(ハーレイのケチ、なあ…)
あれを言われるのも何度目やらな、とハーレイが浮かべた苦笑い。
夜の書斎で、コーヒー片手に。
今日は土曜日、朝から出掛けてブルーに会って来たけれど。
恋人の家を訪ねたけれども、言われた言葉が「ハーレイのケチ!」。
ケチ呼ばわりの理由は一つで、いつもと同じ。
「ぼくにキスして」と強請るブルーを、「駄目だ」と睨み付けたこと。
「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ」と。
小さなブルーは膨れてしまって、桜色の唇が紡いだ言葉。
「ハーレイのケチ!」と。
けしてケチではない筈なのに。
ブルーの望みは、何でも叶えてやりたいのに。
(なんたって、俺のブルーだからな)
前の生から愛した恋人、また巡り会えた愛おしい人。
生まれ変わって、この地球の上で。
前のブルーが夢に見た星、焦がれ続けた青い水の星で。
ブルーと二人、新しい身体と命を貰って、これからも生きてゆくけれど。
前の自分たちの恋の続きを生きるのだけれど、子供になってしまったブルー。
十四歳にしかならない子供に、今の自分の教え子に。
時の彼方で失くした時には、ブルーは大人だったのに。
それは気高く美しい人で、背だってずっと高かったのに。
(…どうしたわけだか、今はチビでだ…)
俺のブルーには違いなくても、チビはチビだ、と分かる恋人。
姿と同じに中身も子供で、柔らかで無垢な心のブルー。
「キスしてもいいよ?」と、誘う日だってあるけれど。
一人前の恋人気取りで、キスを強請ってくるのだけれど。
いくらブルーが望むことでも、唇へのキスは贈れない。
子供にはキスは早すぎるから。
頬と額へのキスで充分、それが自分の信条だから。
(なのに、あいつは分かっちゃいなくて…)
ハーレイのケチと来たもんだ、と溜息をついても仕方ないこと。
ブルーにとっては「ケチ」だから。
小さなブルーが望んでいるのに、キスを断るケチな恋人。
きっとまだまだ、ブルーは分かってくれないだろう。
もっと大きく育つまで。
心も身体と同じに育って、ケチな恋人の本当の想いに気付くまで。
(あいつを大事に思っているから、キスは駄目だと言ってるんだが…)
チビのブルーには分からないよな、と自分が可哀相になる。
ブルーのためを思っているのに、「ケチ」呼ばわりをされるから。
「キスは駄目だ」と断る度に、「ハーレイのケチ!」と膨れられるから。
(…あいつがチビでさえなけりゃ…)
幾つでもキスを贈ってやれる。
「もう要らないよ!」と、ブルーが逃げ出すほどに。
「キスもいいけど、ちょっとはのんびりさせて欲しい」と言い出すほどに。
愛おしさのままに、幾つでも。
ブルーが「ハーレイ!」と怒っていたって、ギュッと両腕で抱き締めて。
たとえば、おやつを食べているブルー。
美味しそうにケーキを頬張るブルーに惹かれたら。
唇にちょっぴりついたクリーム、それが羨ましくなったなら。
「クリームのくせに、俺のブルーを」と。
ブルーの唇は俺のものだと、ケーキにくれてやるもんか、と。
捕まえてキスを贈る唇。
ブルーには、いい迷惑だけれど。
「ぼくはケーキを食べてるのに!」と、「ハーレイの馬鹿!」と怒りそうだけれど。
ケチよりは「馬鹿」の方がいいな、と思うけれども、まだ先のこと。
小さなブルーはチビの子供で、結婚出来もしないから。
二人一緒に暮らせはしないし、もちろんキスも贈れない。
こうして夢を見るのがせいぜい、「大きく育ったブルー」のことを。
その日が来たら、と思い描いて、ブルーの言葉を想像して。
(…そいつが俺の限界ってヤツで…)
ぜめて夢では会いたいもんだ、とグイと飲み干したコーヒーの残り。
夢の中なら、前のブルーにも会えるから。
小さなブルーも現れるけれど、育ったブルーも現れる。
「ハーレイ?」と微笑む愛おしい人。
何処へ行こうか、と車の助手席に座っていたり。
(…今夜はそいつで頼みたいもんだ)
ケチと言われてしまったからな、とパジャマに着替えて入ったベッド。
出来れば甘い夢を見たいと、ブルーとドライブ、それからデート。
今は叶わないことだけれども、叶わないからこその夢。
目覚めた時にはガッカリしたって、夢の中では幸せな自分。
ブルーとデートで、ドライブだから。
「美味い飯でも食いに行くか」と、ハンドルを握っていたりするから。
もっとも、小さなブルーが来たなら、そうはいかないのだけれど。
学校の夢やら、今日と変わらない日々の夢。
小さなブルーを抱き締めるだけで、時によっては…。
(夢の中でも「ハーレイのケチ!」だ)
あまりに何度も言われたせいで、すっかり覚えてしまった自分。
プウッと膨れるブルーの顔も。
だから夢でも同じこと。
小さなブルーが現れたならば、現実と同じになる展開。
せっかく夢を見たというのに、得をした気分がまるで無い夢。
ブルーに会えたというだけのことで、夢ならではのことが起こらないから。
それは御免だ、と落ちてゆく眠り。
お得な夢でよろしく頼む、と。
ふと気付いたら、「ハーレイ!」と駆けて来るブルー。
転がるように、懸命に。
一杯に手を振っているけれど、そんなに急いで走ったら…。
「ブルー!」
危ないぞ、と止める間もなく、転んでしまったブルーの身体。
石か何かに躓いて。
上手く手をつくことも出来ずに、地面に叩き付けられて。
「痛いよ…!」
ママ、と大声で泣き出したブルー。
慌てて起こしに走って行った。
ジョギングの途中だったのだけれど、それどころではない状況だから。
(…絆創膏も持っちゃいないぞ…!)
