(ハーレイ、来てくれなかったよ…)
待ってたのに、と小さなブルーがついた溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は学校で会えただけのハーレイ、前の生から愛した恋人。
「ハーレイ先生!」と呼び掛けられたし、立ち話も少ししたけれど。
大好きな声は聞けたのだけれど、学校ではあくまで教師と生徒。
恋人同士の話は出来ないまま。
だから寂しくなってくる。
「会えたけれども、ぼくのハーレイじゃなかったよ」と。
中身は同じにハーレイだけれど、やっぱり違う「ハーレイ先生」。
同じ声でも、同じ顔でも。
優しい笑みを浮かべていたって、恋人の顔とは違うもの。
一緒にいたいのは「ハーレイ」の方で、話をしたいのも「ハーレイ」。
「ハーレイ先生」の方ではなくて。
(…来てくれるかと思ってたのに…)
何の根拠も無かったけれども、期待して待っていたのが今日。
来てくれるといいなと、会えるといいな、と。
期待が膨らんでゆけばゆくほど、上手く運びそうな気がしてくるもの。
「きっと来てくれるに違いない」と。
じきに会えると、もう少しだけ待ったなら、と。
(…ホントに会えると思ってたのに…)
何度も窓の方を眺めて、窓から下を見下ろしたりも。
ハーレイの愛車がやって来ないか、門扉の向こうに見慣れた姿が見えないかと。
それと同じでチャイムも待った。
鳴ってくれると、ハーレイが鳴らしてくれるだろうと。
けれど、鳴らずに終わったチャイム。
ついに来てくれなかった恋人、あんなに待っていたというのに。
なんとも残念な気分の今。
「ハーレイ先生」にしか会えなかったから。
恋人のハーレイは来てくれないまま、今日が終わってしまうから。
(…もしもハーレイが来てくれてたら…)
ちゃんと我慢をしたんだけどな、と思い浮かべる夕食の席。
正確には夕食の後のテーブル、「コーヒーにするか」と言った父。
そういうメニューだったから。
食事の後で何か飲むなら、コーヒーが似合いだった夕食。
(…ぼくには違いが分からないけど…)
紅茶でもいいし、ほうじ茶だって。
食後のお茶なんか特に飲まなくても、「御馳走様」と立っても良さそうなのに。
ハーレイが一緒の日ならともかく、家族三人だけなのだから。
それでも父が頼んだコーヒー、母も「そうね」と淹れに出掛けた。
だからコーヒーがピッタリのメニュー、熱いコーヒーで締め括るのが。
(ハーレイも一緒に食べてたら…)
来てくれていたら、食後は間違いなくコーヒー。
父と母と、それにハーレイは。
コーヒーが苦手な自分一人だけが、ポツンと仲間外れにされて。
母に「ブルーは紅茶でしょ?」と別の飲み物を用意されて。
(コーヒーがいいな、って言ったって…)
父も母も変な顔をするだけ。
ハーレイだって、「やめた方がいいと思うがな?」と苦い顔付きになるのだろう。
「お前はコーヒー、駄目だろうが」と。
「前のお前の頃からそうだ」と、「ソルジャー・ブルーも飲めなかった」と。
またコーヒーを無駄にする気か、とお説教されるかもしれない。
美味いコーヒーを台無しにするなと、「お母さんにも迷惑だぞ?」と。
今の自分も前の自分も、コーヒーはまるで駄目だから。
独特の苦味がとても苦手で、甘くしないと飲めないから。
前の自分がしていた飲み方、それが今でも自分の飲み方。
苦いコーヒーに挑むなら。
なんとか飲んでみようとするなら。
(お砂糖たっぷり、ミルクたっぷり…)
甘いホイップクリームもこんもりと入れて、ようやく飲めるコーヒーになる。
何処から見たって、もうコーヒーではないけれど。
ソルジャー・ブルーだった頃から、ハーレイが溜息をついていたけれど。
「それはコーヒーではありませんよ」と。
コーヒー風味の別の飲み物だと、カフェオレですらもなさそうだと。
今だって父も母も呆れた、実にとんでもない飲み方。
(子供だから、まだ笑われないけど…)
ソルジャー・ブルーは充分に大人の姿だったし、驚いていた父と母。
こんな飲み方をする人なのかと、前の自分の好みのことで。
どう見ても子供の飲み方だから。
「苦いのは駄目」と甘くしたがる、子供好みのコーヒーだから。
充分に承知している両親、そのせいで駄目な食後のコーヒー。
淹れて貰っても無駄になるから、コーヒーの味が台無しだから。
(今日の晩御飯だと、ぼくだけ紅茶…)
そういう時には、食後のお茶は両親と一緒。
コーヒーが好きなハーレイがゆっくり味わえるように、食卓で。
紅茶や緑茶やほうじ茶だったら、「部屋でどうぞ」と言われるのに。
二階の部屋まで母が運んでくれるとか。
「ぼくが運ぶよ」とトレイを持つとか、「俺が持とう」とハーレイが持ってくれるとか。
