(ハーレイのケチ!)
いつまで経ってもケチなんだから、と小さなブルーが尖らせた唇。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は土曜日、ハーレイが訪ねて来てくれたけれど。
午前中から一緒に過ごしたけれども、たったそれだけ。
恋人同士の二人でいたのに、部屋では二人きりだったのに…。
(今日も断られちゃったんだよ!)
ハーレイにキスを強請ったら。
「ぼくにキスして」と頼んだら。
鳶色の瞳で睨み付けられて、それはすげなく言われた言葉。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ」と。
嫌というほど聞いた言葉で、ケチのハーレイはキスをくれない。
キスを貰えるのは額と頬だけ、唇へのキスは貰えない。
前の生からの恋人同士で、もう一度巡り会えたのに。
新しい命と身体を貰って、この地球の上で会えたのに。
遠く遥かな時の彼方で、焦がれ続けた水の星。
いつか地球まで辿り着けたら、と幾つもの夢を描いた星。
ハーレイと一緒にあれをしようと、これもしたいと。
その夢の星に来たというのに、ハーレイはケチになってしまった。
(…今でも恋人同士なのに…)
駄目だ、と言われてしまうキス。
何度頼んでも、強請っても。
「キスしてもいいよ?」と誘ってみたって、いつもハーレイに叱られるだけ。
今の自分はチビだから。
十四歳にしかならない子供で、前の自分よりも小さいから。
それは分かっているのだけれども、なんとも腹立たしいケチなハーレイ。
自分を愛してくれているなら、一度くらいキスが欲しいのに。
恋人同士が交わす甘いキス、唇へのキスが欲しいのに。
ホントに一度でいいんだから、と思うけれども、ハーレイはケチ。
どんなに頼んで強請ってみたって、「駄目だ」としか言いはしないのだろう。
「前のお前と同じ背丈になるまでは駄目だ」と、お決まりの台詞。
百五十センチしか無い自分の身長、前の自分だと百七十センチ。
あと二十センチも伸びない限りは、ハーレイはキスをしてくれない。
すっかりケチになったから。
生まれ変わって来たせいだろうか、前のハーレイよりもケチだから。
(…酷いよね…)
ホントに酷い、と零れる溜息。
前のハーレイなら、幾らでもキスをくれたのに。
今でも夢に出て来た時には、優しくキスをくれるのに。
キスをくれるし、キスのその先のことだって。
本物の恋人同士の時間も、夢のハーレイならくれるのに。
(…でも、夢の中だと、ぼくだって…)
前のぼくになってしまうんだよ、と残念な気持ち。
チビの自分は消えてしまって、前の自分になっている夢。
ハーレイとキスを交わしているのは、自分ではなくて前の自分。
恋人同士の甘い時間を過ごすのも。
いつも目覚めてはガッカリする夢、「今日の夢も、ぼくじゃなかったよ」と。
今の自分よりも大きく育った、前の自分でしかなかったと。
(…夢の中のハーレイ、前のぼくが盗ってしまっちゃう…)
ハーレイは自分の恋人なのに。
こんなに好きでたまらないのに、前の自分が奪ってしまう。
育った身体を持っているから、その分、ずっと有利だから。
「キスは駄目だ」と言われはしなくて、ハーレイとキスが出来るから。
同じ自分なのに、夢の後では、いつもちょっぴり悲しい気分。
「ぼくじゃなかった」と。
前のぼくにハーレイを盗られちゃったと、とても幸せな夢だったのに、と。
夢でさえもキスをくれないハーレイ、前の自分の時にしか。
チビの自分の夢を見た時は、「キスは駄目だ」と睨むハーレイ。
夢の中でも現実と同じ、せっかく夢を見ているのに。
起きている時には叶わないこと、それが叶うのが夢なのに。
(…たまには、夢でも優しいハーレイ…)
ぼくにキスしてくれるハーレイがいいな、と考えながら入ったベッド。
今日もハーレイはケチだったのだし、夢でくらいは、と。
(…前のぼくさえ、出て来なかったら…)
きっと貰えるだろうキス。
上手い具合に、入れ替わったら。
チビの自分が前の自分に勝てたなら。
(…サイオン勝負だと、負けてしまうに決まってて…)
背の高さでも負ける、前の自分。
ソルジャー・ブルーと呼ばれた自分。
どうすれば彼に勝てるのだろうか、サイオンはとことん不器用なのに。
思念波もろくに紡げはしなくて、瞬間移動は夢のまた夢。
前の自分と入れ替わろうにも、その方法が見付からない。
それとも夢だと出来るのだろうか、「ぼくにも出来る」と信じたら。
サイオン・タイプは今でもタイプ・ブルーなのだし、潜在的にはある筈の力。
たった一回きりだとはいえ、ハーレイの家へも飛べたから。
(…うんと頑張ったら…)
前の自分に勝てるだろうか、スルリと居場所が変わるだろうか?
