(今日はハーレイに会えただけ…)
たったそれだけ、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日、学校で会ったハーレイ。
前の生から愛した恋人、生まれ変わってまた巡り会えた愛おしい人。
けれども、今は教師と生徒。
自分はハーレイが教える学校の生徒で、ハーレイは其処の古典の教師。
そういう関係になっている二人、何かと制約の多い学校。
「ハーレイ先生」と呼び掛けなければいけないとか。
話す時には、必ず敬語を使うだとか。
(でも、そんなのは…)
大したことじゃないんだよね、と考えてしまう、今日のような日。
ハーレイとは「会えた」だけだったから。
廊下ですれ違う時に挨拶、それで終わってしまったから。
お互い、次の授業があって。
立ち止まって少し話す時間は、まるで持ち合わせていなくって。
(…あれっきり…)
話せないままになったハーレイ。
会ったのは、その一度だけ。
仕事の帰りに訪ねて来てもくれなかったし、今日はハーレイと話せてはいない。
ほんの僅かな立ち話さえも。
他の生徒も通ってゆく場所、廊下や、それに中庭などでの立ち話。
それも出来ずに終わった今日。
ハーレイと色々、話したいのに。
中身は大したことでなくても、教師と生徒の会話でも。
「元気そうだな」と声を掛けて貰って、それに答えを返すだけでも。
ハーレイの声が聞けたら充分だから。
こちらを見詰めて話してくれたら、もうそれだけで嬉しいから。
そう思うけれど、叶わなかった今日。
挨拶だけしか交わしていなくて、ハーレイの言葉は貰えないまま。
「次の授業は何なんだ?」とも。
「俺はこれから、向こうの校舎で授業でな」とも。
そんな中身でかまわないのに。
ハーレイの様子が分かれば充分、それに自分の様子も伝えられたら。
「ぼくは次の時間、歴史なんだよ」とか。
「体育だけど、今日は見学」だとか。
そう言ったならば、ハーレイは訊いてくれるから。
「歴史か…。今はどの辺なんだ?」とか、「見学って…。お前、大丈夫か?」とか。
体育の授業を見学するなら、何処か具合が悪いのか、とも。
(…今日の体育、いつもより疲れそうだから…)
見学するよう、前の授業の時に言われた。
体育担当の先生から。
「ブルー君は、次は見学だぞ」と。
それだけのことで、何処も具合は悪くない。
ハーレイにそう話をしたなら、「それは良かった」と笑顔だろうに。
「心配したぞ」と、「そういうことなら、ちゃんと見学するんだぞ?」と。
ほんの短い立ち話だって、ハーレイと気持ちが通うのに。
好きでたまらないあの声を聞いて、大好きな笑顔も見られるのに。
(…でも、今日は…)
その「ちょっぴり」も無かったんだけど、と寂しい気持ち。
学校では挨拶したというだけ、立ち話は無し。
それに家にも、訪ねて来てはくれなかったから。
「ハーレイ、今日は来てくれるかな?」と、何度も窓の方を見たのに。
窓辺に立って、庭の向こうの門扉も何度か眺めたのに。
耳を澄ませてチャイムも待った。
ハーレイが鳴らしてくれるだろうかと、今に聞こえてくるかも、と。
けれど、鳴らずに終わったチャイム。
今日は来てくれなかったハーレイ。
話せないままで夕食が済んで、お風呂に入って、もうこんな時間。
後はベッドに入って寝るだけ、湯冷めしない内に。
なんとも寂しい気分だけれども、今日という日は、そういう日。
ハーレイと同じ地球にいたって、同じ町に家があったって。
(…学校もおんなじ場所なのに…)
どうしてこうなっちゃうんだろう、と悲しいけれど。
話せないままで終わるだなんて、と寂しいけれども、会えただけでもマシな方。
会えずに終わる日もあるから。
ハーレイは学校にいる筈なのに、自分も学校にいるというのに。
(そんな日、あるよね…)
どうしたわけだか、すれ違いさえもしないままの日。
ハーレイの姿を目で探したって、何処にも見付けられない日。
それに比べたら、今日は遥かにいいのだろう。
ハーレイに会えて、ちゃんと挨拶出来たから。
挨拶だけで離れていっても、会うことだけは出来たのだから。
(…だけど、残念…)
何の話も交わせないまま、今日という日が終わること。
せっかく二人で地球に生まれて、同じ町で暮らしているというのに。
ハーレイの職場は、自分が通う学校なのに。
(…ホントに、何か話せたら…)
それで充分なんだけどな、と思い浮かべる恋人の顔。
教師の方の顔でいいから、何か話が出来ていたなら、きっと幸せ。
ハーレイが向けてくれる言葉を聞けるから。
話す間は、自分の方を見てくれるから。
恋人を見詰める目ではなくても、ハーレイの瞳。
それに笑顔もハーレイのもので、声は大好きなあの声だから。
少しだけでも話せるのならば、話の中身は何でもいい。
授業のことでも、今日の天気のことだって。
贅沢を言っていいというなら、出来れば家で話したかった。
この部屋で二人、色々なことを。
他愛ないことでかまわないから、まるで中身は無くていいから。
前の自分たちのことなどは抜きで、シャングリラだって欠片も出ずに。
遠く遥かな時の彼方を、顧みることさえしないままで。
(それでいいよね?)
