(懲りないヤツめ…)
いったい何度目になるんだか、とハーレイがついた大きな溜息。
夜の書斎でコーヒー片手に、眉間の皺を少し深くして。
今日も会って来た小さなブルー。
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
けれども、今のブルーは少年。
十四歳にしかならない子供で、両親と暮らすのが似合いの年頃。
(何処から見たってチビなんだが…)
中身は立派にブルーだからな、と傾けた愛用のマグカップ。
絶妙な苦味が好きなコーヒー、それが苦手なのがブルー。
チビのブルーも、時の彼方で愛した人も。
(なまじっか、同じブルーだから…)
当然のように、チビのブルーも一人前の恋人気取り。
顔立ちも背丈も、子供のくせに。
誰に見せても、「可愛いソルジャー・ブルーですね」と言われるだろうに。
前のブルーだった頃とは違って、「美しい」とは表現されない容姿。
「気高い」という言葉も出ては来ないし、ただただ「可愛らしい」だけ。
それと同じに心も子供で、何かといえば膨れっ面。
今日も怒って膨れたブルー。
「ハーレイのケチ!」と。
キスをするよう仕向けて来たから、「駄目だ」と叱り付けた途端に。
「俺は子供にキスはしないと言ったよな?」と、指で弾いたブルーの額。
悪戯小僧には、お仕置きだから。
キスをするより、そっちの方がお似合いだから。
いくらブルーが怒っても。
「まるでフグだな」と思うくらいに、頬っぺたをプウッと膨らませても。
小さなブルーと再会してから、繰り広げて来た攻防戦。
唇へのキスが欲しいブルーと、「キスはしない」と突っぱねる自分。
何度やったか、数え切れないほどだけれども、懲りないブルー。
「ぼくにキスして」と正攻法やら、「キスしてもいいよ?」と誘う時やら。
悪巧みをする時だってある。
「この方法なら、釣れるかも」と。
ついウカウカと釣り上げられて、唇にキスをくれるかも、と。
(俺は魚じゃないんだが…)
それに釣られるほど甘くもないぞ、と思うけれども、ブルーは懲りない。
もう本当にあの手この手で、勝ち取ろうとして頑張るキス。
努力するだけ無駄なのに。
どう頑張っても、キスを贈りはしないのに。
(まったく、これだからチビは…)
困るんだよな、と喉を潤すコーヒー。
「こいつの味が分かるくらいの年になればな」と、「子供のくせに」と。
コーヒーの美味さも分からないチビが、と思い浮かべる膨れっ面。
あんな顔をして膨れる間は、もう充分に子供だと。
だから叱ってやればいいんだと、子供にキスは相応しくないと。
(いくらあいつが好きでも、だ…)
何でも許せるわけじゃないぞ、と苦々しい気持ち。
コーヒーの苦味は好きだけれども、それとは違った苦さが広がる。
「チビのくせに」と、「俺だって怒る時には怒る」と。
もっとも、直ぐに許すのだけれど。
小さなブルーが膨れていたって、「ハーレイのケチ!」と睨み付けたって。
(…許せないことと、愛せないことは…)
まるで違うというモンだしな、と分かっている。
チビのブルーが強請ってくるキス、それは決して許さないけれど。
キスを強請るブルーは叱るけれども、ブルーを嫌いになったりはしない。
どんなに「ケチ!」と詰られても。
まだ懲りないか、と溜息の日々が続いても。
許せないものはあるんだが…、と小さな今のブルーを想う。
「あいつが好きでも、キスは駄目だ」と、「そいつは許してやれないよな」と。
それがブルーのためだから。
十四歳にしかならないブルーは、心も身体も本当に子供。
ブルーにそういう自覚が無いだけ、「前と同じだ」と思っているだけ。
中身は同じ魂だから。
遠く遥かな時の彼方で、逝ってしまったブルーだから。
(…そいつが少々、厄介なトコで…)
記憶を持っていやがるからな、と傾ける愛用のマグカップ。
コーヒーはたっぷり淹れて来たから、心ゆくまで楽しめる。
チビのブルーは苦手なコーヒー、大人に相応しい味を。
大人だからこそ分かる苦味を、その美味しさを。
(…あいつが育たない内は…)
まだまだ続くぞ、と苦笑い。
キスが欲しいと強請るブルーと、「駄目だ」と叱り付ける自分と。
ブルーはプウッと膨れてしまって、もうプンスカと怒るだけ。
「ハーレイのケチ!」が決まり文句で、赤い瞳でキッと睨んで。
なんというケチな恋人だろうと、不満たらたらの顔付きで。
(まったく、いつまで続くんだか…)
いつになったら分かるやら、と嘆いてみたって、ブルーは子供。
どうしてキスが貰えないのか、きっと分かりはしないだろう。
もっと大きく育つまで。
いくら好きでも許せないこと、それがあるのだと気付く時まで。
(…やっぱり、コーヒーの味が分かるまではだ…)
無理なんだろうな、と考えたけれど。
コーヒーの美味さも分からないようなチビは駄目だ、と思ったけれど。
(…待てよ?)
