(今日は話せなかったよなあ…)
会いそびれちまった、とハーレイがフウとついた溜息。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日は会えずに終わったブルー。
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
同じ地球の上に生まれたけれども、生憎と今は教師と生徒。
学校がある日は、会えない日だって出来てくる。
そう、今日のように。
(…会えなかったわけじゃないんだが…)
会った内には入らないよな、と思う程度のブルーとの時間。
学校の廊下ですれ違っただけ、互いに挨拶したというだけ。
「ハーレイ先生!」とブルーの笑顔が弾けたけれども、それでおしまい。
じきに授業が始まるのだから、足を止めてはいられない。
ブルーも、それに自分の方も。
お互い、逆の方へと歩いて、開いていったブルーとの距離。
(それっきりで、だ…)
仕事が終わるのが遅くなったから、帰りに寄れはしなかった。
ブルーが待っているだろう家へ。
「今日はハーレイ、来てくれるかな?」と、何度も窓を見たろうに。
チャイムの音が聞こえないかと、耳を澄ませていたのだろうに。
(すまんな、ブルー…)
寂しい思いをさせちまって、と思うけれども、寂しい気持ちは自分も同じ。
「今日は話せなかったんだ」と。
ブルーと二人で、色々な話。
教師と生徒の会話だとしても、話せないよりはずっといい。
他の生徒も通ってゆく場所、廊下や中庭で立ち話でも。
今日のブルーの様子が聞けたら、自分のことも話せたならば。
欲を言うなら、ブルーの家で会いたいけれど。
ブルーと二人でお茶を飲みながら、のんびりと話したいけれど。
(話の中身は、なんだっていいんだ…)
それにブルーの言葉遣いも。
「ハーレイ先生!」と呼んで、敬語で話すブルーでも。
愛おしい人の声が聞けたなら。
それに応えて何か言えたら、どんなことでも。
「おはよう、今日も元気そうだな」とでも声を掛けたら、始まる会話。
「ハーレイ先生、柔道部の朝練はもう終わりですか?」と。
二言三言、話せたらいい。
休み時間の廊下にしたって、ブルーの様子は分かるから。
「次の時間は体育なんです」と口にしたなら、「頑張れよ」とか。
見学するのだと言われたならば、「今日は具合が悪いのか?」とか。
(そんな具合に…)
ほんのちょっぴり、話せるだけでも幸せな気分。
なにしろ、ブルーは恋人だから。
姿を見られれば心が弾むし、声を聞けたら胸が温かくなるものだから。
(でもって、あいつの家で会えたら…)
もう最高とも言える時間。
他愛ない話で終わったとしても、まるで中身が無さそうでも。
前の自分たちに繋がる話は、欠片さえも出て来なくても。
(お互い、今を生きてるんだしな?)
そうそう後ろを振り返らなくてもいいだろう。
遠く遥かに過ぎ去った時を、シャングリラという船で生きた時代を。
今は今だし、自分もブルーも新しい命。
身体も同じに新しいもので、暮らす場所だって地球の上。
踏みしめる地面をしっかりと持って、幸せに生きているのだから。
宇宙の何処にも、もう戦いは無いのだから。
そんな時代に生まれたのだし、もっとブルーといたいのに。
色々なことを話したいのに、今日のような日も混じったりする。
学校で会っても挨拶しただけ、何も話せはしなかった日が。
(…姿も見られないよりマシだが…)
全く会えずに終わる日もあるし、それよりはマシ。
そういう意味では、「会いそびれた」と思うことは贅沢。
けれど、やっぱり思ってしまう。
こうして夜が更けていったら、書斎で独り、過ごしていたら。
コーヒーを淹れて、憩いのひと時でも。
愛用のマグカップが側にあっても、ふと掠めてゆく寂しい気持ち。
「今日はあいつと話せなかった」と。
ブルーと何も話していないと、愛おしい人の思いを聞いてはいないのだと。
「体育、頑張って来ますね」とも。
「見学ですけど、特に具合が悪いわけではないんです」とも。
前と同じに弱く生まれてしまったブルーは、体育の授業についてゆけない。
途中から見学になる日もしばしば、最初から見学することも多い。
(どっちなのかが分かるだけでも…)
あいつと会えた、って思うんだよな、と頭に浮かべる愛おしい人。