今は地球の上にいるのだから。
新しい命と身体を貰って、別の人生なのだから。
前の生のことを忘れていたって、それも間違ってはいないと思う。
ハーレイのことが好きだったら。
前の自分の恋の続きでも、恋しているのは今の自分で、今のハーレイは今のハーレイ。
白いシャングリラの舵を握る代わりに、学校で古典を教える教師。
今の自分は教え子なのだし、今を幸せに生きればいい。
ハーレイと話す時にしたって、そのように。
遠い昔を懐かしむ代わりに、今日、学校であったこと。
それを話したり、ハーレイからも「今日の柔道部のことなんだが…」と聞いたりして。
二人揃って今に夢中で、気が付いたらもう、夕食の時間。
両親も一緒に食べる夕食、二人きりの時間はおしまいだけれど…。
(ちっとも惜しくないと思うよ)
前の生のことを、一度も話さないままだって。
シャングリラのことも、ソルジャーのことも、キャプテンだって忘れていても。
きっと二人で立ち上がるのだろう、母が部屋まで呼びに来たなら。
「夕食の支度が出来ましたから」と声がしたなら。
ハーレイが「行くか」と腰を上げて。
自分も「そうだね」と椅子から立って、二人で階段を下りてゆく。
両親が待っているダイニングへ。
温かな空気が満ちた部屋へと。
そういった風に話したいのに、何も話せなかった今日。
前の生なら、話さない日は無かったのに。
ハーレイがどんなに多忙な時でも、必ず飛んで来た思念。
「今日は仕事が長引きそうです」と、「先にお休みになって下さい」と。
いつも「待つよ」と返した自分。
「遅くなっても待っているから」と、「ぼくが眠っていたら起こして」と。
時には冗談も飛ばしたりした。
キャプテンの仕事に追われるハーレイ、それを承知で「本当かい?」と。
「お酒つきの会議じゃないだろうね」と、「ゼルやヒルマンの部屋で仕事?」という質問。
少し笑いを含んだ思念で。
ハーレイの苦々しい顔を想像しながら、青の間から茶目っ気たっぷりに。
それをやったら、「ならば、御覧になりますか?」と思念が返って来たけれど。
「どうぞ視察にお越し下さい」と、仕事に忙しいハーレイの思念。
いつも笑って断っていた。
「御免だよ」と、「ぼくも忙しいから」と。
夕食もとうに終わった時間に忙しいことなど、ないくせに。
本当は暇でたまらないくせに、ハーレイもそれを知っているのに。
(…ああいう風に話せたら…)
それだけで心が通い合うのに、と思うけれども、叶わない今。
サイオンが不器用になってしまって、思念もろくに紡げはしない。
そうでなくても、離れている人に連絡するなら、通信を入れるのが社会のマナー。
今の時代は、サイオンや思念を使わないのがルールだから。
(…マナー違反でも、それも出来ない…)
ハーレイに思念を送れないよ、と悲しい気分。
前の自分なら、こんな夜でもハーレイと話が出来たのに。
「ねえ、ハーレイは今、何してるの?」と訊けたのに。
だけど出来ない、と残念でたまらないけれど。
前の自分がそうしたように、ハーレイと少し話せたら、と窓の方向を眺めるけれど。
(…思念波は無理で、こんな時間に通信も無理…)
もしも通信を入れに行ったら、「まだ起きてるのか?」と叱られそう。
「早く寝ろよ」と、「明日も学校、あるんだからな」と。
叱られたって、ハーレイの声が聞けたら満足だけど。
話が出来た、と心が弾むだろうけれど。
(ほんのちょっぴり、話せたら…)
そう思ったって、今は出来ない。
チビの自分は寝る時間だから。
とはいえ、いつかはハーレイと好きなだけ話せる時が来る。
二人一緒に暮らし始めたら、「まだ寝ないのか?」と睨まれたって。
「もうちょっとだけ」と我儘を言って、ハーレイといくらでも続けられる話。
側にいたなら、ハーレイだって「仕方ないな」と笑うだろうから。
ハーレイの側にくっついたままで、疲れて眠りに落ちてゆくまで話し続けていいのだから…。
君と話せたら・了
※今日はハーレイと話せなかった、と残念な気持ちのブルー君。挨拶だけの日だったよ、と。
つまらないことでいいから話したいのに、出来ない今。けれど、いつかはたっぷりお話v
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