(明日はハーレイに会えるものね?)
ちゃんと約束しているもんね、と小さなブルーが浮かべた笑み。
お風呂上がりにパジャマ姿で、ベッドにチョコンと腰を下ろして。
今日は金曜、一晩眠れば土曜日の朝。
ハーレイが来てくれる素敵な一日、それの始まり。
とうに約束してあるから。
前の生から愛した人と、今も恋しているハーレイと。
青い地球の上に生まれ変わって、また巡り会えた愛おしい人。
今は学校の教師のハーレイ、けれど、この家で会える時には、いつも恋人。
キスを許してくれなくても。
恋人同士の唇へのキス、それを贈ってくれなくても。
(…ハーレイ、ホントにケチなんだから…)
酷いんだから、と思うけれども、明日には会える。
午前中から二人で過ごして、両親も一緒の夕食まで。
夕食の後の食後のお茶まで、ずっとこの家にいてくれるハーレイ。
「来られない」という知らせは来ていないから。
用が無いなら、ハーレイは訪ねて来てくれるから。
再会して直ぐに交わした約束、週末にはこの家で会うということ。
ハーレイの時間が空いているなら、土曜も、それに日曜だって。
(キスは駄目でも、ちゃんと約束…)
二人一緒に過ごす休日。
ハーレイは約束を守ってくれるし、明日だって家に来てくれる。
いつもの時間に、この家まで。
天気が良ければ、ハーレイの家からのんびり歩いて。
雨が降る日は、車に乗って。
だから、明日だって会える筈。
ハーレイと交わした小さな約束、それを守って貰えるから。
会いに来てくれる筈だから。
約束は守って貰えるものね、と高鳴る胸。
きっと明日には会える恋人、二人一緒に過ごせる土曜日。
ハーレイに会えたら何をしようか、二人で何を話そうか。
どんなことでも、ハーレイと一緒だったら素敵に思えるのだけれど…。
(…キスだけは駄目…)
絶対にして貰えないんだから、と零れる溜息。
「ぼくにキスして」と強請っても。
「キスしてもいいよ?」と誘ってみても。
どう頑張っても、ハーレイはキスをしてくれない。
唇へのキスが欲しいのに。
恋人同士の唇へのキス、それを贈って欲しいのに。
(…いつも、おでこか頬っぺたばかり…)
ハーレイがくれるキスはそれだけ、額や頬に落とされるだけ。
唇へのキスは「駄目だ」の一言、「俺は子供にキスはしない」と怖い顔。
時には額をピンと弾かれたり、頭をコツンとやられたり。
その度に「痛いよ!」と大袈裟に騒ぐけれども、ハーレイはただ笑っているだけ。
「キスはしないと言ってるよな?」と。
最初からそういう約束なのだし、無理を言ってくるお前が悪い、と。
確かに約束したけれど。
前の自分と同じ背丈に育つまでは、キスは貰えない。
そういう約束、ハーレイが決めてしまった約束。
だから貰えない唇へのキス、「ぼくにキスして」と頼んでも。
キスが欲しいと強請ってみたって、叱られるだけ。
ハーレイと約束しているから。
前と同じに育たない限り、キスは貰えない約束だから。
「ハーレイのケチ!」と膨れてみても。
キスをくれないケチな恋人、それが酷いと怒ってみても。
明日だって、きっと同じこと。
午前中から来てくれるハーレイ、約束は叶うのだけれど。
この家に来るという約束なら、明日も叶うに違いないけれど。
(…来てくれるだけで…)
キスは貰えやしないんだ、と残念な気持ちは拭えない。
どんなに幸せな時を過ごしても、貰えないキス。
恋人同士で一緒にいたなら、何度もキスを交わすだろうに。
前の自分と前のハーレイ、そんな二人が午前中から一緒なら。
両親も交えての夕食の時間、その後の食後のお茶までずっと一緒なら。
(…会った途端にキスだと思う…)
場所をこの家に移してみても。
青の間ではなくて、この家でも。
ハーレイが部屋に入って来たなら、抱き合って交わすだろうキス。
流石に母の目の前でキスはしないけれども、母が去ったら。
お茶とお菓子をテーブルに置いて、「ごゆっくりどうぞ」とドアを閉めたら。
母の足音が消えるのを待って、二人きりで交わす甘いキス。
「おはよう、ブルー」と抱き寄せられて。
自分の方でも、「待っていたよ」と大きな身体に抱き付いて。
(お茶よりも先にキスだよね…)
熱いお茶より、キスの方がずっと熱いから。
甘いお菓子より、キスの方がずっと甘いに決まっているのだから。
幸せなキスを二人で交わして、それからやっとテーブルに着く。
向かい合って座って、微笑み合って。
さっきキスしたばかりの唇、その唇に笑みを浮かべて。
(うんと幸せ…)
そういう風に出来たなら。
