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側にいられたら

(…一緒に帰りたいのにな…)
 ハーレイと、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
 今日も仕事の帰りに訪ねて来てくれたけれど。
 二人でお茶を飲んで過ごして、夕食も一緒だったのだけれど。
 「またな」とハーレイは帰ってしまった。
 軽く手を振って、車に乗って。
 前のハーレイのマントの色をした、濃い緑色の車に一人で乗り込んで。
(ぼくも、あの車に乗れたらいいのに…)
 ハーレイが帰ってゆく時に。
 助手席のドアを開けて貰って、シートに座って。
 それが出来たら、どんなに幸せなことだろう。
 ハーレイの家まで夜のドライブ、大した距離ではないけれど。
 何ブロックも離れていたって、車で走れば近いのだけれど。
(一回くらいは…)
 連れて帰ってくれてもいいのに、と思うけれども、叶わない夢。
 チビの自分は、ハーレイの家にも行けないから。
 前の自分と同じ背丈に育たない内は、中に入れても貰えない家。
 そういう決まりになっているから。
 ハーレイが一人で決めてしまって、チビの自分は従うしかない。
 どんなに遊びに行きたくても。
 柔道部員の生徒たちなら、自由に出入り出来るのに。
(…ハーレイの家に呼んで貰って、バーベキューとか…)
 徳用袋のクッキーだとか、宅配サービスのピザだとか。
 柔道部員の教え子たちなら、大いに歓迎される家。
 チビの自分は行けないのに。
 連れて帰って貰えもしなくて、今日だって此処に置き去りなのに。


 そうなる理由は、ちゃんと分かっているけれど。
 自分がハーレイの恋人なせいで、おまけに小さいからだけれども。
(…大きくなるまで行けないなんて…)
 ホントに辛い、と悲しい気持ち。
 もっと幼い子供だったら、ハーレイの家にも行けそうなのに。
 「泊まりに来るか?」と誘って貰って、荷物を抱えて車に乗って。
 本当に一人で大丈夫なのか、と心配そうな父と母とに、元気一杯に窓から振る手。
 「行ってくるね」と、「大丈夫だよ」と。
 ハーレイが側にいてくれるのだし、一人で行っても、絶対に平気。
 ちっとも寂しくなったりはしない、両親と離れて一人でも。
 夜の道路を走る車に乗っている時も、ハーレイの家に着いた後にも。
(きっとワクワクしてるんだから…)
 寂しいだなんて、思わずに。
 両親のいる家に帰りたいとも、まるで考えたりせずに。
 大好きなハーレイと一緒だから。
 ハーレイの側にいられるのだから、「またな」と置いてゆかれる代わりに。
(庭とかが夜で真っ暗でも…)
 怖い気持ちもしないのだろう。
 好きでたまらない、ハーレイの側にいられたら。
 ハーレイが側にいてくれたなら。
(真っ暗でも、怖くないんだから…)
 今より小さな子供でも。
 フクロウのオバケがとても怖くて、泣いていたようなチビの頃でも。
(…フクロウ、とっても怖かったけど…)
 両親のベッドに潜り込んだら怖くなかった。
 それと同じで、ハーレイがいればフクロウの声が聞こえて来たって平気。
 「オバケ、怖いよ」と震えていたなら、ハーレイが抱き締めてくれるから。
 「俺がいるから大丈夫だ」と。
 オバケなんかは入って来ないと、「来たって退治してやるからな」と。


 もっと自分が幼かったら、そんな夜だってあったのだろう。
 ハーレイの家に泊めて貰って、幸せ一杯で過ごす夜。
 一人では眠れないくらいの年なら、ハーレイのベッドに入れて貰って。
 大きな身体にキュッと抱き付いて、優しい温もりに包まれて眠る。
 もしも自分がチビだったなら。
 今よりも、ずっと小さかったら。
(…小さいぼくなら、そうなってたよね…)
 ハーレイが誘ってくれた時には、ウキウキと荷物を用意して。
 お気に入りの絵本も持って行こうと、あれもこれもと欲張ったりして。
(…今のぼくでも、キスしてって言わなかったなら…)
 連れて帰って貰えただろう。
 柔道部員の生徒たちのように、教え子の一人だったなら。
 恋人なのだと主張しないで、もっと大人しくしていたならば。
(…とっくに手遅れ…)
 もうやり直しは出来ないものね、と自分でも分かっているけれど。
 ハーレイの家に「来るな」と言われてしまった時から、ちゃんと分かっているのだけれど。
 今の自分は間違えたろうか、恋人としての在り方を。
 チビの自分に相応しい恋をしていたのならば、ハーレイと一緒に帰れたろうか。
 ハーレイの気が向いたなら。
 「たまには俺と一緒に来るか?」と、誘いの言葉を貰えたならば。
 「泊まりに来るなら、支度しろよ」と、いつもの笑顔で。
 用意しないなら置いて帰るぞと、グズグズしてたらそうなるんだが、と。
(…誘ってくれたら…)
 大急ぎで支度するだろう。
 幼い頃なら、見当違いな荷物も用意しそうだけれど…。
(今のぼくなら、きちんと用意…)
 絵本やオモチャを詰めたりしないで、必要な物を。
 着替えの服やら、パジャマなんかを取り出して。
 忘れ物は無いかと、順に数えて確認もして。