前のあいつも駄目だったんだ、とコツンと叩いた自分の頭。
あいつもコーヒーは苦手だったと、ちゃんと育っていたんだが、と。
前の自分が愛した人。
それは気高く、美しかったソルジャー・ブルー。
かの人も、苦いコーヒーを飲めはしなかった。
砂糖たっぷり、ミルクたっぷり、ホイップクリーム入りのものしか。
(…コーヒーは基準にならないってか?)
俺としたことが、と浮かべた苦笑。
ついウッカリと間違えたぞと、前のあいつもコーヒーは飲めやしなかった、と。
(しかしだな…)
チビのブルーと全く同じに、コーヒーが苦手だった恋人。
前のブルーに「許せないこと」はあっただろうか、と考えてみる。
いくら好きでも、けして許せはしないこと。
「これだけは駄目だ」と、ブルーを叱り付けること。
今の自分が、チビのブルーに「キスは駄目だ」と言うように。
額をピンと弾いてやるとか、頭をコツンと叩くとか。
そんな具合に、前のブルーにも「許せないこと」はあったろうか、と。
(…前のあいつに…)
あるわけがない、と即座に答えを弾き出す。
前のブルーを叱りはしないし、ブルーが膨れることだって。
(あいつなら、膨れるよりかは、拗ねて…)
きっと怒ったことだろう。
「もう青の間に来なくていい」と。
明日から此処には出入り禁止だと、プイと背中を向けてしまって。
(そうだろうな、と想像ってヤツはつくんだが…)
実際に起こっちゃいないからな、と記憶を手繰らなくても分かる。
前のブルーと、そんな戦いはしていないから。
たまに喧嘩はあったけれども、繰り返したりはしなかった。
「駄目だと何度も申し上げている筈ですが」と、苦い顔をした覚えも無い。
前のブルーがやっていたこと、それを「許せない」と一度も思いはしなかったから。
喧嘩の理由は他愛ないことで、ブルーが機嫌を損ねたというだけだから。
(前のあいつには無かったよな…)
好きでも、けして許せないこと。
どんなにブルーが強請って来たって、「駄目だ」と、それを突っぱねること。
ブルーを叱ったことは無いから、「許せない」とも思わなかったから。
(その点、今のあいつはだな…)
我儘放題というヤツで…、と零れる溜息。
まだまだ攻防戦が続くのだろうと、「俺は当分、ケチ呼ばわりだ」と。
ブルーが膨れて、プンスカ怒って。
「ハーレイのケチ!」と睨み付けられて。
(…実に報われないってな…)
いつになったら、あいつは分かってくれるんだ、と前のブルーと重ねてみる。
「まるで違うな」と、「前のあいつには、許せないことは無かったからな」と。
前の自分に叱られるような、「駄目だ」と額を弾かれること。
それをブルーはしてはいないと、「あいつは大人だったから」と。
(…結局、チビはチビだってことで…)
我慢の日々が続くってな、と思った所で気が付いた。
前のブルーにも、一つあったと。
いくら好きでも許せないこと、それは確かにあったのだった、と。
(…なのに、あいつを叱りたくても…)
あいつ、何処にもいなかったんだ、と蘇って来た悲しみの記憶。
前のブルーは、一人きりで逝ってしまったから。
一人でメギドに飛んでしまって、二度と戻って来なかったから。
(…あれが許せなかったんだ…)
もしもブルーが戻って来たなら、叱ったろうに。
「なんという無茶をしたのです」と。
「二度としないと、私に約束して下さい」と。
そうか、と思い出したこと。
前のブルーにも一つあったと、「好きでも許せないこと」が。
叱りたくても、叱るブルーを失くしてしまったんだった、と。
(…あれに比べりゃ…)
今は充分、幸せだよな、と浮かんだ笑み。
チビのブルーは、叱ればプウッと膨れるから。
「ハーレイのケチ!」と怒り出すのは、ブルーが生きていてくれるから。
(あいつが好きでも、許せないことは…)
ちゃんと叱っていいんだからな、とコーヒーのカップを傾ける。
叱る相手がいるというのは幸せだ、と。
俺は充分に幸せ者だと、ブルーを叱ってやれるんだから、と…。
あいつが好きでも・了
※好きでも「許せないこと」はあるよな、と考えているハーレイ先生。「キスは駄目だ」と。
前のブルーには無かった筈だ、と思っていたら…。叱れる今は幸せですよねv