ハーレイが部屋に来てくれた途端に、抱き合ってキスを交わせたら。
前の自分と同じ姿に育っていたなら、そう出来るのに。
会ったら直ぐにキスなのに。
けれども、貰えないのがキス。
チビの自分に、ハーレイはキスをしてくれない。
約束を守って家に来てくれても、叶うのはその約束だけ。
唇へのキスは、「しない」というのが約束だから。
どんなに強請って膨れてみたって、「叶えない」のが約束の中身。
ハーレイは約束を守り続けて、まるで手加減してくれない。
例外は無しで、いつだって「駄目だ」と断られるだけ。
「ハーレイのケチ!」と睨んでも。
プンスカ怒って膨れっ面でも、ハーレイはいつも涼しい顔。
けして「すまん」と言いはしないし、謝ってくれることだって無い。
約束を守っているだけだから。
その約束を破らせようと、頑張る自分が悪いのだから。
(…それは分かっているけれど…)
でも、と零れてしまう溜息。
せっかく巡り会えたのに。
青い地球の上でハーレイに会えて、前の自分たちの恋の続きを生きているのに。
(前のぼくなら、いつだってキス…)
ちゃんと貰えた筈なんだけどな、と思う度に少し悲しい気持ち。
どうして自分はチビなんだろうと、キスも貰えないチビだなんて、と。
それが悔しくてたまらないけれど、何処から見たってチビなのが自分。
十四歳にしかならない子供で、ハーレイが教える学校の生徒。
(…こんなに小さくなかったら…)
きっと貰えた筈のキス。
ハーレイも「駄目だ」と言いはしないで、いくらでもキスをくれただろう。
二人きりで会えたら、その瞬間に。
あの強い腕で抱き締めてくれて、唇に。
恋人同士の甘い甘いキスを、お菓子よりも甘くて幸せなキスを。
熱いお茶よりずっと熱くて、とろけてしまいそうなキスを幾つでも。
それなのに、今の自分はチビ。
ハーレイはキスをくれはしなくて、ただこの家に来てくれるだけ。
叶う約束はたったそれだけ、唇へのキスは貰えない。
「キスをしない」ことが約束だから。
ハーレイが約束を守る以上は、「叶えない」ことになってしまうから。
なんとも酷い、と思う約束。
叶えないことが約束なんてと、そんな約束、叶えなくてもいいのにと。
(…ハーレイのケチ…)
それに意地悪、と思うけれども、その約束。
今のハーレイと再会してから、幾つ約束を交わしたろうか。
週末はこの家で会うということと、大きくなるまでキスはしないという約束。
その二つだけを考えていたら、ハーレイがケチに思えるけれど。
約束をきちんと守るハーレイ、それが酷いと溜息だって零れるけれど。
(…他にも約束、うんと沢山…)
交わしたのだった、今のハーレイと。
二人で青い地球に来たから、あれをしようと、これもしようと。
いつか自分が、前と同じに育ったら。
ハーレイと二人で暮らし始めたら、やりたいことが山のよう。
どれもハーレイと約束したこと、「いつか」と指切りしたことだって。
(…宇宙から青い地球を眺めて、好き嫌いだって探しに行って…)
そうだったっけ、と数えた約束。
今の自分も宇宙から地球を見ていないから、ハーレイと出掛ける遊覧飛行。
それに、好き嫌い探しの旅に行くこと。
ハーレイも自分も、まるで無いのが好き嫌い。
前の生で食事で苦労したせいか、何でも美味しく食べられる。
立派なことでも、なんだか少し寂しいからと、いつかは二人で好き嫌い探し。
地球のあちこちを旅して回って、苦手な食べ物や大好物を見付けようと。
他にも約束は幾つもあるから、幾つも幾つも交わしたから…。
(ハーレイ、約束を守るものね?)
どの約束も、きっといつかは叶うのだろう。
デートに行くのも、ドライブするのも、二人で旅に出ることだって。
今は「叶えない」方の約束、そうなっているキスも貰える筈。
前と同じに育った時には、キスが貰える約束だから。
チビの自分が大きくなったら、ハーレイはキスをくれるのだから。
(…今だけの我慢…)
どの約束だって全部、いつか叶えて貰えるんだよ、と浮かんだ笑み。
叶う時には、どんなに幸せだろうかと。
最初はキスを貰うことから、その次は何が叶うだろうか。
チビの自分はキスも貰えない約束だけれど、ハーレイは約束を守るから。
山のように幾つも交わした約束、どの約束も、きっといつかは叶う約束ばかりだから…。
叶う約束・了
※キスをくれないハーレイは酷い、と思うブルー君ですけれど。酷い約束、と。
けれども、約束を守るのがハーレイ。いつかは叶う約束が沢山、それを思うと幸せですよねv