(はてさて…)
チビは今頃どうしているやら、とハーレイが思い浮かべた恋人。
ブルーの家には寄れなかった日、夜の書斎で。
愛用のマグカップに淹れたコーヒー、それをゆったり傾けながら。
まるで分からない恋人の様子。
十四歳にしかならない恋人、前の生から愛したブルー。
学校では顔を見掛けたけれども、今日は出来なかった立ち話。
それに家にも寄ってやれなかった。
放課後にあった会議が長引いたから。
(こんな夜には…)
あいつ、膨れていそうなんだ、と考えてしまう。
「ハーレイが来てくれなかったよ」と、不満そうに。
それとも萎れているのだろうか、「会えなかった」と。
学校でさえも話せていないし、残念そうに。
(…どっちなのやら…)
気になるけれども、ブルーの様子は分からない。
思念を飛ばすことも出来ない、「どうしてる?」と。
今の時代は、サイオンを使わずに生きてゆくのが基本だから。
社会のルールで、マナーだから。
(…俺も分かっちゃいるんだが…)
こういう夜には、ほんの少しだけ不便だと思う。
前の自分が生きた頃なら、ブルーに飛ばしてやれた思念波。
「すまん、会議が長引いちまって」と。
ブルーがそれに応えて来たなら、そのまま少し話もして。
出来たんだよな、と考えるけれど、違うのが時代。
白いシャングリラは時の彼方で、前の自分も何処にもいない。
キャプテン・ハーレイだった自分は、今は歴史の教科書の中。
前のブルーも、歴史の授業で真っ先に名前が挙がる英雄。
(…すっかり変わっちまったんだ…)
何もかもな、と思いを馳せるシャングリラ。
あの船で生きた時代だったら、簡単に思念を飛ばせたのに。
ブルーもそれに応えて来るから、いくらでも話が出来たのに。
キャプテンの部屋と、青の間が遠く離れていても。
仕事の最中のブリッジからでも、前のブルーと交わせた思念。
けれども、今の時代は出来ない。
「人間らしく」が社会のルールで、マナーの時代。
ブルーに思念を飛ばせはしなくて、それに応える思念だって、と思ったけれど。
(待てよ…?)
こういう時代でなくっても…、と気付いた今のブルーの事情。
チビのブルーは、前と同じにタイプ・ブルーに生まれたけれど…。
(とことん不器用だったっけな…)
サイオンが、と浮かんだ苦笑。
今のブルーは、そうだから。
思念波もろくに紡げないブルー、直ぐ側にいても届けられないほど。
ソルジャー・ブルーだった前のブルーは、誰よりも巧みに操ったのに。
思念波はもちろん、サイオンと名の付く全てのものを。
それなのに、今のブルーは違う。
生まれた時から不器用なサイオン、空も飛べない小さなブルー。
前のブルーなら、軽々と飛んでゆけたのに。
真空の宇宙空間でさえも、自由に駆けていたというのに。
(まったく、どうなっちまったんだか…)
サイオンは何処に置いて来たんだ、と可笑しくなるほど、不器用なブルー。
社会のルールやマナーが無くても、思念波を送ってやったなら…。
(…何も返っちゃ来ないんだぞ?)
思念を受け取った方のブルーは、応えることが出来ないから。
「どうしてる?」と訊いてやっても、アタフタとするだけだから。
(見えるようだな、慌てっぷりが…)
どう応えたらいいのだろう、とパニックに陥るブルーの姿が。
「思念波、上手く使えないのに!」と騒ぐ姿が。
(…ハーレイの馬鹿、と言いそうだぞ?)
思念波ではなくて、肉体の声で。
きっと相手に届きはしないと、もしかしたら部屋に響き渡る声で。
「ハーレイの馬鹿!」と、「意地悪だよ!」と。
思念波を上手く使えないことを、承知で送って来るなんて、と。
なんて意地悪な恋人だろうと、酷すぎるよ、と。
(如何にもありそうな話だってな)
プンスカ膨れていやがるんだ、と目に浮かぶような恋人の姿。
思念波を紡ぐ努力も忘れて、膨れっ面で。
「どうせ返事は出来ないんだから!」と開き直って、プンプンと。
一方通行の思念波なんかと、「こんなの、何の意味も無いから!」と。
けれど、そのまま、こちらが黙ってしまったら…。
(それも、あいつは怒るんだ…)
最初の間は、「えっと…?」と部屋を見回して。
「どうしちゃったの?」と、窓の向こうを覗いたりして。
さっきの思念の続きが来ないと、まさか、あれきり終わりだろうか、と。
「ハーレイ、続きは?」と。
「どうしてる、って訊いただけで、もう終わりなわけ?」と。
そして膨れて怒り出すだろう、「無神経だよ!」と。
自分が返事をしなかったことも、出来ないことも棚に上げてしまって。
そんなトコだ、とクックッと漏れてしまった笑い。
今のあいつなら、そうなるんだな、と。
返事が無ければ、会話は終わるものなのに。
機械を使った通信にしても、相手が全く応えなければ、それでおしまい。
「留守か」と切ってしまう通信、「またにしよう」と。
留守でなくても、きっと通信が出来ない状態。
料理をしていて手が離せないとか、風呂に入っているだとか。
(…世の中、そうしたモンなんだがな?)
