんて、言っちゃ駄目だよね…)
ハーレイと一緒なんだから、と浮かべた笑み。
ぼくはとっても幸せだよねと、ハーレイと二人で地球に生まれて来たんだものね、と…。
一人だったなら・了
※もしもハーレイがいなかったなら、と考えてしまったブルー君。悲しすぎるよ、と。
けれども、ちゃんとハーレイと一緒。絆は切れていなかったのです、これからも一緒v