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前のあいつとは

(明日はあいつに…)
 会えるわけだが、とハーレイが思い浮かべた恋人。
 夜の書斎で、コーヒー片手に。
 十四歳にしかならない恋人、生まれ変わってまた巡り会えたブルー。
 明日はブルーに会いにゆく。
 土曜日だから、朝食を終えたら、頃合いの時間に家を出て。
(いい天気になるらしいしな?)
 のんびり歩いて出掛けてゆこう、と傾けるカップ。
 次にコーヒーを淹れる時には、明日の朝。
 飲み終わったら片付けを済ませて、それからブルーが待つ家へ。
 お決まりの週末、出会ってからは大抵はこう。
 仕事が無ければブルーの家へと、歩きで、車で出掛けてゆく。
 時には路線バスにも乗って。
(その辺は、俺の気分次第で…)
 雨の日は車が基本だけれども、たまには乗ってみたいバス。
 小さなブルーはバス通学をしているから。
 ブルーと同じ視線の高さで、同じ道路を走りたいから。
(…すっかり馴染みになっちまったなあ…)
 こういう週末の過ごし方。
 ブルーと再会する前だったら、もっと色々あったのに。
 道場へ指導に出掛けて行ったり、気ままにドライブしてみたり。
(そいつが今では、通うだけってな)
 判で押したように、ブルーの家へ。
 どんな行き方をするにしたって、着いたら門扉の前に立つ。
 チャイムを鳴らして開けて貰ったら、ブルーの部屋に案内されて…。
(後はあいつと、晩飯まで…)
 お茶を飲んだり、話をしたりで終わっちまうな、と零れる苦笑。
 まるで活動的ではないな、と。


 小さなブルーは前と同じに身体が弱い。
 だから「ちょっと走るか?」と連れては行けない、ジョギングなど。
 もう少しブルーが丈夫だったら、そういったことも出来るのに。
(散歩だとデートになっちまうから…)
 そいつは駄目だ、と決めている。
 今のブルーには早すぎるデート、近所を散歩するだけにしても。
 「ただの散歩だぞ?」と言い聞かせたって、ブルーは聞きはしないから。
 頭の中ではデートのつもりで、はしゃぐに決まっているのだから。
(…当分は俺が通うだけだな)
 あいつが大きく育つまではな、と覚悟はとうに出来ている。
 小さなブルーが前と同じに成長するまで、キスはしないのと同じこと。
 デートもしないし、ドライブもしない。
 明日のように家へ通ってゆくだけ、ブルーの家で過ごすだけだ、と。
(それはそれでかまわないんだが…)
 ブルーにはゆっくり育って欲しいし、子供時代を満喫して欲しい。
 前のブルーは、それを失くしてしまったから。
 記憶をすっかり失った上に、成長も止めてしまったから。
 身体も、それに心までも。
 前の自分が出会った時には、今と同じにチビだったブルー。
 年上だと気付きもしなかったほどに。
 ブルーが生まれた年を知るまで、年下なのだと頭から信じていたほどに。
(…前のあいつもチビだったんだ…)
 会った頃はな、と今も鮮やかに思い出せる姿。
 アルタミラの地獄で初めて出会った、前のブルー。
 姿は今のブルーと同じだけれども、桁違いだったそのサイオン。
 皆が閉じ込められたシェルター、それを微塵に壊したほどに。
 幾つものシェルターを開けて回って、他の仲間たちも逃がせたほどに。


 今のあいつとは大違いだな、と思った前のブルーのこと。
 そして気付けば大きく育って、美しい人になっていた。
 誰もを魅了する人に。
 今の時代も高い人気を誇り続ける、ソルジャー・ブルーに。
(…いつかはブルーも、ああなるんだが…)
 姿は同じに育つ筈だが、と思うけれども、その中身。
 平和な時代に生まれ育った小さなブルーは、あのブルーとは違うだろう。
 同じ姿に育っても。
 見た目は何処も変わらなくても、強さも、それに考え方も。
(基本は同じだろうがな…)
 色々と変わってくるんだろうな、と容易に想像出来ること。
 現に自分も、前の自分とは違うから。
 「キャプテン・ハーレイを引き摺ってるな」と思いはしても、一部だけ。
 あれほどの責任を負ってはいないし、背負ったこともないのだから。
(今の俺が学校を丸ごと任されたら、だ…)
 きっと一日でヘトヘトなんだ、と考えてみれば簡単に分かる。
 シャングリラよりもずっと平和な学校、それを一日纏めるだけでも大変だ、と。
 今の自分がそうなのだから、ブルーが育っても同じこと。
 前のブルーよりも遥かに弱くて、困り果てる顔が目に見えるよう。
 「こんなの無理!」と悲鳴を上げて。
 シャングリラを守るなど、とても無理だと。
 サイオンが不器用でなかったとしても、「そんな責任、持てないよ!」と。
(すっかり変わっちまったな…)
 あいつも俺も、と思う恋人。
 小さなブルーが大きくなっても、前のブルーとは違うよな、と。
 幸せ一杯に育ったブルーは、瞳からして違うから。
 前のブルーと同じ瞳はしていないから。
 強い意志を宿していた瞳。
 その底に深い憂いと悲しみ、そういう前のブルーの瞳は。