それでもブルーは怒るだろうな、と想像してみる、思念波を届けた時のこと。
今の時代は使わないのがマナーだけれども、それを届けてやったなら、と。
(あいつ、返事が出来ないんだから…)
自分はとても「意地悪な恋人」になるのだろう。
一方的に思念を寄越して、それっきり。
ブルーを慌てふためかせるだけ、ついでに怒らせてしまうだけ。
(…場合によっては、もっと凄いぞ?)
通信を入れても、相手が出られないような時。
料理中だとか、入浴中なら、通信はどうにもならないけれど…。
(思念波なら、ちゃんと届くってな)
ブルーは料理をしないけれども、風呂には入る。
その最中に「どうしてる?」と、思念を送ってやったなら。
(…俺はブルーの様子なんかは、全く知らないわけだしな?)
何をしているのか、何処にいるかも分からないまま、送る思念波。
もしもバスルームで受け取ったならば、小さなブルーはどうするのだろう?
(なんと言っても、風呂だ、風呂)
一人前の恋人気取りでいるブルー。
まだまだ、ほんの子供のくせに。
「キスは駄目だ」と叱られてばかりの、十四歳の子供のくせに。
だから余計に面白い。
チビのブルーに「どうしてる?」と送った思念波、それがバスルームに届いたら、と。
前のブルーなら、余裕たっぷりに返した思念。
「ハーレイ?」と、「君はせっかちだよね」と。
今はバスルームにいるんだから、と笑いを含んだ思念波で。
「ぼくの姿を見たいのかい?」などと、それこそクスクス笑いながら。
(…あれは、こっちが焦ったんだ!)
ブリッジでの仕事が長引いた時に、「遅くなりそうです」と送った思念。
それの答えが「バスルームだよ」と返って来た時は。
「ハーレイも見たい?」と、悪戯っぽい思念が届いてしまった時は。
もちろん恋人同士なのだし、ブルーが入浴している姿も何度も見てはいたけれど…。
(そんな姿を、ブリッジの俺に送って来られても…!)
困るのが目に見えている。
仕事中なのに、恋人の色っぽい姿などを見せて貰っても。
下手をしたなら、仲間たちの前でヘマをやらかしてしまうだろう。
そして心配されてしまって、余計に慌てるだろう自分。
「な、なんでもない!」などと取り繕って。
誰が見たって、「なんでもない」とは思えないような慌てっぷりで。
(しかし、ブルーが今のチビだと…)
慌てるのは、きっとブルーの方。
「なんでお風呂だと分かったの?」と。
思念波を送ったこちらの方では、そんなこととは知らないのに。
ブルーが何処にいるかも知らずに、思念を紡いだだけなのに。
(チビのくせして、恋人気取りなヤツだからな?)
きっとバスルームで大慌て。
どうやって姿を隠せばいいのか、どうすれば覗かれないのかと。
バシャバシャとお湯を波立たせながら、バスタブの中でパニックになって。
(うん、なかなかに…)
楽しいじゃないか、と零れた笑み。
慌てるあいつも面白いぞと、恋人気取りのチビのくせに、と。
前のブルーのような余裕は無いブルー。
チビのブルーはお風呂でパニック、慌てて飛び出すかもしれない。
「ハーレイの馬鹿!」と怒鳴りながら。
ぼくのお風呂を覗くなんてと、今はお風呂の最中なのに、と。
(思念波を送っただけなのにな?)
誰も覗いちゃいないんだがな、と思うけれども、起こりそうな事故。
小さなブルーがお風呂にいたなら、バスルームで思念を受け取ったなら。
そういう事故を起こしたくても、無理なのだけれど。
愉快な騒ぎは起こせないけれど。
今の時代は、思念波は出来るだけ使わない時代。
それが社会のルールなのだし、マナーでもある時代だから…。
今の時代は・了
※ブルー君に思念を送りたくても、今の時代はマナー違反だ、と思ったハーレイ先生。
けれども、送れたとしても…。相手は不器用なブルー君。お風呂にいたなら、愉快ですよねv
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