ハーレイがキスをくれる立場へ、チビのまんまで。
今の自分よりも育った姿の、前の自分と入れ替わって。
(…上手くいったら…)
ハーレイが唇にくれそうなキス。
チビの自分の背丈に合わせて、腰を屈めて。
それでも強く抱き締めてくれて、「俺のブルーだ」と唇にキス。
夢の中だと、ケチではないかもしれないハーレイ。
そういう夢を見てみたいよね、と前の自分に挑むつもりで考えて…。
ふと気付いたら、笑顔のハーレイ。
「今日はドライブに連れて行ってやろう」と。
行こう、と開けてくれたドア。
今のハーレイの愛車だったから、大喜びで乗り込んだ。
ハーレイもたまには気が変わるんだ、と。
(ドライブも駄目だ、って言ってるくせに…)
今日は機嫌がいいみたい、と眺めた運転席のハーレイ。
「どうしたんだ?」と向けられた笑みは優しくて、ドライブは嘘ではないらしい。
直ぐにハーレイがかけたエンジン、走り出した車。
(何処に行くのかな?)
もしかしたら隣町だろうか、と高鳴った胸。
ハーレイの両親が住んでいる町、庭に夏ミカンの大きな木があると聞いた家。
其処へ連れて行ってくれるのだったら、もう嬉しくてたまらない。
(お父さんたちに、ぼくを紹介してくれて…)
きっと結婚の話も出るから、チビでもハーレイの婚約者。
プロポーズはまだでも、正式な婚約はずっと先でも。
(…ふふっ…)
どんな人たちなんだろう、と膨らむ夢。
ハーレイが顔も教えてくれない、隣町に住む父と母。
(お父さんは、ヒルマンにちょっと似てるって…)
早く会いたいな、と思っていたら、「此処だ」と車を停めたハーレイ。
いつの間にか広い空き地に来ていて、其処にはギブリ。
白いシャングリラにあったシャトルで、どういうわけだか、一機だけ。
「えっと…?」
なんでギブリが、と目を丸くしたら。
「せっかく、お前とドライブだしな?」
うんとでっかくドライブしよう、とハーレイが指差す空の上。
青空に浮かぶシャングリラ。
「あれで行こう」と、「今日は俺たち二人だけだぞ?」と。
今のハーレイには、動かせそうもないギブリ。
それに巨大なシャングリラ。
「ハーレイ、そんなの動かせるの?」と訊いたけれども、「任せておけ」と頼もしい答え。
ドライブなんだと言っただろうが、と。
そして「乗るぞ」と促されたギブリ。
操縦席に座ったハーレイは、見事にそれを動かした。
まるで車を動かすように。
キャプテンの制服を着てもいないのに、ドライブ用の普段着なのに。
アッと言う間に、青い空へと飛び立ったギブリ。
遥か上空に浮かぶシャングリラへ、白い鯨の背中へと向けて。
「今のお前は飛べないしな?」
シャングリラにだって飛べんだろう、と笑ったハーレイ。
「だが、こいつでなら簡単だぞ」と、「もう目の前に見えてるしな?」と。
滑り込むように入った格納庫。
誰も誘導してはいないのに、ハーレイは鮮やかにギブリを停めた。
船に着いたら、「次はこっちだ」と引っ張られた手。
「ドライブするなら、ブリッジの方へ行かんとな?」と。
(…ハーレイ、こんなの動かせるんだ…)
ギブリも、それにシャングリラまで、と真ん丸になってしまった瞳。
今のハーレイにも出来るだなんてと、前のハーレイよりずっと凄い、と。
(…柔道も水泳も、プロの選手に負けない腕で…)
おまけにギブリの操縦が出来て、シャングリラだって動かせる。
誰の助けも借りないで。
航路も何もかも、一人で決めて。
「どうした、ブルー?」
何処へ行きたい、とハーレイがシャングリラの舵を握って訊いたから。
二人きりで何処を飛んでみたい、と尋ねられたから。
「もちろん、地球を一周だよ!」
ぼくは宇宙から一度も見たことないんだから、と膨らませた胸。
応えて笑顔になったハーレイ、「さあ、ドライブだ。シャングリラ、発進!」と。
其処でパチリと開いた瞳。
覚めてしまった、素敵な夢。
(…今の、夢なの?)
夢だったの、と残念だけれど、ケチではなかった夢のハーレイ。
「ぼくにキスして」と強請ることさえ、夢の自分は忘れていたから。
ハーレイの姿に見惚れてしまって、夢のドライブに胸を躍らせていて。
(夢の中だと、ハーレイ、とってもカッコ良くって…)
キスのことさえ忘れていたのが自分なのだし、今日はハーレイに言ってみようか。
「ぼくをドライブに連れてって」と。
車じゃなくってシャングリラがいいよと、シャングリラで地球を見に行くんだよ、と…。
夢の中だと・了
※今のハーレイはケチだから、と膨れていたのがブルー君。夢でくらいはキスが欲しい、と。
そしたらシャングリラでドライブする夢。キスも忘れてしまう所が幸せですよねv