 まるで違うな、と今はもういない恋人を想う。
 今もブルーはいるのだけれども、育ってもきっと違う筈の中身。
(…前のあいつが此処に来たなら…)
 時を飛び越えてやって来たなら、何もかもに驚くことだろう。
 前のブルーが夢に見たこと、全てが此処にあるのだから。
 平和な時代も、青い水の星も、他の色々な夢だって。
(…今のあいつと、幾つも約束しているが…)
 いつかブルーが大きくなったら、前の生からの夢を端から果たすこと。
 もちろん約束は守るけれども、前のブルーが時を飛び越えて来たならば、と描いた夢。
 「此処は?」と、懐かしい人が書斎を見回したなら。
 ソルジャーの衣装を身に着けた人が、「ハーレイ?」とキョトンと見詰めたならば。
(…まずは自己紹介ってことになるんだろうな?)
 ハーレイには違いないのだけれども、前の自分とは違うから。
 ブルーが知っているキャプテン・ハーレイ、その人物とは魂が同じだけだから。
(はてさて、何と説明したらいいのやら…)
 ついでに言葉もどうしたもんか、と顎に当てた手。
 やっぱり敬語で話すべきかと、それとも普通でいいのだろうか、と。
(…相手はブルーなんだしな?)
 恋仲なのだと知られないよう、敬語を使い続けていただけ。
 今の自分の書斎で会うなら、堅苦しい言葉は要らないだろう。
 「俺もハーレイではあるんだが…」と、始めてみたい自己紹介。
 此処は地球だ、と書斎の床を指差して。
 「この部屋に窓は無いんだがなあ、家の外は本物の地球なんだ」と。
 ブルーはどんなに喜ぶだろうか、地球に来られたと知ったなら。
 たとえ一瞬の夢だとしたって、ほんの一日しかいられない夢の世界にしたって。
(…次の日の夜が来るまでだけの魔法でも…)
 もう間違いなく大喜びだ、と分かるから描いてみたい夢。
 前のブルーが此処に来たならと、二人で何をしようかと。
 たった一日だけの時間なら、有効に使ってゆかないと、と。


(きっとキスなんかを…)
 してる時間も惜しいんだろうな、と分かってしまう。
 ブルーは地球に夢中だろうし、それを見たくて、実感したくてたまらない筈。
 真っ暗な夜でも地球は地球だから、「外に出たい」と言い出すのだろう。
(ソルジャーの服じゃ、出られやしないし…)
 大きすぎる服でも、何か選んで着替えて貰って、それから外へ。
 「どうだ?」と庭に出してやったら、感激して見上げそうな空。
 「地球の星座だ」と、「本物が見える」と。
 それから庭の木たちに触って、芝生も撫でてみそうなブルー。
 「本当に地球の上なんだね」と。
 ブルーが庭を堪能したなら、車に乗せてドライブに行く。
 「何処に行きたい?」と、「海も、それに山もあるんだが」と。
 腹が減ったら飯を食おうと、夜も開いてる店もあるからと。
(何でも大喜びで食べるぞ、あいつ…)
 今ならではの食べ物なんかを注文しても。
 「こんな食べ物があるんだね」と、「とても美味しい」と。
 夜通し走って、疲れたら車の中で眠って、明るくなったら…。
(やっぱりあちこち連れて回って、あいつの服も買ってだな…)
 デートと洒落込みたいんだが、と思うけれども、ブルーは地球に夢中だから。
 こちらはデートのつもりでいたって、ブルーは観光気分だから…。
(…一日あいつと一緒にいたって、俺は観光ガイドなんだな?)
 魔法の時間が解けてブルーが帰る時には、「ありがとう」とキスをくれそうだけど。
 「楽しかったよ」と、「いつかは此処で暮らせるんだね」と嬉しそうに笑むだろうけれど。
(ただの御礼のキスってな)
 それでもいいか、と零れた笑み。
 前のブルーは今のブルーの中にいるから、いつか二人で出掛けてゆける。
 ブルーが大きく育ったら。
 前のブルーとは違っていたって、貰えるだろう御礼のキス。
 「楽しかったよ」と「また連れてって」と、恋人らしいおねだりつきで…。

 

          前のあいつとは・了


※ブルー君が育っても前のブルーとは違うんだろうな、と思うハーレイ先生。
 前のブルーがやって来たなら、観光ガイドらしいです。それも楽しいでしょうけれどねv






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