(今日はおしまい…)
後は寝るだけ、と小さなブルーが零した溜息。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は来てくれなかったハーレイ、前の生から愛した人。
学校では顔を見掛けたけれども、それっきり。
仕事の帰りに寄ってくれるかと思ったのに。
胸を躍らせて待っていたのに、鳴らないままで終わったチャイム。
(…忙しかったんだろうけど…)
仕方ないよ、と分かっていたって、残念な気持ちは消えてくれない。
学校で会えるハーレイは、あくまで「先生」だから。
教師と教え子、そういう二人。
恋人同士の会話は無理だし、駆け寄って抱き付くことも出来ない。
家に来てくれたら、恋人同士で過ごせるのに。
キスは贈って貰えなくても。
恋人同士の唇へのキスは、「駄目だ」と許してくれなくても。
(でも、ハーレイには会えるから…)
鳶色の瞳が優しい恋人、甘えていたなら抱き締めてくれる。
「俺のブルーだ」と、逞しい腕で。
もう離さないと、今度こそずっと一緒だと。
(…夜になったら、帰っちゃうけど…)
本当は離れてしまうのだけれど、それでも嬉しいハーレイの言葉。
嘘をついてはいないから。
いつか自分が大きくなったら、その時はいつまでも一緒。
何処へ行くにも手を繋ぎ合って、並んで歩いて。
ハーレイの車で出掛けるのならば、助手席に乗って。
きっとそういう日が来るのだから、ハーレイは嘘をついてはいない。
夜は帰ってしまっても。
「またな」と軽く手を振っただけで、帰って行ってしまっても。
何ブロックも離れた所に住むハーレイ。
窓から外を覗いてみたって、見えるわけもないハーレイの家。
今のハーレイは、その家の何処かにいるのだろう。
書斎でコーヒーを飲んでいるのか、ダイニングにゆったり座っているか。
(…この時間だったら、そうだよね?)
十四歳の自分には遅い時間だけれども、大人にとっては宵の口。
これからのんびり本を読んだり、考え事をしてみたり。
そういう時間だと分かっているから、思い浮かべた恋人の顔。
「ぼくのこと、ちゃんと覚えてる?」と。
今日は来てくれなかった恋人、会えずに終わってしまった人。
それがちょっぴり悲しいけれども、ハーレイの方ではどうなのだろう、と。
もしかして忘れているだろうかと、チビの自分のことなんて、と。
(…前のぼくなら、こんな時には…)
直接、訊きに出掛けたりした。
キャプテンの仕事で多忙なハーレイ、その部屋にヒョイと飛び込んで。
「入っていいかい?」と訊きもしないで、瞬間移動で青の間から。
ハーレイが気付いて顔を上げたら、「忘れてた?」と傾げた首。
ぼくがいることを、まさか忘れていないだろうね、と。
(…あれをやったら、大慌てで…)
仕事を片付けにかかったハーレイ。
「直ぐに終わらせますから」と。
もう少しだけお待ち下さいと、今日は仕事が忙しいので、と。
(だけど、仕事は放り出さなくて…)
いつもきちんと終わらせていた。
細かい書類も、いい加減には読まないで。
端から端まで几帳面に追って、「良し」と記したキャプテンのサイン。
全部済んだら、ようやく恋人のハーレイになる。
「終わりましたよ」と微笑んで。
「お待たせしてすみませんでした」と。
そうやって恋人の顔になったら、後は二人で幸せな時間。
青の間には行かずにキャプテンの部屋で、キスを交わして、愛を交わして。
(…ぼくが押し掛けなかった時は…)
瞬間移動で飛び込む代わりに、青の間から飛ばしていた思念。
「ぼくを忘れていないかい?」と。
ハーレイの仕事の邪魔をしないよう、ちゃんとタイミングを見計らって。
書類を一枚めくった時とか、疲れた時のハーレイの癖で…。
(眉間のトコを…)
指で押さえて揉み解す仕草。
それが見えたら、思念を飛ばした。
「とても忙しそうだけれども、ぼくはどうすればいいんだい?」と。
先に眠ってしまえばいいのか、もう少し待てばいいのか、どっち、と。
(ハーレイ、やっぱり大慌てで…)
顔を上げるのと同時に思念が飛んで来た。
「すみません」と、それは慌てているのが、こちらにも分かる勢いで。
遅くなるのを伝え忘れていました、と。
先にお休みになって下さいと、仕事が済んだら行きますからと。
(そう言われたって…)
従わなかった前の自分。
ハーレイは遊んでいるのではなくて、仕事だから。
他の仲間には任せられない、キャプテンにしか出来ない色々なこと。
書類を読んだり、幾つものデータを確認してはサインをしたり。
