(ん…?)
朝か、とハーレイが止めた目覚まし時計。
上掛けの下から手を伸ばして。
ついでに掴んで、目の前に持って来た時計。
今の時間を確かめようと、「定刻だよな?」と。
けれど、文字盤を目にした瞬間、身体を貫いていった衝撃。
(しまった…!)
なんて時間だ、とガバッと起きた。
いつもに比べて遅すぎる時間、三十分も。
きっと昨夜に間違えたのに違いない。
目覚まし時計をセットする時、ついウッカリと勘違いして。
学校のある日と、休日の朝とを間違えて。
(俺としたことが…!)
大変だぞ、と飛び出したベッド。
目覚ましよりも早く起きる朝は多いけれども、寝坊の方は珍しい。
よほど身体が疲れない限り、目覚ましの音でシャッキリと目が覚めるから。
そうでなくても「あと少し…」と考えたりはしない性格。
(三十分も…)
どう取り戻す、と頭の中で計算してゆく。
朝食を抜くことが一番だけれど、避けたい選択。
頭に栄養が行かなかったら、何処かでミスをするものだから。
授業でも、それに朝一番の柔道部の指導の方だって。
(それよりも前に、運転ミス…)
自分ではしっかりしているつもりでいたって、指示器を出すのを忘れるだとか。
早めに変更するべき車線を、大慌てで変える羽目になるとか。
(派手にクラクションを…)
鳴らされちまう、と後続車の様子が目に浮かぶよう。
「しっかりしてくれ」と、「事故を起こすぞ」と警告してくるクラクション。
朝食抜きは絶対にいかん、と大急ぎで走った洗面所。
とにかく顔を洗って着替えて、全てはそれから。
(こういう時に限ってだな…!)
なんだって髪がこんな具合に、と鏡に映った自分を眺める。
寝癖がついてしまった髪。
上手く直せればいいんだが、と歯を磨きながら空いた左手で撫でてみて…。
(この程度なら…)
きちんとブラシをかけてやったら直せるか、とホッと心でついた息。
これが頑固な寝癖だったら、普段以上に時間がかかるから。
スーツを着てから、「うーむ…」と覗き込む鏡。
「こいつをいったい、どうしたもんか」と、「いっそサイオンで直しちまうか?」と。
サイオンを使った寝癖直しは、あまり好きではないけれど。
昔ながらのレトロな方法、それでのんびり整えるのが好きなのだけれど。
(贅沢は言っていられないしな、こんな時には…)
寝癖の方は助かった、と歯磨きを終えてバシャバシャ洗った顔。
急ぎだけれども、顔の隅までキッチリと。
お湯だけで済ませてしまいはしないで、石鹸をちゃんと泡立てて。
(よし…!)
これでいいな、と見詰めた鏡。
タオルで水気を拭ってから。
眠そうな顔をしてはいないし、寝ていた気配も取れた筈。
側の時計もチラリと眺めて、確かめた時刻。
(五分は短縮出来たってか…?)
あと二十五分を何処で縮める、と戻った部屋。
朝食抜きが駄目となったら、縮められそうな時間の方は…。
(…手抜きの朝飯くらいしか…)
それしか無いな、と分かっていること。
ゆっくりコーヒーを淹れたりしないで、インスタントで済ませる朝。
もうそれだけで大きく違うし、新聞だって読まずに、と。
普段だったら、朝の始まりはコーヒーから。
そういうパターンが多いのが自分。
時間をかけて淹れるコーヒー、香りで高める一日の士気。
「今日も一日、頑張らないとな?」と。
授業も、柔道部の活動も。
手抜きはしないで、どれも全力で取り組むのがいい。
会議にしたって、他の色々なことだって。
仕事をするなら全力がいいし、それでこそ満足のゆく一日。
「今日も一日、いい日だった」と、夜になってから振り返って。
夕食の後で淹れるコーヒー、寛ぎの一杯を傾けながら。
けれども、今朝は残念ながら…。
(インスタントにするしかないな…)
新聞を広げる時間も無いから、車に乗せてゆくしかない。
学校に着いたら、何処かで時間が取れる筈。
(見出しだけでも見ておかないと…)
職業柄、とても困るんだ、と分かっているのが新聞の中身。
車でも聴けるニュースはともかく、他にも色々あるものだから。
古典の教師なら知っておきたい、見逃せない記事も色々と。
(コーヒーを諦めて、新聞も…)
それでいける、と弾き出した時間。
朝食をしっかり食べて行っても、学校には時間通りの到着。
(目覚ましの時間を間違えたことは…)
誰にもバレやしないってな、とパジャマを脱いで始めた着替え。
下着のシャツをガバッと被って、袖を通して…。
