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前の君とは

(明日はハーレイに会えるんだけど…)
 来てくれるけど、と小さなブルーが零した溜息。
 お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
 明日は土曜日、訪ねて来てくれる愛おしい人。
 前の生から愛したハーレイ。
 青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた恋人だけど。
 週末に仕事が入らなければ、必ず家に来てくれるけれど。
(今のハーレイ、ケチだから…)
 絶対にキスしてくれないんだよ、と膨らませた頬。
 いくら頼んでも、ハーレイはキスをくれないから。
 キスはいつでも頬と額だけ、そういう決まりになっているから。
 貰えないのが唇へのキス、どう頑張っても、強請ってみても。
(前のぼくと同じ背丈になるまでは…)
 キスは駄目だ、と叱るハーレイ。
 なんともケチになった恋人、せっかく巡り会えたのに。
 奇跡みたいに、この地球の上で。
 二度と会えないと思っていたのに、新しい命と身体を貰って。
(…だけど、今度のハーレイはケチ…)
 前のハーレイとは大違いだよ、と考えてしまう恋人のこと。
 遠く遥かな時の彼方で、側にいてくれたキャプテン・ハーレイ。
 あのハーレイとはまるで違うと、前のハーレイならキスだって、と。
(ぼくから頼まなくっても…)
 いつも貰えた唇へのキス。
 おやすみのキスも、おはようのキスも。
 他にも沢山、数え切れないほどのキスを貰えた前の自分。
 ハーレイはケチではなかったから。
 どんなに仕事が忙しい日でも、キスを忘れはしなかったから。


 本当に忘れなかったんだよ、と今でも思い出せること。
 前のハーレイはとても優しくて、前の自分をいつも大事にしてくれた。
 誰よりも大切に思ってくれたし、唇へのキスは必ず貰えた。
 仕事で遅くなったって。
 日付が変わるまで仕事に追われて、すっかり夜更けになっていたって。
(遅くなってしまってすみません、って…)
 そっと贈ってくれたキス。
 前の自分が、待ちくたびれて眠っていても。
 温かな唇が触れる感触、それで目覚めた夜も多かった。
 ハーレイは「起こしてしまってすみません」と謝ったけれど、嬉しかったキス。
 大切に想ってくれているから、こうしてキスをくれるのだから。
 キスをしないで眠ったりしたら、恋人に申し訳ないから。
(あれで起きちゃっても、一度も怒ったことなんか…)
 無かったのだし、本当に幸せだったキス。
 心地良い眠りを破られても。
 夢の中では、青い地球の上に立っていたとしたって。
(地球の夢より、ハーレイのキス…)
 手が届かない夢の星より、側にいてくれる恋人がいい。
 もう遅いから、一緒に眠るだけでも。
 寄り添い合って、同じベッドで寝るだけでも。
(…欲張ったりはしなかったよ…)
 前のぼくでもキスで満足だったんだから、と思い出す。
 本物の恋人同士だったけれども、愛は交わさずにキスだけでも。
 ハーレイのキスで夜中に起きたら、後は「おやすみなさい」のキスでも。
 あのキスはとても温かかったし、ふわりと幸せに包まれた心。
 恋人が側にいてくれるのだ、と分かるから。
 唇と唇が重なっただけで、ハーレイの想いが伝わったから。
 「愛してますよ」と、包み込む想い。
 あなたを大切に想っていますと、こうして側にいますから、と。


 それがハーレイだったのに。
 前のハーレイなら、いつでもキスをくれたのに。
(今だと、すっかりケチのハーレイ…)
 キスを強請ると叱られる。
 額を指でピンと弾かれたり、頭をコツンとやられたり。
 「キスは駄目だと言っただろうが」と、鳶色の瞳で睨まれる。
 「俺は子供にキスはしない」と、「何度言ったら分かるんだ?」と。
 ほんのちょっぴり、キスをくれても良さそうなのに。
 触れるだけのキスでも幸せなのだし、それをくれたら充分なのに。
(…前の君とは違うだなんて…)
 どっちも同じハーレイなのに、と悔しい気分。
 前のハーレイが此処にいたなら、きっと変わるだろう全て。
 キスを貰えて、幸せ一杯。
 前のハーレイなら、「キスは駄目だ」と言ったりしないだろうから。
 そんなことを恋人に言うわけがないし、ケチなハーレイでもない筈だから。
(いったい何処で変わっちゃったの…?)
 中身はおんなじ筈だけどな、と思うけれども、どうにもならない。
 今のハーレイは今のハーレイ、前のハーレイに戻りはしない。
 そんな魔法は無いのだから。
 「前のハーレイに戻して下さい」と、神様にお祈りしても無駄。
 今の自分が前の自分とは違うみたいに、ハーレイの方でも同じこと。
 青い地球の上に生まれたハーレイ、其処で育って来たハーレイ。
 中身は自然と変わってしまうし、変わらない方が変だと思う。
 まるで世界が違うから。
 シャングリラだけが世界の全てだった時代と、今の時代とは重ならない。
(…それにハーレイ、キャプテンじゃないし…)
 仲間たちの命を預かるキャプテン、あんな重責を負ってはいない。
 もうそれだけで違いすぎるし、違うハーレイが出来ても仕方ないけれど…。