俺は転んだりしないから、と大股で駆け寄り、抱き起こした。
「痛い」と泣き叫ぶ恋人を。
何処から見たって幼稚園児で、とても幼い恋人を。
「大丈夫か、ブルー!?」
ママはどうした、と見回したけれど、姿が見えないブルーの母。
此処は公園、きっと何処かにいる筈なのに。
けれど「いないよ」と答えたブルー。
涙をポロポロ零しながら。
擦り剥いた膝から血が出ているのに、それでも健気に笑顔を作って。
「ぼくは一人」と、「一人で来たよ」と。
ハーレイに会いたかったから、と。
「会えて良かった…。やっぱり、いたね」
ジョギングしてたね、とブルーは笑顔だけれども、痛そうな膝。
傷の手当てをしてやりたいのに、持ってはいない傷薬。
それに絆創膏だって。
「お前なあ…。一人で此処まで来たなんて…」
無茶するなよな、と幼いブルーを抱き上げた。
公園の管理事務所に行こうと、あそこだったら傷の手当てが出来るしな、と。
宝物のように大切に抱いて、管理事務所に連れて行ったブルー。
「転んで怪我をしたんです」と。
傷薬と絆創膏を貰えますかと、手当ては私がやりますから、と。
「ごめんね、ハーレイ…」
ぼく、迷惑をかけちゃった、幼いブルーがしょげているから。
事務所の椅子にチョコンと座って、悲しそうな顔をするものだから。
「気にするな。…お前、頑張ったんだしな?」
一人で家から来たんだろう、と消毒してやるブルーの膝。
「ちょっとしみるぞ」と、「痛けりゃ泣いてもいいからな」と。
けれど、泣いたりしなかったブルー。
消毒されても、傷に薬を塗られても。
キュッと唇を結んで耐えて、「ありがとう」と笑みさえ浮かべたくらい。
「ぼくはホントに平気だから」と、「痛くないよ」と。
本当はとても痛いだろうに。
今だって傷はズキズキ痛んで、きっと泣きたいくらいだろうに。
(…こいつを送って行かないとな?)
ブルーが一人で出て来た家まで、きちんと送り届けなければ。
いつの間にやら消えてしまった一人息子を、きっと探しているだろうから。
まさか公園まで行っているとは思いもしないで、家の近所で。
「ほら、ブルー」
背負ってやるから一緒に帰ろう、と言ってやったら、弾けた笑顔。
「ホント?」と「ハーレイが送ってくれるの?」と。
一緒に帰ってくれるんだね、と。
「ハーレイと一緒に帰りたいから、ぼく、頑張って来たんだよ」と。
其処でパチンと覚めた夢。
あれは夢か、と目覚めたベッド。
(うーむ…)
可愛いじゃないか、と思った恋人。
今よりもずっと小さいけれども、夢の中では可愛かったブルー。
「ハーレイのケチ!」と膨れる代わりに、健気に笑みを浮かべたブルー。
ああいうブルーも悪くないなと、今よりチビでも可愛かった、と。
今日はブルーに話してやろうか、「もっと小さくならないか?」と。
お前よりもずっと可愛げがあって、「ケチ!」とも言わないようだからな、と…。
夢の中では・了
※「ハーレイのケチ!」と言われてしまったハーレイ先生。せめて夢では、と思ったら…。
もっと小さなブルーが出て来て、可愛らしさに参った模様。幼いブルーも素敵かもv