(ハーレイは頑張っているんだから…)
自分だけ先に寝るだなんて、と起きたままで待っているのが常。
たまに眠気が襲って来たって、ベッドに横になっただけ。
「ほんの少し」と、「直ぐに起きよう」と。
ハーレイが来るまで待っているために、眠気を払わなくては、と。
ほんの少しだけ横になったら、きっと眠気も取れるから、と。
少しだけのつもりでいたというのに、大抵は眠ってしまった自分。
五分くらいで起きるつもりが、ぐっすりと。
ハーレイが青の間に入って来たって、まるで気付きもしないまま。
(そしたら、「遅くなりました」って…)
揺り起こされて、降って来たキス。
どんなに遅い時間でも。
眠るより他はないほどの時間、とうに夜中になっていたって。
「もうお休みになりませんと…」と、そっと抱き締めてくれたハーレイ。
明日は早めに来られるように、仕事を進めておきますから、と。
(…前のハーレイなら、あんな風に…)
時間をやりくりしてくれたのに、と今の自分の境遇を思う。
遅くなったらハーレイは来ないし、埋め合わせだってしてくれない。
「明日は仕事を早く終わらせるぞ」とは言ってくれない。
チビの自分は、一緒に暮らしていないから。
ハーレイが遅くなったとしたって、何も困りはしないから。
(…御飯はママが作ってくれるし、パパとママと一緒に暮らしてるんだし…)
普段と全く変わらない日で、ただハーレイが来ないだけ。
仕事の帰りにチャイムを鳴らして、訪ねて来てはくれないだけ。
それが悲しくてたまらないけれど、なんとも寂しいのだけれど。
前の自分なら、こんな時でも幸せだった、と時の彼方を思ったけれど。
(…ハーレイが何をしてるか見えたし、思念波だって…)
それに瞬間移動で出掛けることも、と考えた前の自分の幸せ。
今日のような日でも、前のぼくなら、ずっと幸せだったのに、と。
(ハーレイに会えて、キスも貰えて…)
うんと幸せ、と思い浮かべた幸せな時間。
ハーレイの仕事が終わるのを待って、キスを交わして、愛を交わして。
仕事が終わるのが遅すぎた時も、唇に貰えた温かなキス。
そして二人で眠ったのだった、寄り添い合って。
「明日は早めに来ますから」と、約束してくれたハーレイと。
本当に幸せだったのに、と思い返した前の生。
いつもハーレイと一緒だったし、今のようには離れていない、と考えたけれど。
今日のような日でも幸せ一杯、キスも貰えた、と思ったけれど。
(…でも、ちょっと待って…!)
幸せだった前の自分は、他に幸せがあっただろうか。
ハーレイと二人で過ごす時間や、恋人同士で交わした言葉。
それの他にも幸せな時を、幾つも持っていたのかと。
ハーレイが側にいない時でも、幸せは沢山あったろうか、と。
(えーっと…?)
恋人同士の時間は抜きで、と数え始めた幸せの数。
前の自分が感じた幸せ、ハーレイと二人で過ごした時間の他には何が、と。
けれども、急には思い付かない幸せなこと。
白いシャングリラが無事に一日を終えた時には、ホッと溜息を漏らしたけれど。
子供たちの遊び相手をするのも、楽しい時ではあったのだけれど。
(こうやって数えていけるほどしか…)
無かったんだ、と気付いた幸せの数。
前の自分はそうだった、と。
幸せの数を数えてゆくなら、今の自分の方が上。
ハーレイと会えずに終わった日だって、幸せは幾つもあるのだから。
朝、目覚めたら、両親と一緒に食べる朝食。
母の料理も美味しいけれども、それを食べる時の朝の光は地球の太陽。
それに自分は地球の上にいて、両親だって血の繋がった本物の家族。
もうそれだけで、前の自分よりもずっと幸せで、満ち足りた朝。
(起きた時から、幸せなんだ…)
前のぼくより、と折ってみた指。
幸せの数を数えてゆくなら、この指じゃとても足りないよ、と。
ホントに多くて数え切れないくらいだから、と。
(…今のぼくだと、うんと幸せ…)
ハーレイに会えなかった日だって幸せなんだ、と気付いたから。
幸せの数を数えようとしても、数え切れないらしいから。
今日は溜息をつくのはやめよう、ハーレイには会えずに終わったけれど。
少し寂しい気がしたけれど。
こんな日だって、今の自分は前よりもずっと幸せだから。
幸せの数を比べてみたなら、今の自分の方が遥かに多くて、絶対に数え切れないから…。
幸せの数を・了
※前の自分なら、ハーレイが仕事で来られない時は…、と考え始めたブルー君。
幸せだったみたいですけど、他には少なかったものが幸せ。今の方がずっと幸せですよねv