 前のハーレイが来てくれたなら、とチラリと頭を掠めた考え。
 ケチではなかった前のハーレイ、あの優しかったハーレイが来てくれたら、と。
 時の彼方から、シャングリラから。
 それこそ魔法か何かのお蔭で、この部屋まで時を飛び越えて来たら。
(…ハーレイ、きっとビックリするよ)
 チビの自分が暮らしている部屋、こんな部屋は何処にも無かったから。
 白いシャングリラの何処を探しても、こういう部屋は見付からない。
(それに、ぼくだってチビだから…)
 何が起こったかと、ハーレイはビックリ仰天だろう。
 部屋をあちこち見回して。
 チビの自分をじっと見詰めて、「あなたは?」という質問だって。
(自己紹介をしなくっちゃ…)
 ぼくもブルーだよ、と手を差し出して。
 「うんと小さくなっちゃったけど」と、「ぼくもブルー」と。
 それから、此処が地球だということ、この部屋は地球にあることも。
(カーテンを開けて、外を見せたら…)
 もっと驚くだろうハーレイ。
 「本当に此処は地球なのですか?」と。
 そしたら夜空の星を指差す、「本物だよ?」と。
 「あそこに見えるのが地球の星座」と、「ハーレイ、本物は知らないでしょ?」と。
 もちろん前のハーレイだって、地球の星座は知っている。
 知識だけなら、「こういう星座があるらしい」と。
 それの本物が空にあったら、どんなに喜ぶことだろう。
 シャングリラはまだ辿り着けない地球だけれども、一足先に来られたと。
 これが本物の地球の空かと、なんと美しい夜空なのかと。
(…前のハーレイが生きてた時代に、こういう地球は無いんだけれど…)
 死の星だった地球があったのだけれど、黙っていてもいいだろう。
 夢を壊してはいけないから。
 希望を抱えて前に進んで欲しいから。


 本物の地球だと知って貰えたら、ハーレイと二人で何をしようか。
 夜の間は出掛けられないし、朝になったら…。
(ハーレイが好きそうな所って、何処?)
 今のハーレイなら色々と聞いているのだけれども、前のハーレイの好みは知らない。
 なにしろ地球は夢の星だったし、夢を描いていただけの星。
(地球に着いたら、あれをしようとか、これもとか…)
 夢は幾つもあったとはいえ、夢だっただけに曖昧なもの。
 こうして本物の地球の上にいたら、ちょっぴり頭を悩ませてしまう。
 ハーレイと二人で出掛けてゆくなら、何処がいいかと。
(ぼくは運転出来ないし…)
 海や山へと出掛けてゆくには、公共の交通機関しか無い。
 今のハーレイの車みたいに、二人きりでのドライブは無理。
(…ぼくって、きちんと案内出来る?)
 路線地図を調べて、「こっちだよ」とハーレイの手を引っ張って。
 「このバスに乗って、次はこれで…」と、テキパキと。
 それに食事もしなくては。
 何処かでお腹が空くだろうから、お店に入って二人で食事。
(でも、メニュー…)
 好き嫌いの無いハーレイだけれど、今ならではの食事をして欲しい。
 前の自分たちは知らなかった料理が幾つもあるから、そういったもの。
 けれども直ぐには思い付かない、どれがお勧めの料理なのか。
 「これを食べてみてよ」と自信たっぷり、「うんと美味しいから」と言える料理は何なのか。
 せっかく二人でデートなのだし、ハーレイに喜んで欲しいのに。
 「地球は本当に素敵ですね」と、笑顔を見せて欲しいのに。
(…上手く案内出来ないかも…)
 行き先で悩んで、食事を何にするかで悩んで、立ち止まってばかりになりそうな感じ。
 ハーレイが地球にいられる時間は、きっと長くはないのだろうに。
 ほんの一日くらいだけしか、魔法の時間は無いだろうに。


(ハーレイ、ガッカリしちゃうかも…)
 帰らなくてはならない時間になったなら。
 地球を満喫出来なかったと、もっと上手に時間を使えていたならば、と。
(でも、ハーレイなら…)
 きっと笑顔で御礼を言ってくれるのだろう。
 「楽しかったですよ」と、「いつかは本物の地球に来られるのですね」と、キスだって。
 腰を屈めて、「あなたも、どうか幸せに」と。
(御礼のキス…)
 貰えちゃうよ、と思ったけれども、どうしたわけだか頬に貰ってしまったキス。
 今のハーレイと全く同じに、頬っぺたに。
(…なんでそうなるの!)
 酷い、と膨れて気付いたこと。
 ハーレイを上手く案内出来なかった自分は、立派に子供。
 それでは恋人同士のキスは無理だし、前のハーレイでも子供扱い。
 やっぱり駄目だ、とついた溜息。
 前のハーレイでも同じみたい、と。
 ハーレイはやっぱりハーレイだよねと、前のハーレイなら違うと思ったんだけど、と…。

 

          前の君とは・了


※前のハーレイはケチじゃなかったのに、と考えてしまったブルー君。変わっちゃった、と。
 けれども、前のハーレイが来ても、やっぱり子供扱いされそう。本当に子供ですものねv






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