 そうして支度が整ったならば、ハーレイの車の助手席に乗る。
 鞄を膝の上に乗っけて、見送る両親に手を振って。
 「行ってきます」と、もしかしたら、お土産なんかも持たせて貰って。
 急だけれども、ハーレイの家に泊まりに行くなら、母が用意をしそうだから。
 「ハーレイ先生と一緒に食べて」と、ケーキを箱に入れたりして。
(…ママなら、きっとそうだよね?)
 丁度いいケーキがあったなら。
 運が良ければ、ハーレイが好きなパウンドケーキが丸ごとだとか。
(ハーレイ、凄く喜びそう…)
 お土産の中身が、好物のパウンドケーキなら。
 ハーレイの母が作るケーキと、同じ味のケーキだったなら。
(車を運転している時から、もう御機嫌で…)
 家に着いたら、早速食べようとするのだろう。
 「お前も食うか?」と、パウンドケーキを切り分けて。
 パウンドケーキではなかったとしても、「ケーキ、お前も食うだろ?」と。
(お腹、一杯になりそうだけど…)
 きっと「要らない」とは言わない。
 ハーレイと二人で、幸せな時を過ごしたいから。
 いつもはハーレイが一人のテーブル、其処に自分も座りたいから。
(ハーレイ、コーヒーだろうけど…)
 それが苦手な自分のためには、他の飲み物をくれるだろう。
 「お前、紅茶がいいよな?」だとか。
 ココアがいいかと訊いてくれたり、「ホットミルクにしてみるか?」とか。
 二人分の飲み物の用意が出来たら、のんびり座って幸せな時間。
 ハーレイはコーヒーをゆったりと飲んで、自分は紅茶やココアなんかで。
 「美味しいね」とケーキを頬張って。
 夜がすっかり更けてしまうまで、ハーレイが「寝るか」と言い出すまで。
 「もう遅いから、寝ないとな?」と。
 お前のベッドは別だからな、とキッチリと釘を刺されるまで。


(泊まりに行っても、ベッドは別で…)
 もちろん寝室だって別。
 ハーレイは自分の寝室に行って、チビの自分はゲストルーム。
 そうなることは分かっているから、それでちっともかまわない。
 本当は一緒に眠りたいけれど。
 おやすみのキスも欲しいけれども、そんな我儘を言ったなら…。
(二度と来るな、って言われちゃうんだよ…!)
 今の自分がそうなったように、ハーレイの家には行けなくなってしまったように。
 だから我慢で、側にいられたら、それで充分。
 ハーレイが「おやすみ」と寝に行くまで。
 寝室のドアがパタンと閉まって、「お前も寝ろよ?」と言われるまで。
 それまでの時間を、ハーレイの側で過ごせたら。
 母が持たせてくれたケーキを一緒に食べて、コーヒーや紅茶を飲んでお喋り。
 お風呂から上がった後の時間も、ハーレイの側にいられたら。
 「湯冷めするぞ?」と叱られるまで。
 「お前が風邪を引いちまったら、俺がお母さんに叱られるんだ」と困った顔をされるまで。
 それが出来たら、ベッドは別でもかまわない。
 おやすみのキスが貰えなくても、貰えたとしても頬や額にだったとしても。
(…ハーレイの側にいられたら…)
 それだけで充分なんだけどな、と思うけれども、とうに失敗したのが自分。
 一人前の恋人気取りでキスを強請って、誘ったりもして、大失敗。
 もうハーレイの家に行けはしなくて、連れて帰っても貰えない。
 「またな」と置いてゆかれるだけで。
 「俺と一緒に帰らないか?」と、泊まりの誘いもして貰えなくて。
 チビの自分は、考えなしでキスばかり強請ったものだから。
 懲りずにキスを強請り続けては、いつも断られてばかりだから…。

 

        側にいられたら・了


※ハーレイ先生の家に連れて帰って貰えたらいいのに、と夢を見ているブルー君。
 けれども、とうに大失敗。キスさえ何度も強請らなかったら、誘って貰えたかもですねv





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