「今日のブルーの様子が分かった」と、グンと身近に感じる恋人。
ただ挨拶をするよりも。
挨拶だけで別れてゆくより、二言、三言、交わせたら。
「次の授業は歴史なんです」でも、「そうか、歴史か」と思うから。
「家庭科なんです」と耳にしたなら、「今日は料理を作るのか?」とも聞けるから。
ブルーのことなら何でも知りたい、ほんの小さなことだって。
それが聞けたら幸せな気分、中身が授業のことにしたって。
「歴史の授業、今やってるのは…」という話でも。
「家庭科、調理実習ですけど…。ハーレイ先生の分は、無いですよ?」と言われても。
自分はブルーの担任ではないし、調理実習の成果は貰えないのが当然だから。
何の不満もありはしないし、「かまわないぞ?」と笑むだけだから。
愛おしい人が側にいるのに、同じ地球の上の同じ町なのに。
ブルーが通う学校で教師を務めているのに、話が出来ずに更けてゆく夜。
こういう時には、何処か寂しい。
「ブルーと話せなかったよな」と。
前の生なら、こんなことなど無かったから。
キャプテンの仕事で多忙な時でも、何処かで思念で交わせた話。
「今日は仕事で遅くなります」と送ったならば、「でも、待ってるよ」と返った思念。
寝てしまっていても、待っているからと。
「青の間に来た時、ぼくが寝ていたら起こして」とも。
もうそれだけで通い合った心。
ブルーの思念は、その日によって少し違ったものだから。
「また遅いのかい?」と不満そうだったり、「無理をしないでよ?」と労ったり。
時には、からかう時だってあった。
「本当に今日は仕事かい?」と。
ゼルたちと一緒じゃないだろうねと、「お酒を飲みながら会議だとか?」と。
「違いますよ」と、こちらも少し嫌味をこめて返した思念。
本当にとても忙しいのですと、「なんなら、御覧になりますか?」と。
「ブリッジまで視察においで下さい」と、「忙しいのがよくお分かりになりますよ」と。
そう送ったなら、いつも笑いを含んだ思念。
「御免蒙るよ」と、「ソルジャーだって、忙しいんだよ」と。
忙しいことなど、ないくせに。
「遅くなります」と伝えるような時間に、ソルジャーの仕事がある筈もない。
とうに夕食も終えてしまって、暇を持て余しているのがブルー。
そんなブルーの様子が分かって、幸せだった。
「お元気でいらっしゃるらしい」と。
昼の間に何か無茶して、体調を崩す時もあるから。
子供たちと一緒に走り回って、疲れすぎてもうヘトヘトだとか。
そうでなくても、風邪を引きかけているだとか。
(あいつが元気でいてくれたなら…)
それだけで幸せだったんだよな、と思い出す前の生のこと。
ほんの短い思念での会話、それで様子が分かったんだが、と。
ところが、そうはいかない今。
ブルーのサイオンが不器用でなくても、思念波は使わないのがマナー。
離れた所にいる人間と話したかったら、通信を入れるのが社会のルール。
前の生なら、こんな夜更けでも話せたのに。
コーヒー片手に「どうしてる?」と思念を送れば、返事が返って来たろうに。
「今、寝るトコ!」とか、何も返事が返って来なくて…。
(…あいつ、眠っているんだな、って…)
そう思うことも出来ただろう。
「話したかったが、寝ちまったか」と。
もう少し早く思念を送っていたなら、ちょっと話が出来ただろうに、と。
(つまらないことでいいんだ、うん)
今日の夕食は何だったかとか、「俺が食ったのは…」と話すだとか。
そうすれば返る、ブルーの答え。
「晩御飯、お揃いだったんだね」とか、「ハーレイの料理、食べたかったよ」とか。
そんな他愛ないことでいいから、少しブルーと話せたらいい。
今日のような日は、話せずに終わってしまった日には。
話せたらな、と思うけれども、今は無理でも、もう何年か経ったなら…。
(もう寝るんだから、って邪魔にされるくらいで…)
嫌というほど話せるよな、と零れた笑み。
ブルーと二人で暮らし始めたら、いくらでも話し掛けられるから。
「こんな夜は、あいつと話せたら…」と思わなくても、夜もブルーは側にいるから…。
あいつと話せたら・了
※ブルー君と話せなかったな、と少し寂しいハーレイ先生。「話せたらな」と。
けれども話せないのが今。いつか二人で暮らす時には、邪魔にされそうなほどですけどねv