いずれにしたって、食後のお茶は部屋でのんびり、両親は抜きで。
ハーレイが「そろそろ帰らないとな?」と立ち上がるまで。
それがコーヒーでなかったら。
「ハーレイ先生もお好きでしたわね?」と、母が用意をしなかったなら。
今日、ハーレイが来てくれていたら、食後に出ていただろうコーヒー。
そして自分は仲間外れで、食後のお茶の時間も無し。
ハーレイと二人きりの時間は。
もう一度二階の部屋に戻って、あれこれ話が出来る時間は。
(…そうなっちゃっても、我慢したのに…)
ハーレイが来てくれるなら。
夕食の支度が出来るまでの間、部屋で二人で話せるのなら。
苦いコーヒーに二人の仲を裂かれても。
同じ飲み物が出て来ない上に、食後は両親つきになっても。
(…それでも、そうなるまでの時間は…)
ハーレイと恋人同士で過ごせて、幸せ一杯。
「キスは駄目だ」と叱られたって。
唇へのキスは貰えないまま、プウッと膨れる羽目になっても。
(ハーレイと一緒にいられるのにね…)
今日のようにコーヒーが邪魔をしたって。
ハーレイと二人で過ごす時間が減ったって。
そうなってもいいから、ハーレイに来て欲しかった。
もっと贅沢を言っていいなら、ハーレイが来てくれて、コーヒーは無し。
コーヒーが全く合わない夕食、そういうのがいい。
こうして夜に一人きりだと、どんどん我儘が膨らんでゆく。
ハーレイが来てくれていたなら、今頃はきっと満足なのに。
「今日は幸せ」と、「いい日だったよね」と、胸がじんわり温かいのに。
なのに来てくれなかったハーレイ、コーヒーが出ても我慢したのに。
食後のお茶の時間が無くても、両親にハーレイを取られても。
苦くて苦手なコーヒーのせいで、悲しい思いをする食後。
そういう時間が待っていたって、きっと我慢をしただろう。
大好きなハーレイと二人で過ごせて、その後に夕食でコーヒーならば。
それまでの時間は幸せだった、と自分自身に言い聞かせて。
ちゃんと我慢をしたんだよ、と思うコーヒー。
独特の苦味は苦手だけれども、まるで全く飲めないけれど。
飲めないお蔭で仲間外れで、両親にハーレイを持って行かれる。
自分もコーヒーを飲めたとしたなら、食後のお茶は二階へ運んでゆけるのに。
熱いコーヒーを満たしたカップを、「ぼくが運ぶよ」とトレイに載せて。
(…あれはいつまで経っても無理そう…)
前の自分も駄目だったのだし、来年も、そのまた次の年も。
ハーレイと一緒に暮らし始めても、きっと自分は飲めないまま。
どんなに見た目が美味しそうでも、ハーレイが「美味いぞ?」と言ったって。
(ぼくの舌、前とおんなじだから…)
どうせそうなるに決まっているから、大きくなってもコーヒーは駄目。
ハーレイがいそいそ淹れていたって、「またコーヒー?」と横目で見るだけ。
「ぼくには紅茶を淹れてよね」と。
コーヒーなんか飲まないからと、「ハーレイだって知ってるでしょ?」と。
前の生からそうだったのだし、ハーレイに文句は言わせない。
食事は出来るだけコーヒーが似合わないメニューがいいな、と我儘も言って。
今、胸の中で膨らむ我儘、それをハーレイにもぶつけてやって。
(ハーレイと幸せに過ごしたかったら、コーヒーは抜き…)
この家でなら我慢するのだけれども、それでも消えない我儘な気持ち。
出来ればコーヒー抜きがいい、と。
だからハーレイと暮らすのだったら、コーヒーは抜きの方がいい。
あんなに苦い飲み物なんか、と思った所で気が付いた。
(…コーヒーの味…)
それを苦いと思う自分。
嫌だと感じる、今の自分の小さな舌。
前とそっくり同じだけれども、前の自分は、その舌を…。
(…身体ごと失くしちゃったんだ…)
右手に持っていたハーレイの温もり、それを失くした悲しみの中で。
メギドでたった独りぼっちで、前の自分が命尽きた時に。
そうだったんだ、と見開いた瞳。
コーヒーは今も苦手だけれども、「苦い」と感じさせる舌。
それを一度は失くしたのだと、それなのに今は持っているよね、と。
(…ちゃんと舌があって、コーヒーは苦くて…)
前と同じに味がするよ、と思った今。
まるで気付いていなかったけれど、これって凄い、と。
(ハーレイ、今日は会えなかったけど…)
家に来てくれはしなかったけれど、そのハーレイと二人、青い地球の上。
コーヒーの苦さが分かる舌を持っているのも、ぼくが生きてるからなんだ、と。
今日は文句は言わないでおこう、この幸せに気付いたから。
コーヒーの苦い味がする今、それは自分が生きている証なのだから…。
味がする今・了
※ハーレイ先生が来てくれるのなら、苦手なコーヒーを出されたって、と思うブルー君。
そのコーヒーを「苦い」と感じる舌を持っているのは、とても幸せなことですよねv