(お次はワイシャツ…)
それからズボン、と手を伸ばしかけて驚いた。
ワイシャツが置いてある筈の場所に、ワイシャツは無かったものだから。
代わりに置かれたラフなシャツ。
休日に何処かへ出掛けてゆくには、丁度似合いのシャツが一枚。
(…やっちまった…)
朝から派手に間違えたのか、と思わず掻いてしまった頭。
「参ったな」と。
今日は休日、ブルーの家へと出掛けてゆく日。
だから遅めにかけた目覚まし、昨夜は少し遅かったから。
「明日は休みだ」と読み始めた本、欲張ってページをめくり続けたから。
夜更かしした分、睡眠時間はたっぷりと、とセットしておいた目覚まし時計。
(…あれが裏目に出ちまったってな…)
大失敗だ、と浮かべた苦笑。
いつも通りに起きていたなら、こんな目には遭わなかったから。
起きた時にも「今日は休みだ」と余裕たっぷり、そういう朝になったろうから。
(まったく、俺としたことが…)
しかし時間は充分あるな、と着込んだシャツ。
ズボンも履いて、それから直したさっきの寝癖。
鏡の前で鼻歌交じりに。
「サイオンで直す羽目にならなくて良かったな?」と、鏡の自分に語り掛けながら。
鏡の向こうに休日の自分。
スーツではなくて、ラフな服装。
出掛けてゆくにはまだ早い時間、コーヒーだってゆっくり飲める。
インスタントでお湯を注ぐ代わりに、豆から挽いて。
休日ならではの時間をかけて、ゆったりと淹れる朝のコーヒー。
(新聞も端まで読めるってもんだ)
朝食の後で全部読んでも、まだ余りそうな自分の時間。
ブルーの家へと出発するには、この時間では早すぎるから。
庭の手入れやジョギングをしても、ブルーの家には遅刻しない。
三十分遅く起きたって。
学校へ行くなら慌てるしかない、あんな時間に起きたって。
寝坊じゃなくて助かった、と座った朝のダイニング。
明るい日射しが射し込む中で、朝食と朝のコーヒーと。
(…うん、充分に間に合うってな)
なんたって休みなんだから、と頬張るトースト。
それにオムレツ、焼いたソーセージもつけて。
寝坊したかと慌てていたのに、普段以上に余裕のある朝。
(実に焦ったが…)
俺の勘違いで良かったよな、とコーヒーが入ったマグカップを傾けていたら掠めた思い。
「弛んでるぞ」と、時の彼方から。
それでもキャプテン・ハーレイなのかと、寝坊なんかが許されるのか、と。
(…前の俺だと…)
寝坊はマズイ、と考えなくても分かること。
三十分も寝坊したなら、取り戻すには一苦労。
(おまけにブルーがいるもんだから…)
ただじゃ済まんぞ、と思い浮かべた白いシャングリラ。
あの船でブルーと恋をしたから、眠る時には同じベッドで。
青の間でも、キャプテンの部屋にブルーが来た時も。
(それで寝坊をしちまったら…)
ブルーも一緒にしてしまう寝坊。
起きた途端に、二人で慌てることだろう。
どうして時間を間違えたのかと、じきに朝食の係が来るのに、と。
朝は二人で朝食だったし、それがソルジャーとキャプテンの朝の習慣。
青の間に朝食係が来た時、ブルーが部屋にいなかったならば首を傾げることだろう。
いたとしたって、寝坊のせいでスケジュールが狂っていたならば…。
(俺が先にシャワーを浴びないとマズイし、時間短縮出来なかったら…)
もうキャプテンが来て待っているのに、ブルーはシャワー。
つまり寝坊をしたのはブルーで、前の自分ではない勘定。
食事係の目から見たなら。
本当は二人で寝坊したのに、二人揃って起きる時間を間違えたのに。
(前のあいつが貧乏クジになっちまうんだ…)
俺じゃなくて、とクックッと笑う。
二人揃って寝坊したって、ブルーが寝坊になっちまうのか、と。
それをやってはいないけれども、やっていたらブルーはどうしただろう、と。
(きっと、怒って…)
後で文句を言うんだろうな、と零れる笑み。
目覚まし時計をセットするのは、いつでも自分だったから。
きっとブルーは怒ったろうなと、「ハーレイのせいで寝坊したのに」と。
そんな事件は一度も起こっていないけれども、前のブルーに出会えた気分。
前の自分が寝坊をしたら、こうなるんだと。
ブルーが寝坊をしたことになって、お詫びのキスは欠かせないよな、と…。
寝坊をしたら・了
※ハーレイ先生には珍しい寝坊。起きた途端に大慌てしたわけですけれど。
気付いたら休みの日だったわけで、前のブルーを思い浮かべる時間もある朝v